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フィオナ・マクラウド 『ケルト民話集』 荒俣宏 訳 (ちくま文庫)

「夕暮れが来るごとに、詩人イスラと呼ばれたウラは、“悲しみ岩”で待ち人をしつづけた。そのうちに、大きな疲労がかれを襲いだした。岩のあいだの狭い人待ち場所に横になりながら、歌をひとつ作った。その歌は、もはや時間の過ぎていく足音が聞こえなくなったかれにとっては、自分でこしらえる最後の歌となった。」
「風が、はや忘れ去られた小暗(おぐら)い「時(タイム)」の呪歌をうたうところ、もう二度とわたしが見ることのない島の聖域のはるか奥に、わたしは次のように歌う草たちの声を聞いていたのである――時(タイム)はこの世にあったためしがない、時(タイム)などはないのだ、と。」

(フィオナ・マクラウド 「ウラとウルラ」 より)


フィオナ・マクラウド 
『ケルト民話集』 
荒俣宏 訳

ちくま文庫 ま 16 1

筑摩書房
1991年9月24日 第1刷発行
241p 
文庫判 並装 カバー 
定価500円(本体485円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: Andrée Marty


「この作品は一九八三年二月一五日、月刊ペン社より刊行された。」



Fiona Macleod: The Sin-Eater and Other Celtic Tales, 1895
本文中図版(カット)多数。


マクラウド ケルト民話集 01


帯文:

「ケルト的哀しみのすべて
よるべない荒涼とした小島イオナを舞台にくり広げられるスコットランド・ケルトの物語。謎の“女性作家”による異色作。」



カバー裏文:

「「ウェールズのケルトは余裕がある。アイルランドのケルトは楽天的だ。しかしスコットランドのケルトだけは昏く悲しい」――謎の女性作家が紡ぎ出した、スコットランドケルトの、想像力と魔法とロマンス溢れる物語。満ち潮のとき静かな狂気に身をまかす<罪を喰う人>、生者と死者の間で太古の呪文を唱える巫女、悲しみ岩の影で不死の愛を誓い合う恋人たち。よるべない荒涼とした小島イオナを舞台にくり広げられる、ケルト的な哀しみのすべて。」


カバーそで文:

「フィオナ・マクラウド
(Fiona Macleod)
(1856―1905)本名ウィリアム・シャープ。英国スコットランドのグラスゴーに生まれる。若いころからケルトの民話を聞き集め、フィオナ・マクラウドの女性名で作品を発表。自身は“フィオナ・マクラウドの代理人”と称していた。1892年に『異教評論』を自費出版し、ケルト文化復興の実践を開始した。他に『かなしき女王』など。」



目次:

序 (パトリック・ゲッデス)

クレヴィンの竪琴
雄牛の絹毛
ウラとウルラ
白熱
海の惑わし
罪を喰う人
九番目の波
神の裁き
イオナより
 
解説 北方の昏い星――フィオナ・マクラウドとスコットランドのケルト民族について (荒俣宏)




◆感想◆


中世の被差別民についての横井清氏の本『的と胞衣』をよんでいたら、死体を扱うことを生業とする「非人」の、「葬送の際の死者の着衣の取得権」の「仏教的な意味づけ」についての、三浦圭一氏の文章からの引用がありました。
「…死者を埋葬しその着衣を拾得することは、死者の死穢(しにえ)、生前の悪行に染まった着衣を脱がせ死者を清浄にし、善根のみを残して、死穢、悪業の一切を非人自らのものとする、まさに生身菩薩の行業であった。」

それで本書所収の「罪を喰う人」(The Sin-Eater)を思い出しました。
罪を喰う人というのは、死者の罪を身代わりして、海に棄てに行く役割の人であるようです。

「しかるべき人物というのは――つまり、〈罪を喰う人〉のことだよ――その人が罪を自分で背負って持ち去るんじゃ。」
「これはね、ちゃんとしたキリスト教のおつとめなんだ。にもかかわらず、牧師や司祭がいやがるんでね――だからしかたなく旅人に〈罪を喰う人〉の役をやってもらわなけりゃならん。」
「この役目につく者は、死人のことを少しでも知っていてはいけないんだ。とくに死人には怨みのかけらも持ってちゃいけない」


死体の胸に皿とパンと塩を置き、皿に水を注ぎ、塩を水とパンに撒いて、

「塩をまいたこの水を、死体の胸に置いておいたこの水を、なんじの罪のことごとくとともに飲み干そう」

と唱えて水を、それからパンを、死人の頭の上を東から西に三度動かして飲食します。
ところで、本篇の主人公、一文無しのニール・ロスは、報酬のために、恨んでいた男の「罪を喰う人」になり、

「おれはユダだ。たった五枚の銀貨で神の子を売りとばしたおれに、神は世の中の名づけようもない黒い罪をぜんぶ背負わせた。おれが最後の審判までその罪を担(にな)っていかねばならないのは、そのためだ」

という境遇に陥ります。
前述の三浦圭一氏の引用文にある、死者の着衣を拾得する「非人」の菩薩行から、さらに別の物語、芥川龍之介「羅生門」の「下人」を連想してしまったのですが、その芥川龍之介はフィオナ・マクラウド(ウィリアム・シャープ)の愛読者でした。芥川龍之介はマクラウドの日本への紹介者であった松村みね子とも少なからぬ因縁があったようです。「羅生門」が気になる人は、「老婆」にそそのかされて「罪を喰う人」になった男の行方を描いた本作を読むとよいです。
そして本作をよんだ人はついでに赤江瀑の『罪喰い』もよむとよいです。




こちらもご参照下さい:

渡辺照宏 『死後の世界』 (岩波新書)
『尾崎翠全集』 (創樹社版)
























































































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