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オマル・ハイヤーム 『ルバイヤート』 小川亮作 訳 (岩波文庫)

「酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!」

(オマル・ハイヤーム 『ルバイヤート』 より)


オマル・ハイヤーム 
『ルバイヤート』 
小川亮作 訳
 
岩波文庫 赤/32-783-1 


岩波書店 
1949年1月15日 第1刷発行
1979年9月17日 第23刷改版発行
1984年6月20日 第30刷発行
173p 
文庫判 並装 カバー
定価250円


「RUBĀ‘IYĀT
‘Umar Khaiyām」



本書「まえがき」より:

「本書に収めた一四三首はペルシア語の原典から直接訳したもので、テクストにはオマルの原作として定評のあるものだけを厳選し、また最近のイランにおける新しい配列の仕方に従って(中略)八部に分類した。(中略)各四行詩に附した番号はこの分類にはかかわりなく、全体に通ずる通し番号である。オマルのものかどうかなお多少疑いの余地あるものは冒頭の番号を( )で包んだ。他はすべて彼の作として異論がない。」
「なお挿絵は小林孔(こばやしこう)氏に負うところ大である。」



挿絵(小林孔)1点。



ルバイヤート



カバー文:

「生への懐疑を出発点として、人生の蹉跌や苦悶、望みや憧れを、短い四行詩(ルバイヤート)で歌ったハイヤームは、十一世紀ペルシアの詩人である。詩形式の簡潔な美しさとそこに盛られた内容の豊かさは、十九世紀以後、フィッツジェラルドの英訳本によって多くの人びとに知られ、広く愛読された。日本最初の原典訳。」


目次:

まえがき (訳者)

解き得ぬ謎(なぞ)(1―15)
生きのなやみ(16―25)
太初(はじめ)のさだめ(26―34)
万物流転(ばんぶつるてん)(35―56)
無常の車(57―73)
ままよ、どうあろうと(74―100)
むなしさよ(101―107)
一瞬(ひととき)をいかせ(108―143)


解説 
 一 オマル・ハイヤーム
  生涯
  学者、思想家、詩人としてのハイヤーム
 二 ルバイヤートについて
 三 邦語訳の諸本




◆本書より◆


「2 

もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来(きた)り住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!」

「3

自分が来て宇宙になんの益があったか?
また行けばとて格別変化があったか?
いったい何のためにこうして来り去るのか、
この耳に説きあかしてくれた人があったか?」

「7

創世の神秘は君もわれも知らない。
その謎は君やわれには解けない。
何を言い合おうと幕の外のこと、
その幕がおりたらわれらは形もない。」

「10

われらが来たり行ったりするこの世の中、
それはおしまいもなし、はじめもなかった。
答えようとて誰にはっきり答えられよう――
 われらはどこから来てどこへ行くやら?」

「17

思いどおりになったなら来はしなかった。
思いどおりになるものなら誰(た)が行くものか?
この荒屋(あばらや)に来ず、行かず、住まずだったら、
ああ、それこそどんなによかったろうか!」

「23

二つ戸口のこの宿にいることの効果(しるし)は
心の痛みと命へのあきらめのみだ。
生の息吹(いぶ)きを知らない者が羨(うらや)ましい。
母から生れなかったものこそ幸福だ!」

「25

神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、
そしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。
何でも心のままになる自由な宇宙を
別に新しくつくり出したろうに。」

「28

嘆きのほかに何もない宇宙! お前は、
追い立てるのになぜ連れて来たのか?
まだ来ぬ旅人も酌(く)む酒の苦さを知ったら、
誰がこんな宿へなど来るものか!」

「34

善悪は人に生れついた天性、
苦楽は各自あたえられた天命。
しかし天輪を恨(うら)むな、理性の目に見れば、
かれもまたわれらとあわれは同じ。」

「42

一滴の水だったものは海に注ぐ。
一握の塵(ちり)だったものは土にかえる。
この世に来てまた立ち去るお前の姿は
一匹の蝿(はえ)――風とともに来て風とともに去る。」

「46

この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て謎(なぞ)をあかしてくれる人はない。
気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。」

「49

幾山川を越えて来たこの旅路であった、
どこの地平のはてまでもめぐりめぐった。
だが、向うから誰一人来るのに会わず、
道はただ行く道、帰る旅人を見なかった。」

「50

われらは人形で人形使いは天さ。
それは比喩(ひゆ)ではなくて現実なんだ。
この席で一くさり演技(わざ)をすませば、
一つずつ無の手筥(てばこ)に入れられるのさ。」

「67

昨夜酔うての仕業(しわざ)だったが、
石の面(も)に素焼の壺を投げつけた。
壺は無言の言葉で言った――
 お前もそんなにされるのだ!」

「68

なんでけがれがある、この酒甕(さかがめ)に?
盃にうつしてのんで、おれにもよこせ、
さあ、若人よ、この旅路のはてで
われわれが酒甕とならないうちに。」

「72

この壺も、おれと同じ、人を恋(こ)う嘆きの姿、
黒髪に身を捕われの境涯か。
この壺に手がある、これこそはいつの日か
よき人の肩にかかった腕なのだ。」

「95

バグダードでも、バルクでも、命はつきる。
酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は満ちる。
たのしむがいい、おれと君と立ち去ってからも、
月は無限に朔望(さくぼう)をかけめぐる!」

「105

戸惑(とまど)うわれらをのせてはめぐる宇宙は、
たとえてみれば幻の走馬燈だ。
日の燈火(ともしび)を中にしてめぐるは空の輪台、
われらはその上を走りすぎる影絵だ。」

「127

人生はその日その夜を嘆きのうちに
すごすような人にはもったいない。
君の器が砕けて土に散らぬまえに、
君は器の酒のめよ、琴のしらべに!」

「(128)

春が来て、冬がすぎては、いつのまにか
人生の絵巻はむなしくとじてしまった。
酒をのみ、悲しむな。悲しみは心の毒、
それを解く薬は酒と、古人も説いた。」

「(131)

胸をたたけ、ああ、よるべない大空の下、
酒をのめ、ああ、はかない世の中。
土から生れて土に入るのか、いっそのこと、
土の上でなくて中にあるものと思おう。」

「133

酒をのめ、それこそ永遠の生命だ、
また青春の唯一(ゆいつ)の効果(しるし)だ。
花と酒、君も浮かれる春の季節に、
たのしめ一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生だ!」



「解説」より:

「十三世紀にアル・カズヴィーニイが書いた『アーサール・ル・ビラード』(諸国の遺跡)という本のネイシャプールの部には、ハイヤームが何か「粘土(ねんど)製の案山子(かかし)」を発明したと記されている。(中略)また同じ十三世紀にモハマッド・シャーラズリイが著(あらわ)した学者の列伝『タズハト・ル・アルワーハ』(魂の保養の意)の中には次のような挿話が見える。すなわちある日大臣のアブド・ル・ラザクを訪ねると、読経師(どきょうし)の首席アブ・ル・ハサンが居合わせて大臣とコーランのある章句の読み方に関して議論をたたかわせていた。それは読経師仲間でもいろいろ意見の異なる個所であったが、オマルは大臣の求めるままに種々の読み方を列挙した上おのおのの論拠を説明し、さらに特殊な例外と言ってもいいような読み方とその論拠を挙げ、最後に自分はどの説に与(くみ)するかを述べた。」
「幼少のころ(一一一三年ごろ)彼から親しく教えを受けたというアブ・ル・ハサン・ビーハキイの書いた『ターリヘ・ビーハク』(ビーハクの歴史の意)によると、ハイヤームは頑固で、意地悪で、癇癪(かんしゃく)持ちの人柄(ひとがら)であったという。」









こちらもご参照ください:

『ヘーシオドス 仕事と日』 松平千秋 訳 (岩波文庫)































































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