FC2ブログ

『李商隠詩選』 川合康三 選訳 (岩波文庫)

「星沈海底當窗見
雨過河源隔座看」
「星(ほし)の海底(かいてい)に沈(しず)むは窓(まど)に当(あ)たりて見(み)
雨(あめ)の河源(かげん)を過(す)ぐるは座(ざ)を隔(へだ)てて看(み)る」
「星が海の底に沈むのを窓ごしに眺め、雨が黄河の源を通り過ぎるのをすぐ向かいに見る。」

(李商隠 「碧城三首 其一」 より)


『李商隠詩選』 
川合康三 選訳
 
岩波文庫 赤/32-042-1 


岩波書店 
2008年12月16日 第1刷発行
359p 地図2p 索引2p
文庫判 並装 カバー
定価800円+税
カバー: 中野達彦
カバー画: 伝馮大有『太液荷風図』(南宋、台北 国立故宮博物院蔵)



本書「凡例」より:

「李商隠の詩九十四首を選んで、訳、注及び補釈を施した。」
「詩の本文は旧字体、訓読は通行の字体を用いた。」




李商隠詩選



カバーそで文:

「夢とうつつ、過去と現在、そのはざまにたゆたう愛のまぼろし。朦朧とした時空に透明な抒情を結晶させた晩唐・李商隠(りしょういん)(八一一―八五八)。散りばめられた典故、比喩と象徴を駆使した技巧――艶詩を恋愛詩に高めた珠玉の詩篇は、中国古典詩の極みともいうべき複雑な陰翳を燦めかす。」


目次:

錦瑟
重ねて聖女祠を過ぎる
霜月
異俗二首
 其の一
 其の二

潭州
劉司戸を哭す二首
 其の一
 其の二
楽遊
北斉二首
 其の一
 其の二)
南朝 (玄武湖中)
夜雨 北に寄す
陳の後宮
石榴
初めて起く
駱氏亭に宿り懐いを崔雍・崔袞に寄す
風雨
夢沢
七月二十八日の夜 王・鄭二秀才と雨を聴きし後の夢の作
漫成三首
 其の一
 其の二
 其の三
無題 (白道縈廻して)
蠅蝶鶏麝鸞鳳等もて篇を成す
薬転
杜工部蜀中離席
隋宮
二月二日
屏風
武侯廟の古柏
即日
無題二首
 其の一 (昨夜の星辰)
 其の二 (聞道らく)
無題四首
 其の一 (来たるとは是れ空言)
 其の二 (颯颯たる東風)
 其の三 (情を含みて)
 其の四 (何れの処か)
無題 (梁を照らして)
無題二首
 其の一 (八歳)
 其の二 (幽人)
落花
破鏡
無題 (紫府の仙人)

有るが為に
無題 (相い見る時は難く)
碧城三首
 其の一
 其の二
 其の三
牡丹
馬嵬二首
 其の一
 其の二
歎くべし
代わりて贈る二首
 其の一
 其の二
南朝 (地険は悠悠)
聖女祠
独居 懐う有り
感有り二首
 其の一
 其の二
重ねて感有り
春雨
楚宮
安定城楼
相思

常娥
細雨 (帷は飄る)
無題二首
 其の一 (鳳尾の香羅)
 其の二 (重幃 深く下ろす)
昨日
房中曲
当句有対
随師東す
細雨 (瀟洒として)
鸞鳳
漫成五章
正月 崇譲の宅
柳枝五首 序有り
 其の一
 其の二
 其の三
 其の四
 其の五
燕台詩四首
 其の一
 其の二
 其の三
 其の四
河内詩二首
 其の一
 其の二
驕児の詩
井泥四十韻
無題 (万里の風波)

解説
李商隠年譜
李商隠関係地図
詩題索引




◆本書より◆


「楽遊」より:

「樂遊
向晩意不適
驅車登古原
夕陽無限好
只是近黄昏」

「楽遊(らくゆう)
晩(くれ)に向(なんな)んとして意(い)適(かな)わず
車(くるま)を駆(か)りて古原(こげん)に登(のぼ)る
夕陽(せきよう) 無限(むげん)に好(よ)し
只(た)だ是(こ)れ黄昏(こうこん)に近(ちか)し」

「たそがれるにつれて、心は結ぼれる。車を走らせ、いにしえの跡がのこる楽遊原(らくゆうげん)に登る。
 夕日は限りなく美しい。ひたぶるに日暮れに迫りゆくなかで。」

「〇楽遊 長安の東南に位置する行楽の地、楽遊原。周囲を一望できる高台にあった。(中略) 〇向晩 日暮れに近づいていく。(中略) 〇古原 楽遊原は漢代の廟があったので古原という。 〇只是 ただひたすらに。」

「落日を詠じた絶唱。夕暮れに近づくにつれて鬱屈する詩人は、心を解き放とうと見晴らしのいい場所に向かう。(中略)そこで目にした落日、その美しさを説明することもなく、「好」という一番単純な、しかし何もかも含まれた、感嘆詞に近い語だけを発する。「只是」は「ただしかし」という逆接の意味で読まれることもあるが、「只管」と同じように「ひたすら」の意がよい。(中略)やがて地平に没し、夕闇に閉ざされるであろうことを知りながら、刻々と変化していく夕陽に目も心も奪われているのだ。」



「解説」より:

「李商隠の表現を特徴づける一つは、典故とか用事とかいわれる手法の過剰なまでの使用である。彼の詩作は宋代の頃から「獺祭魚(だっさいぎょ)」と称されてきた。カワウソが捕った魚を祭るかのように並べる、それと同じようにまわりに書物を敷き広げて典故を駆使するというのだ(中略)。しかもその典故が正統ならざる稗史(はいし)小説のたぐい、道教に関わる書物など、「僻典(へきてん)」――ふつうは用いられないような事柄――を用いている。出処をたどれない典故も稀ではない。」
「李商隠の場合、典故は複雑な事象を単純化せず、複雑なまま表現するための手段として使われる。一つの意味に還元されず、茫漠とした意味の拡がりがそのまま響き合うのだ。(中略)そして多義的、重層的な意味の錯綜のなかに曖昧模糊とした世界が立ちあらわれるに至る。」
「このような典故の手法からもうかがわれるように、李商隠は詩と現実との結びつきを故意に曖昧にする。(中略)もとになる出来事を塗りつぶし、現実との接点をうやむやにする。(中略)現実の切り離しは日常を隠蔽するためよりも、日常から遊離したもう一つの世界を現出させるためではなかったか。」

「李商隠が不遇のまま終わったのは、科挙出身だけでは昇進がかなわなくなっていた時代の変化、複雑きわまる官界の人間関係、そうした外的要素のほかに、李商隠自身の性格も関わっていたのではないか。(中略)詩人の資質と現実の場での有能さはもともと相い容れぬものであった。四十八歳の生を終えるまで、次々と庇護者を求めながら、めまぐるしいまでに職を換え、各地を転々としている。なんともうだつのあがらない官人人生であった。」
「梁・劉勰(りゅうきょう)『文心雕龍』は「蚌(ぼう)病(や)みて珠を成す」、貝の苦痛から真珠が生まれると詩人と詩の関係を美しく比喩したが、李賀、孟郊、李商隠いずれもみずからの痛みと引き替えに稀有の表現を生み出した詩人であった。日常生活の安定をうち捨ててまで表現にのめり込むところも三者に共通している。そのなかでもとりわけ美しい詩的世界を創り出した李商隠の詩は、病める貝から生まれた珠玉そのものであった。」








こちらもご参照ください:

『李商隱』 高橋和巳 注 (中国詩人選集)
『李賀』 荒井健 注 (中国詩人選集)
武田雅哉 『星への筏 ― 黄河幻視行』
『マラルメ詩集』 渡辺守章 訳 (岩波文庫)
















































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本