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駒井哲郎 『白と黒の造形』 (新装版)

「私には幻想なぞと云うものはなにもない。すべてが現実なのだ。(中略)夢と現実、すべてが私にとっては夢でもあり現実でもあるのだ。」
(駒井哲郎 「夢と現実」 より)


駒井哲郎 
『白と黒の造形』



小沢書店 
1989年10月20日 新装版第1刷発行
224p 
20×15.5cm 
丸背紙装上製本 カバー 
定価2,575円(本体2,500円)



本書「編集後記」より:

「本書は、著者のすべての文章を検討した上で、重要とおもわれるものを三部に分けて収録したものである。第一部は、芸術一般について、あるいは版画について著者の考えが述べられているものからなり、第二部は、著者の敬愛する内外の作家について述べられたものからなる。なお、「ルドンの作品について」は、もと単行画集『ルドンの素描と版画』(岩崎美術社刊)の解説であったが、(中略)出版の形式上多少不自然であるが、(中略)収録することとした。第三部は、身辺雑記ふうのものからなる。」


銅版画家・駒井哲郎の没後刊行エッセイ集。初版は1977年5月、小沢書店刊。本書はその新装版です。
本文中作品図版(モノクロ)3点、章扉カット3点。



駒井哲郎 白と黒の造形 01



帯文:

「銅版画、その白と黒のドラマ。――美の極限の世界のなかに自らの生を賭した芸術家・駒井哲郎。創造の秘密にふれる芸術論と、ルドン、ミロ、クレーら敬愛する画家たちへのオマージュを中心に、冷静な眼と深い思索に支えられた断想、回想記を収める遺稿随筆集。」


帯背:

「色彩の極限の世界
を生きた銅版画家
の遺稿随筆集――」



帯裏:

「白と黒の造形、すべての色彩の極限、もっとも単純で、もっとも複雑な色彩、雪と大気があやなすこの自然抽象の形態はあたかも古い波斯の絨緞のように、多くの思い出と、伝説と、奇妙な過去を恐らく持っているかも知れない。

黒と白、それはもはや光と影ではなく、物質をかたどった一つの光として我々の目に映じて来る。音のように木魂して叫びあい響きつつ輝いて、永遠の象(すがた)を瞬時に定着する。
(本書、序詞より)」



目次:

形体の不意打
白と黒の造形


私の芸術
夢と現実
銅版画について
自信喪失の記
私のかたち
冷静な眼と深い思索
私の技法
素描について


神秘な色彩の音楽
ルドンの素描と版画
ルドンの作品
青い三つの壺
ヴィーナスの誕生
不思議な森
パウル・クレー
女たちの館
パウル・クレーとその友人たち
ミロ芸術への招待
〈火箭〉について
入りまじるはにかみと感激
ドガと版画
美に酩酊する狂人
現代フランス創作版画
長谷川潔の銅版画
完成された技術と深い抒情
恩地孝四郎頌
恩地先生の思い出


放浪の終焉
未だ果てぬ本の夢
本の装丁について
大下さんの思い出
平井進さん
加藤清美君
最初で最後の舞台装置作り
たばこのやめ方
竹田和子さん
安東次男の横顔
戦争のあとに会えた詩人
私の風景

駒井哲郎年譜
編集後記 (岡田隆彦)
あとがきに替えて (安東次男)




駒井哲郎 白と黒の造形 02


口絵「1973年 自宅アトリエにて」(撮影: 酒井啓之)



◆本書より◆


「夢と現実」より:

「夢と現実。私にはそのどちらが本当の実在なのかいまだに解らない。しかし私が絵を描き始めたとき、私が何故に描き始めたのかと云うことを自問自答してみると、それは結局、夢こそ現実であればよいと云う願望から出発しているように思われる。」


「私の芸術」より:

「芸術家にとってその時代の流行と、時代全体の造形思想の推移というものはやっぱり気になることであろう。しかし僕にとって銅版画に入っていった動機などを考えてみると、今やそれはあまり気にしてはならないと思うようになった。一時期、自分のメチエと時代の流行の目まぐるしいまでの推移との違いに愕然としたことがあったが、それはとりも直さず、自分が負わなければならない銅版画家としての宿命のようなものを避けて通ろうとした怠惰な心だったように思われて来たのであった。少年の時、あの初めて銅版画を見た時の戦慄にも似た深い感動と、心のうちに準備されていて銅版画を受け入れて自分のメチエにしたいと云う願望をもたらした幼い時から無意識に蓄積されて来た心情とにそむくわけにはいかないと思うようになった。永い間の彷徨であったような気もするが、さまざまな銅版画の技法を試みて見たいと云う気持もないわけではなかった。一つの技法を深く探求すると云う云い知れぬ不安が非常に強かったのだ。
 さまざまな技法を遍歴して得たものは何だったろうか。それは自己韜晦という恐しい復讐だったように思う。結局あらゆる技法を自由に駆使するなどと云うことは到底、不可能だと今さらながら知ったのであった。創作する動機が一つのものであって見れば、もし多様な技法を用いても作品の世界は変らないはずだと思うのは大きな間違いであって、物質を勝手気儘に扱おうとすると、物質によって手痛い復讐を受けるのであった。技法とはそう云うものなのである。
 心のなかにあるものこそ真の存在であり、真実なものだと思い、一つ一つ銅版を刻んで来た僕であるけれども、やはりそう云った存在のなかに僕がいるのであり、目に見えないものを画面の上に定着しようとしても、なにか過去の記憶とか、夢とかの力を借りないわけにはいかないのであった。また逆に実際に観念として、見えるものを眩暈によって夢の世界に変えてしまうと云う、精神的と云うよりむしろ生理的な操作も必要になってくるのであった。」



「神秘な色彩の音楽」より:

「ルドンは生涯、いずれの流派にも属さずに描いたまれな画家のひとりである。つきあう人たちといえば、詩人、文人、音楽家などのほうがむしろ多かった。一九〇九年ルドンはパリ郊外ビエーヴルに移り住み、人との交流もほとんど絶え、庭に咲く花を友として、一九一六年七月になくなるまで、あの「ルドンの花」を、詩とも音楽とも感じられる神秘的な草花の絵のかずかずを描いた。そのビエーヴルの墓地にルドンは葬られた。」


「ルドンの作品」より:

読書する人 一八九二 リトグラフ」
「描かれた老人はルドンがその芸術と生活に重大な影響を受けた、特異な銅版画家、ロドルフ・ブレスダンだともいわれる。
 ブレスダンは一八二二年生れ、ルドンより十八歳年長である。ルドンはのちに彼について、「孤独に捉えられた人物、この世をのがれ続ける人物、祖国を持たぬ空の下を、希望もなく結末もない流謫の不安に悩み乍ら、物狂おしくのがれ去る人物」と書いているが、ブレスダンは、この作品が創られるより数年前、一八八五年に死去している。ここではブレスダンは聖者のようである。」



「ヴィーナスの誕生」より:

「ブレスダンやルドンは、フランスに於てもまだ一般的に知られ愛されている画家ではない。しかし限られた人びとに、つねに世界のどこかで、いのちのように熱愛されている画家なのだ。ルドンは永遠に孤独な芸術家なのである。」


「ミロ芸術への招待」より:

「パルマに移って静かな内省的な生活に入ったミロは、音楽や詩や夜を愛しつづけて自己の深奥に沈潜し、意識的に自分自身のなかへ閉じこもったのである。そしてやがて今までより以上にミロ独自の造形言語にめざめたのだ。」


「恩地孝四郎頌」より:

「いちばん大切なのは精神のバーバリズムとでも云ったら良いだろうか、つまり人間の本来の姿である自由な精神と感情の抑揚のある表現なのだ。」


「小さな空地」:

「このごろはほとんど出かけないので、見るものは家の前の、庭ともいえない小さな空地だけだ。本当になにもない枯れ芝の生えた小さな空地だけだ。
 いつだったか冬のさなかに、村の墓場の一隅で、いくつも穴が掘ってあるのに出会ったことがある。土が凍ってよく掘れないのか、仕事はあんまり、はかどっていなかった。ちょうど、僕の家の前の空地ぐらいの一隅だった。」






こちらもご参照ください:

駒井哲郎 『増補新版 銅版画のマチエール』
『駒井哲郎 1920―1976』 (2011年)
オディロン・ルドン 『ルドン 私自身に』 池辺一郎 訳







































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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