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塚本邦雄 『トレドの葵』

「僕は言葉も皆謎だと思つてゐる。バベルの塔の昔から、人の心を亂すために言葉はあつたんだもの。」
(塚本邦雄 「深朱」 より)


塚本邦雄 
『トレドの葵』


花曜社 
昭和61年2月28日 初版第1刷発行
昭和61年5月20日 第2刷発行
272p 
A5判 
丸背布装上製本 貼函 
定価3,800円
装釘: 政田岑生



小説集。正字・正かな。


塚本邦雄 トレドの葵 01


帯文:

「パリの蟻地獄に巣くふ惡徳案内人と美貌の姉妹の末路を描く「風鳥座」・亡畫伯の遺趣を晴らす老嬢畫家の話「トレドの葵」・モーツァルトの魔笛を周る異變家庭小説「月光変」・人とは何か、何ならざるかを深慮遠謀する「柘榴」・稀有の精彩ある小説集。」


塚本邦雄 トレドの葵 02


帯背:

「絢爛たる言葉の網の彼方に見る悲劇の創まりと異変の前觸れと新バロック調短篇集成」


帯裏:

「言葉と呼ぶ恍惚たる刃でゑぐり出す人生の暗黑と光輝・・言葉と呼ぶ神聖なる麻藥に操られ弄ばれるいま一つの世界の生物・・言葉と呼ぶ美しい罠に陷つて滅び去るわれらの弟妹達・・韻文詩の天才塚本邦雄が描きつくす現實の彼方の世界・・その象徴の美」


塚本邦雄 トレドの葵 04


目次 (初出):
 
風鳥座 (海 1977年4月号)
聽け、雲雀を (鹿鳴荘 書下ろし 1977年)
トレドの葵 (銀花 32号 1977年)
鳥兜鎭魂歌 (あいん 9号 1980年)
七星天道蟲 (版画美術 24号 1979年)
 しづかに胡桃
 夢のマラスカ
 薔薇色葡萄月
 アミこそは妹
 グラナダ喀血
 花月胡蝶文樣
 暮れて夕星蟲
無弦琴 (版画美術 31号 1980年)
 火砲
 琵琶
 聖娼婦
凶器開花 (版画芸術 20号 1978年)
 三肉叉(さんにくさ)
 雙花(そうくわ)
 伐氂戡(バリカン)
 麪包刀(めんぱうたう)
 萌糵(ほうげつ)
 雙榻(さうたふ)
 蒼溟(さうめい)
 朝貌(あさがほ)
虹彩和音 (銀花 26号 1976年)
 純白
 淡靑
 紺碧
 紫紺
 二藍
 猩紅
 深朱
 黄丹
 雄黄
 淺綠
 濃翠
 漆黑
柘榴 (書肆季節社 書下し 1978年)
 草 Mai
 水 Juin
 星 Juillet
 月 Août
 雨 Septembre
 霧 Octobre
 霜 Novembre
空蝉昇天 (書肆季節社 書下し 1975年)
 初鴬
 斑雪
 花篝
 朝凪
 照射
 八朔
 蘆火
 竈馬
 冬霞
 千鳥
月光変 「魔笛」に寄せて (湯川 7号 1980年)



塚本邦雄 トレドの葵 03



◆本書より◆


「聽け、雲雀を」より:

「彼は古典名作映畫でデュヴィヴィエの『にんじん』を觀、號泣したことがある。必ずしもロベール・リナン扮するあはれな少年の環境に同情したのではない。母に水汲みを命ぜられ、そのバケツに頭を突込んで自殺を圖る一シーンに猛烈な共感を覺えたのだ。母親は現場を捕へて、家族を毒殺する氣かと罵る。次は許婚者(いひなづけ)の幼女に告げて沼へ入水(じゆすい)に赴く。一緒に遊ぼうとねだる彼女に、彼は自殺しに行かなくつちやと拒む。幼女曰く、自殺したら後でまた遊んでね。水の底にも都は候ぞぢやないが、この臺詞(せりふ)でまた哭いた。彼は目の中の塵芥(ごみ)を除(と)るために、洗面器に水を滿たして顏を漬け、目をぱちぱちする時さへ、胸は早鐘を打ち背筋と胸を油汗が傳ふ。愛人、親友と珍味佳肴を前にし、この世の歡樂ここに盡きかつ極まるといふやうな状態にある時でも、ふと「溺死」なる一語が頭に泛ぶとこれで御破算だ。この忌忌しい言葉は拭い去らうとすればするほど鮮かに顯(た)ち、恐怖と苦悶の顚末、隈隈(くまぐま)が極彩の地獄繪さながらに繰り擴がる。食慾も性慾も熱湯を浴びた霜か薄冰(うすらひ)、世の中が灰色に見えるのだ。彼も高處恐怖症(アルトフォビア)患者だが、四十階の屋上からでも下が市街なら足は顫へない。下に水があると幅が十米、深さ五米の掘割を渡るにも決死の覺悟である。船に乘つたことは一度もなく、將來乘るつもりもなく、乘らねば到著できぬやうな場所へは行かない。」


「トレドの葵」より:

「もはや生長を止めたやうな町は西歐にも數多(あまた)あらう。スペインなら、たとへばコルドバあたりも眠つてゐるやうなたたずまひだ。だが死んではゐない。トレドは眠つてゐるとしても死後の眠りに身を任せて、もはや二度と煌(きら)めくことも、逆に崩れ落ちることもなからう。整然と雅びた木乃伊(ミイラ)の町とも言へよう。」


「薔薇色葡萄月」より:

「葡萄状鬼胎と呼ぶ症状名を豹象は古い醫學書の中で發見した。婦人科の領域で、それも異状姙娠の一例らしい。さう氣づいた途端に彼は柄にもなく肌に粟を生じて本を伏せた。時既に遲し、人一倍想像力の發達してゐる悲しさ、彼の頭の中には鰓(えら)を持つて羊水の中に漂ふ盲目の胎兒の全身に、蒼白い葡萄のやうな泡粒がびつしりとまつはり、刻一刻とその數が殖え續けてゐる樣がありありと浮ぶ。友人の醫師に言はせるとさう言ふ舊い名稱は今日日(けふび)誰も用ゐず、もつぱら泡状鬼胎と呼ぶとか。ややサディスティックな傾向のあるその靑年外科醫は、もう澤山と尻ごみする豹象を引き据ゑ、まあさう言はずにとつくり説明を聽けと得意の長廣舌。子宮内の胎兒を覆ふ脈絡膜が異状發達して、あたかも一塊の葡萄のやうになり、やがて胎兒は次第に變質し、やがて全く姿を消す云云と、精悍な目を輝やかせての仕方噺である。姿を消すのではなく胎兒は一塊の葡萄に變身するのだろう。
 解剖學用語を含めた醫學のテクニカル・タームズには、いかなる智慧者の命名か、駈け出しの詩人など蒼褪めるばかりの文學的直喩が頻頻と現れる。薔薇湿疹、奔馬性結核、飛蚊症、あるいは目の虹彩に涙湖、腦の蒼球に海馬囘轉、天幕截痕等等、恍惚とする。それでも、これらの中にあつて葡萄状鬼胎は抜群ではあるまいか。この名を知つてから豹象は葡萄が怖くなつた。ずつしりと重いアレクサンドリア種を掌上にする時、それがあたかもアラビアかペルシアの王子の落胤の鬼胎であるやうな錯覺に思はず眩暈(めまひ)を感ずる。」











































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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