FC2ブログ

ゲーテ 『イタリア紀行 (上)』 相良守峯 訳 (岩波文庫) 〔全三冊〕

「ヴェズヴィオの火山は盛んに石と灰を噴き出し、夜には嶺が赤く燃えて見える。活動する自然が、熔岩の流れを見せてくれればよいが! こうした偉大なものをわが眼底に収めてしまうまでは、私は焦燥(しょうそう)の念に駆られどおしである。」
(ゲーテ 『イタリア紀行 (上)』 より)


ゲーテ 
『イタリア紀行 (上)』 
相良守峯 訳
 
岩波文庫 赤/32-405-9 


岩波書店 
1942年6月1日 第1刷発行
1960年4月5日 第11刷改版発行
1987年5月25日 第33刷発行
271p 別丁口絵(モノクロ)1葉
文庫判 並装 カバー
定価450円



本書「解説」より:

「本書は Johann Wolfgang von Goethe(1749-1832): Italienische Reise の翻訳で、続篇ともいうべき「第二次ローマ滞在」(Zweiter Römischer Aufenthalt)をも含むものである。」
「なおこの翻訳は、最初改造社版ゲーテ全集に入れたものを、(中略)補正を加えて岩波文庫に入れたのであるが、このたび全篇に筆を加えて版を新たにしたものである。」



地図「イタリアにおけるゲーテの旅路」1点。口絵はティッシュバイン作「カンパニアのゲーテ」。全三冊。



ゲーテ イタリア紀行 上



カバーそで文:

「一八七二年九月、ゲーテ(一七四九-一八三二)はワイマルでの煩瑣な生活からのがれるため、長年の憧れの土地イタリアへと、まっしぐらに駅馬車を駆り出した。この出発こそ、詩人ゲーテを完成し、ドイツ古典主義を確立させるきっかけとなるものであった。(全3冊)」


目次:

解説

カールスバートからブレンナーまで (一七八六年九月)
ブレンナーからヴェロナまで (一七八六年九月)
ヴェロナからヴェネチアまで (一七八六年九月)
ヴェネチア (一七八六年九月および十月)
フェララからローマまで (一七八六年十月)
ローマ (一七八六年十一月から一七八七年二月まで)





◆本書より◆


「ヴェネチア」より:

「一七八六年九月二十八日。」
「私の乗っている船のところへ初めてゴンドラがやってきたとき――それは先を急ぐ旅客を素早くヴェネチアへ連れてゆくためであるが――私は恐らく二十年来思い出したことのない、あの昔の玩具を心に浮べた。私の父はイタリアから携えてきた美しいゴンドラの模型を持っていた。父はそれをひどく珍重していたが、いつか私がそれを弄ぶことを許された時などは、非常に喜んだものだ。今、ぴかぴか光る鉄板の船首や、黒いゴンドラの船体や、すべてのものが昔馴染のように私に挨拶をした。私は久方ぶりになつかしい少年時代の印象を味わうことができた。
 私は「イギリス女王」という旅館に気持のいい宿を取っている。聖(サン)マルコの広場から程遠からぬところにあるが、これがこの宿の一番の取柄である。私の室の窓は、高い家並の間にある狭い運河に面しており、窓のすぐ下には虹形の橋が懸っていて、その向うには一本の狭い賑やかな小路がある。(中略)これまで幾度か渇望した孤独を、私は今やしみじみと味わうことができる。なぜかというに、たれ一人知る人もない雑沓の中をかき分けて行くときほど、痛切に孤独を感じることはないのだから。」

「九月三十日。
 夕方私はふたたび案内者もなしに、市のもっとも遠い地区へ迷いこんで行った。このあたりの橋にはすべて階段がついていて、アーチ形の橋の下をゴンドラや、もっと大きな船が自由に航行しているのである。私は誰にも道を尋ねないで、またしても方位だけをたよりに、この迷路に出たり入ったりしてみた。結局はそこから抜け出すことができるのであるが、道路が互に入り組んでいることはまったく意想外である。」
「実に多数の家屋がじかに運河のなかに建っている。しかし立派に舗石のしてある堤防が所々にあって、その上を歩いて水面や寺院や邸宅のあいだを気持よく往来することができる。」

「十月八日。」
「リドーというのは、潟を仕切って、海から隔てている地峡である。私たちは舟から下りて、地峡を横切って歩いて行った。私は強い音響を耳にしたが、それは海であって、間もなく眼にも見えてきた。波は引きながら高く岸辺を打ちつけていた。真昼ごろで、干潮の時刻である。こうして私もとうとう海を眼のあたりに眺めたのである。私は引いて行く潮のあとに残されている美しい土を踏みながら、波のあとを追って行った。貝がたくさんあるので、子供たちがいたらと思った。そこで自分自身が子供になって、たくさんそれを拾い集めた。しかしこれは私がある事に利用したいためであって、すなわちここにふんだんに流れている烏賊(いか)の墨を、少し乾かして見ようと思うのだ。
 海から遠くないリドーの上に、イギリス人の墓があり、その先にユダヤ人の墓がある。彼らはともに普通の墓地に葬られるわけにいかなかった人たちである。」
「その墓は、ただに浄められていないばかりでなく、半ば埋もれかけている。リドーは常にたんなる砂丘と見なさるべきものであって、砂がそこまで運ばれ、風に吹きまくられ、積み上げられ、また到るところに押しあげられるのである。いくぶん小高くなっているこの記念碑も、間もなく人の目にとまらなくなってしまうであろう。」

「十月九日。」
「私は話題をもう一度海に取りたい。今日私は海で海蝸牛(うみかたつむり)、陣笠貝、小蟹(こがに)などの活動を眺め、心から楽しんだ。生物というものはなんと貴重な、すばらしいものであろう。なんとその状況によく適応し、なんと真実で、かつ現実的であるであろう。」
「小さな食用蝸牛、殻が一つの陣笠貝、その他なお動きまわる生き物、殊に小蟹など、潮に従って海の生物がやってくる。しかしこれらの動物が滑かな防波壁を占領するかしないうちに、もう海は押し寄せてきたときと同じように、一進一退しながら引き始める。初めのうちはこれらの動物群もどうしたらいいのか見当がつかず、潮がふたたび帰ってくることを依然として期待しているが、しかし潮は引いたままであり、太陽は照りつけて忽ち乾燥させる。そこでここに退却が始まるのである。この機会に乗じて小蟹は餌を探す。(中略)義足のような両腕をもって歩きまわるかのようにみえ、一匹の陣笠貝が甲殻に隠れつつ位置を転ずるや否や、それを襲っていって、鋏を甲殻と地面との狭い隙間に突込み、屋根をひっくり返して、中の牡蠣(かき)を御馳走になろうとする。陣笠貝の方ではじょじょに歩いてゆくのであるが、敵が近づくのを感ずるや否や、しっかりと石に吸いついてしまう。そこで蟹は小さい屋根の周囲を奇妙な格好でさがしまわる。(中略)しかし蟹にはこの柔かい貝の強い筋肉に打ち勝つだけの力がないので、この獲物には諦(あきら)めをつけて、別の動いているのをねらってゆく。すると先の貝はそっとまた動き出す。かくして、私は二つの平面とその間にある階段を這いおりてゆくこの群衆の退却を幾時間も見守っていたが、ついに一匹の小蟹すらその目的を達し得たのを見なかった。」



「フェラーラからローマまで」より:

「十月二十日夕、ボローニャにて。」
「それから私は、最近の豪雨に洗われて崩壊した山峡に下りていって、求める重晶石をそこここに発見して大いに喜んだ。多くは不完全な鶏卵状をなしており、ちょうど崩壊しつつある山の所々に露出していた。一部分はかなり純粋であり、一部分は粘土に包まれて、その中にひそんでいる。(中略)私が捜し出した塊りは、大きいのも小さいのも、不完全な卵形に近く、そのうち最も小さいものは不明瞭な結晶体に移りかけている。私が発見した最も大きな塊りは十七ロートの重量がある。私はまた同じ粘土の中から、分離した完全な石膏の結晶を見出した。専門家は、私が持って帰る標本によって、一そう綿密な鑑定を進めることができよう。私はまたもや石を背負いこむことになってしまった。八分の一ツェントナーの重晶石を私は荷造りした。」



「ローマ」より:

「二月二日。
 満月の光を浴びてローマを彷徨(さまよ)う美しさは、見ないで想像のつくものではない。個々の物の姿はすべて光と闇との集団に呑みつくされ、そして最も大きく最も一般的な形像のみが、われわれの眼に映る。すでに三日このかた、私たちは非常に美しい晴れわたった夜を心ゆくまでに味わった。特に眺めのいいのはコリセオである。夜は門を閉めるが、一人の隠者が小さな堂宇に住まっており、乞食どもが荒廃した円天井に巣食っている。ちょうど彼らは平土間で火を焚いていたが、静かな風が煙をまずアレーナの方へ吹き寄せ、そしてその煙が廃墟の下部だけを包んで、上方の巨大な城壁がその上に暗くそそり立って見えた。私たちは格子戸の側からその有様を眺めたのであるが、折しも月は中天にかかっていた。煙はだんだんに壁、隙間、窓などを抜けて出てゆき、月の光に照らされてまるで霧のようである。実にすばらしい眺めであった。パンテオン、カピトル、ピエトロ寺院の前庭、その他大通りや広場もそんなふうに照らされているところを見ておくべきである。雄大なしかも洗練されたこの地の物象を前にしては、太陽や月もちょうど人間の精神と同じように、他の場所とは違った作用をするようになるのだ。」









こちらもご参照ください:

ゲーテ 『イタリア紀行 (中)』 相良守峯 訳 (岩波文庫) 〔全三冊〕














































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本