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マンディアルグ 『ポムレー路地』 生田耕作 訳

「もはや私のうちには期待も、恐怖も、迷いすらもなく、ただおびただしい無気力と涯しないやすらぎの感覚があるだけだった。「自分の番が来たのだ。」」
(マンディアルグ 「ポムレー路地」 より)


マンディアルグ 
『ポムレー路地』 
生田耕作 訳



奢灞都館
1988年8月 発行
58p 
22×15.2cm
角背紙装上製本 カバー
定価2,400円(本体2,300円)



「ポムレー路地」は白水社版短篇集『黒い美術館』にも収録されていますが、本書は写真図版(モノクロ)13点が掲載されているのでよいです。
本書は出たときに ぽると・ぱろうる で見かけて買おうとおもったもののうっかりして忘れていたのをおもいだしたのでアマゾンマケプレで568円(+送料350円)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
この作品がなぜ魅力的なのかというと、地下道やトンネル、アーケード等を通り抜けると(胎内くぐり)、人間ではない何か原初的な生きもの(蛇・魚など)に変身して(戻って)しまうという神話的退化(縄文あるいは「古ヨーロッパ」的なグレートマザーによる文明の去勢)、そして港町の広場の群衆に交る鮫人の孤独とノスタルジア――自分は「エレファントマン」なのだ、という自己認識、そんなところなのではなかろうか。



マンディアルグ ポムレー路地 01



◆本書より◆


「悪名高い路地のうちには、ご承知の如く得体の知れぬ獣(けだもの)が悠然と眠り込んでいる場合が多い。
A・ブルトン/Ph・スーポー」

「この七月十四日のすばらしく晴れた日の暮れ方、ナント市の上空には浮遊気球が一つぽっかりと浮かんでいた。」
「私はナントの人ジュール・ヴェルヌのことを、私たちが幼い頃読みふけった書物を飾っていたあの忘れ難い挿絵の数々を思い出すのだった。」
「〈地平線〉、と私は声に出して独り言(ご)ち、「灼熱の地」(フエゴ諸島のこと)の暗い夜空に出現する極光を、真っ赤に燃える一線のような地平の涯てを、そして間もなくこの都会の上に垂れこめる夜の帳を眼(まなこ)に思い描くのだった。」

「その手は手袋屋の看板で、ずいぶん奇妙な〈井戸屋〉という名前がつけられているが、これはおそらくこのようなガラス張りの廻廊のすべてに共通した水底(みなぞこ)的雰囲気の連想からか、それともたいそう傾いた深い階段によって繋がれている二階建ての家並みをおさめたポムレー路地の変わったつくりからきているのだろうか?」
「ぼやけた拱廊の輪郭、この沼地のような植物、湿気、乳白色と海緑色の配合、そうしたもののせいでポムレー路地はまるで、海底に没したアトランチスの列柱が立ち並ぶあたりへ、潜水夫たちが、ネモ艦長に導かれて、海亀や鮫を狩りに出かける、あの『海底二万里』の深海風景の中に位置しているかのように見受けられる。」

「たとえば水族館のガラス越しにかろうじて見分けられるすごく大きな魚がゆっくりこちらへ向かって近づいてくるような、幼い夢の中で私を恐怖でみたした大鯰(おおなまず)、モラ湖の巨大な鯰のような、つかまえどころのない、漠とした不吉な何物か。(中略)夢の目覚めぎわにも必ず訪れ私をその重圧のもとに圧しひしぐこの未来永劫の重みに似た恐ろしい重みはいったいなにものなのか?」

「絶え間なく、私の頭の中でいくつかの言葉が響き渡るのだった。〈宿命の重荷……〉、」

「どれくらい時間が経過したものか、もはや私にはまったく見当もつかなかった。こうした相次ぐ遭遇をはっきり記憶にとどめてはいたが、幻覚の場合といっしょで、そこには時間の観念は入り込まず、同じように途轍もない、しかもそのとてつもなさが現実とちっとも変らぬ自然さで展開する世界の中を引きずり廻されている思いだった。」

「その美しく盛り上った唇は開き、躊躇(ためら)い、(中略)ただひとこと Echidna 「針土竜(はりもぐら)」という言葉を洩らしたのである、そしてこの言葉が人気のない廻廊の虚空の中に長々と尾を引いて反響(こだま)するのだった。」
「こんなふうに叫ばれた「エシイドナ」のうちに(中略)北方の人間がソフィア、パンテア、クラゥディオ、エルミィーア、オノーリョ、カッサンドラ、アポローニァなどといったラテン系やイタリア系やギリシア系の名前の o や a でできた語尾を発音するおりに味わう心(うら)寂しい喜びを私は見出すのだった――こうした名前がそれほどまでに彼らを魅了するわけは、青い海を前にひかえた白い街々や、金色の列柱の周りに巻きつく緑色の植物や、葉が生い茂った廃墟や、地下墓地や、そしてまた地中海的風光の詩を、これらが一つ残らずうちに収めているように思えるからである。イギリス人やドイツ人のあいだに見受けられる真昼のわびしさのすべて、「南」の熱い風のもと、夏の美しい夜に生まれる言うにいわれぬ欲望、そしてやっと雲ひとつない空を前にしたときの虚しさと生のはかなさとの実感を、さよう、私はそのなかに見つけ出したのである。」

「ここまで来てやっと自分を振り返ってみて、私はいましがた巡り終えた奇妙なジオラマの一種の、とりわけこまごました細部が、一つ残らず今後大きな意味をおびずにはすまないことに気づいて、慄然となるのだった。(中略)たとえていえばその最後の動作が彼をそこへ運び上げた絞首台の上から、自分のまわりを眺め渡す死刑囚の場合がそうであろうと思えるような。」

「長い角テーブルが両端(りょうはし)の窓と窓のあいだをすっかり埋めつくしている。その上には、褐色のしみで汚れた布ぎれや、錐(きり)や、針や、よく切れそうな鋏や、世にも奇怪な形をした一揃えの小さなナイフ類などが、まだお目にかかったこともないキラキラ光る他の鋼鉄製器具類と入りまざっているのが見えた。テーブルの下には、詰め物をした、真赤な色の大きなクッションが置かれている。そのクッションの上には、たいそう奇怪なかたちをした生き物がおり、悲しげな様子で私のほうを見つめている。その身体は一部分は豚で、一部分は猫でできているみたいだ。」

「もはや私のうちには期待も、恐怖も、迷いすらもなく、ただおびただしい無気力と涯しないやすらぎの感覚があるだけだった。「自分の番が来たのだ。」」




マンディアルグ ポムレー路地 02








こちらもご参照ください:


谷崎潤一郎 『人魚の嘆き・魔術師』 (中公文庫)
中野美代子 『鮫人』
『神道集』 貴志正造 訳 (東洋文庫)
谷川健一 『古代海人の世界』
『オデュッセイア』 呉茂一 訳 (集英社版 世界文学全集 1)
『閲微草堂筆記 子不語』 前野直彬 訳 (中国古典文学大系 42)
種村季弘 編 『泉鏡花集成 4』 (ちくま文庫)
『神道集』 貴志正造 訳 (東洋文庫)
ジュール・ヴェルヌ 『地底旅行』 窪田般弥 訳 (創元推理文庫)
Edward Gorey 『The Tunnel Calamity』






























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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