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『生誕100年記念 岡鹿之助展』 (1998年)

「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」
(岡鹿之助 「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」 より)


『生誕100年記念 
岡鹿之助展』



編集: 京都国立近代美術館/日本経済新聞社
発行: 日本経済新聞社
1998年 
215p 
29.5×22cm
並装 カバー
デザイン: 大向務


京都国立近代美術館
1998年8月14日(金)―9月20日(日)
福島県立美術館
1998年9月26日(土)―11月15日(日)
奈良そごう美術館
1999年1月2日(土)―2月7日(日)
そごう美術館
1999年3月12日(金)―4月11日(日)




油彩画図版199点、部分拡大図版6点。素描・版画図版36点。参考図版(モノクロ)61点。口絵・扉図版(岡鹿之助肖像写真)5点。本文中図版(モノクロ)27点、「年譜」図版(モノクロ)16点。

本図録はヤフオクで500円(+送料370円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
よく考えてみたら自分が好きな日本の画家は若冲と岡鹿之助でした。時流を顧みずに自分のやり方で同じものを繰返し描く、自閉的箱庭的世界はたいへん居心地がよいです。ルドンとルソーを日本に積極的に紹介したのも岡鹿之助ですが、ルドンからは白黒の怪奇幻想ではなくパステルカラーの可憐な花々を、ルソーからは熱帯の悪夢ではなく郊外のノスタルジアをといった影響の受け方もむしろ好ましいです。



岡鹿之助 生誕100年記念 01


半透明のカバー(裏面に鏡文字で「Oka」と印刷されている)がかけられています。


内容:

あいさつ (主催者)
Foreword (Sponsor)
謝辞

岡鹿之助の芸術――節度と調和について (島田康寛)
岡鹿之助の芸術におけるジョルジュ・スーラとフランス美術 (富田章)

図版
 油彩画
  Ⅰ 【開花 フランスに身を置いて】 1925―1939
  Ⅱ 【完成 日本の風土の中で】 1940―1951
  Ⅲ 【展開 さらなる発展を求めて】 1952―1963
  Ⅳ 【円熟 美しい調和へ】 1964―1978
 素描・版画
 参考図版

滞仏三年の歩み(岡鹿之助1927年12月21日付父宛の書簡から)
画家の言葉 (伊藤匡 編)
 ひたすら造形のことばで
 ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から
 パリッ子のお喋り

作品解説 (下鳥道代・山野英嗣・島田康寛・多嶋田淳子・伊藤匡)
年譜 (山野英嗣 編)
文献目録 (下鳥道代・多嶋田淳子 編)
出品目録

The Person and Art of Oka Shikanosuke (Shimada Yasuhiro) (翻訳: 今西喜美)




◆本書より◆



岡鹿之助 生誕100年記念 02


「窓」(1949年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 03


「群落B」(1961年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 04


「水上の館」(1963年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 05


「僧院」(1966年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 07


「塔」(1975年)。


岡鹿之助「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」より:

「美術学校時代に、私は師の岡田三郎助先生からいわれたものだ。「君は筆さばきが弱い」、あるいは「筆がたたない」と。
 絵画における筆さばきとは、修練熟達を必要とするもので、当時、絵画作品の重要な魅力の一つとして欠くことのできぬ要素とされていた。このことは近代絵画の足跡を辿ってみても分ることで、印象派からフォーヴに下るまで、つねに画面を支配する大きな力として筆勢の見事さが重要視され、巨匠の資格に結びついていたのである。
 しかし私にはどうしてもこのことが納得できなかった。私自身のひそかに願う造形の美しさは、当時の風潮とは全く別なところに根ざしたものであったので、一般の好みから遠ざかると分っていても、また恩師から悲観的な批評を受けても、勇ましい筆づかいを試みることはできなかった。筆意の魅力に乏しい私の絵がおよそ大家の絵とは縁遠く、つまらぬものとされたのは止むを得ぬことであった。
 学校を出てまもなく渡仏、パリに学ぶことになったのは1925年のことだが、はじめの2年間というものは、私自身にとってもっともふさわしい表現方法をただひたすらに模索して過した。その結果、得たのが点描による表現であった。筆勢をもったはなばなしい筆さばきの手法には練達の腕(ヴィルテュオジテ)が必要だが、無機的な点を重ねたり繰り返す方法は、いってみれば子供にもできることである。しかし私にはこれが自分のテクニックとして一番自然なばかりか最上の方法と考えられたのであった。私は点描による制作をこつこつとはじめていた。
 すると、これを見た仲間のフランス人画家のひとりが、「岡の絵はスーラの真似ではないか」と云うのである。長い模索の末にようやくさぐりあてた方法で試みたものを、模倣といわれたこともひどく腹だたしかったが、その相手とされたスーラという画家の名も全くはじめて耳にするもので意外であった。
 一体、そのスーラという絵描きの作品はどこへゆけば見られるのかとたずねると、リュクサンブール美術館にあるはずだと教えられ、早速赴いた。」
「さて、はじめてスーラの作品に対面した私は、何よりもまず、画面構成の秩序と形体(フォルム)のすばらしさに深い感銘を受けた。」
「自然の様相は元来混沌としたものだが、たまたまそれが秩序だって現われた時に人を美的感動に誘うものである。たとえば、無限にひろがる空と接するはるかな水平線に交わって、灯台が一つ、静かに垂直にのびる光景を目にした時、スーラは明らかに印象派には失われた秩序ある構築の美しさを自覚したのであった。以来夜を日についで、ついには「人間の肉体がたえうる極限をこえた過労」によって世を去るまでの短い生涯をかけて、はげしく追求した形体(フォルム)の再認識と画面の新しい造形秩序の実現というスーラの課題は、私にとってきびしくも強い共鳴となって急速に関心を傾けることとなった。」
「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」




岡鹿之助 生誕100年記念 06



岡鹿之助は音楽好きで、レコード蒐集家であり、特にバッハ以前の音楽(グレゴリオ聖歌等)とメシアン、バルトークなどの現代音楽、シャンソンを好んだようです。






こちらもご参照ください:

『岡鹿之助 展』 (2008年)










































































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