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富士川英郎 『読書間適』

「朔太郎は口語詩の完成者であるとか、病的な鋭い感覺と、近代人の憂鬱を自由に歌いあげた象徴詩人であるとか、いろいろ言われているが、しかし、もっと重大なのは、彼がなによりも先ず詩の解放者であったということである。(中略)朔太郎は詩の新しい地平線を展開したのであり、そこには多くの未來の詩が生まれでる可能性が孕まれていた。」
(富士川英郎 「萩原朔太郎のこと」 より)


富士川英郎 
『讀書閒適』



小澤書店 
平成3年12月20日 初版発行
236p
20.6×15.6cm 
丸背布装上製本 カバー
定価3,090円(本体3,000円)



本書「あとがき」より:

「本書は『讀書好日』『讀書游心』につぐ著者の第三隨筆集である。全體を九つの部門に分ったが、この體裁もほぼ前二著と同じと言えよう。」


旧字・新かな。



富士川英郎 読書間適 01



帯文:

「菅茶山から萩原朔太郎、日夏耿之介にいたる、近世・近代の詩文の世界と戲れ、座右に親しむ書物の來歴を辿る。日本醫史學の創始者、父・富士川游の思い出を淡々と語り、鎌倉の散歩道の四季に遊ぶ。簡明な文章に綴られた、「最後の文人學者」の豁達自在な境地。」


帯背:

「豁達自在な境地に
遊ぶ、文人學者の
最新評論隨想集。」



目次 (初出):

 Ⅰ
『菅茶山』雜記 (「海燕」 平成2年3月号)
六如と茶山 (岩波書店 『江戸詩人選集』 月報2 平成2年5月)
福原さんと菅茶山 (『福原麟太郎追悼録』 昭和62年1月)

 Ⅱ
森鷗外と富士川游 (「鷗外」 第47号 平成2年7月)
富士川游と雜誌 (「日本医史学雑誌」 第37巻第1号 平成3年1月)
内藤湖南と醫學史 (平成3年2月執筆)

 Ⅲ
呉健『池の素描』 (「朝日新聞」 平成3年5月10日夕刊/原題は「御殿池のこと」)
入澤達吉の隨筆 (「朝日新聞」 平成3年5月17日夕刊)
土肥慶藏『乙丑周游記』 (「朝日新聞」 平成3年5月24日)
緒方富雄『日本におけるヒポクラテス賛美』 (「朝日新聞」 平成3年5月31日)

 Ⅳ
萩原朔太郎のこと (「聖教新聞」 昭和61年4月5日)
萩原朔太郎の散文 (平成3年3月執筆)
日夏耿之介の詩 (「流域」 第十巻第三冊 平成元年12月)

 Ⅴ
緒方富雄氏 (平成3年2月執筆)
矢内原伊作君 (「同時代」 第55号 平成2年7月)

 Ⅵ
鷗外全集 (岩波書店 『鷗外全集』 内容見本パンフレット 昭和61年11月)
續日本隨筆大成 (吉川弘文館 『續日本隨筆大成』 内容見本パンフレット 昭和54年6月)
柴田宵曲『蕉門の人々』 (小澤書店 『柴田宵曲文集』 第一巻 平成2年11月)
堀口大學全集 (小澤書店 『堀口大學全集』 内容見本パンフレット 昭和56年12月)
齋藤磯雄著作集 (東京創元社 『齋藤磯雄著作集』 内容見本パンフレット 平成3年2月)

 Ⅶ
江戸時代の漢詩集 (「しにか」 第2巻第1号 平成3年1月)
第一書房の本 (「神奈川近代文学館」 第31号 平成3年1月)
繪畫のなかの本 (平成3年2月執筆)
書について (「同時代」 第53号 平成元年7月)

 Ⅷ
北山十八閒戸 (「電波新聞」 昭和53年11月20日)
鎌倉の散歩道 (「ミセス」 平成2年9月号)
路傍の花 (「ミセス」 平成3年7月号)

 Ⅸ
C・W・フーフェラント (『ゲーテ年鑑』 第24巻 昭和57年)

あとがき
初出一覽




◆本書より◆


「緒方富雄『日本におけるヒポクラテス賛美』」より:

「江戸時代の醫者の閒では、毎年、冬至の日に神農の像を床の閒に掛けて、これを祭る習慣があったが、これは神農が醫藥の祖として崇められていたからである。ところが、やがて江戸時代の中期以後、いわゆる蘭學が勃興し、蘭學者たちが次第に多く現れるようになると、その蘭學者たちは毎年、太陽暦の正月に、西洋醫學の祖とされているヒポクラテスの肖像を床の閒に掛けて、これを祭ったのであった。」


「萩原朔太郎のこと」より:

「朔太郎は口語詩の完成者であるとか、病的な鋭い感覺と、近代人の憂鬱を自由に歌いあげた象徴詩人であるとか、いろいろ言われているが、しかし、もっと重大なのは、彼がなによりも先ず詩の解放者であったということである。(中略)朔太郎は詩の新しい地平線を展開したのであり、そこには多くの未來の詩が生まれでる可能性が孕まれていた。」


「萩原朔太郎の散文」より:

「「秋宵記」は「四季」の昭和十三年一月號に載った隨筆であるが、これはその氣質のうちに、「あいむざあむ(引用者注:「あいむざあむ」に傍点)」という感じ、「人生孤獨」という感じを、宿命的に持って生まれた朔太郎が、その妻と離婚したのちの獨身生活と、孤獨感とを自ら語って、惻々として讀者の胸に迫ってくるようなエッセイである。」


「繪畫のなかの本」より:

「ドイツの《Philobiblon》(「愛書」)という雜誌に、嘗て「繪畫に畫かれた本」という面白いエッセイが載ったことがある。(中略)西歐の主として十六世紀以後の繪畫について、そのうちに本が畫かれているいろいろな肖像畫や靜物畫などを紹介しているのである。私はこのエッセイを興味深く讀んだが、同時に、日本の繪畫についても似たような觀察をすることができるのではないかと思ったのであった。」
「先ず『源氏物語繪卷』では、(中略)「宇治の中君が浮舟に繪物語をみせ、右近が詞をよむ」という畫面があって、その左端下方に後姿を見せて坐り、その長い黑髪を侍女に梳らせている中の君が畫かれており、彼女と向いあって、畫面の上方の中央に浮舟が對坐しているが、この浮舟の前には繪草紙が置かれていて、彼女はそれをじっと見つめている。そして畫面の中央のやや下方に、几帳の端から半身を出して、草紙の詞書を讀んでいる右近の姿が畫かれているが、ここで繪草紙とその詞書とが別々の冊子となっているのは注目すべきことである。
 次に『紫式部日記繪卷』には、紫式部が中宮彰子に『白氏文集』を講じている場面がある。」
「最後に、『法然上人繪傳』のなかに畫かれている本は、當然のことながら、經典であるが、そのさまざまの畫面のうちで殊に印象深いのは、法然上人が「暗夜に眼から光を放つて讀書」しているさまを畫いた場面である。赤い机の上に開かれている經典を片手でおさえながら、夕闇のなかで、眼から光を放って、それを讀んでいる上人と、その部屋の外に立って、ひそかにその樣子を窺っている弟子の正信房の姿が、そこに畫かれている(中略)。」
「繪卷物のなかに畫かれている本は、ほぼ以上のようなものであるが、これと比べれば、江戸時代の儒者や醫者などの肖像畫のうちに本が畫かれていることは甚だ多く、また、その本の種類もさまざまである。」



「書について」より:

「私は字が下手だが、それは小學校や中學校の授業のとき以外に、正式な習字をしたことがなかったからだと思っている。」
「習字は大切ではあるが、そのお手本の形にだけとどまっているような字は感心できない。昔から「書家の書」は面白くないものとされているが、それは本來、個性の表現であり、人柄のあらわれであるべき書が、彼らにおいては類型的なものとなってしまっているからだろう。」

「詩人の字では、私は萩原朔太郎のそれが好きである。凡そ氣取りのない書というものがあるとすれば、朔太郎のそれがまさにそれだろう。朔太郎の字は決して上手な字ではなく、むしろ金釘流と言ってもよいほどだが、そこに彼の好ましい人柄がありのままに現れていて、なんとも言えない魅力のある字となっているのである。」



「北山十八閒戸」より:

「奈良市川上町坂の上にある北山十八閒戸を初めて訪れたのは、昨年(昭和五十二年)の八月の、ある日のことであった。」
「北山十八閒戸については、光明皇后がここの湯殿で癩者の體を洗ったという傳説があって、森鷗外もその「寧都訪古録」(大正七年十一月)のなかで、「八日……歸途、北山十八閒戸を訪う。傳えて謂う、光明子の澡浴場は即ち是なり、と」(もと漢文)と言っているが、これは史實ではないらしい。こんにち一般に信じられているところによれば、この北山十八閒戸は鎌倉時代に僧忍性(にんしょう)が、癩者を收容するために創建したもので、わが國で最古の救癩施設であるという。」
「現存する北山十八閒戸は、奈良の北郊の丘陵の上に南面して建っており、東西に長くのびている十八戸建ての平屋造り、瓦葺きの棟割長屋である。その一室の廣さは約四疊敷であるが、その東端には一閒半の浴室がある。だが、この十八閒戸が癩者の收容所として實際に使用されていたのは江戸時代の終りまでであって、明治になってからは空家のままに放置されてかなり荒廢していたらしい。」
「忍性は奈良坂にこの北山十八閒戸を創設したのち、鎌倉へ下って、極樂寺の開祖となった。そして長谷の大佛に近い桑ケ谷(くわがやつ)に療病所を開いたり極樂寺のうちにも療病院・癩宿・藥湯室などを設けた。(中略)その療病院はいまは跡形もない。また、癩宿の跡も失われているが、これは北山十八閒戸と似たようなものであったろう。
 いずれにしても、鎌倉時代の極樂寺や奈良坂のあたりには、數多くの癩者が、おそらく乞食などをしながら、群がっていたらしい。そして當時は業病(ごうびょう)と見なされていた癩病に惱むこれらの人たちを救濟するのは、寺院のつとめとされていたが、しかし、忍性のように大規模に、永い年月にわたって、その救癩の事業を行った者は他になかった。
 彼が生きながらにして、忍性菩薩と言われた所以である。」




富士川英郎 読書間適 02



カバーは薄い紙の上下を折って芯になる朱鷺色の紙を包んだ凝ったものになっています。






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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