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スウィフト 『奴婢訓』 深町弘三 訳 (岩波文庫)

「ロンドンで知合になった大變物識のアメリカ人の話によると、よく育った健康な赤ん坊は丸一歳になると、大變美味(うま)い滋養のある食物になる。スチューにしても燒いても炙(あぶ)っても茹(ゆ)でてもいいそうだが、フリカシーやラグーにしてもやはり結構だろうと思う。」
(スウィフト 「貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案」 より)


スウィフト 
『奴婢訓』 
深町弘三 訳
 
岩波文庫 赤/32-209-2 


岩波書店
昭和25年5月30日 第1刷発行
昭和49年10月20日 第11刷発行
122p 
文庫判 並装
定価 ★



旧字・新かな。



スウィフト 奴婢訓



帯文:

「惡召使必携ともいうべき本書は、召使の惡習と主人の心理を徹底的に暴露しており、諷刺作家スウィフトの面目躍如たるものがある。」


目次:

奴婢訓
 奴婢一般に關する總則
   細則篇
  第一章 召使頭(バトラア)
  第二章 料理人(コック)
  第三章 從僕
  第四章 馭者
  第五章 別當
  第六章 家屋並びに土地管理人
  第七章 玄關番
  第八章 小間使
  第九章 腰元
  第十章 女中
  第十一章 乳搾り女
  第十二章 子供附の女中
  第十三章 乳母
  第十四章 洗濯女
  第十五章 女中頭
  第十六章 家庭教師
  宿屋における召使のつとめ
 譯者註

貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案
 譯者註

解説




◆本書より◆


「奴婢訓」「奴婢一般に關する總則」より:

「使いに出た召使が必要以上に手間取って、二時間、四時間、六時間、八時間、かそこいら歸って來ないことがよくある。誘惑は強く、木石ならぬ身の抗し難きこともあろうというもの。歸ると、旦那樣は怒鳴る、奧樣はお小言。裸にするの、ぶんなぐるの、お拂い箱だの、お定まり文句。だが、ここで、あらゆる場合に通用する言譯を用意しておかねばならぬ。例えば、伯父さんが今朝八十哩の遠方からはるばる會いに來て下さって、明日夜明けに歸られるのです。困っている時に金を貸してやった或る朋輩が愛蘭へ逃げようとしていたのです。西印度のバアベイドウズ島へ出稼に行く昔馴染とお別れをしておりました。父親が牝牛を送ってよこして賣ってくれというのですが、夜の九時まで商人が見つかりませんで。今度の土曜日に縛り首になる從弟と最後のお別れをしておりました。石ころで足を挫いて、店で三時間休んでからでないと一歩も動けませんでした。屋根裏部屋の窓から汚物を投げかけられまして、洗濯して臭いの抜けるまでは恥ずかしくて歸れませんでした。水夫になれといわれて治安判事樣の前へ引張っていかれ、お取調までに三時間待たされ、やっとこさ放免されて來ました。支拂不能者と間違えられて執行吏に捕まり、一晩中收容所にとめておかれました。旦那樣が酒場へ行かれ災難にお會いになったと教えられ、悲しくてたまらず、ペルメルとテムプル・バアの間の酒場を軒並探し歩いておりました。」

「自分が雇われている當面の仕事以外には指一本動かしてはならない。例えば、別當が醉ぱらっているか留守かで、バトラアが厩の戸を閉めろと命令されたら、「旦那樣、私は馬のことはさっぱり存じませんので」と、直ぐ答える。掛布の片隅に釘一本打てば留められるという時、從僕がそれを命ぜられたら、そういう仕事は私にはわかりません。家具屋をお呼び下さい、と申上げる。
 出たあとの扉を閉めないといって御主人方はよく召使相手に口喧嘩をなさるが、扉は閉めるためには開いていなくちゃならない、開けて閉めるのは二重の手數だ、だから、最善最短、最も容易な方法はどちらもやらないことだ、とは旦那樣も奧樣も考えない。だけど、あんまりうるさく扉を閉めろといわれて、簡單に忘れることが出來なくなった場合は、家鳴震動物凄く思い切り扉を叩きつけて、御命令を守っておりますということを、旦那樣と奧樣に思い知らせてやることだ。」



「貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案」より:

「ロンドンで知合になった大變物識のアメリカ人の話によると、よく育った健康な赤ん坊は丸一歳になると、大變美味(うま)い滋養のある食物になる。スチューにしても燒いても炙(あぶ)っても茹(ゆ)でてもいいそうだが、フリカシーやラグーにしてもやはり結構だろうと思う。
 それ故、以下私見を述べて大方の御考慮を煩わす次第である。先に計算した十二萬の子供の中二萬は子孫繁殖用に保留しておく、男はその四分の一でよろしい、それでも、羊や牛や豚よりも割がいい。(中略)殘った十萬を丸一歳になったら國中の貴族、富豪に賣りつける。母親に忠告して、最後の一月(ひとつき)はたっぷり乳を飲ませ、どんな立派なお獻立にも出せるように丸々と肥らしておくことが肝要である。友人を招待するなら赤ん坊一人で二品の料理が出來る。家族だけなら、頭の方でも脚の方でも四半分で相當の料理が出來る。少量の胡椒、鹽で味をつけ、殺してから四日目に茹(ゆ)でると丁度よい、特に冬分はそうである。
 私の計算では、生れ立ての赤ん坊は平均重さ十二封度、普通に育てて丸一年で二十八封度に增える。
 この食物が少々お高いものになることは事實である、だから地主さん方に適當な食物で、親達の膏血をすでに絞った彼等だから子供を食う資格も一番あるというものだろう。」

「私案を毛嫌いし、敢て反駁を試みようとなさるであろう當路の方々にお願いしたい、先ずこれらの子供の兩親たちにこういって訊いてみてもらいたい――私のすすめているような風に丸一歳の時食べ物として賣られて、そうすることによって、その後經驗した數々の不幸の連續を避けた方が、ずっと幸福だったと今彼等は考えはしないだろうか。地主の暴虐に苦められ、金も仕事もなくて地代が拂えず、命をつなぐ糧(かて)に事缺き、住むに家なく、寒さを凌ぐ着物もない、しかも、同じ或いはもっとひどいみじめな暮らしを子供達が永久に續けていかねばならないという先の見通しを避けることも出來ない、これでも生きていた方がよかったかどうか。
 最後に、衷心から申上げておきたいことは、この私案を提出し主張するに際し、私は少しも個人的利害を持たないということである。祖國の公共的利益のため、商業を振興し、幼兒のため後圖を策し、貧民を救濟し、富者に若干の快樂を與える、それ以外に何の動機も私は持たない。一文の金を儲けようにも、それに必要な赤ん坊が私にはない。私の末の子は九つになり、妻はもう子供を生む年ではない。」



「解説」より:

「「奴婢訓」
 これは一七四五年スウィフトが死んだ直後に初めて出版された遺稿であり、且(遺憾ながら)未完成品である(未完成であることは、本文の六、七章や第十一章以後が殆ど覺え書の程度を出ていないことを見ても、明瞭である)。しかしこれをスウィフトが書き初めたのは可成り早い頃だったらしい。」
「或るスウィフト全集の編纂者も言っているように、スウィフトは初め、「宿屋における召使のつとめ」のように正面から眞面目(まじめ)に奴婢に教え指圖する文章を書いている中に、皮肉に裏から僕婢の惡習を發(あば)く形式の方が一層効果的で且面白いものが出來ると考えて、途中から趣向を變えたものらしい(中略)。嘗て自ら從僕をやつたことがあり、下僕生活の表裏によく通じた一人の男がこれを書いたことになっている(中略)。その男が、現在下僕をしている仲間の者達に與える指圖の形で、自分の過去の經驗から割出して、どうしたら主人を胡麻化し欺くことが出來るか、主人に氣取られずに骨惜みをするにはどうするか、役得をせしめるにはどうしたらよいか、などを教えるのである。」
「「貧家の子女を有用ならしむる方法についての私案」
 これは一七二九年の作である。一七一四年、トリイ黨政府の瓦解と共に政界に希望を失ったスウィフトはダブリンに引込み、聖パトリック寺院のディーンとしての靜かな生活を送っていたが、英國政府の誤った政策のために窮乏悲慘の極に陷っていたアイルランドの樣子を見るに見かね、持前の義俠心に驅られ、アイルランド愛國の志士として、時の英國政府に對し一矢を放つべく、筆を取って立った。そこから生れた一聯の作品があるが、その中でも諷刺の辛辣さにおいて最も秀れているのが、この「私案」である。」























































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、デレク・ベイリー、森田童子。


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