FC2ブログ

『種村季弘 ぼくたちの伯父さん』 (KAWADE 道の手帖)

「町というのは正しさとか明るさばかりではつまらない。そこに少し悪意のようなものが混じっていると面白くなるんです。」
(種村季弘 「「家」の履歴書」 より)


『種村季弘 
ぼくたちの伯父さん』
 
KAWADE 道の手帖


河出書房新社
2006年1月20日 初版印刷
2006年1月30日 初版発行
191p
A5判 並装 カバー
定価1,500円(税別)



口絵図版(モノクロ)12点、本文中図版(モノクロ)22点。扉・目次に図版(モノクロ)各1点。
本書はまだよんでいなかったのでアマゾンマケプレで最安値のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



種村季弘 道の手帖 01



内容:

アルバム
 「顔」の履歴書 種村季弘 1933―2004

エッセイ
 澁澤龍彦 種村季弘について (種村季弘『怪物のユートピア』三一書房、68・4「あとがき」)

編集者の思い出
 桑原茂夫 種村さんのいる風景
 松田哲夫 編集者として大切なことはみんな種村さんに教わった
 西館一郎 豪放と緻密

総論対談
 松山巖・坪内祐三 大隠は市に隠れる 種村さんが与えてくれたもの

タネラムネラ・ワールド: 種村季弘を読み解く10の鍵
 【詩】 正津勉 へゝゝゝゝ
 【映画】 福間健二 生の全体の中に
 【翻訳】 高山宏 マニエリスムの翻訳、翻訳のマニエリスム
 【神秘思想】 安藤礼二 種村季弘と錬金術
 【路地】 川本三郎 路地裏の散歩者
 【江戸東京】 高山宗東 浮上する混沌
 【アングラ】 堀切直人 アングラ時代の種村季弘
 【温泉】 池内紀 種村さんと温泉
 【美術】 谷川渥 種村季弘とマニエリスム美術
 【民俗】 高山宗東 ほしいままなフィールドワーク

種村季弘・単行本未収録コレクション
 種村季弘 奈良王の隠れ里 (「ラパン」99・1月号)
 種村季弘 「家」の履歴書 (「週刊文春」97・10・30日号)
 種村季弘・池内紀 書物の森の散歩術、あるいはアンソロジストの秘かなよろこび (「i feel」04・春号)

温泉漫遊記
 大空咲穂 種村さんゆかりの温泉をたずねて 相模灘三湯遠足記

種村季弘フェイヴァリット・アンソロジー
 〈放浪〉 添田啞蟬坊 いろは長屋
 〈幻想〉 幸田露伴 ウッチャリ拾い
 〈怪談〉 森鴎外 鼠坂
 〈怪談〉 田中貢太郎 竈の中の顔
 〈怪談〉 芥川龍之介 妙な話
 〈温泉〉 岡本綺堂 温泉雑記
 〈推理〉 小栗虫太郎 失楽園殺人事件

資料
 種村季弘著作目録 齋藤靖朗 編
 種村季弘ブックガイド 齋藤靖郎・高山宗東
 種村季弘略年譜




◆本書より◆


「種村季弘について」(澁澤龍彦)より:

「事程さように、種村季弘の書く評論は、片カナの西洋人名がやたらに出てきて、いろんなテーマが押し合いへし合い、ひしめき合っているような盛り沢山の印象をあたえる。なにしろ暴力映画について論じながら、いつしかギリシア神話の世界に遊んでいたり、お化け映画について語りながら、突如として終末論とかユートピアの弁証法にふけったりするというのが、彼の常套手段だからである。そのロジックは強引でもあるが、巧妙でもあり、いささか眉唾物のようでもあるが、ぴたりと正鵠を射ているようにも思われる――そこに彼の書く評論の、いわば遊びに徹した独特の面白さがあるといえよう。やくざっぽい口調でペダントリーを次々に吐き出す操作を、彼は真実、楽しんでいるように見える。
 そういっても、彼に確固とした思想の核がないということではない。種村季弘の思想の核は、一言でいえば、この本の表題になっている「怪物のユートピア」という言葉に端的に示されているごとく、アンチ・ヒューマニズムに立脚したユートピア待望の情念である。すなわち人間は変身しなければならず、この世は顚倒されなければならない、――これが彼の信念だ。」



「「家」の履歴書」(種村季弘)より:

「[一九七〇年学園紛争のころ都立大学を辞めた種村さんは、学生が見つけてきた秩父の農家を買うことにした。]」

「翻訳の収入もあったので買えたんですよ。いいとこでしたよ。ただ、昼間は本を読んだり縁側に寝そべっていて、夜にさあ仕事をしようとすると近所の人が酒もって来るんだな。「飲もう」って。それはいいんだけど仕事ができない(笑)。
 近所の人は僕がいつも家にいるもんだから何の仕事しているのか不思議らしくてね。「本を書いている」と言ったら「それは印刷屋みたいなもんか」って聞くから「印刷屋の下請けだね」って答えたら納得してた(笑)。」

「[真鶴の山の上にあるお宅はみかん畑もほど近い環境のいい土地だ。種村さんは二年ほど前、脳梗塞で倒れ、一時は右半身がほとんど動かない状態だったが、その後のリハビリで現在はすっかり回復なさったご様子だ。]」

「病気になったことで直接何かが変わったということはないんです。だけれどもそれまで自覚しなかった“老い”というものがはっきり目に見える形にはなりましたね。たとえば、若い頃のことが今と連続しているという感じではなくて、回想の空間に入ってしまった。戦後からの自分の生きてきた連続性というのはどこかで終わってしまった感じがします。」
「何だか自分が経験した過去が本当にあったことなのか、夢の中の出来事のように思えてきます。
 前はもっと現実と関わっていたという気があったんですが、それも変わってきた。いまは現実に対して半覚半睡の状態で付き合っているという気がしますね。」



「大隠は市に隠れる」(松山巖・坪内祐三)より:

松山 (中略)種村さんの変なものへの関心というのかな、(中略)まあそれは職人さんともちょっと違って、人があるもので工夫する、ブリコラージュする感覚かな。無邪気に物をつくっている人たちがものすごい好きじゃないですか。子どもじみているというか、あまり成長しないというか。それで偉くもならない人たちがとても好きだから。」

坪内 種村さんは交友範囲もすごいですけど、人間に関する情報もすごかったですよね。普通の人物名鑑だとか本には決して載ってないような種村さん独自の興信録みたいなのを持ってたみたいで。
松山 噂話が本当に好きな人でしたね(笑)。」
坪内 大学で同級生だった松山俊太郎さんのエピソードが、(中略)いろんな作品に載っているじゃないですか。そこで描かれたエピソードを一つ一つ俊太郎さんに聞いたことがあるんです。そうしたら「それは嘘」「これも嘘」って全部嘘、みたいになって(笑)。
松山 俊太郎さん自身よくわからないんじゃあないのかなあ、伝説の多い人だから(笑)。」

松山 種村さんはある意味でシャイな人だからね。」

松山 最後に書かれたあれ、すごい本だよな。『ユリイカ』連載の「畸形の神 あるいは魔術的跛者」。身障者こそ創造者だという、古今東西の神話、物語を自由自在に取り出す感じで、華やかだし愉しい。これを最後に書かれたというのはすごいなってやっぱり思いますね。」



「浮上する混沌」(高山宗東)より:

「先生が亡くなるひと月ほど前だから、二〇〇四年の七月末であったか、入院されていた病院の、個人病室のベッドの上で書類に書き込みをしておられた先生は、ふと眼をあげて窓の外を眺めると、こう呟いたのである。
 「まるで箱庭……だな。」
「すると先生はまた、「グラウザーは庭師でもあったんだ。」と、続けた。
 フリードリヒ・グライザー――四歳で母と死に別れ、学校では問題行動ばかり引き起こし、モルヒネ依存症になり、入退院と自殺未遂を繰返し、一九三八年に四十二歳で襤褸布のようになって死んだ、スイス出身のミステリー作家である。」
「亡母の思い出を引きずりつつ、厳格な父には無理矢理精神病院に収監された。やがて、様々な職業を転々としながら小説家を目指すようになり、アウトサイダー作家として評価を得はじめたまさにその矢先、ぽっくりと突然死んでしまう。ようやくめぐり会った生涯の伴侶との結婚式を明日に控えた前日に……先生ご自身も書いておられるように、「精神病院、外人部隊、炭鉱夫、庭師、のような二十世紀初頭の独身者集団のあいだを転々と流浪」(『外人部隊』解説)した、まさに最後の最後まで独身者として巷間を彷徨い続けたダメ男、それがグラウザーなのだ。
 「僕は、グラウザーみたいに生きるもんだと思っていたよ。」」



「書物の森の散歩術、あるいはアンソロジストの秘かなよろこび」(種村季弘・池内紀)より:

種村 十年ほど前ドイツに行ったとき、本屋で犬のアンソロジーを見つけたんです。(中略)犬のアンソロジーだからといって、犬好きのためのアンソロジーではつまらない。犬嫌いのための小説も入っていないと(笑)。
池内 楽しいのもそこですね。律儀にテーマにこだわったり、秀作ばかりを集めたりした、由緒正しいアンソロジーなんて、読めたものじゃない。「なんていうことのない作品」が適度に混じっていないと。
種村 結局、編者があまりまじめな人だと、おもしろいアンソロジーにはならないのでしょうね。冗談のわかる人がいいアンソロジーを編む。いなすというか、脱力化するような身ぶりがなくては、ね。はじめから、犬というものはかくかくしかじかのものであるというふうに凝り固まっちゃうと、お説教になってしまう。」
池内 アンソロジーを通じて、定まった評価を逆転させる、そうでなくてはおもしろくないですね。アンソロジーは一種の批評の道具ともなりますから。」
種村 ぼくはそのうち『人生散歩論』という本を書こうと思っています。人生というのは「散歩」であって、本道を歩いてもいいけど、疲れたら横町のおでん屋でちょっと飲んで、それからパチンコ屋で五万か六万稼いで、向かいの大衆酒場に入って、またふらふら本道にもどればいいと。わき道でも本道でもそのとき好きなほうを歩めばいい。もちろん本道というものがあるとすればですよ。気の向くまま、足の向くまま。これがアンソロジーの編み方、読み方の極意かもしれない。」



「ウッチャリ拾い」(幸田露伴)より:

「予の対(むか)い側には七山生が矢張(やはり)予と同じように胴梁(どうばり)に片肘持たせて居る。(中略)彼も矢張り初夏の此の晴れ渡った日の、快い空気と快い日光と快い気候との間に抱かれて居るので、母の温い懐(ふところ)に抱かれた罪の無い赤子のような気になって、今日の朝からの舟遊びに満足し切って、而(しか)もかく穏やかに帰路に就きつつあるのを悦んでいるのであろう。」
「ふり反(かえ)って見ると沖の方は軽い南風(みなみ)が吹いて居るので、安房(あわ)上総(かずさ)の山々がボンヤリと薄青く見えて居るばかり、一体にボーッと霞んで、ただもう平和と安寧とが、上は半透明的の青い美しい空から下は紺に近い程濃い青色の熨(の)したように平らかな海までの間を塡(うず)め尽して居て、自分等(ら)の乗って居る船の帆さえダルイような此の気色に相応すべくダラケ切って居るのみか、時にはそれどころの段では無い、ややもすると全くブラリとなって仕舞(しま)って、(中略)幸(さいわい)に潮が背後から推すから宜(よ)いようなものの、然(さ)もなければ船は後(うしろ)へと戻りそうな位の勢(いきおい)である。」
「そして船頭の居る舳(とも)の方を見た次(ついで)にずっと見渡すと、直(すぐ)鼻の先の芝から愛宕(あたご)高輪(たかなわ)品川鮫洲(さめず)大森羽田の方まで、陸地の段々に薄くなって行って終(つい)に水天の間(かん)に消える、芝居の書割(かきわり)とでも云おうか又パノラマとでも云おうか何とも云いようの無い自然の画(え)が、今日は取分け色工合(いろぐあい)好く現れて、毎々の事ではあるが、人をして「平凡の妙」は到る処に在るものであるということを強く感ぜしめるのである。で、思わず知らずに又洲崎(すさき)の方を見ると、近い洲崎の遊郭の青楼(せいろう)の屋根などの異様な形をしたのが、霞んだ海面(うみづら)の彼方に、草紙の画(え)の竜宮城かなんぞのように見えて、それから右手へ続いて飛び飛びに元八幡(もとはちまん)の森だの、疝気(せんき)の稲荷(いなり)の森だの、ずっと東の端(はし)に浮田(うきた)長島(ながしま)の方の陸地が、まるで中途で断(き)れでも仕て居るように点々断続して見え渡るさまは、天(あま)の橋立(はしだて)の景色を夢にでも見るようである。
 が、東京百幾万の人間の中で、海へ遊びに出る事を知らずに塵埃(ほこり)の中で鼻うごめかして怜悧がって居る人達は、全く此様(こう)いう好い景色の有る事を知らぬばかりか、有ると云っても真(まこと)に仕無(しな)いのである。ただ少数の人々は之を知って居るが、知り切って居るので却(かえっ)てまた珍しいともせず、何とも思わずに居るのである。」

「こういうわけでウッチャリ拾いの称は、人の打棄(うっちゃ)ったものを拾うから起った称なのである。百幾万の人が打棄ったものの自然に流れ着くべきところを考えて、これを拾い上ぐるというがウッチャリ拾い先生の本願なのである。」
「船は遅々として居る。(中略)ウッチャリ拾い先生は頻(しき)りに何か拾っている。(中略)先生の水に立って従容として「会者(えしゃ)は忙(ぼう)せず」に俯仰(ふぎょう)するさまは、美わしい天(そら)や海や暖かい日光や和(やわ)らかい風やの中に、古昔(いにしえ)の逸人畸士(いつじんきし)を画(え)にしたかの如くに見えた。特(こと)に濡れしょぼたれて居ながら濡れしょぼたれたとも思わぬようで、汚(むさ)い事をしながら汚い事をも忘れて、脱然として平気で、ガサボチャ、ヂタブタやって居る容態(ようだい)は慥(たしか)に一種のおもしろいところが有るように思えた。
 「ウッチャリ拾いなる哉とは何様(どう)だ、賛成する気は無いかネ。」
 予は七山生に戯れて斯様(こう)云うと、七山生も戯れて、
 「実にウッチャリ拾いなる哉です、賛成です。」
と笑った。」







こちらもご参照ください:

種村季弘 編 『ドイツ怪談集』 (河出文庫)
フリードリヒ・グラウザー 『外人部隊』 種村季弘 訳
種村季弘 『澁澤さん家で午後五時にお茶を』
別冊幻想文学 『中井英夫スペシャル I』 (改訂版)



























































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本