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中井久夫 『西欧精神医学背景史』 (みすずライブラリー)

「近代ヨーロッパにおけるアラビア文化の過小評価には、しばしば不当な点がある。」
「実際八世紀に始まる彼らの最盛期には、バグダッドをはじめとする主要な都市において完備した精神病院があり、休息、音楽、水浴、体操など、古代世界の精神病院の伝統を継承し、それを発展させた医療が行なわれていた。(中略)この精神病院はその文化に対応して、オアシスをモデルとして精神的オアシスを指向したのではないかとも読みとれる。」

(中井久夫 『西欧精神医学背景史』 より)


中井久夫 
『西欧精神医学背景史』
 
みすずライブラリー


みすず書房 
1999年12月10日 第1刷発行
2002年3月20日 第4刷発行
237p 目次iii 索引ix 
付記・著者略歴2p
四六判 並装 カバー
定価2,200円+税
カバー: フェルメール《小径路》、描かれているのは養老院の建物。



本書「あとがき」より:

「私が中山書店の「現代精神医学大系」にこれを書いたのは、一九七〇年代後半、私の年齢は四〇歳代前半であった。」
「以来、世界も私も四半世紀を生きた。その間に多くの研究がなされ、多数の書物が出版された。しかし、敢えて私は、注や参考文献に至るまでほぼ当時のままを、最小限の訂正と追加で出版することにした。私には、もはや、これを書き直して、別の書籍とする気力、体力、知力、整理力と、おそらく時間がない。この一九七〇年代というコンテクストのもとに、私が当時の私の乏しい全てを投げ込んだ、西欧精神医学理解のための西欧史、必ずや初歩的な誤りさえを含むにちがいない若書きを読者の前に投げ出す他はない。」



本文中「図」15点、「表」1点。



中井久夫 西欧精神医学背景史



カバー裏文:

「〈精神医学史を書こうとする試みは、いつもヨーロッパの歴史そのものに入り込み、そこに湧く疑問に取り組むことになる。それ抜きにただの「精神医学史」を書くことを私はいさぎよしとしなかった〉――「あとがき」より
 古代ギリシアから中世の魔女狩りを経て、市民社会の成立へ、ヒポクラテース、ガレノスからブールハーフェ、ピネル、そしてフロイト――幾多の分水嶺を持ちながら現代に至る精神医学の流れを、西欧の宗教的倫理観・人間観との関連の中で縦横無尽に論じたユニークにして驚嘆すべき幻の書。
 キリスト教と意識概念との関連、1970年代以後の動向についての一文を新たに付す。」



目次:


1 古代ギリシア
2 ギリシア治療文化の外圧による変貌
3 ヘレニズムに向かって
4 ローマ世界とその滅亡
5 中世ヨーロッパの成立と展開
6 魔女狩りという現象
7 魔女狩りの終息と近代医学の成立――オランダという現象
8 ピネルという現象――一つの十字路
9 ヨーロッパ意識の分利的下熱
10 ピューリタニズムと近代臨床
11 フランス革命=第一帝政時代と公式市民医学の成立
12 啓蒙君主制下の近代臨床建設
13 新大陸の“近代”
14 大学中心の西欧公式精神医学
15 力動精神医学とその反響
16 一九世紀の再展望と二〇世紀における変化
17 西欧“大国”の精神医学
18 西欧“小国”の精神医学
19 ロシアという現象
20 “向精神薬時代”と巨大科学の出現
21 神なき時代の西欧精神医学
22 ヨーロッパという現象


参考文献
一九九九年の追記
あとがき
人名索引




◆本書より◆


「1 古代ギリシア」より:

「アルカイク期の緊張の中で狂気への対処が大きな問題となってきた。プラトーンは狂気を「神の働きにより、習慣となった社会のしきたりを逸脱することにより生じるもの」として、予言的狂気(アポルローン)、密儀的狂気(ディオニュソス)、詩的狂気(ムーサ)、エロス的狂気(アフロディテー、エロース)の四つを区別したが、このおのおのは狂気であると同時にその治療でもあった。
 アポルローンの予言者は、自分の中にダイモーンの声とされる第二の声をもち、その声と対話し、未来を予言した。彼は世界の一見の混沌の背後に知と目的があることを保証し、未来や隠された現在の意味を教え、「人間としての分際をわきまえ、父の言いつけどおりに行動すればあなたは明日(引用者注:「明日」に傍点)安全に過ごせるだろう」と告げた。(中略)保守的・権威的・個人的治療であり、選ばれた少数者、男性文化に属しているといいうるだろう。」
「ディオニュソス的治療は差別されたもの、特に女性に訴え、集団で、ともに叫喚し脱魂状態で笛や太鼓に合わせて舞踊(オルギア orgia)した。オルギアは伝染性だった。ドッズはいう。「ディオニュソスは自由を差し出した……「差別を忘れなさい。そうすればあなたは合一を発見するでしょう。信徒の群に加わりなさい。そうすればあなたは今日(引用者注:「今日」に傍点)幸福になれるでしょう」」。すなわち前者の未来の予見に基づく知的説得に対して、後者は現在の自由と幸福の体験の中で生命的更新を体験するものである。アポルローンの予言が形骸化しつつ、後代まで為政者が思案に余ったときに仰ぐものになるのに対して、ディオニュソス的治療は後述の多くの密儀的治療の先駆となる。
 第三の詩的狂気は例外者のためのものである。ムーサイ(ミューズ)は元来、山のニムフであった。詩人となる運命の者はその出立期に荒寥たる山中や風の吹き荒ぶ峠でムーサイに出会い、山を降りてムーサイの解釈者=詩人となる。しかし一方でムーサイに会うことは危険を伴うことという認識があった。(中略)これはエランベルジェが“創造の病い”とよぶものに近いかもしれない。恍惚状態において詩作する熱狂的詩人という観念は前五世紀以後のものらしく、おそらくディオニュソス運動の副産物であろう。デモクリトスは狂気なくして偉大な詩人たることを否定し、プラトーンは「われわれの最大の祝福は狂気によって生ずる、もしそれが神の贈与による狂気ならば」(『パイドロス』二四四A)といった。」



「2 ギリシア治療文化の外圧による変貌」より:

「アスクレピオスは素性の知れない神であり、その出自についてはいろいろな説がある。アスクレピオスの表徴である杖、犬、蛇はバビロニアにおける医師のマークであり、フェニキアの医神エシュムンとの異同が問題になるなど、東方起源の疑いがあり、ギリシア世界での初の登場は辺境テッサリアのトリッカの地下の巣窟(アデュトン adytōn)に住む神としてである。しかし不思議な力(デュナミス dynamis)をもって病人を癒し人々の驚きと喝采を博し、時に「もう一人のゼウス」、「陰府の国のゼウス」といわれ、町から村へと杖を片手に病人をたずね歩く姿が死者の霊あるいは地霊のごとくであった。」


「3 ヘレニズムに向かって」より:

「プラトーンは多くの点で、当時すでに数千年の伝統をもつ古代オリエント世界の最後の哲学者であるといえるだろう(中略)。詩人として出発し、神話と象徴をもって語り、思弁的、一切包括的、超越的な構想力、理念型“アイオーン”による認識であり、著しくシンタグマティズム(syntagmatism 統合主義)的であり、僭主ディオーンとの関係もオリエントの賢者のごとくである。これに対してアリストテレースは、直示的言語を用い、論理的厳密さ、言語批判、世界内の実例枚挙、分類による認識すなわちパラディグマティズム(paradigmatism 範例主義)的であるといえよう。(中略)この師弟の懸隔は、(中略)“世界の荷託を受けた人”と“職業哲学者”との相違といってもよい。」
「プラトーンがわれわれの問題の範囲では回教圏における哲学者(賢者政治家にして医師)の範例として存在しつづけ(中略)、近代ヨーロッパにおけるプラトニズムの系譜に継承されるのに対し、アリストテレースはさしあたりヘレニズム時代の職業的科学者の範例となる。」



「5 中世ヨーロッパの成立と展開」より:

「近代ヨーロッパにおけるアラビア文化の過小評価には、しばしば不当な点がある。」
「実際八世紀に始まる彼らの最盛期には、バグダッドをはじめとする主要な都市において完備した精神病院があり、休息、音楽、水浴、体操など、古代世界の精神病院の伝統を継承し、それを発展させた医療が行なわれていた。(中略)この精神病院はその文化に対応して、オアシスをモデルとして精神的オアシスを指向したのではないかとも読みとれる。ヨーロッパ世界はアラビアの精神病院をモデルとして、まずスペインに同様の施設を建設するが、オアシス的休息の意味は、勤勉を価値とするヨーロッパ文化に継承されなかった。」

「修道院は今日もなおその姿をとどめているように、一つの閉鎖的、経済的な全体性をもっており、多くの職人とともに俗人としての医師が住み込み、事実、少なくとも四床のベッドを設置することが義務づけられていた。今日でもアトリック圏では看護婦の相当数が尼僧であるように、修道院において古代世界の事実上まったく知らなかったもの、すなわち病人の看護という医学的実践が神への奉仕の名の下にせよ行なわれはじめた。悪魔に憑かれたと信じた多くの人たちは、それを告解したのち修道院に送り込まれ、祓魔術(エクソルシスム exorcismus)を受けたが、それには今日の精神療法に近い要素が含まれていた。また病人として看護され、ある者は生涯修道院にとどまり、そこで絵画、工芸、農耕など自らの選んだものをなしつつ一生を終えることもありえた。」

「中世封建時代においては、今日精神障害者とよばれる人たちが、今日よりも閉鎖的な社会において、ある一定の役割をしていたと考えられるふしがある。たとえば、聖盃伝説の登場人物などにその跡を辿ることができるように、“阿呆”や“気狂い”は最も端的に真理を告知する役割を果たすものとして一種の畏敬の念さえもたれていた。中世においては、現在の「正常対異常」の対概念が存在しなかったことを注意しておく必要がある。一般にいずれが神に近いかが問題であり、知的傲慢は宗教当局によってむしろ警戒された。」



「6 魔女狩りという現象」より:

「魔女狩りが中世の産物であるという通念はまったくの誤りである。魔女狩りはおおよそ一四九〇年、すなわち、まさにコロンブスがアメリカを発見し、ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達するのとほぼ同時期に行なわれ、一七世紀――ヨーロッパでは一八世紀後半、メキシコでは一九世紀まで継続した、三―四世紀にわたる現象であって、ルネサンスから近世への転換期におけるほとんど全ヨーロッパ規模の精神病者狩りを含むものである。」

「以上のように魔女狩りには実に種々の要因があるけれども、基本的に生産力の減退に関わるもの、それと関連してその地の政治家官僚の責任転嫁であったことを支持する証拠は、第一に魔女狩りがつねにその地域の問題であったことである。(中略)魔女狩りはたとえ宗教戦争によって激化された面があるとしても、それは二次的なものであった。この問題に関してだけはカトリックとプロテスタントがその立場を越えて互いに協力するという現象がみられるからである。(中略)また教会人も世俗人もともに協力しあった。つまり魔女狩りは非常に広範な“合意”、“共同戦線”によって行なわれたのである。(中略)すべての魔女を火刑にするという酷薄さには、ペストに対してとられたと同様に酷薄な手段、すなわち患者を放置し患者の入市や看護を死刑をもって禁ずるという方法が有効であったことが影響を与えているだろう。」
「むろんすべての精神病者が魔女狩りの対象になったわけではなかった。彼らの多くは癩者に代わって施設に収容された。」

「おそらく近代のヨーロッパはその誕生の時期にあたって、その試練に対し未来の予知による知的、全体的解決という統合主義 syntagmatism による幻想的応答を行なったのであり、これを取り消して現実原則にのっとった勤勉の倫理による応答に変化するためには、自らに代わって無垢なる少女が贖罪の山羊として燃やされねばならなかったのであろう。」
「ヨーロッパや日本でみられた方向転換と逆に宗教政治の方向に徹底改革したのが、チベットのツォン・カパによる黄帽派改革であろう(中略)。」



「9 ヨーロッパ意識の分利的下熱」より:

「人々の心は現世的なものに向かい、巡礼に代わる旅行、参詣に代わる観劇が前景にでてきた。(中略)多くの修道院は廃墟と化した。それは今日テラワーダ(いわゆる小乗)仏教がもつ一時僧の機能のごとき、現世を避ける人々(いわば“嫌人権”を行使する人々)を受容する場をヨーロッパが失ったことである。人々は容赦なく貨幣経済に巻き込まれ、労働か投機に身を投じなければならなかった。」


「10 ピューリタニズムと近代臨床」より:

「ピューリタニズムの倫理自体を人を精神病に追いやるものとして最初に告発した人はおそらくサリヴァンである。彼自身はアイルランド系カトリックの家系に生まれ、彼の母にはキリスト教以前のアイルランド民間伝承の世界さえ残っていたが、聖アウグスティヌスの流れに立つアイルランド・カトリシズムはいちじるしく清教徒的であった。(中略)そして、自分に最も近い宗教はフレンド協会(クェーカー)であると漏らしていた。
 第二次大戦後、すでに富裕な医師となっていた長老教会牧師の子R・D・レイン(中略)が、妻が南フランスに別荘を求めようとしたのを契機に反精神医学にはいる。二人に共通な点は、プロテスタント家庭の幼児教育の告発に重点があることと(サリヴァンはまた、アメリカ合衆国の青少年・成人における「成功の原理」 achievement principle を告発している)、彼ら自身の禁欲性であって、ピューリタニズムの倫理がピューリタン的に告発されているということができるかもしれない。(中略)さかのぼれば、カルヴィニスト牧師の子であって自然への還帰を唱えたジャン=ジャック・ルソーが、(中略)予告者・先駆者といえなくもない。彼の教育論『エミール』は今日ならば反教育論といわれるであろう。彼は精神医学に直接関係しないが、アンシャン・レジームにおける精神病院改革に始まる、その影響は今日までなお十分測深できぬ深さがある。」



「11 フランス革命=第一帝政時代と公式市民医学の成立」より:

「一八世紀の収容所は今日のインドの停車場さながらであった。船を待つ流刑囚や売春婦と彼らは共にあった。しかし彼らにはある種の自由があった。そこは「安心してクレージーになれる場所」(ホワイト)であり、ときにホガースの版画にみるごとく王と思うものは王の服装をしてよかった世界であった。」


「22 ヨーロッパという現象」より:

「西欧は、また、世界が次第に好ましい方向に向かい、人類社会が進歩するとみる点で特異である。大多数の文明はむしろ世界は次第に頽落しつつあるという信念あるいは神話を持っていた。」
「進歩とはなかんずく、邪悪なるものの排除であった。この観点からする時、魔女も、働かざる者も、理性をもたざる者も、伝染病者も、いな病いもその原因たとえば細菌も、(中略)ひとしく排除清掃されるべきものであった。病気あるいは病者との共存は今後の課題となろう。
 進歩と排除の伝統は次第に前景に出て、近代においては、神にとって代わる科学をその表象とする「進歩の宗教」(ドースン)に近づいた。「神は死んだ」とニーチェが宣告してから久しい。」



「一九九九年の追記」より:

「一九七〇年代の学園紛争とフラワー・チルドレンの後を継いだ、その申し子は、フェミニズムとエコロジズムであった。フェミニズムによる女性虐待の告発と、ベトナム帰還兵症候群の研究は、DSM体系に、疾患の原因を問わない操作主義診断の例外として、「外傷後ストレス症候群」(PTSD)を加えさせた。内的生活史と心内葛藤に重点を置く従来の精神医学に対して、虐待の歴史と外傷体験に重点を置く精神医学が、社会批判を伴って登場した。外傷を重視しつづけたジャネが一世紀を隔てて新しく読まれるようになった。」







こちらもご参照ください:

エドワード・W・サイード 『オリエンタリズム』 今沢紀子 訳 (平凡社ライブラリー) 全二冊
澁澤龍彦 『ヨーロッパの乳房』
アッタール 『イスラーム神秘主義聖者列伝』 藤井守男 訳
ハンス・プリンツホルン 『精神病者はなにを創造したのか ― アウトサイダー・アート/アール・ブリュットの原点』 林晶/ティル・ファンゴア 訳
ガーミニ・サルガードー 『エリザベス朝の裏社会』 松村赳 訳






































































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