F・S・テイラー 『錬金術師』 平田寛・大槻真一郎 訳
「いんちき錬金術師の特徴は、遍歴生活をしていることと、話し上手だという点であった。真の錬金術師たちは、長年のあいだ、自分の実験室ですごしていたようである。」
(F・S・テイラー 『錬金術師』 より)
F・S・テイラー
『錬金術師
― 近代化学の
創設者たち』
平田寛・
大槻真一郎 訳
人文書院
1978年7月1日 初版第1刷発行
1981年8月20日 初版第4刷発行
319p 口絵(モノクロ)2p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,600円
本書「訳者あとがき」(平田寛)より:
「本書は、Frank Sherwood Taylor, *The Alchemists, Founders of Modern Chemistry*, Henry Schuman, New York, 1949. の全訳です。本書については、かつて『世界ノンフィクション全集』(筑摩書房)の第一二巻(一九六〇年)のなかの一篇として、私が抄訳したことがあります。」
口絵図版(モノクロ)2点、本文中図版(モノクロ)40点。

目次:
まえがき
第一章 序論
第二章 錬金術師の思想
第三章 錬金術の作業の起原
第四章 最初の錬金術師たち
第五章 錬金術の最初の記号と象徴
第六章 中国の錬金術
第七章 アラビアの錬金術師たち
第八章 ヨーロッパの錬金術師たち
第九章 十四世紀の錬金術
第十章 イギリスの錬金術師たち
第十一章 錬金術を象徴するもの
第十二章 金属変成の物語
1 ニコラス・フラメルの物語
2 ファン・ヘルモントの証言
3 ヘルヴェティウスの証言
第十三章 錬金術から化学へ
第十四章 ヘルメス哲学
第十五章 錬金術の科学に対する関係
さらに読書していく人へのすすめ
原注
訳者あとがき (平田寛)
索引
◆本書より◆
「第二章 錬金術師の思想」より:
「錬金術師たちの目的は、表向きは金(きん)以外の金属を金に変成することであった。(中略)ラボアジエの時代以前には、「元素」という言葉でさえ変換の可能性を除外しなかった。だから、水銀を金に変えることが不可能だと考える理論的根拠はなかった。」
「錬金術師の精神にはいりこみ、彼の奇妙な手順には理由があることを示すためには、彼の時代の科学を理解する必要がある。」
「これらの理論は、じっさい、近代科学の理論とは非常にちがっており、その主要な二つの学説は、質料(引用者注:「質料」に傍点)〈matter〉と形相(引用者注:「形相」に傍点)〈form〉の学説と、精神(引用者注:「精神」に傍点)〈spirit〉の学説であった。今日では、この三つの言葉の意味はまったくちがっている。たとえば、私たちは硫黄と鉄はちがった種類の物質(引用者注:「物質」に傍点)(形相)であるという。けれどもアリストテレスにとっては、この二つはちがった形相として指定されたおなじ質料(物質)である。(中略)いまでは精神(引用者注:「精神」に傍点)(スピリット)という言葉は、揮発性の液体とか、勇気ある態度とか、霊的な生命を意味する。しかし古代科学では、スピリトゥス〈spiritus〉またはプネウマ〈pneuma〉は文字どおり呼吸(引用者注:「呼吸」に傍点)を意味し、水蒸気、気体、肉体から離脱した霊魂、さては聖霊の意味にさえ適用することができた。」
「最初の錬金術師たちは、アリストテレスの時代よりかなりあとであったが、彼らも質料と形相という立場で思索した。たとえば、銅を金に変える努力は、銅の形相をとりのぞき(もっとなまなましく表現すれば、銅の死とその腐敗)、それに続いて新しい形相すなわち金の形相を導入(この過程は復活として描かれた)するものとして計画された。
しかし、それはどのようにおこなわれたのか。銅をある溶液(とくに硫化物の溶液)で処理するか、または硫黄で熱すると、それは「金属の形相」を失い、(硫化銅の)黒い塊になる。これは錬金術師にとって、銅が金属の形相をもたない質料に還元されるようにみえた。だが彼は、金の形相をどのようにして導入することができたのか。」
「動物はその両親から、植物は種子から、そして一部の生物は見たところ死んだ物質から、新しい生命が発生するのが見られる。というのも、当時は、毛虫やハエやカエルや、さらにネズミのようなもっと高等な有機体でさえ、両親がなくても、腐敗物とか泥から発生するものと考えるのが、ごく当然のことだったからである。また土は、そこに種子がなくても植物を発芽させる力があると、一般に信じられていた。」
「ちょうど神が土でできた人間に「生命の息吹き」を吹きこんだように、ここでも「生命の衣吹き」がこれらの生物にはいりこみ、それを有機体にするのであった。(中略)そして星もこれにかかわりがあった。というのも、天体の運行によって区画された一年の季節にしたがって、穀物は成長するからである。さらに「生命の息吹き」が天体からやってきて、新しいものを生みだすにちがいないことは、明らかであるように思われた。」
「一粒の種子、一塊の土、天からの生命の息、やさしくはぐくむ暖かさ、これらが発生の観念の原始的な諸要素である。これらが、錬金術師がまねようとした条件であった。」
「この章で述べたつぎの三つの考えを心にとめておけば、錬金術の著書にはある理由づけが見いだされるといえるだろう。
(1) ある種の物質を他の物質に変えることが理論的には可能だということ。
(2) このような変化は、変化すべき材料を腐敗させて、そのなかに新しい形の発生をおこさせることが必要だということ。
(3) 金属になるため、発生を助け指令するため、新しい形態を呼びおこすためには、プネウマ(引用者注:「プネウマ」に傍点)という精妙であるがまったく非物質的でもない存在の力があるということ。」
「第四章 最初の錬金術師たち」より:
「こんにちの読者には、錬金術師がしばしばペンネーム(引用者注:「ペンネーム」に傍点)として、自分より有名なものの名前をつけることが奇妙に思われるだろう。紀元二〇〇年ごろに執筆したギリシアの錬金術師たちは、自分の論文のはじめに、ヘルメス、イシス、アガトダイモンのような神話に出てくるものの名前をつけたり、レウキッポス、デモクリトスのような大昔の有名な哲学者の名前をつけたり、はてはモーゼまでも、さらにクレオパトラとかケオプスのような女王や王の名前をつけていた。(中略)このように著者名を変える理由は、たぶん、彼らがむかしの人びとを古ければ古いだけ一層のこと非常に尊敬していたからであり、また、世界は英知と善の状態から愚劣と不信仰の状態に退歩していくものだと信じていたからである。こういう歴史観をもつ人びとは、当然、新しい書物よりも古い書物を尊敬したし、冒頭にりっぱな古い名前のついた写本は、読者と同時代の未知の著者名のついた写本よりも、ずっと貴重がられた。
錬金術師は化学者とちがって、新しい方法を発見することによって技術を前進させようとはしなかった。彼は、秘密をかくしていると信じた古い著者について再発見したり新しい解釈をすることによって、そうしようとした。だから彼は、古いと思われる書物を欲しがった。この傾向は、錬金術の歴史を通じて、しだいに弱まりながらも最後までつづいた。」
「まず最初にいっておきたいのは、初期の錬金術師たちはギリシア語で書いたがギリシア人でなく、たぶんエジプト人かユダヤ人だったということである。また彼らは、(中略)キリスト教徒ではなかった。彼らは、ギリシア哲学にくわしく、同時に実験室での実地の職人でもあった。女性もいた。クレオパトラについては、彼女がこんな問題に関係したとは思えないから除外するとしても、ほかにユダヤ婦人マリア、パプヌティア、ゾシモスの妹テオセベイアがいる。」
「第七章 アラビアの錬金術師たち」より:
「ギリシア科学が全盛をきわめていたころでさえ、中近東では、別な科学文化が存在していた。(中略)なかでも後世にとっての重要な出来事は、キリスト生誕後の五〇〇年間にこれらの地方で、一団の自然哲学者たちが新しい知識を受け入れ、これを育成しようとしたことである。その一大中心地のシリアでは、種々の文化や各国語が文字どおり入り乱れて接触した。ラテン語、ギリシア語、シリア語、ペルシア語、そして回教圏の出現後は、アラビア語、これらすべてが流通するようになった。こうしてギリシアの学問もここに根を張り、豊かな文化の交流による新しい生活の誕生と近東全体への普及に一役買うことができた。
この直接の原因は、四三一年にキリスト教の異端のネストリオス派の学者たちが、コンスタンチノープルから追放されたことである。彼らはシリア北部のエデッサで、ギリシアの学問を伝えるために進んで学校を開いた。ついで四八九年には、彼らはギリシア皇帝から追放され、メソポタミアのニシビスに移った。そして結局、紀元五〇〇年以後まもなく、彼らはバスラから北よりのジュンディ=シャープールで、おおいなるペルシアの医学校を設立した。ネストリオス派は、長いことギリシアの知識を保存し、やがてギリシア語の書物をシリア語に翻訳しはじめた。つぎの世紀には、これまたキリスト教の異端の単性論者たちも、コンスタンチノープルから追放され、シリアとペルシアへ移ってきた。少なくとも、錬金術に関するギリシア語の書物のいくつかは、彼らによってシリア語に翻訳された。」
「回教圏の名のある少数の錬金術師のうちの大人物は、ゲベルである。ヨーロッパの学者たちは、彼を錬金術の開祖だと見てきた。だが最近の調査では、彼の著作だとされている錬金術書は、じつは多くの人の手で書かれたものを、ゲベルという有名な一人の伝説的人物の著作に仕立てたものらしい。」
「ところで、六代目のイマームだったジャファル・イブン・ムハムマド・アル=サーディクは、回教のシーア派の連中から、神秘学、とりわけ錬金術と占星術の大家に祭りあげられていた。そして彼には数多くの書物が帰せられているが、これは、じつは後世の偽作である。この彼はまた、七六〇年ごろ活動したアブー・ムーサー・ジャービル・イブン・ハイヤーンという門弟があったと考えられた。そしてのジャービルにも、彼の名前のついたひじょうに多くの論文がある。その大部分は錬金術に関するものだが、その他は医学、天文学、占星術、魔術、数学、音楽、哲学に関する論文である。まさに、科学の百科事典である。このジャービルこそ、中世ヨーロッパの書物(や初期の化学史家の本)のなかで、「アラビア人の王ゲベル」として登場している人物なのである。」
「しかしこのように、ある集団の研究者たちが書いた書物を、その師匠の名を借りて出すということは、昔はよくあった。「ジャービルの論文」を書いた人たちは、科学の可能性に深く感銘していた。なるほど彼らは、科学といいながら、こんにちなら呪術というべきものをたくさん取り扱っている。(中略)だが彼らは、自分たちではその価値に気づかないままに、いくつかの有益なことがらを発見した。事実、錬金術は、その歴史を通じて、自然法則的には不可能なことをやろうと試みておりながら、その間に自然法則的に有用な発見をしつづけてきたのである。」
「ジャービルは、自分の知っている物質をつぎのように分けた。
(1) 精(引用者注:「精」に傍点)――樟脳、磠砂(ろしゃ)、水銀、砒素、硫黄のような揮発性のもの。
(2) 金属体(引用者注:「金属体」に傍点)――金属。
(3) 物体(引用者注:「物体」に傍点)――不揮発性で粉末状になる固体、すなわち「精」や金属体以外のもの。
この分類は、金属を肉体と霊魂(または精神)との結合とみなしたギリシア人たちの考えからきている。しかし別な分類法もあって、そこでは、水銀は金属に分類された。」
「アラビアの錬金術師は、ヨーロッパ世界に化学知識や実際技術だけでなく、こんにちの化学とは関係のないことがらもたくさん伝えた。このうち最も有名なのは、『ヘルメスのエメラルド板』という短い文書である。(中略)『エメラルド板』は、のちの錬金術師たちに重大な影響を与えたから、ここにその全文を掲載しておこう。(中略)つぎにかかげるものは、『板』の数版のうちの一つである。
ヘルメス・トリスメギストスの秘事についての言葉
(1) これは、うそいつわりなく真実、確実にして、このうえなく真正である。
(2) 一つのものの驚異をなしとげるにあたっては、下にあるものは上にあるものに似ており、上にあるものは下にあるものに似ている。
(3)そして万物は、一つのものの仲立ちによって、一つのものから成ったように、万物は順応によって、この一つのものから生まれた。
(4) このものの父は太陽で、母は月である。風は、このものをその胎内にもち、その乳母は大地である。
(5) このものは、全世界のいっさいの仕上げの父である。
(6) その力は、もしも大地にむけられれば、完全無欠である。
(7) なんじは、土を火から、精妙なものを粗雑なものから、円滑に、きわめて巧妙に分離するがよい。
(8) それは、大地から天へ上昇し、ふたたび大地へ下降して、優れたものと劣れるものの力を受け取る。かくてなんじは、全世界の栄光を手に入れ、いっさいの不明瞭はなんじから消え去るであろう。
(9) このものは、すべての剛毅のうちでも、いやがうえに剛毅である。なぜなら、それはあらゆる精妙なものに打ち勝ち、あらゆる固体に浸透するから。
(10) かくて、大地は創造された。
(11) したがって、このものを手段として、驚異すべき順応がなされるであろう。
(12) このため私は、全世界の哲学の三部をもつヘルメス・トリスメギストス(三重に最高なるヘルメス)と呼ばれる。
(13) 私が太陽の働きについて述べたことは、以上でおわる。
この謎めいた文章は、明らかに読者につぎのことを伝えようとした。太陽(金の記号)の働きは「精」によって、すなわち普遍的で万物の根源であり、万物を完全にする力をもつ「精」によっておこなわれる、ということである。その効力は、もしも大地(凝固したもの)にむけられれば、完全無欠(すなわち、さまざまなものを単一の物質に変える力をもっているから)である。これは、「賢者の石」が、凝固したプネウマであるべきことを意味した。プネウマは、天地間の絆であって、天界と地界におよぼす効力――恒星から地球の中心部にわたる全宇宙の力――をもっていた。それは、あらゆる自然に打ち勝ち、あらゆる固体に浸透する。またそれは、全世界の根源であり、おどろくべき方法で事物を変化させる手段になりうる。全世界の哲学の三部というのは、おそらく天上と地上と地下とであろう。
この文書は、紀元一二〇〇年より以前にラテン語に翻訳され、中世錬金術の最も重要なよりどころの一つになっている。」
「第九章 十四世紀の錬金術」より:
「ルルスの教義によると、神の創りたもうたのは、彼が「生きている銀」(argentum vivum 水銀)とよんだもので、この原物質から万物は生じるという。その最も微細な部分が天使たちのからだを形成し、それより微細でない部分が天球と恒星ならびに惑星を形成し、最も粗雑な部分が地上の物体を形成した。ところが地上の物体では、「生きている銀」の一部は、土、水、空気、火の四元素になったが、また一部は、「第五元素」(quintessence)として残った。だから、あらゆる物体には天体と類縁のある物質があったわけである。天体が生成と消滅の変化をひきおこすのは、この物質をとおしてであった。物体の活動力は、第五元素のなかにあった。そこで錬金術とは、この第五元素を取り扱って、そのなかの活動力を増大させる手順をいった。」
「第十一章 錬金術を象徴するもの」より:
「錬金術書に象徴的な絵が使用されたのは、錬金術のごく初期にまでさかのぼるが、当時は、それほど発達していない。私たちが最初に出会う象徴は、蛇とか竜の絵である。そしてこれは、不完全で罪ぶかい状態にある物質をあらわしている。この竜は、殺害されなければならない。ということは、錬金術の実験材料になる金属を非金属の状態にして、新しい精の受け入れができるようにすべきことを意味している。」
「この竜には、水銀という妹がある。竜が物質であり、金属であり、肉体であるように、その妹は、精であり、金属の水銀であり、魂である。」
「錬金術の第二の大きな象徴は、結婚の象徴である。太陽と月、すなわち「われらの金」と「われらの銀」の結合は、このような観点から象徴される。しかもしばしば、こんにちの出版物では許されないような性的な象徴が赤裸々に示されている。」
「しかし中世では、受胎や出産の観念が現代とは非常にちがっていた。それは、あとにつづいて復活があらわれるような死として、象徴された。(中略)どのような出産でも、種(たね)の形は消滅し、新しい生命があらわれる。事実、下等な生物の出産では、見た目には一つの生物が腐敗し、新しい生物が種なしで出産するように思われる。こうして、すべての出産について中世の人たちの心を強くとらえた特色は、聖書のつぎの節に示されている。
まことに、まことに、なんじらに告ぐ。一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。もし死なば、多くの実(み)を結ぶべし。
(『ヨハネ伝』十二章、二十四―二十五節)」
「こうして太陽と月の結婚で生まれるものは、両方の要素をもっているから両性生物(「レビス」)としてあらわされ、したがって、墓のなかにあってやがては黒ずんで腐敗してくる両性生物の死体として象徴される。十七世紀のオランダの自然哲学者M・F・ファン・ヘルモントがいうように、大世界の墓は小世界〔人体〕の子宮に相当する。それは、再生の場所であって、破壊の場所ではない。このように種が消滅するにつれて、しかし「神はみ心にしたがって、これに体を与えたもう」のである。新しい形体をひきおこすもの、すなわち上方からの影響または精を呼び出すものは、「天界の力」である。死者の精霊は昇り、天界の影響は降(くだ)る。とくにこの段階にあてはまる最も簡単な象徴は、魂の飛翔を示すために、翼をつけるとか何か別のものをあしらって登場する小さな人間の天にむかっている図である。天界の影響は、落ちてくる露として示すことができる。」

こちらもご参照ください:
種村季弘 『黒い錬金術』
スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ 『錬金術図像大全』 磯田富夫・松本夏樹 訳
ルドルフ・ベルヌーリ/種村季弘 訳論 『錬金術とタロット』 (河出文庫)
(F・S・テイラー 『錬金術師』 より)
F・S・テイラー
『錬金術師
― 近代化学の
創設者たち』
平田寛・
大槻真一郎 訳
人文書院
1978年7月1日 初版第1刷発行
1981年8月20日 初版第4刷発行
319p 口絵(モノクロ)2p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,600円
本書「訳者あとがき」(平田寛)より:
「本書は、Frank Sherwood Taylor, *The Alchemists, Founders of Modern Chemistry*, Henry Schuman, New York, 1949. の全訳です。本書については、かつて『世界ノンフィクション全集』(筑摩書房)の第一二巻(一九六〇年)のなかの一篇として、私が抄訳したことがあります。」
口絵図版(モノクロ)2点、本文中図版(モノクロ)40点。

目次:
まえがき
第一章 序論
第二章 錬金術師の思想
第三章 錬金術の作業の起原
第四章 最初の錬金術師たち
第五章 錬金術の最初の記号と象徴
第六章 中国の錬金術
第七章 アラビアの錬金術師たち
第八章 ヨーロッパの錬金術師たち
第九章 十四世紀の錬金術
第十章 イギリスの錬金術師たち
第十一章 錬金術を象徴するもの
第十二章 金属変成の物語
1 ニコラス・フラメルの物語
2 ファン・ヘルモントの証言
3 ヘルヴェティウスの証言
第十三章 錬金術から化学へ
第十四章 ヘルメス哲学
第十五章 錬金術の科学に対する関係
さらに読書していく人へのすすめ
原注
訳者あとがき (平田寛)
索引
◆本書より◆
「第二章 錬金術師の思想」より:
「錬金術師たちの目的は、表向きは金(きん)以外の金属を金に変成することであった。(中略)ラボアジエの時代以前には、「元素」という言葉でさえ変換の可能性を除外しなかった。だから、水銀を金に変えることが不可能だと考える理論的根拠はなかった。」
「錬金術師の精神にはいりこみ、彼の奇妙な手順には理由があることを示すためには、彼の時代の科学を理解する必要がある。」
「これらの理論は、じっさい、近代科学の理論とは非常にちがっており、その主要な二つの学説は、質料(引用者注:「質料」に傍点)〈matter〉と形相(引用者注:「形相」に傍点)〈form〉の学説と、精神(引用者注:「精神」に傍点)〈spirit〉の学説であった。今日では、この三つの言葉の意味はまったくちがっている。たとえば、私たちは硫黄と鉄はちがった種類の物質(引用者注:「物質」に傍点)(形相)であるという。けれどもアリストテレスにとっては、この二つはちがった形相として指定されたおなじ質料(物質)である。(中略)いまでは精神(引用者注:「精神」に傍点)(スピリット)という言葉は、揮発性の液体とか、勇気ある態度とか、霊的な生命を意味する。しかし古代科学では、スピリトゥス〈spiritus〉またはプネウマ〈pneuma〉は文字どおり呼吸(引用者注:「呼吸」に傍点)を意味し、水蒸気、気体、肉体から離脱した霊魂、さては聖霊の意味にさえ適用することができた。」
「最初の錬金術師たちは、アリストテレスの時代よりかなりあとであったが、彼らも質料と形相という立場で思索した。たとえば、銅を金に変える努力は、銅の形相をとりのぞき(もっとなまなましく表現すれば、銅の死とその腐敗)、それに続いて新しい形相すなわち金の形相を導入(この過程は復活として描かれた)するものとして計画された。
しかし、それはどのようにおこなわれたのか。銅をある溶液(とくに硫化物の溶液)で処理するか、または硫黄で熱すると、それは「金属の形相」を失い、(硫化銅の)黒い塊になる。これは錬金術師にとって、銅が金属の形相をもたない質料に還元されるようにみえた。だが彼は、金の形相をどのようにして導入することができたのか。」
「動物はその両親から、植物は種子から、そして一部の生物は見たところ死んだ物質から、新しい生命が発生するのが見られる。というのも、当時は、毛虫やハエやカエルや、さらにネズミのようなもっと高等な有機体でさえ、両親がなくても、腐敗物とか泥から発生するものと考えるのが、ごく当然のことだったからである。また土は、そこに種子がなくても植物を発芽させる力があると、一般に信じられていた。」
「ちょうど神が土でできた人間に「生命の息吹き」を吹きこんだように、ここでも「生命の衣吹き」がこれらの生物にはいりこみ、それを有機体にするのであった。(中略)そして星もこれにかかわりがあった。というのも、天体の運行によって区画された一年の季節にしたがって、穀物は成長するからである。さらに「生命の息吹き」が天体からやってきて、新しいものを生みだすにちがいないことは、明らかであるように思われた。」
「一粒の種子、一塊の土、天からの生命の息、やさしくはぐくむ暖かさ、これらが発生の観念の原始的な諸要素である。これらが、錬金術師がまねようとした条件であった。」
「この章で述べたつぎの三つの考えを心にとめておけば、錬金術の著書にはある理由づけが見いだされるといえるだろう。
(1) ある種の物質を他の物質に変えることが理論的には可能だということ。
(2) このような変化は、変化すべき材料を腐敗させて、そのなかに新しい形の発生をおこさせることが必要だということ。
(3) 金属になるため、発生を助け指令するため、新しい形態を呼びおこすためには、プネウマ(引用者注:「プネウマ」に傍点)という精妙であるがまったく非物質的でもない存在の力があるということ。」
「第四章 最初の錬金術師たち」より:
「こんにちの読者には、錬金術師がしばしばペンネーム(引用者注:「ペンネーム」に傍点)として、自分より有名なものの名前をつけることが奇妙に思われるだろう。紀元二〇〇年ごろに執筆したギリシアの錬金術師たちは、自分の論文のはじめに、ヘルメス、イシス、アガトダイモンのような神話に出てくるものの名前をつけたり、レウキッポス、デモクリトスのような大昔の有名な哲学者の名前をつけたり、はてはモーゼまでも、さらにクレオパトラとかケオプスのような女王や王の名前をつけていた。(中略)このように著者名を変える理由は、たぶん、彼らがむかしの人びとを古ければ古いだけ一層のこと非常に尊敬していたからであり、また、世界は英知と善の状態から愚劣と不信仰の状態に退歩していくものだと信じていたからである。こういう歴史観をもつ人びとは、当然、新しい書物よりも古い書物を尊敬したし、冒頭にりっぱな古い名前のついた写本は、読者と同時代の未知の著者名のついた写本よりも、ずっと貴重がられた。
錬金術師は化学者とちがって、新しい方法を発見することによって技術を前進させようとはしなかった。彼は、秘密をかくしていると信じた古い著者について再発見したり新しい解釈をすることによって、そうしようとした。だから彼は、古いと思われる書物を欲しがった。この傾向は、錬金術の歴史を通じて、しだいに弱まりながらも最後までつづいた。」
「まず最初にいっておきたいのは、初期の錬金術師たちはギリシア語で書いたがギリシア人でなく、たぶんエジプト人かユダヤ人だったということである。また彼らは、(中略)キリスト教徒ではなかった。彼らは、ギリシア哲学にくわしく、同時に実験室での実地の職人でもあった。女性もいた。クレオパトラについては、彼女がこんな問題に関係したとは思えないから除外するとしても、ほかにユダヤ婦人マリア、パプヌティア、ゾシモスの妹テオセベイアがいる。」
「第七章 アラビアの錬金術師たち」より:
「ギリシア科学が全盛をきわめていたころでさえ、中近東では、別な科学文化が存在していた。(中略)なかでも後世にとっての重要な出来事は、キリスト生誕後の五〇〇年間にこれらの地方で、一団の自然哲学者たちが新しい知識を受け入れ、これを育成しようとしたことである。その一大中心地のシリアでは、種々の文化や各国語が文字どおり入り乱れて接触した。ラテン語、ギリシア語、シリア語、ペルシア語、そして回教圏の出現後は、アラビア語、これらすべてが流通するようになった。こうしてギリシアの学問もここに根を張り、豊かな文化の交流による新しい生活の誕生と近東全体への普及に一役買うことができた。
この直接の原因は、四三一年にキリスト教の異端のネストリオス派の学者たちが、コンスタンチノープルから追放されたことである。彼らはシリア北部のエデッサで、ギリシアの学問を伝えるために進んで学校を開いた。ついで四八九年には、彼らはギリシア皇帝から追放され、メソポタミアのニシビスに移った。そして結局、紀元五〇〇年以後まもなく、彼らはバスラから北よりのジュンディ=シャープールで、おおいなるペルシアの医学校を設立した。ネストリオス派は、長いことギリシアの知識を保存し、やがてギリシア語の書物をシリア語に翻訳しはじめた。つぎの世紀には、これまたキリスト教の異端の単性論者たちも、コンスタンチノープルから追放され、シリアとペルシアへ移ってきた。少なくとも、錬金術に関するギリシア語の書物のいくつかは、彼らによってシリア語に翻訳された。」
「回教圏の名のある少数の錬金術師のうちの大人物は、ゲベルである。ヨーロッパの学者たちは、彼を錬金術の開祖だと見てきた。だが最近の調査では、彼の著作だとされている錬金術書は、じつは多くの人の手で書かれたものを、ゲベルという有名な一人の伝説的人物の著作に仕立てたものらしい。」
「ところで、六代目のイマームだったジャファル・イブン・ムハムマド・アル=サーディクは、回教のシーア派の連中から、神秘学、とりわけ錬金術と占星術の大家に祭りあげられていた。そして彼には数多くの書物が帰せられているが、これは、じつは後世の偽作である。この彼はまた、七六〇年ごろ活動したアブー・ムーサー・ジャービル・イブン・ハイヤーンという門弟があったと考えられた。そしてのジャービルにも、彼の名前のついたひじょうに多くの論文がある。その大部分は錬金術に関するものだが、その他は医学、天文学、占星術、魔術、数学、音楽、哲学に関する論文である。まさに、科学の百科事典である。このジャービルこそ、中世ヨーロッパの書物(や初期の化学史家の本)のなかで、「アラビア人の王ゲベル」として登場している人物なのである。」
「しかしこのように、ある集団の研究者たちが書いた書物を、その師匠の名を借りて出すということは、昔はよくあった。「ジャービルの論文」を書いた人たちは、科学の可能性に深く感銘していた。なるほど彼らは、科学といいながら、こんにちなら呪術というべきものをたくさん取り扱っている。(中略)だが彼らは、自分たちではその価値に気づかないままに、いくつかの有益なことがらを発見した。事実、錬金術は、その歴史を通じて、自然法則的には不可能なことをやろうと試みておりながら、その間に自然法則的に有用な発見をしつづけてきたのである。」
「ジャービルは、自分の知っている物質をつぎのように分けた。
(1) 精(引用者注:「精」に傍点)――樟脳、磠砂(ろしゃ)、水銀、砒素、硫黄のような揮発性のもの。
(2) 金属体(引用者注:「金属体」に傍点)――金属。
(3) 物体(引用者注:「物体」に傍点)――不揮発性で粉末状になる固体、すなわち「精」や金属体以外のもの。
この分類は、金属を肉体と霊魂(または精神)との結合とみなしたギリシア人たちの考えからきている。しかし別な分類法もあって、そこでは、水銀は金属に分類された。」
「アラビアの錬金術師は、ヨーロッパ世界に化学知識や実際技術だけでなく、こんにちの化学とは関係のないことがらもたくさん伝えた。このうち最も有名なのは、『ヘルメスのエメラルド板』という短い文書である。(中略)『エメラルド板』は、のちの錬金術師たちに重大な影響を与えたから、ここにその全文を掲載しておこう。(中略)つぎにかかげるものは、『板』の数版のうちの一つである。
ヘルメス・トリスメギストスの秘事についての言葉
(1) これは、うそいつわりなく真実、確実にして、このうえなく真正である。
(2) 一つのものの驚異をなしとげるにあたっては、下にあるものは上にあるものに似ており、上にあるものは下にあるものに似ている。
(3)そして万物は、一つのものの仲立ちによって、一つのものから成ったように、万物は順応によって、この一つのものから生まれた。
(4) このものの父は太陽で、母は月である。風は、このものをその胎内にもち、その乳母は大地である。
(5) このものは、全世界のいっさいの仕上げの父である。
(6) その力は、もしも大地にむけられれば、完全無欠である。
(7) なんじは、土を火から、精妙なものを粗雑なものから、円滑に、きわめて巧妙に分離するがよい。
(8) それは、大地から天へ上昇し、ふたたび大地へ下降して、優れたものと劣れるものの力を受け取る。かくてなんじは、全世界の栄光を手に入れ、いっさいの不明瞭はなんじから消え去るであろう。
(9) このものは、すべての剛毅のうちでも、いやがうえに剛毅である。なぜなら、それはあらゆる精妙なものに打ち勝ち、あらゆる固体に浸透するから。
(10) かくて、大地は創造された。
(11) したがって、このものを手段として、驚異すべき順応がなされるであろう。
(12) このため私は、全世界の哲学の三部をもつヘルメス・トリスメギストス(三重に最高なるヘルメス)と呼ばれる。
(13) 私が太陽の働きについて述べたことは、以上でおわる。
この謎めいた文章は、明らかに読者につぎのことを伝えようとした。太陽(金の記号)の働きは「精」によって、すなわち普遍的で万物の根源であり、万物を完全にする力をもつ「精」によっておこなわれる、ということである。その効力は、もしも大地(凝固したもの)にむけられれば、完全無欠(すなわち、さまざまなものを単一の物質に変える力をもっているから)である。これは、「賢者の石」が、凝固したプネウマであるべきことを意味した。プネウマは、天地間の絆であって、天界と地界におよぼす効力――恒星から地球の中心部にわたる全宇宙の力――をもっていた。それは、あらゆる自然に打ち勝ち、あらゆる固体に浸透する。またそれは、全世界の根源であり、おどろくべき方法で事物を変化させる手段になりうる。全世界の哲学の三部というのは、おそらく天上と地上と地下とであろう。
この文書は、紀元一二〇〇年より以前にラテン語に翻訳され、中世錬金術の最も重要なよりどころの一つになっている。」
「第九章 十四世紀の錬金術」より:
「ルルスの教義によると、神の創りたもうたのは、彼が「生きている銀」(argentum vivum 水銀)とよんだもので、この原物質から万物は生じるという。その最も微細な部分が天使たちのからだを形成し、それより微細でない部分が天球と恒星ならびに惑星を形成し、最も粗雑な部分が地上の物体を形成した。ところが地上の物体では、「生きている銀」の一部は、土、水、空気、火の四元素になったが、また一部は、「第五元素」(quintessence)として残った。だから、あらゆる物体には天体と類縁のある物質があったわけである。天体が生成と消滅の変化をひきおこすのは、この物質をとおしてであった。物体の活動力は、第五元素のなかにあった。そこで錬金術とは、この第五元素を取り扱って、そのなかの活動力を増大させる手順をいった。」
「第十一章 錬金術を象徴するもの」より:
「錬金術書に象徴的な絵が使用されたのは、錬金術のごく初期にまでさかのぼるが、当時は、それほど発達していない。私たちが最初に出会う象徴は、蛇とか竜の絵である。そしてこれは、不完全で罪ぶかい状態にある物質をあらわしている。この竜は、殺害されなければならない。ということは、錬金術の実験材料になる金属を非金属の状態にして、新しい精の受け入れができるようにすべきことを意味している。」
「この竜には、水銀という妹がある。竜が物質であり、金属であり、肉体であるように、その妹は、精であり、金属の水銀であり、魂である。」
「錬金術の第二の大きな象徴は、結婚の象徴である。太陽と月、すなわち「われらの金」と「われらの銀」の結合は、このような観点から象徴される。しかもしばしば、こんにちの出版物では許されないような性的な象徴が赤裸々に示されている。」
「しかし中世では、受胎や出産の観念が現代とは非常にちがっていた。それは、あとにつづいて復活があらわれるような死として、象徴された。(中略)どのような出産でも、種(たね)の形は消滅し、新しい生命があらわれる。事実、下等な生物の出産では、見た目には一つの生物が腐敗し、新しい生物が種なしで出産するように思われる。こうして、すべての出産について中世の人たちの心を強くとらえた特色は、聖書のつぎの節に示されている。
まことに、まことに、なんじらに告ぐ。一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。もし死なば、多くの実(み)を結ぶべし。
(『ヨハネ伝』十二章、二十四―二十五節)」
「こうして太陽と月の結婚で生まれるものは、両方の要素をもっているから両性生物(「レビス」)としてあらわされ、したがって、墓のなかにあってやがては黒ずんで腐敗してくる両性生物の死体として象徴される。十七世紀のオランダの自然哲学者M・F・ファン・ヘルモントがいうように、大世界の墓は小世界〔人体〕の子宮に相当する。それは、再生の場所であって、破壊の場所ではない。このように種が消滅するにつれて、しかし「神はみ心にしたがって、これに体を与えたもう」のである。新しい形体をひきおこすもの、すなわち上方からの影響または精を呼び出すものは、「天界の力」である。死者の精霊は昇り、天界の影響は降(くだ)る。とくにこの段階にあてはまる最も簡単な象徴は、魂の飛翔を示すために、翼をつけるとか何か別のものをあしらって登場する小さな人間の天にむかっている図である。天界の影響は、落ちてくる露として示すことができる。」

こちらもご参照ください:
種村季弘 『黒い錬金術』
スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ 『錬金術図像大全』 磯田富夫・松本夏樹 訳
ルドルフ・ベルヌーリ/種村季弘 訳論 『錬金術とタロット』 (河出文庫)
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- マンリー・P・ホール 『象徴哲学体系 Ⅰ 古代の密儀』 大沼忠弘・山田耕士・吉村正和 訳
- F・S・テイラー 『錬金術師』 平田寛・大槻真一郎 訳
- Stephen Skinner &c. 『Splendor Solis』
- ルネ・ゲノン 『世界の王』 田中義廣 訳
- 湯浅泰雄 『気・修行・身体』
- セルジュ・ユタン 『改訂新版 秘密結社』 小関藤一郎 訳 (文庫クセジュ)
- セルジュ・ユタン 『錬金術』 有田忠郎 訳 (文庫クセジュ)
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