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『平妖伝』  太田辰夫 訳  (中国古典文学大系)

「ちょうどその酒宴の際、ふとその四望亭の柱の上で大きな音がしましたので、太尉から家来の者までことごとく吃驚(びっくり)しました。見れば誰か知らないが、弾丸をこの庭園に打ちこんだのです。」
「皆が騒いでおりますと、その弾丸は亭の地上をピョンピョンと何度か跳ね、糸巻きのようにクルクルと千百回も回りました。太尉、
 「どうも不思議じゃわい」
 すると、パン! と、大きな音がして、弾丸から一人の小さな人間が飛び出しました。」

(『平妖伝』 より)


馮夢竜 作 
『平妖伝』 
太田辰夫 訳
 
中国古典文学大系 36


平凡社
昭和42年11月5日 初版発行
426p 目次5p
菊判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価1,100円
装幀: 原弘

月報 2 (8p):
『平妖伝』と『魯迅伝』(増田渉)/明代の思想(増井経夫)/中国小説の歴史(二)――唐の伝奇――(内田道夫)/編集部より/次回配本/図版(モノクロ)2点。



本書「解説」より:

「『平妖伝(へいようでん)』という小説は、『水滸(すいこ)伝』『西遊(さいゆう)記』などと同様に、その源を民間の語り物に発していると推測される。北宋(ほくそう)の仁宗(じんそう)皇帝の代に、貝州(ばいしゅう)(河北省)で宗教的色彩をおびた農民暴動が起こったが、その主謀者たちは妖人で、妖術を使い官軍を悩ましたことが史書に記されている。(中略)その話がふくらんで明代になるとついに全二十回の中編小説となった。その著者としては、かの有名な羅貫中の名が記されている。(中略)この小説は『水滸』と『西遊』を兼ねたおもしろ味があるという評判であったが、明代に流行した長編小説に伍しては量的に貧弱であるし、ストーリーの構成にも不完全なところを有していた。これに眼をつけたのが明末の文学者馮夢竜(ふうむりょう)で、かれはこれを増訂して四十回とし、話の筋をととのえて読みごたえのあるものとした。」
「『平妖伝』は史実に基づくとはいえ、王則らの反乱は第三十二回以後になってはじめて現われる。つまり、それ以前、全書の四分の三以上はその伏線として、妖人たちの銘々伝のかたちを採っている。それゆえ『平妖伝』は、(中略)本質的には『西遊記』などと同じ「神魔小説」に属すべきものである。ではこの妖術とは何かというに、これは道教に源を発したものであると考えられる。(中略)道教の実践面の一つがいわゆる「方術」で、まじない・祈禱(きとう)・おはらい・錬金術など、みなこれに属する。」
「これら妖人たちの法術は、正統的な「方術」そのものではなく、それを現実的に歪曲(わいきょく)し応用したものである。」



二段組。本文中に挿絵図版(モノクロ)80点。「解説」中に図版(モノクロ)6点。



平妖伝 01



目次:

主要人物一覧

引首

第一回
 剣術を授け処女(しょじょ) 山を下り
 法書を盗み袁公(えんこう) 洞(どう)に帰る
第二回
 修文院に斗主 獄を断じ
 白雲洞(どう)に猿神(えんしん) 霧を布(し)く
第三回
 胡黜児(こちゅつじ) 村裏にて貞娘(ていじょう)を鬧(さわ)がし
 趙大郎(ちょうたいろう) 林中に狐(きつね)の跡を尋ぬ
第四回
 老狐(ろうこ) 大いに半仙(はんせん)堂を鬧(さわ)がし
 太医(たいい) 細かに三支脈を弁ず
第五回
 左黜児(さちゅつじ) 廟(びょう)中にて酒を偸(ぬす)み
 賈(か)道士 楼下にて花に迷う
第六回
 小狐精(こせい) 智(ち)もて道士を賺(あざむ)き
 女魔王 夢にて聖姑(せいこ)に会う
第七回
 楊(よう)巡検 経を迎えて聖姑(せいこ)に逢(あ)い
 慈(じ)長老 水を汲んで異蛋(いたん)を得たり
第八回
 慈(じ)長老 単(ひとり) 大士の籤(くじ)を求め
 蛋和尚(たんおしょう) 一たび袁公(えんこう)の法を盗む
第九回
 冷(れい)公子 はじめて厭人(えんじん)符を試み
 蛋和尚(たんおしょう) ふたたび袁公(えんこう)の法を盗む
第十回
 石頭陀(せきずだ) 夜 羅家畈(らかはん)を鬧(さわ)がし
 蛋和尚(たんおしょう) 三たび袁公(えんこう)の法を盗む
第十一回
 道法を得て蛋(たん)僧 師を訪(たず)ね
 天書に遇(あ)い聖姑(せいこ) 弟を認む
第十二回
 老いたる狐精 灯を挑(かきたて)て法を論じ
 癡(おろか)なる道士 月に感じ懐(こころ)傷(いた)む
第十三回
 東荘を閉じ楊春(ようしゅん) 金を点じ
 法壇を築き聖姑(せいこ) 法を煉(ね)る
第十四回
 聖姑宮(せいこきゅう)にて紙虎(しこ) 金山を守り
 淑景園(しゅくけいえん)にて張鸞(ちょうらん) 媚児(びじ)に逢(あ)う
第十五回
 雷(らい)太監 饞眼(うらやましく) 乾妻(なばかりのつま)を娶(めと)り
 胡媚児(こびじ) 癡心(ちしん)もて内苑(ないえん)に遊ぶ
第十六回
 胡(こ)員外 喜んで仙画(せんが)に逢(あ)い
 張(ちょう)院君 怒って妖胎(ようたい)を産む
第十七回
 博平(はくへい)県にて張鸞(ちょうらん) 雨を祈り
 五竜壇にて左黜(さちゅつ) 法を闘(たたか)わす
第十八回
 張(ちょう)処士 舟に乗って聖姑(せいこ)に会い
 胡(こ)員外 雪を冒して相識を尋ぬ
第十九回
 陳善(ちんぜん)・留義(りゅうぎ) 雙(ふたり)ながら銭を贈り
 聖姑(せいこ)・永児(えいじ) 私(ひそか)に法を伝う
第二十回
 胡洪(ここう)怒って如意冊(にょいさつ)を焼き
 永児(えいじ) 夜 相国寺に赴(おもむ)く
第二十一回
 平安街に員外 重ねて興り
 胡永児(こえいじ) 豆人紙馬を戦わす
第二十二回
 胡(こ)員外 媒(なこうど)を尋ねて親(えんぐみ)を議し
 蠢憨哥(うすのろむすこ) 洞房(どうぼう)に花燭を点ず
第二十三回
 蠢憨哥(うすのろむすこ) 誤って城楼の脊に上り
 費将仕(ひしょうし) 遊仙枕(ゆうせんちん)を撲(う)ち砕く
第二十四回
 八角鎮(はっかくちん)にて永児(えいじ) 異相を変(あらわ)し
 鄭(てい)州城にて卜吉(ぼくきち) 車銭を討(もと)む
第二十五回
 八角井 衆(おおく)の水手 屍(しかばね)を撈(さら)い
 鄭(てい)州堂 卜(ぼく)大郎 鼎(かなえ)を献ず
第二十六回
 野猪林(やちょりん)にて張鸞(ちょうらん) 卜吉(ぼくきち)を救い
 山神廟(びょう)にて公差(やくにん) 雙月(ふたつのつき)を賞(め)ず
第二十七回
 包竜図(ほうりゅうと) 新たに開封府を治め
 左瘸師(さかし) 大いに任(じん)・呉(ご)・張(ちょう)を悩ます
第二十八回
 莫坡(ばくは)寺にて瘸師(かし) 仏の肚(はら)に入り
 任(じん)・呉(ご)・張(ちょう) 夢に聖姑姑(せいここ)に授かる
第二十九回
 王(おう)太尉 大いに募縁の銭を捨て
 杜(と)七聖 狠(むご)く続頭の法を行なう
第三十回
 弾子(だんし)僧 変化して竜図(りゅうと)を悩まし
 李二哥(りじか) 妖(よう)を首(つ)げ跌死(てっし)に遭(あ)う
第三十一回
 胡(こ)永児 泥蠟燭(どろろうそく)を売り
 王(おう)都排 聖姑姑(せいここ)に会う
第三十二回
 夙(ふる)き姻縁にて永児 夫を招き
 銭米を散じて王則 軍を買う
第三十三回
 左瘸師(さかし) 神を顕(あら)わして衆を驚かし
 王(おう)都排 夥(なかま)を糾(あつ)めて仇(あだ)を報ず
第三十四回
 劉彦威(りゅうげんい) 三たび貝(ばい)州城にて敗れ
 胡(こ)永児 大いに河北の地を掠(かす)む
第三十五回
 趙無瑕(ちょうむか) 生(いのち)を拚(す)てて賊を紿(あざむ)き
 包竜図(ほうりゅうと) 詔に応じて賢を推す
第三十六回
 文相国(そうこく) 三路より師(ぐん)を興し
 曹(そう)招討 喞筒(そくとう)にて賊を破る
第三十七回
 白猿(はくえん)神 信香にて玄女に求め
 小狐妖(こよう) 磨(うす)を飛ばし潞(ろ)公を打つ
第三十八回
 多目神 徳に報いて銀盆に写(か)き
 文招討 路(みち)に失(まよ)いて諸葛(しょかつ)に逢(あ)う
第三十九回
 文招討 曲を聴(き)いて馬遂(ばすい)を用い
 李魚羹(りぎょこう) 直諫(ちょくかん)して王則を怒らす
第四十回
 潞(ろ)国公 凱(がい)を汴京(べんけい)城に奏し
 白猿(はくえん)神 重(かさね)て修文院を掌(つかさど)る

解説

付録 三遂平妖伝国字評(抄) 滝沢馬琴編輯

あとがき




◆本書より◆


第一回より:

「さても大唐は開元の御代(みよ)、鎮沢(震沢のこと。いま江蘇省呉江県西南の地)という所の劉直卿(りゅうちょくけい)と申すお方、諫議(かんぎ)大夫をなされました時、宰相、李林甫(りりんぽ)を弾劾(だんがい)する上奏文をたてまつりましたが失敗し、職を捨て、閑居の身となりました。奥方はかねがね大夫に口を慎まれるよう忠告いたされておりましたので、お役ご免となりますと、つい、はしたない言葉も出ようというもの。ところが大夫はまがったことの嫌(きら)いな一本気の殿方、どうして負けておりましょう。かくていさかいがありましたので、奥方は心に屈託のあまり、病いの床につかれました。くすし(引用者注:「くすし」に傍点)を招き調治いたしましたが、一進一退、いっこうすっきりいたしませぬ。
 とある晩、夫人は寝床の上に起き上がり、少しばかりの粥(かゆ)を召し上がりましたが、腰元を呼んで碗(わん)を下げさせますと、にわかに銀の燭台が暗くなりました。腰元、
 「おくさま、おめでたいことがございますわ。あんな大きな丁字頭(ちょうじがしら)(灯心のもえさしの先端にできる塊、吉兆とされる)ができましたもの」
 「わたしにおめでたいことがあるものかね。それより早くかきたてておくれ。眼(め)さきが明るくなれば気分もさっぱりするだろうから」
 腰元は進みでますと、二本の指で棒をつまみ、まっ赤な丁字頭をかき落としました。丁字頭が卓の上に落ちると、燭台の背後より一陣のつめたい風が吹き起こり、その丁字頭を右に左に吹きころがして、まるで火の玉のようです。腰元は笑って、
 「おくさま、おもしろいじゃございませんか。丁字頭が生きてるようですわ」
 と言いも終わらぬうち、その丁字頭は、二、三度、ころころまわると、たちまち茶碗ほどの大きさの火の玉となり、床へころげ落ちますと、
 ――パン!
 と爆竹のように炸裂(さくれつ)し、あたり一面、火花が散って消えてしまいました。見ると身のたけ三尺ほどの老婆がそこに立っております。老婆は夫人に向かい、
 「ごきげんよう。ご病気とおききしたので仙薬をおとどけに来ましたよ」」

「袁公は森の中で折り目正しく玄女を八拝いたしますと、玄女は拝を受け、袖から竜眼肉ほどの大きさの二つの弾丸をとりだして、袁公に与えました。袁公はかしこまって頂戴いたしましたが、てのひらにのせてよく看(み)れば、白色で、鉛で鋳たようにあまり光沢がありません。袁公は口にこそ出しはしませんでしたが、心中いささか不審に想(おも)いました。
 ――これが粉でつくった団子なら一時の飢えをしのぐことができよう。銀でつくったものならまず二十匁ぐらいのもの、たいした値打ちではない。もしただの鉛の弾(たま)なら、おれは弾(はじ)き弓を習う気はないのだから、もらっても役には立たないし……。
 と考えておりますと、玄女は早くもそれに気づき、その弾丸に息を吹きつけると、
 「カッ!」
 と叫びました。見ると弾は光を放ち、たちまち右に左にとびはね、さながら二匹の金色の蛇(へび)が、袁公にまきつき、はいまわっている如く、頭から首のあたりを、往(ゆ)きつもどりつ、万条の寒光を発し、その寒さ堪えがたく、耳には千刀万刃の打ちあい触れあう音が聞こえます。あわてたのは袁公、眼(まなこ)をかたく閉ざしたまま、
 「師父よ! わたくしめには師父のご威光がよくわかりました。どうかお許しのほどを……」
 と叫ぶのみです。もともとこの二つの弾丸は、仙家で煉(ね)りあげた雌雄の二剣でありまして、伸縮は自在、変化は無窮、もし光を収めたときには鉛弾のようですが、一たび活動をはじめれば、よく百万の軍中を飛び交(か)い、来(きた)るときは矢の如く、去るときは風の如く、さてこそ仙家が剣を飛ばせ妖を斬るは百発百中というわけなのであります。」



第三回より:

「さて、もろもろの虫・獣はいろいろと変化のことが多いものでして、たとえば黒魚の漢(おとこ)、白螺(ら)の美人とか、また虎は僧となり嫗(おうな)となり、牛は王と称し、豹(ひょう)は将軍と称し、犬は主人となり、鹿(しか)は道士となり、狼(おおかみ)は小児となる。これらは他の小説に見えており、数えきれぬほどでございます。とりわけ猿と猴(こう)の二種は、最も霊性がありますが、何と申しましても、妖となり怪をなすことの多いのは、狐にかなうものはありませぬ。この狐というもの、生まれつき口鋭く鼻尖り、頭は小さく尾は大、毛は黄色です。もっとも玄(くろ)狐白(しろ)狐というのがありますが、これは寿(よわい)永くして毛色の変わったものでございます。『玄中記』というご本を見ますと、「狐は五十歳にしてよく変化して人となり、百歳にしてよく千里の外の事を知る。千歳にしては天と相通じ、人も制する能(あた)わず。名づけて天狐という。性よく蠱惑(こわく)し、変幻万端なり」とございます。」
「さて皆さま、わたくし、これよりこの狐媚の二字を講釈つかまつります。およそ牝(めす)の狐が男子を誘惑しようとするときは、美貌の婦人に化けまする。また牡(おす)の狐が婦人を誘惑しようとするときは、美貌の男子に化けます。これらはみな人間の陰精陽血を採って、修煉を完成する助けとするものです。ではどのような手で化けるかと申しますれば、生まれつき不思議な術を心得ておりまして、たとえば牝狐が婦人に変ずるときには、婦人のされこうべを用い、牡狐が男子に変ずるときには、男子のされこうべを用い、これを頭にかぶりまして、月に向かって拝するのです。もしも、化けてはならぬときには、そのされこうべはコロコロところがり落ちてしまいますが、もし、しっかりと頭上についておりまして、七七四十九拝を拝みおえますと、たちまち男女の姿に変わります。そこで木の葉や花弁をとって身をおおえば、五色の真新しい衣服となります。人々はその美しい容貌と華(はな)やかな衣裳(いしょう)を見、そのうえ、それが言葉巧みに近づいてまいりますので、フラフラにならない者とてはございません。(中略)それで狐媚と申すのです。それどころか、僧に逢えば仏となり、道士に逢えば仙人と称し、人を欺いて礼拝供養させまする。それで唐のころには狐神というものがあり、戸ごとに祭って怠らなかったといいます。当時の諺(ことわざ)に『狐がいなければ村はなりたたぬ』と申し、これは五代の時のことですが、その種(たね)は今にいたるも絶えてはおりませぬ。」

「とある日、銭氏が朝起きて身づくろいをしますと、髻(まげ)にさす銀の簪(かんざし)が見えません。着物・籠・箱・化粧箱・夜具など、いたるところ捜しましたが見えません。壁の根元に鼠(ねずみ)の穴がありましたので、明りをつけて何べんも照らしてみましたが、それらしい影もありませぬ。昼になってご飯が炊(た)きあがり、蓋をとってみますと、その簪はきちんと釜(かま)のまん中につきささっておりました。抜きとってみればあら不思議、やけどもしかねない釜の中にありながら、簪ばかりは冷たいのです。銭氏は言っても夫が信じまいと思い、黙っておりました。またある日、朝起きて寝台を下り、ぬいとりをした靴をはこうとしますと、片方がありません。趙壱、
 「おおかた猫(ねこ)でもくわえて行ったのだろう。ほかのをはいていたらいい」
 その日、趙壱は出かけると間もなくもどってまいりまして、袖から刺繡(ししゅう)をした靴を一つとり出し、銭氏に見せました。
 「おまえのじゃないかな」
 「そうです。どこで拾って来ました」
 「半里(みち)ほど先のざくろの木に懸かっていたが、不思議なことではないか」
 銭氏はそこではじめて銀の簪の一件を、夫に告げますと、趙壱、
 「これはきっと野山の妖精のしわざだ。諺にも、怪しいものを見ても怪しいと思わなければ自然に消え失せる、という。とりあわないのがいい」
 これより趙家には不思議が絶えませんでしたが、別に損傷はありません。夫婦二人はどうすることもできず、構わずにおきました。後になると慣れてしまい、いよいよ気にとめなくなりました。」



第五回より:

「もともと三人は狐の精でございます。飢えては花や実を食べ、渇しては水を飲み、夜は深い林や茂った草の中で眠るのですから、途中で幾日か暇どってもたいしたことではありません。これが人間でしたら、外へ出ればやたらに金がかかり、たとい昼間の一杯の粥(かゆ)、夜の一枚のござ(引用者注:「ござ」に傍点)にしろ、懐に何文かの銭がなければ手にはいりません。こうなりますと、かえって畜生の方が便利でございます。
 さて三匹の狐の精、数日の旅を重ねましたが、さいわい好い天気がつづきました。ある日たちまち大風が吹きだし、濃い雲がひろがると、春の雪が降りだしました。もともとこの雪と申しますもの、いくつかの名前がございます。一片のものは蜂児(ほうじ)、二片のものは鵝毛(がもう)、三片のものは攅(さん)三、四片のものは聚(しゅう)四、五片のものは梅花、六片のものは六出と呼ばれまする。この雪というものはもともと陰の気の凝結したものですから、六出は陰の数に応じております。立春以後になりますと、みな梅花の雑片で、六出はさらにございません。」



第七回より:

「ある日、州内のある家から法要に呼ばれましたので、慈長老、思案いたしました。
 ――身につける衣を、かれこれひと月も洗濯(せんたく)していない。さりとて着換えもない。ひとつ湯を沸かして洗うことにしよう。
 桶(おけ)を持ち、寺の前の淵(ふち)へ水を汲みにいきます。見ると、丸いものが水面を浮きつ沈みつしておりましたが、みるみる押し流されて桶の近くまでくると、慈長老が水を汲む拍子に、ポトンと桶の中へころがりこみました。長老は卵の殻だとおもい、すくいあげて見ると、まるのままの卵で、鵝鳥(がちょう)の卵のようです。」
「卵を日光に照らして見ますと、内側は充満して、種があります。急いで朱大伯の家をたずね、鶏の巣の中へ置いてもらい、もし鵝鳥が孵ったらおまえさんにやる、と言いましたので、朱大伯も承知いたしました。ところが大変、めんどりに抱かせて七日目に、朱大伯が餌(えさ)をやりにいきますと、めんどりは傍(かたわら)に死んでおり、身の丈(たけ)六、七寸の子供がその卵の殻を破って生まれ出(い)で、巣の中に坐っております。ほかの鶏の卵はみな空(から)になり、ひと山に積んであります。」
「慈長老、この話を聞いては、返す言葉もありません。是非なく墨染めの衣(ころも)を脱ぎ、巣ごと包んで寺へ持ちかえります。そして弟子たちにも告げずに、そのまま後ろの菜園へいき、鋤(すき)で土塀(どべい)の一隅の地面を掘りおこすと、鶏の巣をその子供の棺桶として、深く深く埋めてしまいました。」



第八回より:

「この蛋子和尚は、人が自分のことを、卵の殻から生まれたというのを聞き、自分でも不思議なことだ、きっと凡人ではないと思いました。そして、この世の中で天地を驚かすほどの事業をやりたいものだと考えます。僧たちは陰でかれのことを、畜生の種だとか、野良和尚だとか、鶏が孵(かえ)したとか、犬が産んだとか言うので、心中おだやかならず、寺を出て天下を雲遊したいと、いつも考えておりました。」


第十四回より:

「張鸞はある晩、月光が昼の如く輝いておりますので園中を散歩しておりました。突然、黒雲が月をおおい、一陣の怪風が西の方から吹いてまいりました。張鸞、
 「はて面妖(めんよう)な。いったいどんな神が通るのじゃろうな」
 風鎮(しず)めの印を結び、眼をすえて見ると、やがて風が過ぎたあと、雲は開け月は明るくなりましたが、にわかに物音がして空中から一人の娘が降ってきました。」
「かの娘こそは別人にあらず、まさしく胡媚児(こびじ)――かの小さな狐の妖精でありました。」



第十六回より:

「胡員外はまっすぐに書院へ来ますと、風除(よ)けの門を開(あ)けて内にはいります。当直の者に、
 「おまえたちは出て、外で控えておるように」
 と言いつけます。身をかえして風除けの門をしめてしまうと、あかりを点じます。壁炉の湯沸しの湯が煮えたぎったので、員外は上等の竜団餅をとって、湯沸しにいれます。一炉の香を焚き、二本の蠟燭を点じて、矢筈をとり画を掛けて見ますと、まったく零(こぼ)れ落ちんばかりの妖(なまめ)かしい美人です。員外は咳払いを一つして、卓を三度たたきました。たちまち卓のあたりから微(かす)かに一陣の風が起こりました。」
「風が過ぎれば、かの画中の美人はありありとひと跳(は)ねして卓の上に、またひと跳ねして地の上に降りました。」
「その女は員外の方をうかがって、丁重に、
 「ご免くださいませ」
 と挨拶します。員外はあわてて礼を返し、壁炉の湯沸しから一杯の茶を注ぐと、その女にわたし、自分も一杯注いでいっしょに飲みました。茶を飲み終えて茶碗(わん)と茶托(たく)を台の上へもどしますと、まだ何とも話をしないのに、かの女は一陣の風とともに元の如く画の中にはいってしまいました。員外はご満悦にて、
 「なるほどこの画は霊験のあるものあ。いまは最初だから、ひきとめなくてよかった。この次にゆっくり話をしても遅くはない」
 そこで画軸を自分で巻き、当直の者を呼んで道具をとりかたづけさせますと、寝室に帰って眠りました。」



第十八回より:

「さて蛋子(たんし)和尚は水を噴いて河をつくり、瘸児(かじ)は椰子(やし)の杓(ひしゃく)を投じて一葉の扁舟(へんしゅう)とし、県知事に同乗するよう勧めます。県知事がその舟を見ますと、(中略)大勢で乗れそうにもありませんので、再三ことわって、承知しません。(中略)三人は県知事に向かい手を拱(こまぬ)いて礼を述べます。張鸞が鼈甲(べっこう)のうちわを立てるとそれは帆となり、長嘯(ちょうしょう)一声、飛ぶが如くに走り去りました。またたく間に舟も水も見えなくなり、堂の下、階(きざはし)の前は元のとおりの光景にかえりました。県知事は驚きのあまり呆然として、一場の怪夢を見たかの如くです。」


第二十一回より:

「見ると永児はその広い空地で、小さな腰掛けに坐り、前には水のはいった一つの茶碗を置き、手には赤い葫蘆(ふくべ)を持っております。員外はひそかに考えました。
 ――どこを捜してもいないと思ったら、こんなところで、何をしているのだろう。
 驚かしてはいけないと思って、立ちどまったまま、何をするか見ております。すると永児はその赤い葫蘆の栓(せん)をぬき、傾けると、二百粒ばかりの赤小豆(あずき)と、ずたずたに切りきざんだわらとが地上に出ました。そして口中に呪文を唱え、水をひと口ふくんでプッと噴き、
 「カッ!」
 と叫ぶと、たちまち三尺ほどの人や馬に変わりました。ことごとく赤い兜(かぶと)・赤い鎧(よろい)・赤い袍(ほう)・赤い紐・赤い旗・赤いラッパで、赤馬が地上をぐるぐると駆けめぐり、一個の陣を布(し)きました。」
「こんどは白い葫蘆の栓をぬいてそれを傾け、二百粒ほどの白い豆と、ズタズタに切ったわらを地面にあけました。そして口中で呪文を唱え、水を含んでプッと噴き、
 「カッ!」
 と叫ぶと、みな三尺ばかりの人や馬に変じました。いずれも白い兜・白い鎧・白い袍・白い紐・白い旗・白いラッパで、白馬は銀牆(しょう)鉄壁のごとく陣を布きました。この薪置場はたいした広さでもないのに、四百あまりの人馬を収容し、二つの陣を布き、なお戦場の空地があって、少しも狭い感じがしません。員外は眼がちらついて、まるで夢の中に見る光景のような気がしました。」



第二十六回より:

「道士は懐(ふところ)から一枚の紙を取り出して、鋏(はさみ)でそれをまん丸い月の形に切り、その上に酒をたらすと、
 「昇れ!」
 と叫びます。見る見る紙の月は空へと吹き上げられていきます。三人がいっせいに、
 「すばらしい!」
 と喝采(かっさい)する間に、二つの月が空に浮かんでおりました。」
「道士、
 「拙者のあの明月の顔を立てて、どうか一杯やってくだされ」
 そこで四人はまた酒を飲みました。」
「さて鄭州におきましては、上は知事より下は庶民に至るまで、城の内外の住民は大騒ぎをいたし、みな天上の二輪の明月を眺めました。」



第二十九回より:

「ちょうどその酒宴の際、ふとその四望亭の柱の上で大きな音がしましたので、太尉から家来の者までことごとく吃驚(びっくり)しました。見れば誰か知らないが、弾丸をこの庭園に打ちこんだのです。」
「皆が騒いでおりますと、その弾丸は亭の地上をピョンピョンと何度か跳ね、糸巻きのようにクルクルと千百回も回りました。太尉、
 「どうも不思議じゃわい」
 すると、パン! と、大きな音がして、弾丸から一人の小さな人間が飛び出しました。はじめは小さかった体が、風に吹かれるとだんだんに大きくなって、身の丈六尺ばかりの和尚にかわり、身には烈火の袈裟(けさ)をまとい、耳には金の環を下げております。」

「杜七聖、
 「俺はこの東京にいるから、見物衆のうち何人かは一年のうちに見ておられる方もあろう、また見ていないお方もあろう。俺のこの法術は祖師から伝授されたもので、(中略)俺の息子を縁台に寝かせ、刀で首を斬り、この布をかぶせておけば、元どおりに首がつながる。ところでお立合いの衆、まず俺に、この百枚のお札を売らせて欲しい。それから法術をご覧に入れよう。このお札は一枚がたった五文だ」
 ドラを打ち鳴らしますと、見物人はたちまち身動きできないくらい――およそ二、三百人も集まりましたが、札は四十枚しか捌(さば)けません。杜七聖は札が売れないので腹を立て、大勢の人に向かい、
 「皆さん方の中に腕に覚えのある方があればお出合いくだされ」
 三べんたずね、さらに三べんたずねましたが、出て来る者はありません。杜七聖、
 「俺のこの法術は、子供を台の上に寝かせ、法をつかって呪文を唱えると眠ったようになってしまう」
 ちょうどいま法術を施そうとした時、残念ながら人群れの中におりました一人の和尚が、この法術に通じておりました。和尚は杜七聖の大言壮語を聞くと、先に呪文を唱えて、
 「カッ!」
 と言い、その子供の魂を取り収めて衣の袖に入れ、向かい側にある一軒のそば屋を見つけますと、
 「ちょうど腹がすいてる。まず、そばでも食って来て、それから子供の魂を返してやっても遅くはあるまい」
 和尚はそば屋の二階に上がりますと、街に面した窓ぎわに坐り、杜七聖の方を眺めております。給仕が来て箸を置き、漬(つけ)物をならべ、注文をきいて階下へ下りました。和尚は子供の魂を取り出し、小皿で蓋(ふた)をすると、食卓の片隅に置き、そばの来るのを待っておりました。」
「さて、一方、杜七聖は呪文を唱え、刀を取ると、その子供の首を斬り落としました。見物人はますます増(ふ)えてきます。杜七聖は刀を置くと、蒲団(ふとん)をかぶせ、お札をかかげて、その子供の上でぐるぐる回し、呪文を唱えますと、
 「おのおの方、気を悪くしてはいけない。俺はいつも独(ひと)り舞台だ。さあ、この舟が出たら、次の舟はないんだぜ。俺のこの秘術で、百枚のお札を売るんだ」
 両手で蒲団をあけてみると、子供の首はつながっていません。見物人はワーッと騒いで、
 「いつもは蒲団をあけると、あの子供はすぐ跳(と)び起きるのだ。きょうは首がつながらぬ。失敗したのだ」
 杜七聖はあわてて再び蒲団をしっかり覆(かぶ)せ、いい加減なことを言って見物人をごまかしながら、
 「皆さん、容易(たやす)いものです。今度はかならずつながります」
 再び歯をたたき、法を使い、呪文を唱え、蒲団をあげてみると、またもや首はつながれておりません。杜七聖はあわててしまい、見物人に向かって、口上を述べます。
 「さてこそお立合いの衆、世すぎの道はちがうとも、一家を養うつとめは同じ、と申しますのも、誰もが暮らしに追われていればこそでございます。さきほど、言葉が至りませなんだ段は、皆さん、ひとえにお許しのほどを。こんどこそ頭を接(つ)がせていただきまして、あとで一杯やらせてもらいたいものです。四海の内は、みな相識でありまする」
 杜七聖はさらに平あやまりにあやまって、
 「わたしが悪うございました。今度は接いでご覧に入れます」
 口の中でひたすら呪文を唱え、蒲団をかかげて見ますと、またもやつながっておりません。杜七聖は焦立(いらだ)って、
 「おまえは俺の子の首を、つながらないようにしている。俺はおまえに願って、何度も自分が悪かったと詫び、許しを求めた。それだのにおまえは、いつまでも、そんなに酷(ひど)いことをする」
 後ろの籠から一つの紙包みを取り出し、それを開(あ)けると、一粒のひょうたん(引用者注:「ひょうたん」に傍点、以下同)の種子をつまみ出しました。そして地面を掘って軟(やわ)らかにすると、そのひょうたんの種子を地に埋め、口の中で何やら呪文を唱え、水を吹きかけて、
 「カッ!」
 と叫びました。あら不思議、みるみる地中から一本の蔓(つる)が伸びて、次第に大きくなり、枝葉を生じ、やがて花が咲き、花が落ちて、一つの小さなひょうたんの実がなりました。大勢の人はそれを見ると、口々に喝采(かっさい)します。杜七聖はそのひょうたんを摘みとって、左手で提(さ)げ、右手に刀を持ち、
 「きさまは先刻、酷(ひど)いことをやった。俺の子供の魂を収め、首を接(つ)げないようにしたな。きさまも生かしてはおかぬぞ!」
 ひょうたん目がけて、そのくびれのあたりを一刀、まっ二つに斬り落としました。

 さてかの和尚はそば屋の二階で、どんぶりを手に持ち、食べようとしますと、不意にその和尚の首が胴体からコロコロところがり落ちましたので、二階でそばを食べていた大勢の人は吃驚(びっくり)しました。気の小さい者はそばを放(ほう)りだして階下へ駆けおりて行き、大胆な者は棒立ちになって見ております。するとその和尚はあわてて碗と箸を下におき、立ち上がると床板の上を手探りでさがします。さがし当てると両手で耳をつかまえ、その首をもちあげて胴体の上にあてがい、きちんとのせると、手で撫(な)でました。和尚、
 「わしはそばを食うのに気をとられて、あの子の魂を返してやるのを忘れていた」
 手を伸ばして小皿をあけました。こちらで小皿をあけた途端、向こうの杜七聖の子供が早くも跳び起きたので、見物人は喊(かん)声をあげました。」



第三十回より:

「さて温(おん)殿直は捕吏の一行を連れて、そば屋へ踏みこみます。そこへ和尚(おしょう)が二階から下りて来ましたので、温殿直はすぐ鉄鞭(べん)を振るい、捕(と)り手たちにその和尚を捕えさせます。和尚はつかまえに来た人を見ると、手でちょっと指さしました。不思議や、帳場の主人も、客をもてなしていた小僧も、店でそばを食べていた大勢の客も、ことごとく和尚に変じました。温殿直と捕り手たちも和尚になってしまいました。人々は顔を見合わせ呆然(ぼうぜん)としております。捕り手はあたりを見回しても誰を捕えてよいかわかりません。そば屋の中は大騒ぎになり、客はみな散ってしまいました。温殿直が、そば屋の亭主と残った人々を見ますと元どおりの顔になっています。店内を見回しても和尚の姿は見えません。温殿直はすぐに捕り手たちに手分けして追跡させます。」


第三十一回より:

「もともと相国寺には三つの不思議なものがございます。仏殿上の井戸は深さが三十丈もあり、頭髪で作った縄に黒漆のつるべを用いますが、このつるべには朱で、
 ――大相国寺公用
 と、したためられております。ある日、縄がきれて、つるべの行方(ゆくえ)がわからなくなりました。その後、航海から帰った人が相国寺にまいりまして言うには、
 ――自分が東洋の大海を航海していた時、海面に一つのつるべが浮かんでいるのを見た。水夫が拾いあげて見ると、朱で「大相国寺公用」と書いてある。それに見入っている時、風波がはげしくなり、ほとんど船が転覆しそうになったが、その場でつるべを送りとどける願をかけると、風波はすぐにおさまった。それでつるべをお返しし、願ほどきに来た、と。
 そこで初めてその井戸が、東洋の大海に通じていることがわかったのでございます。
 次に、相国寺の門前には一つの橋があり、延安橋と呼ばれます。橋の上から寺を見ますとまるで井戸の中にあるような気がいたしますが、仏殿の上からその橋を見ますと、寺の地盤よりもさらに十数丈も低いのです。またこの旗竿は銅で鋳造したもので、切ることもできず、鋸(のこぎり)でひくこともできません。これらが三不思議となっております。」




平妖伝 02



平妖伝 03



平妖伝 04



平妖伝 06



平妖伝 05



平妖伝 07









こちらもご参照ください:

『完訳 水滸伝 (一)』 吉川幸次郎・清水茂 訳 (岩波文庫)
呉承恩 作/小野忍 訳 『西遊記 (一)』 (岩波文庫)
孟元老 『東京夢華録 ― 宋代の都市と生活』 入矢義高・梅原郁 訳注
岡本綺堂 『中国怪奇小説集 新装版』 (光文社時代小説文庫)












































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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