塚本邦雄 『藤原定家 ― 火宅玲瓏』

「黄泉の側から現世の景色を透かし視てゐるやうなこの異様なひややかさ、死を生きてゐるものだけがもつ冱えた眼を定家は背後に感じて鳥肌が立つた。」
(塚本邦雄 『藤原定家――火宅玲瓏』 より)


塚本邦雄 
『藤原定家
― 火宅玲瓏』


人文書院 
昭和48年3月20日 印刷
昭和48年3月30日 発行
236p 
A5判 
角背布装上製本 貼函 
本体ビニールカバー 函プラカバー 
定価1,600円
装幀: 政田岑生 

付録:
年表、栞(登場人物略伝/塚本邦雄著作目録)



藤原定家を主人公とする長篇小説。
正字・正かな。


塚本邦雄 藤原定家 01


帯文:

「美に賭け、絶妙なる天上の詩歌、玲瓏たる幻の華をみつづけた天才歌人、その内面の凄惨な修羅と苦毒を、家宅の如き中世を舞台に、後鳥羽院との確執、良經、實朝の孤影を配して描く話題の最新小説」


塚本邦雄 藤原定家 02


帯背:

「塚本邦雄が宿敵定家に挑む待望の書下し小説」


帯裏:

「著者の言葉――中世の黄昏から深夜にいたる漆闇を背景として、藝術と人生の雙面を火宅の焰に照らされた天才藤原定家像が浮び上がる。しかもその像の虚實はさだかではない。明月記、玉葉、愚管抄、吾妻鏡其他の夥しい歴史書の合せ鏡の中に置いても、結ばれた定家像は所詮假象にすぎず、また四面の鏡がことごとく虚妄を寫し出すこともあらう。まして公表を豫想した日記に誰が危險な眞實を剰さず告白するだらう。私は虚實いづれの面をも一應は探り、最終的にはこれを捨てた。定家の魂の煉獄の苦患は歌人である私によつて初めて類推可能であり、「花も紅葉もなかりけり」なる凄じい呪詛に應ずるには、現代なる末世に生きる者の呪禁の辭以外にはあるまい。この一篇は私と定家で發止と切結んだ狂言綺語の火花である。」


函はギュスターヴ・ドレによるダンテ『神曲』「天国篇」挿絵より。至高天を見上げるダンテとベアトリーチェ。


目次:

第一章 夭桃 一二〇六年彌生
第二章 空橘 一二〇九年水無月
第三章 散萩 一二一三年臘月
第四章 暗梅 一二二〇年如月
第五章 乱菊 一二三三年文月
第六章 敗荷 一二三九年卯月



塚本邦雄 藤原定家 03



◆本書より◆


「紅葉(こうえふ)は瞼のうちに綠金(りよくこん)の翳とどむるを「無かりけり」とぞ」


「第一章 夭桃」より:

「後京極攝政良經のにはかな訃が傳へられたのは彌生八日の午前(ひるまへ)のこと、晴天に日癖の疾風(はやて)が吹き荒れてゐた。
 定家は昨夜來また劇しい咳の發作に惱まされ、それがやうやく鎭まつてうつらうつらと淺い睡りに落ちたのが曉も近い頃、枕上の微かな物音に重い瞼をひらき、唾壺(だこ)を引寄せて腥い痰を吐きすてると、目の前へすかさず藥湯入りの椀が差出された。桔梗根(ききやうこん)のほろ苦い香が漂ひ離室の尼が仄白い貌でほほゑんでゐる。かすれた聲で時をたづねると巳の刻近い由、さう言へば障子(さうじ)の隙から見える庭の築山に陽が滿ち、わづかに絮を吹いた柳絲(りうし)が微風にきらめいてゐる。」
「昨夜の發作もあるひは禍事(まがごと)の前觸(さきぶ)れか、淺い眠りの中に見えたのはあらぬ世の曲水(ごくすゐ)の宴であつた。ゐならぶ雲卿月客の誰彼一人として顏馴染も無く、皆鈍色(にびいろ)の縫腋(ほうえき)を纏ひそれがしとどに濡れてゐる。黄昏めく薄ら明りに聲もなくうなだれ、水の上をたゆたひあるひは奔る觴(さかづき)をかたみに目に逐ふばかり。水の滾(たぎ)ちに觴が三つ巴に入亂れ中にあざやかな緋桃が、と目を凝らせばまぎれもなく血のしたたり。その時水底から嗄れた吟詠の聲が湧き、あたりに日が照つた。
 「散る花を今日のまとゐの光にて……」
 あの聲の主は誰と流れに身を屈めた時、突如疾風が觴をくつがへし、それを合圖のやうに林泉(しま)の人影はさつと消え失せた。夢醒めてのちも觴の血の色が目の底にちらつく。」

「彼の良經によせる負(ふ)の相聞、定家が彼に擬する凶の反歌、肩はあひ擁きながら互に左右の手に短劍を匿し持つ交りも、いつかは破局に到るべきであつた。主君にして弟、弟子にして好敵手の良經を定家は心の中で弑しはじめてゐたのだ。」

「異變は私の歌にある。私の歌が滅びを呼ぶ。呪うべきうつつを眩ゆい夢に轉じ、その幻で人人を惑はさう。この惡意こそ私の歌のまことに他ならぬと、彼は冷やかな笑みを湛へて曉を迎へるのをつねとした。彼の險惡なたくらみを誰一人知るものはなかつた。ただ一人の例外は良經であつたかも知れぬ。」



「第二章 空橘」より:

「野放しの魂を生眞面目に逐ひかける西行の詞など定家は歌の中に數へたくはなかつた。詞心一如などただ言ふだけのこと、いづれかが先立つ不如意が歌人の修羅、才一つでその修羅を極樂に變じてみせるのが選ばれた者の生甲斐と定家はひそかに自負してゐた。その自負だけで彼は生きてゐた。」


「第三章 散萩」より:

「人に語つたことはない。しかし定家は實朝のまだ見ぬ面影にくつきりと亡き良經の眉目が重なるのである。」
「この血を血で洗ふ生地獄に、實朝はこの後何を支へとして生きるのであらう。暗愚ならばまだ傀儡となり切つて醉生夢死する救ひもある。生來怜悧の性をもつ彼は日ならずその地獄のからくりを透視して、そこからは遁れ得ぬことを覺るに相違ない。環境の地獄は心に轉移し彼は悶え苦しむことだらう。そこまで考へ及ぶ時定家は身も世もなく慟哭したい衝動に驅られる。
 曲水の宴を間近に、忍びよる慘劇をつゆ知らず、しかもただならぬ戰慄に蒼ざめてゐた良經を、定家はその實朝の朝夕におきかへて暗然とするのである。」

「消息には實朝の萬葉憧憬の來歴が細細と認められてあつた。」
「定家はもう一度歌を讀み返した。ますらをぶりの一首一首がにはかに蒼ざめる。これは虚勢以外の何であらう。」
「新古今の妖艶に魂を奪はれてあやふい綺語を綴る實朝がむしろまことの相ではなかつたらうか。」
「「夢かうつつか」と歎いてみせる實朝、「君に二ごころわがあらめやも」と眦を決する實朝、そのいづれがまことの姿であらう。いづれにも彼は影をとどめず、假のわが姿、肉づきの雙面(ふたおもて)をひとごとのやうに眺めてゐる今一人の實朝がゐるのではなからうか。ますらをぶつた實朝をあはれみ、中啓を唇のあたりに構へて立つ都ぶりの別の實朝、それを望んで暗闇にひそむうつろな目つきの靑年今一人がたしかにゐる。この世のほろびを誰よりも先に豫感し、それより先に自分自身がほろびねばならぬことを知りぬいて、しかも亂れることも億劫な生ける死者にして死せる生者が今の實朝ではあるまいか。
 定家は朦朧とした寢覺の一ときを經てふたたび頭が冱えはじめた。その乾いた目は歌稿の繼目にかくれて今まで氣づかなかつた一首をとらへた。背すぢを朝風が吹きぬけ定家は四肢の凍る思ひに火桶を引寄せた。

   萩の花くれぐれまでもありつるが月出でて見るになきがはかなさ

 「庭の萩わづかにのこれるを月さしいでて後見るに、散りにたるにや花の見えざりしかばよめる」と細かな筆蹟の詞書の墨が滲んでゐた。その時眞實月が輝いてゐたか、彼が囑目したかは問ふまい。散り急いだ萩のあはれを彼の身に即して讀むこともやめよう。定家の心を搏つのは無いものを見てしまつた實朝の不吉な心の冱え、あるものを見まいとしたその魂のうつろさであつた。ここにはますらをぶりもたをやめぶりもない。鎌倉振りの都振りのと賢しらな批判をよせつけぬ無氣味な歌が、微光を放つて漂つてゐるばかりである。定家はもはや自分の鬼をも拉ぐ技巧の極致すらこの一首の前にははかないことを思ひ知つた。
 黄泉の側から現世の景色を透かし視てゐるやうなこの異樣なひややかさ、死を生きてゐるものだけがもつ冱えた眼を定家は背後に感じて鳥肌が立つた。」

「明月記とはすなはち無月記の反語、月光の及ばぬ暗黑を知る人は知らうとの謎であつた。おそらく誰にも知られることはあるまい。心には數多の人を殺め、妻子をも厭離しながら、なほなに食はぬ顏で直衣に身を正し、花鳥風月に目を耳を澄ますかのこの假の姿でこの後も世を欺きつづけねばならぬ。(中略)ひびきあふものとてもないままに頑に閉ぢてゐた心を、稀稀に打つたのが實朝であつた。定家は喘ぐ思ひで實朝に手をさしのべた。(中略)相見ることもなからう。實朝の行末はおそらく無慘であらう。それに救ひの手をさしのべることは虚妄に近い。しかし歌人實朝だけはこの手で護らねばならぬ。」



「第四章 暗梅」より:

「定家は良經沒後つひに刺し違へるに足るほどの歌の上手、智慧の力もてる歌作りに遭はなかつたことを無念に思つた。」
「つひに一人の出藍の靑の弟子も持たず、例外的に心をかけた實朝さへその後全く歌を廢したのを知るにつけ暗然と聲をのむばかりであつた。金槐和歌集を掌上の珠として磨きいつくしんだあの年から四年、實朝二十六歳の卯月半ば奇な風聞が京へ傳へられた。實朝が宋人に船を造らせて由比ヶ浦に浮べようとしたが不成功に終つた。右大臣は國外へ逃亡を企てて果さなかつた。おそらくは發狂したのであらうなどといふ怪しい話である。定家はわが耳を疑つた。しかし踵を接する報によれば宋人は陳和卿、東大寺大佛頭部修造に功のあつた工人で前年の霜月から將軍の命で造船に著手してゐた由、將軍の渡宋計劃はすでに久しい懸案であつたといふ。定家は次第にこの噂を信ずるやうになつた。信じざるを得なかつた。この世の外へなら何處であらうと遁れ出たい、そのやうな思ひに急かれてこの突飛な、夢をうつつに變へたやうな企劃に沒頭してゆく心理が、定家にはうちつけに傳はるのであつた。ならうことなら定家も遁れ出たかつた。松浦宮物語に籠めた思ひは、單に異國への憧憬のみではなかつた。長安に飛び、他の何者かに生れ變りたい悲願であつた。
 浮ばぬ船を背後にして鎌倉の御所へ還る實朝の落莫とした胸中を思ふと、定家は身を切られるやうに辛かつた。(中略)おそらくはこの狂氣を最後に右大臣は生ける屍となることだらう。」

「新古今集も玉葉も愚管抄も、もはやこの世に生きる人人にあてて歌はれ記されたものではない。うつつの功德や榮光は毫も期待してはならぬ。いつの日か、いつの世か、繙いてはたと會得する賢者が現れるまでは反古に等しい。宿業といふべきか。しかもなほその反古の一葉一葉に魂を籠めて短い餘生を生き徹さねばならぬ。定家は慈圓の文をおいて夕暮の邸外に忍び出た。裸木に朔風がすさび寒氣が骨を刺す冷泉の黄昏、ふと南の方を眺めると姉小路と覺しいあたりに橙黄の火柱が立登り、燦爛と火の粉が散り亂れてゐた。京はすべて既に火宅であつた。」



「第五章 亂菊」より:

「知る人もない。傳へるべきことでもない。美に執しつつつひに裏切られ、渇きは渇きを呼び、妖艶の無間地獄の深みに堕ちて生靈となつたことを、誰に歎かう。」

「爲家は半睡の父を見守つてゐた。そこに轉つてゐるのはもはや屍骸であつた。歌の毒に腦を隈なく蝕まれて、心の目も昏みはてた老醜の天才の死靈が、生者をよそほつて横臥してゐる。七十過ぎて、まだその毒の最後の一滴に醉ひ痴れようとする父の妄執に、爲家は嘔吐を覺えた。」



「第六章 敗荷」より:

「「鹿をもて馬とせしがごとし、傍若無人ことわりも過ぎたりき。他人の詞を聞くに及ばず」これが定家に向けられた院の本音であつた。見事な批判と言へよう。そしてこれはそのまま鸚鵡返しに院に獻上してぴたりときまる名言でもあつた。
 つづまりは院も誰一人愛してはゐなかつた。」
「定家とて刻薄に問ひ詰めるなら愛を貫いたのは己れの上一つに極まる。」
「孤立は當然の報いであつた。人を容れぬ英雄後鳥羽院と天才定家は、群を離れてかたみに牽かれつつ、稀有の邂逅を一期の歡びとすることもなく、心にもない確執で終始したのではあるまいか。(中略)出自位階の隔てを越えて二人はおのが道に執し、もの狂ひに似た一生を生きたのではなからうか。相呼ぶ心はそのまま相斥ける心、憎しみの強さは溺愛の深さ、その矛盾が新古今を生み、承久の亂に澱み、新勅撰に翳を曳き、あるひは燦爛たる、あるひは慘澹たる夢を描いた。久遠に消えることのないうつつの夢をみづからも見、人にも見させ、この世に遺してしまつたのだ。即かず離れずの生温い人間關係で果して人を搏ついかほどの營爲が遂げられよう。毒をまじへぬ愛は幻を生む力ももたぬ。」


「月は鬱金(うこん)のうつろことばはこときれつ「みちにふけるおもひふかくして」





こちらもご参照下さい:

塚本邦雄 『菊帝悲歌 ― 後鳥羽院』





















































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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