ウラジーミル・ナボコフ 『青白い炎』 富士川義之 訳 (ちくま文庫)

「娘はいつもささやかな狂気じみた希望をはぐくんでいたと思う。」
「I think she always nursed a small mad hope.」

(ウラジーミル・ナボコフ 『青白い炎』 より)


ウラジーミル・ナボコフ 
『青白い炎』
富士川義之 訳

ちくま文庫 な-10-2

筑摩書房
2003年11月10日 第1刷発行
542p 
文庫判 並装 カバー
定価1,400円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和


「この作品は一九八四年七月五日、筑摩書房より「筑摩世界文学大系 81」として刊行された。」



Vladimir Nabokov: Pale Fire, 1962


ナボコフ 青白い炎


帯文:

「20世紀実験小説の傑作
「詩」とその「注釈」が作り出す
奇想天外な文学空間」



カバー裏文:

「ジョン・フランシス・シェイドは、架空の詩人だ。その詩人の999行からなる長大な瞑想詩『青白い炎』を本文に掲げ、序文と注釈と索引を付して、研究書の体裁を整えるのは、これまた架空の人物、キンボート。彼は詩人の隣人でもあり、ロシア文学の教授でもあるのだが、実は狂人?……。彼の施す長大な注釈からはサスペンスが横溢、これは一体また何という注釈だろう!
二つの異質なエクリチュールを配することで、合わせ鏡の迷宮にも似た不思議な文学空間の現出に成功、読者を唖然とさせた、ナボコフ円熟期の実験小説の傑作。」



目次:

前書き
青白い炎 四つの詩篇より成る詩
 詩章第一篇
 詩章第二篇
 詩章第三篇
 詩章第四篇
註釈
索引

訳者あとがき




◆本書より◆


「青白い炎 四つの詩篇より成る詩」より:

「娘は奇妙な不安、奇妙な幻想、奇妙な性格的
強さを持っていた――古い納屋で
ある種の音や光を詳しく調べながら
三晩を過ごしたときのように。娘は言葉を逆さ読みした。」

「そして無表情な
眼をして 散らかり放題のベッドの上に坐って、
大根足を広げたり、乾癬(かんせん)症にかかった指の爪で
頭を掻きむしったり、一本調子で
恐ろしい言葉を呟きながら、呻くのだった。」

「娘はいつもささやかな狂気じみた希望をはぐくんでいたと思う。」



「註釈」より:

「詩人の娘ヘイゼル・シェイドは一九三四年に生れ、一九五七年に死んだ。」

「ヘイゼル・シェイドがある種の点でわたしに似ていたこともまた真実なのだ。」



「青白い炎 四つの詩篇より成る詩」より:

「難解な未完の詩への註釈としての
人間の生涯。のちのちの使用のための註。

Man's life as commentary to abstruse
Unfinished poem. Note for further use.」



「註釈」より:

「もしもわたしがこの簡潔な所見の意味を正しく理解しているとすれば、詩人がここで示唆しているのは、人間の生涯は膨大で晦渋な未完の傑作に付された一連の脚註にほかならないということである。」


「訳者あとがき」より:

「つまり『青白い炎』は、『オネーギン』の英訳と註釈という、刊行後に英語とロシア語の微妙なニュアンスの相違をめぐってエドマンド・ウイルソンとのあいだに激しい遣り取りのあった学問的労作を書き進めてゆくプロセスで着想され、少なくともその基本的構成や形式において、それから派生した作品である。(中略)学問的註釈書を巧妙に装ったこの小説は、その意味で、『オネーギン』に付されたナボコフ自身による学問的な註釈書へのパロディとしての特性をもつと見ることも可能である。」
「この小説は、架空のアメリカ詩人・大学教授のジョン・フランシス・シェイド(一八九八―一九五九)の英雄対韻句(ヒロイック・カプレット)で書かれた九百九十九行の長篇詩『青白い炎』に、その詩人の隣人で、詩人と同じ大学で教えるチャールズ・キンボートが、前書きと長文の註釈、および詳細な索引を付すという、非常に奇妙な構成となっている。(中略)しかも彼がほどこす長文の註釈は、学問的意図を再三にわたり明言しているにもかかわらず、シェイドの詩自体から大幅に逸脱・脱線し、彼の奇怪な幻想や妄想(彼は実は狂人である)によって徹底的に歪められ、改竄されたものなのだ。
 キンボートは長篇詩執筆前のシェイドに向かって、(中略)祖国ゼンブラから、革命によって追放された国王およびその国のことをぜひ新作のなかに書き込んでほしいと折にふれて懇願していた。つまりキンボートは、シェイドの手を借りて、詩人でない自分にはできないこと、つまりゼンブラの国王(これはキンボート自身である)を詩的表現に昇華させ、不滅化しようと意図していたのだが、狂人の誇大妄想に無関心な詩人はそれを果たさない。そこでキンボートは註釈という形式を用いて、シェイドの詩の一字一句のなかにゼンブラとその国王についての彼の奔放な幻想や妄想の反映を見出そうと企てるのである。」
「一言で言えば、これは文学というフィクションの世界を構築すること、すなわち小説を書くという一見虚妄な営みにどのような意味があるのか、ということを、キンボートのゼンブラ幻想を通じて探った作品ではなかろうか。注釈者が書きとめるように、「〈現実〉は真の芸術の主題でも対象でもないし、真の芸術は共同体的な眼によって知覚された月並みな〈現実〉とはまったく無関係な、それ自体の特別なリアリティを創造するのだという基本的事実」を明らかにするという特性を、この小説は深く刻み込んでいるからだ。(中略)それにしても、キンボートの長大かつ詳細な註釈が、シェイドの原詩からあれほどにも大幅に逸脱・脱線の方向へと向うのはなぜなのか。(中略)キンボートもまた癒し難い、深い喪失感を抱く男である。いったい何を喪失し、いかなる心の空洞を抱え込んで狂気にまでいたったのか、正確なところは不分明だが、(中略)執拗に自分の過去へと回帰し、それを註釈によって再構成しようとする熱烈な衝動に、彼が激しく突き動かされていることだけは確かである。そこから感じとれるのは、過去の根から切り離された亡命者の孤独と苦悩だが、彼は過去との結びつきを、(中略)誤読行為によって現在化するプロセスのうちに求めずにはいられない。註釈という作業は、実際彼にとっては、シェイドの長篇詩を素材にして、それとはほとんど別箇の、秩序立った形状とパターンを備えた「特別なリアリティを創造する」ことにほかならないのである。そうした別世界(中略)の創造を通じて得られる美的至福が、深い喪失感から生じる恐るべき孤独と苦悩の現在を少しでもやわらげ、軽減してくれるのではないかと希求する。その祈念の烈しさを直接反映する彫琢の文章の、まさにゆらめく青白い炎を思わせる異様な輝きがわれわれをとらえて放さないのである。そんなとき、彼が狂人であるなどということはほとんど問題ではなくなり、彼を通じて、われわれはしばしば創造者や芸術家の姿を垣間見ることになるのだ。言いかえれば、キンボートの幻想や妄想は明らかに文学的想像力の別名なのである。」





こちらもご参照ください:

ナボコフ 『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』 富士川義之 訳 (講談社文芸文庫)




































































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