ボルヘス/ビオイ=カサレス 『ボルヘス怪奇譚集』 柳瀬尚紀 訳

「ごく幼少の頃から、ミグィウル――これが彼の名だった――は、自分のいるべきところにいないという感じをつねにもっていた。彼は自分が家族に対しても他所者(よそもの)、村でも他所者だと感じていた。夢のなかで、彼はヌガリにない光景を見るのだった。(中略)目ざめているときもそれと同じイメジに現実がかすみ、ベールにつつまれた。」
(『ボルヘス怪奇譚集』 「師の帰還」 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス
アドルフォ・ビオイ=カサレス
『ボルヘス怪奇譚集』
柳瀬尚紀訳


晶文社 
1976年7月30日 初版
1982年10月30日 8刷
165p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,200円
ブックデザイン: 平野甲賀
イラストレーション: 小島武



「訳者あとがき」より:

「ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、親友ビオイ=カサレスの協力のもとに、九二の「短くて途方もない話」から成る一冊の本を編んだ。その書 Cuentos breves y extraordinarios (Rueda, 1967)のなかに「物語の精髄がある」と彼らは断ずる。本書はその英語版 EXTRAORDINARY TALES (Souvenir Press, edited and translated by Anthony Kerrigan, 1971)の全訳である。」


イラスト8点、カット1点。


ボルヘス 怪奇譚集 01


帯文:

「渦まく笑いと戦慄
中国の幽霊物語やセイロンの人喰い鬼伝説
など、ボルヘスが集めた世界の怪奇譚92篇」

 
 
目次:
 
緒言
 
死の宣告 (呉承恩)
人食い鬼の撲滅 (ラル・ベハリ・デイ『ベンガルの民話』)
秘蹟の贖いびと (『インドの好古家』)
セキリアの物語 (キケロ『予言について』)
邂逅 (唐朝の話)
気むずかし屋 (イブン・アブド・ラッビヒ『類なき首飾り』)
ナサニエル・ホーソーンのノートブックに散在するテーマ (ナサニエル・ホーソーン『ノートブック』)
荘子の夢 (ハーバート・アレン・ジャイルズ『荘子』)
隠された鹿 (列子)
バラモンたちと獅子 (パンチャタントラ)
ゴーレム (タルムード)
師の帰還 (アレクサンドラ・ディヴィッド・ニール『チベットの魔術と神秘』)
アンドロメダー (サミュエル・バトラー『ノートブック』)
怒りを恐れて (アハマッド・エル・カリュビ『ナナディール』)
夢 (O・ヘンリー)
王の約束 (スノリ・ストルルソン『ヘイムスクリングラ』)
囚われ者の誓い (千夜一夜物語)
汝自身を知れ (ファーガス・ニコルソン『鏡のアンソロジー』)
直観の男 (アルフォンソ・レイエス『区画整理』)
いかにしてわたしは超人を見つけたか (G・K・チェスタトン)
王の目ざめ (H・デヴィニュ・ドゥーリットル『世界史散策』)
長(おさ)の死 (レオン・リベラ『ある従卒のスケッチ』)
宣言 (ジョージ・D・ブラウン『カレドニアの脇道での落穂拾い』)
説明 (エドウィン・ブロスター『自由主義思想の歴史の補足』)
アレクサンドロス大王の神話 (アドリエンヌ・ボルドナーヴ『過去の変更、あるいは伝統の唯一の基盤』)
作品と詩人 (R・F・バートン『インディカ』)
優生学 (ドラモンド『ベン・イオンシアナ』)
ナポリの乞食 (マックス・ジャコブ『骰子筒』)
神がアレクサンドリアを見棄てる (『プルターク英雄伝』)
女弟子 (ハーバート・アレン・ジャイルズ『荘子』)
九人目の奴隷 (ギボン『ローマ帝国衰亡史』)
勝利者 (サアベドラ・ファハルド『政治的キリスト教君主の理念』)
危険な奇跡行者 (M・R・ワーナー『ブリガム・ヤング』)
城 (ディドロ『宿命論者ジャック』)
像 (プルターク『イシスとオシリスについて』)
警告 (R・F・バートン『千夜一夜物語』)
ビリェナの技量 (メネンデス・イ・ペラヨ『カスティリア抒情詩選集』)
指し手の影 I (エドウィン・モーガン『ウェルズ=コーンウェルの週末案内』)
指し手の影 II (セレスティノ・パロメク『モザンビーク沿岸航海』)
罪深き目 (アハマッド・エッチルアニ『宴の園』)
預言者と小鳥と網と (アハマッド・エッ・トルツチ『王たちの灯』)
天空の雄鹿 (ウィラビー=ミード『中国の妖怪と鬼』)
料理人 (マックス・ジャコブ『骰子筒』)
論客 (ルイス・L・アントゥニャーノ「ゴルチスの五十年」『ブエノスアイレス地方の半世紀』)
臆病者の当惑 (アハマッド・エル・イベリチ『モスタトレフ』)
鍵の返還 (「ミシュナ」第二十九章、「ターアニト」より)
訓練された墓 (マルクス・トゥリウス・キケロ『トゥスクルム叢談』)
セイレーンの沈黙 (フランツ・カフカ『シナの長城』)
殴打 (アンドルー・ラング『小論集』)
絨緞(じゅうたん)の下絵 (アーサー・マッケン『ロンドンの冒険』)
ふたりの王とふたつの迷宮の物語 (R・F・バートン『ミディアンの地再訪』)
告白 (マニュエル・ペイルー)
もうひとつのファウスト (フラ・ディアボロ「わが国の演劇の起源に関する批評的瞥見」『素顔と仮面』)
宝物 (マルセル・タマヨ)
より大きな責苦 (偽スウェーデンボリー『夢』)
神学 (H・ガルロ『世界めぐり』)
磁石 (ヘスキス・ピアソン『オスカー・ワイルド伝』)
不滅の種族 (シルビナ・オカンポ)
死神の顔 (ジャン・コクトー『グラン・テカール』)
信仰と半信仰と無信仰と (R・L・スティーヴンソン)
奇跡 (W・サマセット・モーム『作家の日記』)
ふたりの永遠共存者 (ヨハネス・カンブレンシス『論難』)
社交の上首尾 (ローガン・ピアソール・スミス『トリヴィア』)
汽車 (サンチャゴ・ダボベ)
物語 (ポール・ヴァレリー『未完の物語』)
罰せられた挑発 (アハマッド・エル・カリュビ『ナナディール』)
おそらくは幻惑的な (アグゥイル・アセベド『幻影』)
遍在者 I (モリツ・ヴィンテルニッツ『インド文献史』)
遍在者 II (シモン・ペレイラ、イエズス会士『ガンジス川の川床の四十年』)
手ぬかり (マルティン・ブーバー)
白蓮の宗派 (リヒャルト・ヴィルヘルム『中国の民話』)
書物による防御 (G・ウィラビイ=ミード『中国の妖怪と鬼』)
出会い (ルイ・プロラ『マルセーユの関税』)
島の水 (エドガー・アラン・ポオ『ゴードン・ピムの物語』)
学問の厳密さ (スアレス・ミランダ『周到な男たちの旅』)
ひたむきな画家 (アドラー=レフォン『日本の文学』)
慰めの移り変わり (T・M・チャン『余暇の森』)
真説サンチョ・パンサ (フランツ・カフカ)
不眠症 (ビルヒリオ・ピニェーラ)
救済 (アドルフォ・ビオイ=カサレス)
取り乱して (アンリ・ミショー『アジアの一野蛮人』)
エジプト人の試み (エドワード・ウィリアム・レイン『近代エジプト人の風俗習慣』)
回顧的な (クレメンテ・ソサ『ビリャ・コンスティトゥシオン=カンパナ間家畜運搬に関する報告』
被告 (マルティン・ブーバー)
見物人 (ホセ・ソリーリャ『ドン・ファン・テノーリオ』)
信心過剰の危険 (ノザト・エル・ジャラス)
あるファンタジーの結末 (I・A・アイアランド『霊の訪れ』)
四つの黙想 (フランツ・カフカ「罪、苦痛、希望、真の道に関する黙想」)
狐の話 (牛嶠『霊怪録』)
万一にそなえて (ビード師『イギリス教会史』)
オーディン (ホルヘ・ルイス・ボルヘス、デリア・インヘニエロス『古代ゲルマン文学』)
黄金の中庸 (タルマン・デ・レオ『小話』)

訳者あとがき



ボルヘス 怪奇譚集 02



◆本書より◆


「秘蹟の贖いびと」:

「あらゆる人食い鬼がセイロンに棲み、彼らの存在すべてがただ一個のレモンになかにはいっていることは、よく知られている。盲人がそのレモンを切り刻むと、人食い鬼は残らず死ぬ。
――『インドの好古家』第一巻(一八七二)より」



「社交の上首尾」:

「召使いがわたしの外套と帽子を差し出した。わたしは自己満足にほてる思いで夜のなかへと歩き出した。「愉快な晩だった」とわたしは思った。「この上なくいい人たちだ。財政とか哲学とかの話に聞きほれてくれた。豚の鳴き声を真似たときなど腹をかかえて笑ってくれたし。」
 ところがまもなく、「ふん、身の毛がよだつ」とわたしはつぶやいた。「死んだほうがましだ。」
――ローガン・ピアソール・スミス『トリヴィア』(一九一八)」



「汽車」:

「汽車はいつもの日と同じように午後遅く、夕暮時に走っていた。」
「わたしは母の必要なものを買いに出かけたのだった。この時間は楽しかった。汽車の車輪の回転がなめらかですべすべしたレールを愛撫していくようだった。汽車に乗ると、わたしはいちばん昔の思い出を、人生の最初の思い出を追いかけて戯れはじめるのだった。(中略)こうして最初の停車駅、アエドへ着く。つぎに思い出すのは子供の頃の遊びだった。思春期へとはいっていくと、ラモス・メヒアの町が目の前に現われた。薄暗いロマンチックな通りがあって、恋の告白を待っている女の子がいた。(中略)わたしはそこで結婚した。わたしたちが町の教会から出てくると、ベルの音が聞こえた。汽車が動きはじめたのだ。わたしは別れを告げ、(中略)まもなくシウダデラにきていて、わたしはたぶん記憶のなかによみがえることのない過去へと掘りすすんでいこうとした。」
「このとき汽車はリニエルスに着いた。(中略)妻がわたしに追いついて、手づくりの服を着せた双子の子供たちを連れてきた。(中略)妻はひとりでリニエルスに残った。わたしは汽車に乗り、子供たちの姿をほのぼのとする思いで眺めた。(中略)ところがフロレスで思いがけないことが待ち受けていた。列車の衝突と踏切事故による遅れである。その間に、わたしと知り合いのリニエルスの駅長がフロレスの駅長と電信で連絡を取っていた。わたしにとって悪い知らせをもってきた。妻が死んで、葬儀の一同がフロレスで立往生の汽車に追いつこうとしているという。」
「数人の親類や親友の助けをかりて、妻の亡骸(なきがら)はフロレスの墓地に埋葬した。(中略)エル・オンセで親族に別れを告げ、母をなくした子供たちといまは亡き妻のことに思いを馳せつつ、わたしは勤め先の保険会社へ夢遊病者のように歩いた。ところがその場所が見つからなかった。」
「「保険会社」の建物はとうの昔に取り毀されているのがわかった。その場所には二十五階建のビルが建っていた。(中略)エレベーターに乗って、二十五階に着くやいなや、わたしはいちばん近くの窓へと狂ったように突進し、そこから身を投げて通りへ墜落した。わたしの落ちたのは一本の豊かな木の葉っぱのなかで、枝やら葉やらがふわふわするいちじくの木みたいだった。ばらばらに飛び散ろうとするわたしの肉体が、思い出のなかに散っていった。思い出の束は、わたしのからだといっしょに、母のもとへ送り届けられた。「何のためにお遣いに出したのか、覚えてなかったのね」といって、彼女はおどけてわたしを叱るふりをした。「小鳥みたいな記憶力ですもの。」
――サンチャゴ・ダボベ(一九四六)」



「取り乱して」:

「ある猟師が獲物をどっと追い出そうと、周囲の森に火をつけた。突然、ひとりの男が岩から姿を現わすのが見えた。
 男は平然として火のなかを歩いた。猟師は男のあとを追った。
 「おい、あんた。いったいどうやって岩のなかへはいったのかね?」
 「岩だって? 何のことかな?」
 「火のなかを歩くのも見ましたぜ!」
 「火だって? 火とは何のことかな?」
 その完全な道教徒は、完璧な無為に到達していて、ものごとに何の違いも認めなくなっていた。
――アンリ・ミショー『アジアの一野蛮人』」



「あるファンタジーの結末」:

「「不思議だこと」用心ぶかく近づきながら少女はいった。「なんて重い扉なの!」そういって彼女が手をふれると、扉は不意にガシャンと閉まった。
 「困ったぞ」と男が叫んだ。「こっちの内側には掛け金も閂もなさそうだ。おやおや、ふたりともここに閉じこめられたんだ。」
 「ふたりともですって。いいえ、ひとりだけよ」といって、少女は扉をすーっと通り抜け、姿を消した。
――I・A・アイアランド『霊の訪れ』(一九一九)」



































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本