種村季弘 『雨の日はソファで散歩』

「一生を四の五の言わずところてん」
(竹口義之)


種村季弘 
『雨の日はソファで散歩』


筑摩書房 
2005年8月25日初版第1刷発行
2006年10月20日初版第4刷発行
212p viii 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,800円+税
ブックデザイン: 吉田篤弘・吉田浩美



本書「あとがき」(桑原茂夫)より:

「本書は、今は亡き種村季弘さんが生前自ら編んだ、最期のエッセイ集である。」


植草甚一ふうなタイトルの没後刊行エッセイ集。巻末に著作目録(翻訳を含む)があるので便利です。
2010年7月にちくま文庫版が刊行されています。


種村季弘 雨の日はソファで散歩 01


帯文:

「稀代のエンサイクロペディスト
最後の自選エッセイ集
死の予感を抱きつつ綴った文章には、
絶妙な味わいがある。」



帯背:

「最後のエッセイ集」


目次 (初出):
 
I 西日の徘徊老人篇
西日のある夏 (「ふれあい」 2000年夏号)
余生は路上ぞめきに (「新刊ニュース」 2001年12月)
「人生逆進化論」で楽しく (「読売新聞」 1999年5月4日)
懐かしの根岸家 (「産経新聞・神奈川版」 1998年1月13日)
泰華樓 (「産経新聞・神奈川版」 2001年3月6日)
角海老 (「太陽」 1995年1月)
オキュパイド銀座 (「銀座百点」 2001年12月)
とうふと洗濯 (「公明新聞」 1998年2月3日)
ゆかりの宿 (同 1998年3月31日)
夏祭 (同 1998年6月23日)
若々しい死 (同 1998年1月6日)
顔文一致 (同 1998年9月17日)
名刺 (同 1998年3月3日)
三重視 (同 1998年4月28日)
師匠 (同 1998年5月26日)
螢雪時代 (同 1998年7月23日)
温泉外人 (同 1998年8月20日)
相対の研究 (同 1998年10月15日)
ねじ式 (同 1998年11月12日)
ゴロ寝 (同 1998年12月10日)

Ⅱ 幻の豆腐を思う篇
すし屋のにおい (「太陽」 1999年4月)
幼児食への帰還 (「SNOW」 2000年6月)
幻の豆腐を思う (「別冊サライ」 2000年7月)
おでんと清流 (「旅」 2002年5月)
修行だ、修行だ、修行だ (『下町酒場巡礼』 ちくま文庫 2001年9月)
森軍医と長谷川砲兵 (「i feel」 2002年冬号)
大酒大食の話 酒飲み合戦 (「一冊の本」 2001年11月)
大酒大食の話 水鳥記の酒合戦 (同 2001年12月)
大酒大食の話 小杯の害 (同 2002年1月)
名無しの酒 (「たまや」 第二号 2004年10月)

III 雨の日はソファで散歩篇
永くて短い待合室 (『るるぶ情報版』 2001年11月)
素白を手に歩く品川 (「朝日新聞」 2001年12月16日)
長谷川伸描く街の芸 (同 2001年12月23日)
「飲中」「林泉」の至福 (同 2001年12月30日)
七転び八起きの町へ (原題: 「雨の日はソファで散歩・新宿篇」/「眼力」 2003年11月)
寺のない町 (「寺門興隆」 2004年9月)
松田という店 (原題: 「雨の日はソファで散歩・銀座篇」/「ラパン」 2002年冬号)
鳥目絵の世界 (「別冊太陽」 2003年11月)
文明開化とデカダンス (『なつかしき東京』 講談社 1992年2月)
新東京見物・里帰りを歩く (「新刊展望」 2004年2月)
与謝野晶子の歌 (「読売新聞」 2000年5月7日)
池袋モンパルナス (同 2000年5月14日)
風々さんの無口 (同 2000年5月21日)
小犬を連れた奥方 (同 2000年5月28日)
幻の同居人 (『江戸川乱歩全集第14巻』 光文社文庫 2004年1月)
日影迷宮で迷子に (『日影丈吉全集』 国書刊行会 監修者のことば 2002年夏)
高下駄を履いた弱虫 (『牧野信一全集3巻』 月報 筑摩書房 2002年5月)
生死まるごとの喜劇 (「日本経済新聞」 2001年8月5日)
敵のいない世界 (「アサヒカメラ」 2002年1月)
ヴァンパイアの誘惑 (宝塚歌劇団 「薔薇の封印」 公演パンフレット 2003年11月)

IV 聞き書き篇
江戸と怪談 (「別冊文藝・岡本綺堂」 2004年1月)
昭和のアリス (「ユリイカ臨時増刊号・矢川澄子」 2002年10月)
焼け跡酒豪伝 (「彷書月刊」 2003年12月)

あとがき (桑原茂夫)
初出一覧

種村季弘著作目録




◆本書より◆


「永くて短い待合室」より:

「歴史にも自然にも物語にも縁のない湯治場はないものか。純粋に湯治のためだけにある温泉はないか。」
「温泉地に関するわたしの理想、というか好みは、そこにいるのが特別のリクリエーションではなくて日常であること。そこの共同浴場である日倒れて、そのまま救急車で運ばれてお陀仏になる、あの世行きの永くて短い待合室であること。」



「寺のない町」より:
 
「大松さんはお説教はしなかった。ただニコニコ笑っているだけだった。問題児だったわたしが理髪店や歯医者に行きたくないので路上で母に駄々をこねているのをみつけると、さりげなく頭をなでてニコニコ笑顔を浮かべている。それだけ。だがそれだけでこちらの不安や恐怖を水に流してしまうふしぎな笑顔だった。
 大松さんもお坊さんであるからには、しかるべきお寺で修行を積んだことがあるのだろう。(中略)しかしそんな気配は露ほども見せたことはない。教養やことばを通じて人を説教するのではなかった。じかに身体や表情を使って意のあるところを伝える。いや、伝わらなくてもかまわない。鈴木大拙の『日本人の霊性』に出てくる妙好人(みょうこうにん)のように、教典や教義の媒介なしに直接ジカに仏の声を耳にして自足する、得もいわれぬ法悦にたえまなく浴している人のようだった。」
「静岡の奥のほうに、どう見ても食っていけそうもない絵描きが住んでいて、この男がいつもニコニコ笑っている。すると近所の農家のおばあさんが米や野菜や梅干しを持ってきて、小一時間おしゃべりをして帰ってゆく。とどのつまり、帰り際に満ち足りた表情をしているのはおばあさんのほうなのだ。
 彼はもちろん宗教家ではない。なのに農家のおばあさんは直感的に、こういう男こそが「こころのケアを見てくれる人(ゼーレンゾルガー)」であることを感得しているのだ。」



「敵のいない世界」より:

「鬼海さんの処女写真集は『王たちの肖像』だった。「かつて」の王たちがリア王のように王座から追放されて巷をさまよう、やつし姿の肖像集だ。故(ゆえ)あってやつし姿で流浪するゼウスたち。乞食姿の旅のユリシーズ。肖像たちは、王者であり英雄である本来の素性と現存のペルソナとしてのやつし姿、安逸な無時間性とコマ切れの時間としての現代社会のズレを、諧謔的に語っていた。しかしこの「王者」たちは例外なく、あくまでもプライド高く、ある種のアウラに輝く衣裳を甲冑のように身に帯びている。無敵の王者にしてなおドン・キホーテのように防御し攻撃すべき敵を予想しているのだろうか。
 『しあわせ』にはしかしもうどこにも敵がいない。いかなる防御の姿勢もない。生と死はほとんど対等に向かい合い、透明なヴェール一枚を隔てて両者は接し合い、死ですら攻撃し防御すべき敵ではない。
 もはや、あるいはまだ、敵のいない世界。子供たちが三々五々真昼の野天の砂浜に散らばって昼寝をしている光景のスナップがある。一見しただけでは死んでいるとも眠っているとも、判断しかねるほどの自然との深い親和関係を結んでいる人間たち。これほど無防備に自然に接している、というよりは自然の懐に抱かれている「しあわせ」が地上のどこかにまだあるという「しあわせ」を、鬼海さんは開闢(かいびゃく)以来の、大きすぎて無時間と錯覚しかねないほどの時間を横切ってここに届けてくれた。」



「江戸と怪談」より:

「半七」も天下国家に、正義にこだわらない。正義じゃなくて、犯罪の技術論です。どうやって捕まえるか。捕まえて一種の犯罪の分類コレクションをしているわけです。そして人間もちゃんと書き分けている。なにも正義をふりかざして、検察官的に「こらしめてやる」とかいう気はぜんぜんない。春風駘蕩ですよ。それに、話しているのは思い出だ。現場の報告じゃなくて、全部意志を抜き取って、表象だけにして書いているプルースト的な世界だから、読んでいて、すごく色がきれいだなとか、音がいいなとかいう、印象派の絵を見たり、ドビュッシーの音楽を聴いているみたいな、われわれの世界で言えば流しの新内か何かを雨垂れの音と一緒に聴いているみたいな、なにかそういう衰弱していく時の、ゆったりしたというのか、駘蕩とした世界ですよ。それは死に至る世界なんだけれども、(中略)鎮静物質のセロトニンがポタポタと落ちていくような静かな快感……。運動選手がやたら速く走るときに出てくるドーパミンとか、ああいう活力感が唯一快楽だったという概念が変わっちゃう時に、やはり綺堂が回帰してくるんじゃないですか。」


「昭和のアリス」より:

「結局、「父性」か「少年」かという選択ではないんです。父親が誰だかわからない子供たちがグレートマザーのまわりにうじゃうじゃいる、男はもう全部チャイルドで、父でも少年でもない。大母の周りで遊んでいるだけ。消耗していなくなっても、グレートマザーは子供なんていくらでも作れる。父方の姓を名乗って家系を続けるなんて武家的な発想ではもう駄目なんです。」















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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