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『平治物語』 岸谷誠一 校訂 (岩波文庫)

「信賴の卿をば門前に引すゑ、左衞門の佐(すけ)して謀叛(むほん)の子細(しさい)を尋(たづね)らる。一事の陳答(ちんたふ)にも及ばず、たゞ「天魔(てんま)のすゝめ也」とぞ歎かれける。」
(『平治物語』中卷「信賴降參の事并に最後の事」 より)


『平治物語』 
岸谷誠一 校訂
 
岩波文庫 黄/30-109-1 


岩波書店 
1934年11月15日 第1刷発行
1991年10月9日 第9刷発行
136p 別丁口絵(モノクロ)1葉
文庫判 並装 カバー
定価360円(本体350円)
カバー: 中野達彦



本書「例言」より:

「本書は流布本中最も善本と考へられる渡邊文庫本(東京文理科大學所藏、平假名古活字、三卷)を底本とした。」
「本文には適當に句讀點・振假名・濁點等を施した。」



旧字・旧かな。



平治物語 01



カバーそで文:

「藤原信頼・源義朝のクーデター、平清盛の反撃、義朝の敗退と死、その子義平・頼朝・義経らの処分――平治の乱の顚末を鮮烈に描く。」


目次:

例言

解題

本文

 卷上
  信賴信西不快の事
  信賴卿信西を亡さるゝ議の事
  三條殿發向并に信西の宿所燒拂ふ事
  信西子息闕官の事附たり除目の事并に惡源太上洛の事
  信西出家の由來并に南都落の事附たり最後の事
  信西の首實檢の事附たり大路を渡し獄門に懸けらるゝ事
  唐僧來朝の事
  叡山物語の事
  六波羅より紀州へ早馬を立てらるゝ事
  光賴卿參内の事并に許由が事附たり淸盛六波羅上著の事
  信西子息遠流に宥めらるゝ事
  院の御所仁和寺御幸の事
  主上六波羅行幸の事
  源氏勢汰の事

 卷中
  待賢門の軍附たり信賴落つる事
  義朝六波羅に寄せらるゝ事并に賴政心替の事附たり漢楚戰の事
  六波羅合戰の事
  義朝敗北の事
  信賴降參の事并に最後の事
  官軍除目を行はるゝ事附たり謀叛人官職を止めらるゝ事
  常葉註進并に信西子息各遠流に處せらるゝ事
  義朝靑墓に落著く事
  義朝野間下向の事附たり忠致心替の事
  賴朝靑墓下著の事

 卷下
  金王丸尾張より馳上る事
  長田義朝を討ち六波羅に馳參る事附たり大路を渡して獄門に懸けらるゝ事
  忠致尾州に逃下る事
  惡源太誅せらるゝ事
  淸盛出家の事并に瀧詣附たり惡源太雷と成る事
  賴朝生捕らるゝ事附たり常葉落ちらるゝ事
  賴朝遠流に宥めらるゝ事附たり呉越戰の事
  常葉六波羅へ參る事
  經宗惟方遠流に處せらるゝ事同じく召返さるゝ事
  賴朝遠流の事附たり盛安夢合の事
  牛若奧州下の事
  賴朝義兵を擧げらるゝ事并に平家退治の事




平治物語 02



◆本書より◆


「解題」より:

「平治物語は其の名の如く、平治の亂の顚末を敍した軍記物語である。即ち保元三年八月後白河天皇の御譲位から、正治元年正月賴朝の薨去まで、約四十年間の事を記してゐるが、其の中心は、平治元年十二月九日信賴・義朝の擧兵、同二十七日待賢門・六波羅の合戰を經て、義朝の子が悉く處分せられるまでの約三箇月間にある。本書の内容を平家物語に比べると遙かに單純ではあるが、記事に統一があり、完成された軍記物語としての特色を始めて發揮してゐる事に注目される。而して此の物語に現れてゐる人物は多種多樣であるが、其の中で義平は最も代表的なもので、多分に英雄的性質を持つてゐる。併しながら情趣的性質も交錯されてゐて、平家程ではないが、可なり藝術的價値が認められるのである。」


「信賴信西不快の事」より:

「こゝに近來(ちかごろ)、權(ごん)の中納言兼(けん)中宮(ちゅうぐう)の權(ごん)の大夫右衞門の督(かみ)藤原の朝臣信賴の卿といふ人ありき。人臣の祖(そ)天津兒屋根(あまつこやね)の尊の御苗裔(ごべうえい)、中の關白道隆(みちたか)の八代の後胤(こういん)、播磨の三位基隆(もとたか)が孫、伊豫の三位忠隆(たゞたか)が子なり。しかれども文にもあらず、武にもあらず、能(のう)もなく、藝(げい)もなし。只朝恩にのみほこて、昇進(しようしん)にかゝはらず。父祖は諸國の受領(ずりやう)をのみへて、年たけ齡(よはひ)かたぶきて後、わづかに從三位までこそいたりしか。これは近衞司(こんゑのつかさ)、藏人頭(くらうどのかみ)、后(きさい)の宮(みや)づかさ、宰相(さいしやう)の中將、衞府督(ゑふのかみ)、檢非違使別當(けんびゐしのべつたう)、これらをわづかに二三ケ年間に經(へ)のぼて、歳廿七にして中納言右衞門の督(かみ)に至れり。」
「其比(ころ)、少納言入道信西(しんぜい)といふ者あり。山井(やまのゐ)の三位(さんみ)永賴(ながより)の卿八代後胤(こういん)、越後の守季綱が孫、鳥羽の院の御宇(ぎよう)、進士藏人(しんじくらうど)實兼(さねかね)が子也。儒胤(じゆいん)をうけて儒業(じゆげふ)をつたへずといへども、諸道を兼學して諸事にくらからず、九流百家(きうりうひやくか)にいたる、當世無双(たうせいぶさう)の宏才博覽(くわうさいはくらん)也。後白河上皇の緒乳母(おんめのと)、紀伊(きい)の二位の夫(をつと)たるによて、保元元年よりこのかたは、天下大小事を心のまゝにとりおこなて、絶(たえ)たる跡(あと)をつぎ、廢(すた)れたる道をおこし、延久の例(れい)にまかせて大内(おほうち)に記録所(きろくしよ)をおき、訴訟(そしよう)を評議し、理非(りひ)を勘決(かんけつ)す。」

「去(さん)ぬる保元三年八月十一日、主上御位をすべらせ給て、御子の宮にゆづり申させ給へり。二條の院これなり。しかれども信西が權威(けんゐ)もいよ/\威(ゐ)をふるひて、飛(とぶ)鳥もおち、草木(くさき)もなびくばかり也。又信賴の卿の寵愛(ちようあい)も、猶いやめづらかにして、肩をならぶる人もなし。されば兩雄はかならずあらそふ習(ならひ)なるうへ、いかなる天魔(てんま)か二人の心に入(いり)かはりけん、其中あしくして、事にふれて不快(ふくわい)のよし聞えけり。信西は信賴を見て、何樣(いかさま)にも此者天下をもあやぶめ、國家をもみだらんずる仁(じん)よと思ひければ、いかにもしてうしなはばやと思へども、當時無双(ぶさう)の寵臣(ちようしん)なるうへ、人の心もしりがたければ、うちとけて申(まうし)あはすべき輩(ともがら)もなし、ついであらばとためらひゐたり。信賴も亦何事も心のまゝなるに、此入道我をこばんで、うらみをむすばん者彼なるべし、と思ひてければ、いかなる謀(はかりごと)をもめぐらして、うしなはんとぞたくみける。」



「信西出家の由來(ゆらい)并に南都落(なんとおち)の事附たり最後の事」より:

「彼(かの)信西と申は、南家(なんけ)の博士長門守高階(ながとのかみたかしな)の經俊(つねとし)が猶子(いうし)也。大業(たいげふ)もとげず、儒官(じゆくわん)にも入(いれ)られず、重代(ぢゆうだい)にあらざるなりとて、辨官にもならず、日向守通憲(ひうがのかみみちのり)とて、何となく御前にてめしつかはれけるが、出家してける故は、御所へまゐらんとて鬢(びん)をかきけるに、鬢水(びんみづ)に面像(めんざう)をみれば、寸(すん)の首(くび)劔(けん)の前(さき)にかゝて、むなしくなるといふ面相(めんさう)あり。大(おほき)におどろき思ひける比(ころ)、宿願(しゆくぐわん)あるによて、熊野へまゐりけり。切部(きりべ)の王子の御前にて、相人(さうにん)にゆきあひたり。通憲(みちのり)をみて相(さう)していはく、「御邊(ごへん)は諸道の才人かな。但(たゞし)寸(すん)の首(くび)劔(けん)のさきにかゝて、露命(ろめい)を草上(さうじやう)にさらすといふ相(さう)のあるはいかに」といひて、一々に相(さう)しけるが、行末はしらず、來(こ)しかたは何事もたがはざりければ、「通憲(みちのり)もさ思ふぞ」とて歎きかなしみけるが、「それをばいかにしてか遁(のが)るべき」といふに、「いざ出家してやのがれむずらん。それも七旬にあまらば、いかゞあらん」とぞいふ。」

「信西、九日の午刻(うまのこく)に、白虹(はくこう)日(ひ)をつらぬくといふ天變(てんぺん)をみて、今夜(こんや)御所へ夜討入(いる)べしとはかねて知りたりけるにや、此樣(やう)申(まうし)いれんとて、院の御所へまゐりたれば、折ふし御遊(ぎよいう)にて、子どもみな御前に祗候(しこう)したりしかば、其興(きよう)をさましまゐらせんも無骨(ぶこつ)なれば、或女房に子細(しさい)を申(まうし)おきて、まかり出(いで)にけり。宿所にかへり、紀位(きい)の二位に、「かゝる事あり、子どもにもしらせたまへ。信西は思ふ旨(むね)あて、奈良のかたへ行(ゆく)なり」といひければ、尼公(にこう)もおなじ道にとなげかるれ共、樣々(やう/\)にこしらへとめて、侍(さぶらひ)四人相具し、秘藏(ひざう)せられける月毛(つきげ)の馬に打乘て、舎人(とねり)成澤(なりさは)をめし具し、南都のかたへおちられけるが、宇治路(ぢ)にかゝり、田原が奧、大道寺(だいどうじ)といふ所領(しよりやう)にぞゆきにける。
 石堂山(いしだうやま)のうしろ、信樂峯(しがらきのみね)をすぎはる/゛\わけいるに、又天變(てんぺん)あり。木星(もくせい)壽命(じゆみやう)豕(ゐ)にあり。大伯(たいはく)經典(けいてん)に侵(おか)す時は、忠臣君にかはり奉るといふ天變(てんぺん)なり。信西大(おほき)におどろき、もとより天文淵源(てんもんえんげん)をきはめたりければ、みづから是をかんがふるに、つよき者よわく、よわき者はつよしといふ文(もん)あり。これ君おごる時は、臣よわく、臣おごる時は、君よわくなるといへり。今、臣おごて君よわくならせ給(たまふ)べし。忠臣君にかはるといふは、おそらくは我なるべしと思ひて、あくる十日のあした、右衞門の尉(じよう)成景(なりかげ)といふ侍(さぶらひ)をめして、「郡のかたに何事かある、みてかへれ」とてさしつかはす。成景(なりかげ)馬にうち乘てはせゆくほどに、小幡峠(こばたたうげ)にて、入道の舎人(とねり)武澤(たけざは)といふ者、院の御所に火かゝて後、禪門(ぜんもん)奈良へときゝしかば、此事申さんとてはしりけるに行あひ、しか/゛\の由をかたり、「姉小路(あねがこうぢ)の御宿所も、やきはらはれ候(さぶらひ)ぬ。是は右衞門の督(かみ)殿、左馬の頭(かみ)をかたらひ、入道殿の御一門をほろぼし給はんとの謀(はかりごと)とこそ承り候へ。其よしを告げまゐらせむとて、奈良へまゐり候」と申せば、下臈(げらふ)におはし所(どころ)しらせては惡しかりなんと思へば、「汝いしくまゐりたり。春日山(かすがやま)のおく、しかじかの所也」と教へて、成景(なりかげ)は京へのぼるよしにて、田原のおくにかへり、入道に此由を申せば、「さればこそ、信西が見たらん事は、よもたがはじとおぼえつるぞ。忠臣君にかはりたてまつるとあれば、如(し)かじ、命をうしなて御恩を報じ奉らんには。但(たゞし)息のかよはん程は、佛の御名(みな)をとなへまゐらせんと思へば、其用意せよ」とて、穴をふかくほり、四方に板をたてならべ、入道をいれ奉り、四人の侍(さぶらひ)もとゞり切て、「最後の御恩には法名(ほふみやう)を給はらん」とおの/\申せば、左衞門の尉(じよう)師光(もろみつ)は西光(さいくわう)、右衞門の尉(じよう)成景(なりかげ)は西景(さいけい)、武者所(むしやどころ)師淸(もろきよ)は西淸(さいせい)、修理進(しゆりのしん)淸實(きよざね)は西實(さいじつ)とぞ付(つけ)られける。其後大きなる竹の節(よ)をとほして、入道の口にあてて、もとゞりを具してほりうづむ。四人の侍(さぶらひ)、墓の前にてなげきけれ共、叶(かなふ)べき事ならねば、なく/\都へかへりけり。」



「信西の首實檢の事附たり大路(おほぢ)を渡し獄門に懸けらるゝ事」より:

「舎人(とねり)成澤(なりさは)もおなじく都へのぼりけるが、最後の乘馬(のりうま)なり、紀伊(きい)の二位にみせ奉らんとて、むなしき馬をひいてかへる程に、出雲の前司(ぜんじ)光泰(みつやす)五十餘騎にて、信西がゆくへをたづね來(きた)るに、小幡山(こばたやま)にてゆきあふ。馬も舎人(とねり)も見しりたれば、うちふせてとひけるに、はじめはしらずといひけれども、つひにはありのまゝにぞ申(まうし)ける。則(すなはち)此男をさきに追立(おつたて)てゆくほどに、あたらしく土をうがてる所あり。「あれこそ、そよ」と教ふれば、すなはちほりおこしてみれば、いまだ目もはたらき息もかよひけるを、首を取てぞかへりける。
 出雲の前司(ぜんじ)光泰(みつやす)、信賴の卿に此由申せば、同(おなじき)十四日に、別當(べつたう)惟方(これかた)と同車して、光泰(みつやす)の宿所、神樂岡(かぐらをか)へゆきむかて、此首を實檢(じつけん)す。必定(ひつぢやう)なれば、やがて明(あく)る日大路(おほぢ)をわたし、獄門(ごくもん)にかけらるべしと定(さだめ)られければ、京中の上下(じやうげ)、河原に市(いち)をなして見物す。信賴、義朝も車をたててこれを見る。十五日の午刻(うまのこく)の事なるに、晴(はれ)たる天俄(にはか)にくれて、星いでたり。是を不思議といふ所に、此首信賴、義朝の車の前をわたる時、うち頷(うなづ)いてぞとほりける。見る人みな、「只今敵(かたき)をほろぼしてんず、おそろし/\」とぞいひける。」








こちらもご参照ください:

『平家物語 (上)』 高橋貞一 校注 (講談社文庫)
『保元物語』 岸谷誠一 校訂 (岩波文庫)
『太平記 (一)』 兵藤裕己 校注 (岩波文庫)
























































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