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『平家物語 (下)』 高橋貞一 校注 (講談社文庫)

「波(なみ)の底(そこ)にも都(みやこ)の候(さぶらふ)ぞ」
(『平家物語』卷第十一「先帝御入水」 より)


『平家物語 (下)』 
高橋貞一 校注
 
講談社文庫 A51


講談社 
昭和47年6月15日 第1刷発行
昭和56年8月20日 第14刷発行
438p 口絵(モノクロ)1葉
文庫判 並装 カバー
定価460円
カバー装画:K・B・K



本文旧字。全二冊。



平家物語 下



カバー裏文:

「多年栄耀の地を灰燼と化し西国へ落ちる平家。頼朝の旗挙げ等東国は源氏の白旗にどよめく。幾多の果敢な源平合戦の場が展開。遂にまだ春浅き西海に落日の如く、一族の運命を荷って亡びゆく弱き人間存在の姿。短調の調べに捉えられた慟哭の一大叙事詩。巻七より諸行無常の縮図たる灌頂巻まで収録。」


目次:

平家物語 卷第七
 北國下向
 竹生島詣
 火燧合戰
 木曾願書
 俱利伽羅落
 篠原合戰
 實盛最後
 玄昉
 木曾山門牒状
 山門返牒
 平家山門への連署
 主上都落
 維盛都落
 聖主臨幸
 忠度都落
 經正都落
 靑山沙汰
 一門都落
 福原落

平家物語 卷第八
 山門御幸
 那都蘿
 宇佐行幸
 緒環
 大宰府落
 征夷將軍院宣
 猫間
 水島合戰
 瀨尾最後
 室山合戰
 鼓判官
 法住寺合戰

平家物語 卷第九
 小朝拜
 宇治川
 河原合戰
 木曾最後
 樋口被斬
 六箇度合戰
 三草勢汰
 三草合戰
 老馬
 一二の懸
 二度の懸
 坂落
 盛俊最後
 忠度最後
 重衡虜
 敦盛
 濱軍
 落足
 小宰相

平家物語 卷第十
 首渡
 内裏女房
 八島院宣
 請文
 戒文
 海道下
 千手
 横笛
 高野の卷
 維盛出家
 熊野參詣
 維盛入水
 三日平氏
 藤戸
 大嘗會沙汰

平家物語 卷第十一
 逆櫓
 勝浦合戰
 大坂越
 嗣信最後
 那須與一
 弓流
 志度合戰
 壇浦合戰
 遠矢
 先帝御入水
 能登殿最後
 内侍所都入
 一門大路被渡
 平大納言文沙汰
 副將被斬
 腰越
 大臣殿誅罰

平家物語 卷第十二
 重衡被斬
 大地震
 紺掻沙汰
 平大納言被流
 土佐房被斬
 判官都落
 吉田大納言沙汰
 六代
 泊瀨六代
 六代被斬

平家物語 灌頂卷
 女院御出家
 小原入御
 小原御幸
 六道
 御往生

補注
平家物語略年表
系図
索引




◆本書より◆


「那須與一(なすのよいち)」より:

「さる程(ほど)に阿波(あは)讃岐(さぬき)に平家(へいけ)を背(そむ)いて、源氏(げんじ)を待(ま)ちける兵(つはもの)ども、あそこの嶺(みね)、ここの洞(ほら)より、十四五騎二十騎(じふしごきにじつき)、打連(うちつ)れ馳(は)せ來(きた)る程(ほど)に、判官(はうぐわん)程(ほど)なく三百餘騎(さんびやくよき)になり給(たま)ひぬ。「今日(けふ)は日暮(ひく)れぬ、勝負(しようぶ)を決(けつ)すべからず」とて、源平(げんぺい)互(たがひ)に引退(ひきしりぞ)く處(ところ)に、沖(おき)より尋常(じんじやう)に(脚注:「りっぱに。」)飾(かざ)つたる小船(こぶね)一艘(いつそう)、汀(みぎは)へ向(む)いて漕(こ)ぎよせ、渚(なぎさ)より七八段許(しちはつたんばか)りにもなりしかば、船(ふね)を横樣(よこさま)になす。「あれは如何(いか)に」と見(み)る處(ところ)に、船(ふね)の中(うち)より年(とし)の齡(よはひ)十八九許(じふはつくばか)んなるなる女房(にようばう)の、柳(やなぎ)の五衣(いつつぎぬ)に、紅(くれなゐ)の袴(はかま)著(き)たるが(脚注:「柳がさねで、表は白く、裏の青い衣。五衣は紅の表衣の下に、柳がさねを五枚かさねたもので冬より春にかけて着用。」)、皆紅(みなぐれなゐ)の扇(あふぎ)(脚注:「地を全部紅色に彩った扇。」)の、日出(ひいだ)したる(脚注:「金箔で日輪を描く。」)を、船(ふね)のせがい(脚注:「船の左右の脇板。舷に沿って棚のように渡した板。」)に挾(はさ)み立(た)て、陸(くが)へ向(む)いてぞ招(まね)きける。判官(はうぐわん)後藤兵衞實基(ごとうびやうゑさねもと)を召(め)して、「あれは如何(いか)に」と宣(のたま)へば、「射(い)よとにこそ候(さふらふ)らめ。但(ただ)し大將軍(たいしやうぐん)の矢面(やおもて)に進(すす)んで、傾城(けいせい)(脚注:「美女。漢書、外戚伝に、「北方佳人あり。絶世にして独立し、一たび顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く」とある。」)を御覽(ごらん)ぜられん處(ところ)を、手垂(てだれ)(脚注:「てきき。熟練者。」)にねらうて射落(いおと)せとの謀(はかりごと)とこそ存(ぞん)じ候(さふら)へ。さりながら扇(あふぎ)をば、射(い)させらるべうもや候(さふらふ)らん」と申(まう)しければ、判官(はうぐわん)、「御方(みかた)に射(い)つべき仁(じん)は、誰(たれ)かある」と問(と)ひ給(たま)へば、「手垂(てだれ)ども多(おほ)う候(さふらふ)中(なか)に、下野國(しもつけのくに)の住人(ぢうにん)、那須太郎資高(なすのたらうすけたか)が子に、與一宗高(よいちむねたか)(脚注:「盛衰記、「那須太郎助宗が子に、十郎兄弟」とあり、八坂本、「すけたかが子に与一すけむね」と。」)こそ、小兵(こひやう)(脚注:「小柄。」)では候(さふら)へども、手(て)はきいて候(さふらふ)」と申(まう)す。」
「頃(ころ)は二月十八日(にんぐわつじふはちにち)酉(とり)の刻(こく)許(ばか)ん(脚注:「午後六時頃。」)の事(こと)なるに、折節(おりふし)北風(きたかぜ)烈(はげ)しう吹(ふ)きければ、磯打(いそう)つ浪(なみ)も高(たか)かりけり。船(ふね)はゆり上(あ)げゆりすゑ漂(ただよ)へば、扇(あふぎ)も串(くし)(脚注:「扇を上にさしはさんだ竿。」)に定(さだ)まらず、ひらめいたり。沖(おき)には平家(へいけ)船(ふね)を一面(いちめん)に並(なら)べて見物(けんぶつ)す。陸(くが)には源氏(げんじ)轡(くつばみ)を竝(なら)べてこれを見(み)る。何(いづ)れも何(いづ)れも晴(はれ)ならずといふ事(こと)なし。與一(よいち)目(め)を塞(ふさ)いで、「南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)、別(べつ)してはわが國(くに)の神明(しんめい)(脚注:「与一の生国下野国の神。」)、日光權現(につくわうのごんげん)(脚注:「日光の二荒山神社。宇都宮は宇都宮市馬場町の二荒山神社。」)、宇都宮(うつのみや)、那須温泉大明神(なすのゆぜんだいみやうじん)(脚注:「那須郡那須町湯本にある温泉神社。盛衰記、氏御神那須大明神。」)、願(ねが)はくは、あの扇(あふぎ)の眞中(まんなか)射(い)させて給(た)ばせ給(たま)へ。これを射損(いそん)ずるものならば、弓(ゆみ)切(き)り折(を)り自害(じがい)して、人(ひと)に二度(ふたたび)面(おもて)を向(むか)ふべからず。今一度(いまいちど)本國(ほんごく)へ歸(かへ)さんと思(おぼ)し召(め)さば、この矢(や)はづさせ給(たま)ふな」と、心(こころ)の中(うち)に祈念(きねん)して、目(め)を見開(みひら)いたれば、風(かぜ)も少(すこ)し吹(ふ)き弱(よわ)つて、扇(あふぎ)も射(い)よげにこそなつたりけれ。與一(よいち)鏑(かぶら)を取(と)つてつがひ、よつ引(ぴ)いてひやうど放(はな)つ。小兵(こひやう)といふ條(でう)(脚注:「あいだ。いうので。順接。」)、十二束(じふにそく)三(みつ)ぶせ、弓(ゆみ)は強(つよ)し、鏑(かぶら)は浦(うら)響(ひび)く程(ほど)に長鳴(なあgなり)して、あやまたず扇(あふぎ)の要際(かなめぎは)、一寸許(いつすんばか)りおいて、ひいふつとぞ射切(いき)つたる。鏑(かぶら)は海(うみ)へ入(い)りければ、扇(あふぎ)は空(そら)へぞ揚(あが)りける。春風(はるかぜ)に一揉二揉(ひともみふたもみ)もまれて、海(うみ)へさつとぞ散(ち)つたりける。皆紅(みなぐれなゐ)の扇(あふぎ)の、夕日(ゆふひ)の輝(かがや)くに、白波(しらなみ)の上(うへ)に漂(ただよ)ひ、浮(う)きぬ沈(しづ)みぬゆられけるを、沖(おき)には平家(へいけ)舷(ふなばた)を扣(たた)いて感(かん)じたり。陸(くが)には源氏(げんじ)箙(えびら)を扣(たた)いて、どよめきけり。」



「先帝御入水(せんていのごじゆすゐ)」より:

「さる程(ほど)に源氏(げんじ)の兵(つはもの)ども、平家(へいけ)の船(ふね)に乘(の)り移(うつ)りければ、水主(すゐしゆ)楫取(かんどり)(脚注:「船頭水夫。」)ども、或(あるひ)は射殺(いころ)され、或(あるひ)は斬(き)り殺(ころ)されて、船(ふね)を直(なほ)すに及(およ)ばず(脚注:「方向を立て直すこともできず。」)、船底(ふなぞこ)に皆(みな)倒(たふ)れ臥(ふ)しにけり。新中納言知盛卿(しんぢうなごんとももりのきやう)、小船(こぶね)に乘(の)つて、急(いそ)ぎ御所(ごしよ)の御船(おんふね)へ參(まゐ)らせ給(たま)ひて、「世(よ)の中(なか)は今(いま)はかうと覺(おぼ)え候(さふらふ)。見苦(みぐる)しき物(もの)をば、皆(みな)海(うみ)へ入(い)れて、船(ふね)の掃除(さうぢ)めされ候(さふら)へ」とて、掃(は)いたり、拭(のご)うたり、塵拾(ちりひろ)ひ、艫舳(ともへ)に走(はし)り廻(まは)つて、手(て)づから掃除(さうぢ)し給(たま)ひけり。女房達(にようばうたち)、「やや中納言殿(ちうなごんどの)、軍(いくさ)の樣(やう)は如何(いか)にや如何(いか)に」と問(と)ひ給(たま)へば、「只今(ただいまの)珍(めづら)しき東男(あづまをとこ)をこそ、御覽(ごらん)ぜられ候(さふら)はんずらめ」とて、からからと笑(わら)はれければ、「何條(なんでふ)只今(ただいま)の戲(たはぶ)れぞや」とて、聲々(こゑごゑ)に喚(をめ)き叫(さけ)び給(たま)ひけり。
 二位殿(にゐどの)は、日頃(ひごろ)より思(おも)ひ設(まう)け給(たま)へる事(こと)なれば、鈍色(にぶいろ)(脚注:「薄黒い色。喪服の色。」)二衣(ふたつぎぬ)(脚注:「二枚重ねの衣。」)打被(うちかづ)き、練袴(ねりばかま)(脚注:「ねり絹の長袴。」)の傍高(そばたか)く取(と)り(脚注:「ももだちを結びの紐に深くはさみて。袴を短くして。」)、神璽(しんし)(脚注:「三種の神器の一。八坂瓊曲玉。」)を脇(わき)に挾(はさ)み、寶劍(ほうけん)を腰(こし)にさし、主上(しゆしやう)を抱(いだ)き參(まゐ)らせて(脚注:「東鑑、三月二十四日「午の尅に及び、平氏終に敗績し、二位の禅尼宝剣を持し、按察局先帝(春秋八歳)を抱き奉り、共に以て海底に没す」。」)、「われは女(をんな)なりとも、敵(かたき)の手には懸(かか)るまじ。主上(しゆしやう)の御供(おんとも)に參(まゐ)るなり。御志(おんこころざし)思(おも)ひ給(たま)はん人々(ひとびと)は、急(いそ)ぎ續(つづ)き給(たま)へや」とて、しづしづと、舷(ふなばた)へぞ歩(あゆ)み出(い)でられける。(中略)主上(しゆしやう)あきれたる御有樣にて(脚注:「ひどく驚かれた御様子で。」)、「抑(そもそも)尼前(あまぜ)、われをばいづちへ具(ぐ)して行(い)かんとはするぞ」と仰(おほ)せければ、二位殿(にゐどの)、幼(いとけな)き君(きみ)に向(むか)ひ參(まゐ)らせ、涙(なみだ)をはらはらと流(なが)いて、「君(きみ)は未(いま)だ知(しろ)し召(め)され候(さぶら)はずや。先世(ぜんぜ)の十善戒行(じふぜんかいぎやう)の御力(おんちから)によつて、今(いま)萬乘(ばんじよう)の主(あるじ)(脚注:「天子は兵車万乗を出すにより万乗の主という。」)とは生(うま)れさせ給(たま)へども、惡縁(あくえん)に引(ひ)かれて、御運(ごうん)既(すで)に盡(つ)きさせ給(たま)ひ候(さぶら)ひぬ。先(ま)づ東(ひんがし)に向(むか)はせ給(たま)ひて、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)に御暇(おんいとま)申(まう)させおはしまし、その後(のち)西(にし)に向(むか)はせ給(たま)ひて、西方浄土(さいはうじやうど)の來迎(らいかう)(脚注:「聖衆の来迎。」)に預(あづか)らんと誓(ちか)はせおはしまして、御念佛(おんねんぶつ)候(さぶらふ)べし。この國(くに)は粟散邊土(そくさんへんど)(脚注:「小さい辺鄙な国。日本をいう。」)と申(まう)して、物憂(ものう)き境(さかひ)にて候(さぶらふ)。あの波(なみ)の下(した)にこそ、極樂浄土(ごくらくじやうど)とて、目出度(めでた)き都(みやこ)の候(さぶらふ)。それへ具(ぐ)し參(まゐ)らせ候(さぶらふ)ぞ」と、樣々(さまざま)に慰(なぐさ)め參(まゐ)らせしかば、山鳩色(やまばといろ)の御衣(ぎよい)(脚注:「麹塵の御袍。天皇の御装束。萠黄色の黄味のつよいもの。」)に鬟(びんづら)(脚注:「みずら。」)結(ゆ)はせ給(たま)ひて、(中略)先(ま)づ東(ひんがし)に向(むか)はせ給(たま)ひて、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)、正八幡宮(しやうはちまんぐう)に、御暇(おんいとま)申(まう)させおはしまし、その後(のち)西(にし)に向(むか)はせ給(たま)ひて、御念佛(おんねんぶつ)ありしかば、二位殿(にゐどの)やがて(脚注:「すぐさま。」)抱(いだ)き參(まゐ)らせて、「波(なみ)の底(そこ)にも都(みやこ)の候(さぶらふ)ぞ」と慰(なぐさ)め參(まゐ)らせて、千尋(ちひろ)の底(そこ)にぞ沈(しづ)み給(たま)ふ。」



「内侍所都入(ないしどころのみやこいり)」より:

「新中納言知盛卿(しんぢうなごんとももりのきやう)は、「見(み)るべき程(ほど)の事(こと)をば見(み)つ(脚注:「見届けねばならぬ事は見届けた。」)、今(いま)は只(ただ)自害(じがい)をせん」とて、乳母子(めのとご)の伊賀平内左衞門家長(いがのへいないざゑもんいへなが)を召(め)して、「日頃(ひごろ)の契約(けいやく)をば違(たが)へまじきか」と宣(のたま)へば、「さる事(こと)候(さふらふ)」とて、中納言殿(ちうなごんどの)にも、鎧(よろい)二領(にりやう)著(き)せ奉(たてまつ)り、わが身(み)も二領(にりやう)著(き)て、手(て)に手(て)を取組(とりく)み、一所(いつしよ)に海(うみ)にぞ入(い)り給(たま)ふ。これを見(み)て、當座(たうざ)にありける、二十餘人(にじふよにん)の侍(さぶらひ)ども、續(つづ)いて海(うみ)にぞ沈(しづ)みける。」


「大地震(だいぢしん)」より:

「「世(よ)の滅(めつ)するなど云(い)ふ事(こと)は、常(つね)の習(なら)ひなれども、さすが昨日今日(きのふけふ)とは思(おも)はざりしものを」」







こちらもご参照ください:

『平家物語 (上)』 高橋貞一 校注 (講談社文庫)
『建礼門院右京大夫集 付 平家公達草紙』 久松潜一・久保田淳 校注 (岩波文庫)
兵藤裕己 『琵琶法師 ― 〈異界〉を語る人びと』 (岩波新書)
佐藤輝夫 『ローランの歌と平家物語』 全二冊




























































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Author:ひとでなしの猫
 
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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