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種村季弘 編 『東京百話 地の巻』 (ちくま文庫)

「私は農村の模範少年よりも東京の不良少年が好きである。」
(坂口安吾 「焼夷弾のふりしきる頃」 より)


種村季弘 編 
『東京百話 
地の巻』
 
ちくま文庫 た 1-4


筑摩書房
1987年1月27日 第1刷発行
458p
文庫判 並装 カバー
定価700円(本体680円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: 安野光雅「黄金街道」(講談社)より



アンソロジー全三冊。
「木場/日本橋檜物町」に挿絵図版2点。「三分坂」に挿絵図版11点。



種村季弘 東京百話 02



カバー裏文:

「昭和の東京について書かれた名エッセイ(短篇小説)を選りすぐり〈天〉〈地〉〈人〉の3冊にまとめるアンソロジー。――浅草界隈の店々、路地裏。山の手郊外の暮らし。そして日本の顔・銀座。そこには江戸と文明開化の東京が生きていた――本巻では、〈路地と散歩〉〈銀座〉〈上野・浅草〉〈下町〉〈坂・橋・川〉〈新宿・渋谷・池袋〉〈山の手線うちそと〉〈新開地〉〈郊外の生活〉などを収録する。」


目次:

1 路地と散歩
 銀座の横丁 (池田弥三郎)
 路地 (松山巌)
 見えない場所へ (津島佑子)
 路地について (吉行淳之介)
 電車から見えた (串田孫一)
 東京過去景 (安野光雅)
 新生活 抄 (坂口三千代)
 飾窓を見る事の面白さ (佐藤春夫)
 ステッキ (小島政二郎)
 東京散歩三話 (小沢信男)
 あぶない散歩 (武田泰淳)

2 銀座
 わが銀座 (三島由紀夫)
 銀座と私 (吉行淳之介)
 文芸年鑑の如き銀座 (野坂昭如)
 銀座の露店 (横井弘三)
 銀座は汚ない処 (堺利彦)
 銀座祭の幻想シーン (村松友視)

3 上野・浅草
 扇風機 (永井龍男)
 ひゃら~り、ひゃらり~こ (四谷シモン)
 「花ざかりの森」のころ (三島由紀夫)
 あさくさの祭り (吉岡実)
 浅草を食べる (古川緑波)
 デラシネについて (北村太郎)
 夜の浅草三つ (サトウハチロー)
 モン・アサクサ (坂口安吾)
 仲みせ所見 (網野菊)

4 下町
 町名 (森繁久弥)
 木場/日本橋檜物町 (小村雪岱)
 下谷坂本界隈 (結城昌治)
 寄席 (安岡章太郎)
 日本橋のライオンやキリンと遊んだ日々 (青島幸男)
 貧窮問答 (石川淳)

5 坂・橋・川
 東京の坂 (池田弥三郎)
 三分坂 (井上洋介)
 バアサンの町 (柴門ふみ)
 せまい坂道での島崎藤村 (伊藤整)
 橋の名 (宮川曼魚)
 駒形橋 (安藤鶴夫)
 隅田川 (佐多稲子)
 泥都礼讃 (水島爾保布)
 水上バス (花森安治)
 下水道 (曾野綾子)

6 新宿・渋谷・池袋
 SF肉体 (吉行淳之介)
 屋台サロン (伊藤整)
 歌舞伎町 (龍胆寺雄)
 悲しい新宿 (萩原朔太郎)
 ポクポク小馬 (田中小実昌)
 不案内 (庄野潤三)
 渋谷 (三島由紀夫)
 美少女 (高田宏)
 「ハイッ」 (吉村昭)

7 山の手線うちそと
 町ッ子 (獅子文六)
 三田の思い出 (小島政二郎)
 ぼくの田舎 (神吉拓郎)
 麻布の思い出 (高見順)
 神楽坂通り (大宅壮一)
 神楽坂 (関根弘)
 本郷龍岡町界隈 (吉岡実)
 足穂ヒコーキ (丸山三四子)
 天使よ、故郷を見よ (田村隆一)
 私の生れた家 (吉村昭)

8 新開地
 焼夷弾のふりしきる頃 (坂口安吾)
 錦糸町 (関根弘)
 断片的回想記 (つげ義春)
 硝子障子のシルエット (島尾敏雄)
 王子 (佐多稲子)
 生まれ、少年時代 (長井勝一)

9 郊外の生活
 東京の「隠れ里」 (川本三郎)
 琉球庵 (木山捷平)
 謎の十字路の謎 (赤瀬川原平)
 荻窪の古本市 (上林暁)
 西荻随筆 (坂口安吾)
 十一月の新年 (大岡昇平)
 ぼろ市・嫁市 (野尻抱影)
 郊外生活の一年 (岡本綺堂)
 山羊を飼う (高田博厚)
 多摩川探検隊 (辻まこと)

編者あとがき
 妖怪・犯罪・日常 (種村季弘)




◆本書より◆


「編者あとがき」より:

「入り組んだ洪積台地とその下の低地との複合体からなる東京の地質学的構造そのものは、震災があろうと東京爆撃があろうと、いまも昔も変りようがない。しかし高台が山の手、主として旧千代田城前の低地が下町という江戸以来の面影をとどめた区分は、関東大震災の下町焼亡とともにほぼ終った。続いて一九四五年大空襲によって山の手が消え、残存した地域も戦後高度成長期とげんに進行しつつある都心部再開発によって見る影もなく消失してゆく。東京の全体像は山の手、下町の区分ではとうていつかめなくなっている。
 とはいえかつては東京の境界というものがあったのである。それがあることによって東京の内実が充実するような境界が、東京の周縁にも、山の手、下町の間にもはっきり引かれていた。洪積台地と低地とをつなぐ坂(引用者注:「坂」に傍点)、東京を近県と分つ川(引用者注:「川」に傍点)、その間をつなぐ橋(引用者注:「橋」に傍点)がこれであって、その坂、川、橋のあたりにはかならず妖怪が出た。どこそこの七不思議というのがそれである。」
「このような土地の精霊(ゲニウス・ロキ)の支配していた、坂、橋、川のような境が大正時代を限りに消失すると、地形にそって不動に形作られていた境界は浮遊の状態に入り、土地にまつわる妖怪に代って流れ者の突発的な犯罪が、あるいは犯罪多発地帯が、それ自体浮遊的な境界をその都度成り立たせる。昭和の東京はつかみどころのない流れ者の犯罪を周縁にしてアミーバのように蠕動するかのようだ。赤マント、説教強盗、阿部定、玉の井バラバラ事件――こうした犯罪事件が、かつての土地に根づいた妖怪=共同幻覚にかわって東京を限界づける。そこではかつての土地の古老口伝ての伝説や説話にかわって、ラジオや新聞の情報ネットワークが、刻々に変る浮遊する周縁を、したがってそれに限界づけられた東京を作り上げるのである。」

「いつどこで何が起るか知れず、それゆえにどこからどこまでが東京と特定できないのが、たえず生成しつつある東京の現在ということになろうか。」



「銀座の横丁」(池田弥三郎)より:

「この通りを、板新道、すなわち、どぶ板新道と呼んだというのは、その説は正しいかも知れぬと思う。というのは、この通りに近いあちこちの店の地下室は、店によっては、香をたくほどに、どぶ臭い匂いが時によってしたものだった。その時分は、まだ、新橋・難波橋・土橋があって、その下の水路は、虎の門の方から、赤坂の堀の水が流入し、また反対の方からは、潮がさして来ていた。もの知りの話によると、このあたりの地下室が、どぶの匂いで臭くなるのは、ちょうど上げ潮になる時刻で、どうもその匂いは、その水の動きと関係があったらしいという。すると、銀座の繁華街も、その地下の目に触れぬところには、水の流れ路があって、それが、昔のどぶ板新道の名の起こりになった、どぶの水筋だったのかも知れぬ。臭い匂いは、そのどぶの、失地回復の動きだったのかも知れぬ。」


「路地について」(吉行淳之介)より:

「沼津から静岡までのあいだの国道が、海に沿っているところがある。一昨年の正月だったか、車を運転してその箇所にさしかかると、交通が渋滞した。(中略)停っている時間が長いので、頭を左右に向けてあたりの様子を眺めてみた。
 右は山がつづいており、左手は家屋が立並んでいる。建物にさえぎられて海はみえないとおもったとき、私の眼に青く光っている昼の海が映ってきた。なぜ、海がみえたか。建物の横腹と横腹とのあいだに隙間が、人間一人通れるくらいの幅の路地になっており、その路地の尽きるところに植木鉢が一つ置かれてある。そのむこうに、海がみえた。崖の上に建っている家屋なので、砂浜はみえず、いきなり青い水である。
 暗い路地と、そのむこうの明るい海と、その境目にある植木鉢、という景色は印象的で、それも交通が渋滞していなかったら見る筈のなかったもの、とおもうと一層印象に残った。」

「銀座の路地、というか、建物と建物とのあいだの隙間というか、そういうところが好きだといったのは、友人に気を使わせまいとおもったためではなく、本当に好きなのである。大通りや並木通りと並行している道が幾本かあり、これを仮に横の銀座とすれば、これらの道と直角に交る縦の道が幾本かある。私は、この縦の銀座を歩くときには、わざわざ路地を選んで歩くことが多い。そして、いくつかのささやかな体験をしたり、空想をしたりする。
 たとえば、その薄暗い路地の両側には、板張りの家屋の横腹がつづいていた。その横腹から、いきなり人間の手首だけが突出てきた。一つだけ窓が開いていたわけで、その手から白い光ったものが離れて落ちた。落ちたところは、コールタール塗りの大きなゴミ箱だったのだが、蓋(ふた)が閉まっている。その蓋の上に、いま身を剝(は)ぎ取ったばかりの大きな魚の骨が載っている。背骨から左右に幾対もの骨が葉脈のように突出ている魚の骨が、薄暗い中で白く光っていた、そういう光景に出会ったりする。」



「木場」(小村雪岱):

「木場は東京のうちで私の最も好きな景色の一つであります。震災の以前にはよく好い日和(ひより)に、雨の日、雪降りに、また月夜に、此(この)辺へ遊びに参りますのが楽しみでありましたが、震災の後はいつとはなしに遠々しくなり、八幡様、不動尊、又宮川曼魚氏の許(もと)へは時々参りましても遂に木場へは足を入れたことはありませんでした。此程不図(ふと)思いたち誠に久しぶりに木場へ参りました。近年至る所の町の様子がひどく変っておりますので、木場などは特に非常な変り方でしょうと思って居(お)りましたが、是(これ)は意外に変っておりませんでした。町の筋が多少変ったり、木の橋が鉄橋になり、大きな邸がなくなったり、あった筈(はず)のお社(やしろ)が見えなくなったりしてはおりますが、木場の心持は元と少しも変らず、八幡前の大通りの賑いを境として、別の世の中を見せて居ります。北町の静(しずか)さを何と申しましょうか、木の香は鼻のしんまで沁(し)み通り堀一杯の材木や道を圧して林立する裸の木材を見て居りますと、妙に深山幽谷が想われます。しかしながら、四通八達の掘割には、筏(いかだ)を分けて通う舟の艪(ろ)の音、道には材木を運ぶ自動車、自転車、手細の絆纏(はんてん)に紺の股引(ももひき)紺足袋(こんたび)の人々が材木を担ったり長い鳶口(とびぐち)を持ったり高い高い木小屋の上に上ったり、縦に横に十文字に動いて居りながら、妙に音が聞えず、反(かえっ)て材木をひく鋸(のこぎり)の音が不思議な程耳に立ち、鋸屑(のこくず)の舞い上ったり材木の間の鉢植えの春蘭の花や、材木の下積の間から思いがけなく芽を出す春草などが目立ちまして、誠に威勢能(よ)くも寂漠な眺めであります。色といえば空の色と、白木の材木と、掘割の水の色で、道端に落ちた一片の蜜柑の皮の橙色(だいだいいろ)さえ非常に眼につくのであります。
 あまり歩いて少し草臥(くたび)れました。或(あ)る小さな橋の上に休んで、一面に材木を浮せた堀を見ますと材木を山程積んだ舟が一艘(そう)岸につないでありまして、岸の石垣の上から舟へ細い歩み板が渡してあります。折柄降り出した糸の様な春雨の中を、材木問屋の娘さんでもありましょうか、一人は島田、一人は断髪の年頃の女が、お揃(そろい)の蛇(じゃ)の目の傘を肩にしてその細い板をしなわせながら丁度球乗りの女の様な格好で笑いながら遊んで居りました。妙齢の娘さんのその様子がいかにも木場の娘らしく見えました。」



「三分坂」(井上洋介)より:

「変人(へんじん)さん

新町(しんまち)
しもたやの
二階(にかい)に
住(す)まう
青(あお)い顔(かお)した
着流(きなが)しの
オールバックの
変人(へんじん)さん
一(ひと)つ木通(きどお)りの
縁日(えんにち)で
オールバックを
はらりとたらし
金魚(きんぎょ)を じっと
しゃがんで見(み)てた

オールバックの
変人(へんじん)さん
三分坂(さんぷんざか)に
しゃがんでた
夏(なつ)の夕方(ゆうがた)
しゃがんでた
洋傘(コーモリ)さして
しゃがんでた」




種村季弘 東京百話 03



種村季弘 東京百話 04







こちらもご参照ください:

種村季弘 編 『東京百話 人の巻』 (ちくま文庫)
桑原甲子雄 『東京下町 1930』
松山巖 『乱歩と東京』 (PARCO PICTURE BACKS)
池内紀 編訳 『ウィーン世紀末文学選』 (岩波文庫)







































































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