富士川英郎 『詩の双生児 朔太郎と犀星』

富士川英郎 
『詩の雙生兒 
朔太郎と犀星』


小澤書店 
昭和60年9月20日 初版発行
252p 20×16cm 
丸背布装上製本 カバー 
定価3,000円



萩原朔太郎と室生犀星の各詩集から、それぞれ人口に膾炙した詩や、著者が愛唱する詩を数篇ずつ引用しながら、詩集刊行の背景・詩壇の反応・当時の批評などについて、著者自身の評言や思い出を交えつつ語られています。

本文中モノクロ図版(書影)21点。

なお、『萩原朔太郎雑誌』には、朔太郎と犀星の関係について「詩の双生児」という観点から論じた文章が収録されています。また、『黒い風琴』は、著者の鍾愛する訳詩集を対象とした、本書の姉妹編ともいえる内容になっています。


富士川英郎 詩の双生児 01


帯文:

「萩原朔太郎「月に吠える」「靑猫」「定本靑猫」「純情小曲集」「氷島」、室生犀星「愛の詩集」「忘春詩集」「故郷圖繪集」ほか、著者が若き日から愛讀する詩集をめぐって、詩について、時代について、出版の經緯、裝幀・挿繪について、思い出とともに語る、たのしくなつかしい詩集のはなし。」


帯背:

「萩原朔太郎と室生犀星――詩集のはなし」


帯裏:

「私は、むかし學生だった頃、朔太郎や犀星の詩集を、古本屋で手に入れたり、或は新刊書として出版されたのをその都度、ただちに買い求めたりして、これを耽讀した。そしてそれらの詩集はいまなお私の書架に立ち並んでいるが、私は、これらの詩集のことを語りたかったのである。……私は、それらの詩集を、それが出版された當時の雰圍氣のなかに具體的に置いてみたかったのである……。
(「あとがき」より)」



目次 (初出):


萩原朔太郎『月に吠える』
室生犀星『愛の詩集』
室生犀星『抒情小曲集』
室生犀星『忘春詩集』
萩原朔太郎『靑猫』
萩原朔太郎『定本靑猫』
室生犀星『高麗の花』
萩原朔太郎『純情小曲集』
室生犀星『故郷圖繪集』
萩原朔太郎『氷島』
(昭和58年2月より10回にわたって「詩集のはなし」として雑誌「海」に連載)


堀口大學『遠き薔薇』 (昭和57年5月 『堀口大學全集』月報3)
佐藤惣之助『華やかな散歩』と『季節の馬車』 (昭和60年2、3月 「かまくら春秋」)
黄瀛『瑞枝』 (昭和54年2月 「抒情文藝」)

あとがき



富士川英郎 詩の双生児 02



◆本書より◆


「あとがき」より:

「私はこれらの諸篇において、今更のように、萩原朔太郎や室生犀星の詩を論じようとしたのではない。私は、むかし學生だった頃、朔太郎や犀星の詩集を、古本屋で手に入れたり、或は新刊書として出版されたのをその都度、ただちに買い求めたりして、これを耽讀した。そしてそれらの詩集はいまなお私の書架に立ち並んでいるが、私は右の諸篇において、これらの詩集のことを語りたかったのである。つまりそのなかの詩とともに、それぞれの裝幀や挿繪について述べ、さらにそれ以上に、それらの詩集が編まれて、出版されるまでのいきさつや經過、それらの詩集が出版されたとき、その著者の友人たちや、當時の人々の間でそれがうけた評価。そしてまた、それらの詩集にまつわる私自身の思い出などを私は語りたかったのであった。いわば私はそれらの詩集を、それが出版された当時の雰囲氣のなかに具體的に置いてみたかったのであるが、その叙述に際して、朔太郎と犀星の詩集をそれぞれ一纏めにして述べるという普通のやり方をしないで、それらの詩集が出版された年月の順序に從って配列したのも、ひとつにはそんな意圖があったからにほかならない。
 朔太郎と犀星の友人としての強い、切っても切れない結びつきは、周知のところであるが、このふたりは詩人としても一種の雙生兒であったと言ってもよく、その詩風も、藝術觀や人生觀も、互いに對極的に相い反していながら、それにも拘らず、ふたりは同じ一つの根から生えて、地上で相い反する方向へ向かってのびていった詩人であった。そして彼ら自身、そのことを自覺していたらしく、その詩作に際しては、心の奧で、互いに相手をライヴァルとして絶えず意識していたようである。」



「萩原朔太郎『純情小曲集』」より:

「だが、當時、朔太郎の近くにいた人々のうちで、「郷土望景詩」を高く評價した者の筆頭には芥川龍之介が擧げられる。「郷土望景詩」を讀んで、感激した芥川が、寢卷姿のまま、朔太郎を訪ねてきたというエピソードは周知のところだが、そのときのありさまを朔太郎自身、その「芥川龍之介の死」という追憶記で次のように語っている。
 「或る日の朝、珍らしく早起きして床を片づけてゐる所へ、思ひがけなく芥川君が跳び込んできた。此處で「跳び込む」といふ語を使つたのは、眞にそれが文字通りであつたからだ。實際その朝、彼は疾風のやうに訪ねてきて、いきなり二階の梯子を驅け登つた。いつも、あれほど禮儀正しく、應接の家人と丁寧な挨拶をする芥川君が、この日に限つて取次の案内も待たず、いきなりづかづかと私の書齋に蹈み込んできた。
 自分はいささか不審に思つた。平常の紳士的な芥川君とは、全で態度がちがつてゐる。それに第一、こんなに早朝から人を訪ねてくるのは、芥川君として異例である。何事が起つたかと思つた。
 「床の中で、今、床の中で君の詩を讀んで來たのだ。」
 私の顏を見るとすぐ、挨拶もしない中に芥川君が話しかけた。それから氣がついて言ひわけした。
 「いや失敬、僕は寢卷をきてゐるんだ。」
 成程、見ると寢卷をきてゐる。それから面喰つてゐる私に對して、ずんずん次のやうなことを話し出した。この朝、彼はいつもの通り寢床に居て、枕元に積んである郵便物に目を通した。その中に詩話會から送つてくる「日本詩人」といふ詩の雜誌があつた。始めから一通り讀んで行く中に、私の「郷土望景詩」といふ小曲に來た。それは私の故郷の景物を歌つたもので、鬱憤と怨恨とにみちた感激調の數篇を寄せたものであつたが、彼がその詩を讀んで行く中に、やみがたい悲痛の感動が湧きあがつてきて、心緒の興奮を押(ママ)へることができなくなつた。そこで勃然として床を蹴り、一直線に私の所へ飛んで來たのだといふ。さう語つたあとで、顏も洗はず衣服も換へず、朝寢姿で訪ねたことの非禮を謝罪した」
 朔太郎の「郷土望景詩」が載った「日本詩人」は、その大正十四年六月號で、そこには「小出新道」「新前橋驛」「大渡橋」「公園の椅子」の四篇と、その解説の散文が載っていたのである。
 芥川龍之介はやがて昭和二年一月、雜誌「近代風景」に「萩原朔太郎君」というエッセイを載せた。そのなかで芥川は「郷土望景詩」について、
 「僕は『純情詩集』を讀んだ時、前橋(まへばし)の風物(ふうぶつ)を歌ひ上げた詩に沈痛と評したい印象を受けた。同時に又『月に吠える』『靑猫』等(とう)よりも萩原君の眞面目(しんめんもく)はここにあるかも知れないと云ふ印象を受けた。では萩原君の眞面目は何かと言へば、それは人天(じんてん)に叛逆する、一徹な詩的アナアキストである。」
 と注目すべき考察を述べ、さらにまた、朔太郎の作品に「完成」の極印を打たれるものが存外に少いことを指摘したのち、そのために却って朔太郎は「今日(こんにち)の詩人たちよりも恐らくは明日(みやうにち)の詩人たちに大きい影響を與へるであらう」と言い、そして最後に、「僕はいつか萩原君が故(こ)山村暮鳥(やまむらぼてう)君の『聖三稜玻璃(せいさんりようはり)』を讃(ほ)めてゐるのを讀んだ。が、僕に言はせれば、萩原朔太郎(はぎはらさくたらう)君自身こそ正(まさ)に『聖三稜玻璃』である。或は天上の神々が「詩」を造らうとした試驗管である」と興味深い結論を下しているのである。」







































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