内田百間 作/谷中安規 画 『王様の背中』 (複刻版)

「この本(ほん)のお話(はなし)には、教訓(けうくん)はなんにも含(ふく)まれて居(を)りませんから、皆(みな)さんは安心(あんしん)して讀(よ)んで下(くだ)さい。
どのお話(はなし)も、ただ讀(よ)んだ通(とほ)りに受(う)け取(と)つて下(くだ)さればよろしいのです。
それがまた文章(ぶんしやう)の正(ただ)しい讀(よ)み方(かた)なのです。」
(内田百間 「『王樣の背中』序」 より)


内田百間 作/谷中安規 画
『王様の背中』 (複刻版)

名著複刻 日本児童文学館 第二集 24

ほるぷ出版 
昭和51年4月
頁数表記なし(76p) 
菊判 丸背紙装上製本 貼函



内田百閒の童話集『王様の背中』(普及版 楽浪書院 昭和九年九月十日印刷/昭和九年九月十五日発行)の復刻本。文字は朱色印刷。谷中安規による挿絵・カット多数(うちカラー3点)。カラー図版のうち2点は別紙貼付。


内田百間 王様の背中 復刻 01

函。


内田百間 王様の背中 復刻 02

本体表紙。


内田百間 王様の背中 復刻 03

本体裏表紙。


内田百間 王様の背中 復刻 04


「「王樣(わうさま)の背中(せなか)」序(はしがき)」:

「この本(ほん)には、九(ここの)つのお伽噺(とぎばなし)が載(の)つて居(を)ります。
一(いち)ばん初(はじ)めのお話(はなし)の題(だい)を取(と)つて、本(ほん)の名前(なまへ)に致(いた)しました。
散(ち)らばつてゐた原稿(げんかう)をあつめるために、樂浪書院(らくらうしよゐん)の篠田太郎先生(しのだたらうせんせい)が、圖書館(としよくわん)までお出(で)かけ下(くだ)さいました。
谷中安規先生(たになかやすのりせんせい)が、美(うつく)しい版畫(はんぐわ)を、こんなに澤山(たくさん)彫(ほ)つて下(くだ)さいました。
お蔭(かげ)で立派(りつぱ)な本(ほん)が出來(でき)ました。
この本(ほん)のお話(はなし)には、教訓(けうくん)はなんにも含(ふく)まれて居(を)りませんから、皆(みな)さんは安心(あんしん)して讀(よ)んで下(くだ)さい。
どのお話(はなし)も、ただ讀(よ)んだ通(とほ)りに受(う)け取(と)つて下(くだ)さればよろしいのです。
それがまた文章(ぶんしやう)の正(ただ)しい讀(よ)み方(かた)なのです。
昭和九年三月七日
内田百間識(うちだひやくけんしるす)」



内田百間 王様の背中 復刻 05


目次:

王樣(わうさま)の背中(せなか)
影法師(かげぼふし)
狸(たぬき)の勘違(かんちが)ひ
お爺(ぢい)さんの玩具(おもちや)
桃太郎(ももたらう)
かくれんぼ
三本足(さんぼんあし)の獸(けだもの)
狼(おほかみ)の魂(たましひ)
お婆(ばあ)さんの引越(ひつこし)



内田百間 王様の背中 復刻 06


「王様の背中」:

「     一
 王樣(わうさま)の背中(せなか)が、急(きふ)に痒(かゆ)くなりました。
 王樣(わうさま)は急(いそ)いで笏(しやく)を下(した)に置(お)きましたけれど、何(なん)だか間(ま)に合(あ)はないやうな氣(き)がしました。
 初(はじ)めは頸筋くびすぢ)から手(て)を入(い)れて掻(か)きましたが、痒(かゆ)いのは、手(て)のとどくところより、もつと下(した)のやうでした。
 今度(こんど)は袖(そで)から手(て)を引込(ひつこ)めて、背中(せなか)を掻(か)きまはしましたけれど、掻(か)くところは痒(かゆ)くなくて、手(て)のとどかないところが、むづむづするらしいのです。
 王樣(わうさま)は膝(ひざ)をついて、背中(でなか)をうねくね動(うご)かしました。
 さうすれば、いくらか我慢(がまん)が出來(でき)るやうに思(おも)つたのです。しかし、背中(せなか)の痒(かゆ)みは段段(だんだん)ひどくなるばかりでした。王樣(わうさま)はぢりぢりして、膝頭(ひざがしら)で地團太(ぢだんだ)を踏(ふ)みながら、あたりを見廻(みまは)しました。
 家來達(けらいたち)は先程(さきほど)から、何事(なにごと)が起(お)こつたのだらうと案(あん)じながら、恐(おそ)る恐(おそ)る王樣(わうさま)の方(ほう)を見上(みあ)げて居(を)りました。
 王樣(わうさま)はいきなり怖(こは)い目(め)をして、家來(けらい)の一人(ひとり)を睨(にら)みつけました。
 その家來(けらい)はびつくりして、そのまま、その場(ば)にひれ伏(ふ)してしまひました。
王樣(わうさま)はまたその次(つぎ)の家來(けらい)を睨(にら)みつけました。その家來(けらい)もびつくりして、すぐに頭(あたま)を下(さ)げてしまひました。
 王樣(わうさま)は、あんまり背中(せなか)が痒(かゆ)いので、口(くち)を利(き)くことも出來(でき)なかつたのです。
 三人目(さんにんめ)の家來(けらい)が睨(にら)みつけられた時(とき)、やつと王樣(わうさま)の氣持(きもち)が通(つう)じました。
 『ははつ』と云(い)つて、王樣(わうさま)の後(うしろ)に廻(まは)つた家來(けらい)に、王樣(わうさま)は
 『もつとひどく、そこではない。解(わか)らんか』と云(い)ひました。さう云(い)ひながら、王樣(わうさま)は、からだをくねくねと、うねらしました。
 家來(けらい)は、はらはらするばかりで、どうしていいのだか解(わか)りませんでした。
 王樣(わうさま)は、その家來(けらい)を叱(しか)り飛(と)ばしておいて、また邊(あた)りを見廻(みまは)しました。何(なに)か手頃(てごろ)の棒切(ぼうき)れを見(み)つけて、それで背中(せなか)を掻(か)き廻(まは)したいと思(おも)つたのです。
 しかし生憎(あいにく)そんなものは、手近(てぢか)になんにも見當(みあ)たりませんでした。
 王樣(わうさま)は、あんまりいらいらするので、目(め)の色(いろ)が變(かは)つて居(を)りました。
 その内(うち)に、王樣(わうさま)はやつと、さつきそこに置(お)いたばかりの笏(しやく)に氣(き)がつきました。王樣(わうさま)は半分夢中(はんぶんむちゆう)になつて居(を)りますし、家來達(けらいたち)はまた、王樣(わうさま)が何(なに)を探(さが)してゐるのだか見當(けんたう)もつかなかつたのです。笏(しやく)ならさつきから王樣(わうさま)のすぐ傍(そば)にあつたのでした。
 王樣(わうさま)は恐(おそ)ろしい見幕(けんまく)で笏(しやく)を掴(つか)みました。さうして、それでもつて、御自分(ごじぶん)の背中(せなか)をどんどんと毆(なぐ)りつけました。
 ところが、そんな事(こと)をした爲(ため)に、背中(せなか)が前(まへ)よりも一層(いつそう)かゆくなつたらしいのです。
 王樣(わうさま)は目(め)を釣(つ)り上(あ)げて、笏(しやく)の棒(ぼう)を頸筋(くびすぢ)から背中(せなか)に突込(つつこ)みました。笏(しやく)の尖(さき)で背中(せなか)ぢゆうをがりがりと掻(か)き廻(まは)しました。ところが、今度(こんど)こそは大丈夫(だいぢやうぶ)だらうと思(おも)つたのに、笏(しやく)のさはつてゐるところは、ちつとも痒(かゆ)くなくて、その尖(さき)から、一寸(ちよつと)外(はづ)れたところが、益(ますます)痒(かゆ)くなるばかりなのです。
 王樣(わうさま)は、いきなり起(た)ち上(あ)がりました。笏(しやく)を背中(せなか)から抜(ぬ)き出(だ)して、恐(おそ)ろしい勢(いきほ)ひで投(な)げつけると同時(どうじ)に、二三度(にさんど)きりきり舞(ま)ひをしたかと思(おも)ふと、そのまま一人(ひとり)で御殿(ごてん)の外(そと)に馳(か)け出(だ)してしまひました。

     二
 王樣(わうさま)は背中(せなか)をくねらせながら、走(はし)つて行(ゆ)きました。
 道端(みちばた)に、きたない黑犬(くろいぬ)がゐて、後足(あとあし)で横腹(よこつぱら)を一生懸命(いつしやうけんめい)に掻(か)いて居(を)りました。自分(じぶん)の足(あし)で、自分(じぶん)のおなかを蹴飛(けと)ばすやうな勢(いきほ)ひで、掻(か)いて居(を)りました。
 王樣(わうさま)はそれを見(み)て、犬(いぬ)がうらやましくなりました。
 暫(しば)らく行(ゆ)くと、今度(こんど)は道端(みちばた)の樹(き)の枝(えだ)に鴉(からす)がとまつて、大(おほ)きな嘴(くちばし)で自分(じぶん)の胸(むね)を掻(か)いて居(を)りました。からだぢゆうの羽根(はね)をゆるめて、いかにもいい氣持(きもち)らしく、時時(ときどき)咽喉(のど)の奧(おく)でころころと鳴(な)きながら、一生懸命(いつしやうけんめい)に掻(か)いて居(を)りました。王樣(わうさま)はそれを横目(よこめ)に見(み)ながら走(はし)つて居(ゐ)るうちに、ふと、鴉(からす)の背中(せなか)が痒(かゆ)くなつたら、どうするだらうと思(おも)つたら、今度(こんど)はそれが少(すこ)し氣(き)がかりになりました。
 急(きふ)に御自分(ごじぶん)の背中(せなか)の痒(かゆ)いところが、さつきよりも堪(たま)らなくなつたやうでした。
 又(また)暫(しばら)く行(ゆ)くと、今度(こんど)は道端(みちばた)の小川(をがは)に、大(おほ)きな鮒(ふな)が一匹(いつぴき)浮(う)いて居(を)りました。水(みづ)の日向(ひなた)になつたところを、淺(あさ)くおよいでゐるのです。しきりに尻尾(しつぽ)を右左(みぎひだり)に曲(ま)げてゐる樣子(やうす)が、どこか痒(かゆ)いのではないかと、王樣(わうさま)には思(おも)はれました。
 『もし魚(さかな)の背中(せなか)が痒(かゆ)くなつたら、どうするのだらう」
 さう思(おも)つたら、王樣(わうさま)は、背中(せなか)だけでなく、からだぢゆう、どこもかしこも、痒(かゆ)くて堪(たま)らないやうな、へんな氣持(きもち)になつて、そこで又(また)二三度(にさんど)きりきり舞(ま)ひをした揚句(あげく)、今度(こんど)は飛(と)ぶやうな勢(いきほ)ひで馳(か)け出(だ)しました。

     三
 王樣(わうさま)は夢中(むちゆう)になつて、森(もり)の中(なか)に馳(か)け込(こ)みました。さうして樹(き)の瘤(こぶ)や、岩(いは)の角(かど)に背中(せなか)をすりつけて、はね廻(まは)りました。こすればこする程(ほど)、背中(せなか)は益(ますます)かゆくなるばかりでした。しかし止(や)めれば猶(なほ)の事(こと)方方(はうばう)が痒(かゆ)くなつて、一寸(ちよつと)もぢつとしてゐられませんでした。その内(うち)に、氣(き)がついてみると、王樣(わうさま)のまはりに色色(いろいろ)の獸(けもの)が列(なら)んで居(を)りました。猪(いのしし)や狸(たぬき)や兎(うさぎ)などが、一心(いつしん)に王樣(わうさま)のする事(こと)を見(み)てゐる樣子(やうす)でした。さうして、時時(ときどき)自分達(じぶんたち)も後足(あとあし)をあげて、めいめいの横腹(よこつぱら)を蹴(け)りました。
 それから又(また)氣(き)がついて見(み)ると、王樣(わうさま)の頭(あたま)の上(うへ)の樹(き)の枝(えだ)には、色色(いろいろ)の鳥(とり)が列(なら)んでとまつて居(を)りました。雉(きじ)や山鳩(やまばと)や懸巣(かけす)などが、ぢつと王樣(わうさま)のする事(こと)を見(み)てゐるらしいのです。さうして、時時(ときどき)自分達(じぶんたち)も頸(くび)を曲(ま)げて、めいめいの胸(むね)を嘴(くちばし)で掻(か)いて居(を)りました。
 向(むか)うの暗(くら)い池(いけ)の中(なか)からは、鯉(こひ)や鯰(なまづ)や鮒(ふな)などが時時(ときどき)首(くび)をのぞけて、王樣(わうさま)のする事(こと)を見(み)ました。さうして自分達(じぶんたち)も水(みづ)の中(なか)で尻尾(しつぽ)を曲(ま)げて、何(なん)となく痒(かゆ)さうな風(ふう)をしました。
 王樣(わうさま)は、獸(けもの)や鳥(とり)や魚(さかな)のする事(こと)を、ちらりちらり横目(よこめ)で見(み)るだけで、御自分(ごじぶん)は一寸(ちよつと)もからだを休(やす)ませませんでした。樹(き)の瘤(こぶ)が千切(ちぎ)れて、岩(いは)の角(かど)が凹(へこ)む程(ほど)の勢(いきほ)ひで、王樣(わうさま)は背中(せなか)をすりつけました。
 しまひに、池(いけ)の中(なか)から龜(かめ)が一匹(いつぴき)這(は)ひ出(だ)して來(き)て、王樣(わうさま)のする事(こと)を眺(なが)めました。さうして、自分(じぶん)も短(みじか)い足(あし)を動(うご)かし出(だ)しました。しかし龜(かめ)の足(あし)はからだのどこにも屆(とど)きませんでした。ただそこいらの砂(すな)を掻(か)いて、ぢたばたするばかりです。
 王樣(わうさま)はそれを見(み)ると、夢中(むちゆう)になつて、御自分(ごじぶん)のからだをもだえました。獸(けもの)や鳥(とり)や、水(みづ)の中(なか)の魚(さかな)までも、それにつれて、蹴(け)つたり、つつ突(つ)いたり、うねつたりして身(み)もだえしました。
 龜(かめ)がまたそれにつれて、短(みじか)い足(あし)で砂(すな)を掻(か)き散(ち)らしました。」



内田百間 王様の背中 復刻 07


内田百間 王様の背中 復刻 08


「桃太郎(ももたらう)」:

「むかし、むかし、そのまた昔(むかし)の大昔(おほむかし)、ある所(ところ)に、お爺(ぢい)さんとお婆(ばあ)さんとがありました。お爺(ぢい)さんは山(やま)へ柴刈(しばか)りに、お婆(ばあ)さんは川(かは)へ洗濯(せんたく)に行(ゆ)きました。
 するとお婆(ばあ)さんが洗濯(せんたく)してゐる川(かは)の上手(かみて)の方(はう)から、大(おほ)きな大(おほ)きな、おいしさうな桃(もも)が一(ひと)つ流(なが)れて來(き)ました。
 お婆(ばあ)さんはさつそくその桃(もも)を拾(ひろ)つて、おうちに持(も)つて歸(かへ)つて、山(やま)から歸(かへ)つたお爺(ぢい)さんと二人(ふたり)で一緒(いつしよ)にたべようとしますと、桃(もも)がひとりでにわれて、中(なか)から桃太郎(ももたらう)が生(うま)れました。お爺(ぢい)さんとお婆(ばあ)さんは、びつくりしたはずみに、桃太郎(ももたらう)が生(うま)れた後(あと)の桃(もも)の實(み)をたべる事(こと)など、すつかり忘(わす)れてしまひました。
 さうしてお爺(ぢい)さんとお婆(ばあ)さんが、あんまりうれしくて、二人(ふたり)で大(おほ)きな聲(こゑ)を出(だ)したものですから、裏(うら)の森(もり)の中(なか)でひるねをしてゐた猪(ゐのしし)が目(め)をさましました。
 猪(ゐのしし)は、大(おほ)きな欠伸(あくび)をしながら、起(た)ち上(あ)がりました。いつも靜(しづ)かなお婆(ばあ)さんとお爺(ぢい)さんのおうちが、大(たい)へん騷(さわ)がしいので、不思議(ふしぎ)に思(おも)つて、裏口(うらぐち)からそつと覗(のぞ)いて見(み)ますと、おうちの中(なか)には、可愛(かはい)らしい赤(あか)ん坊(ばう)が、元氣(げんき)な顏(かほ)をして、手足(てあし)をぴんぴんはねてをりました。お爺(ぢい)さんとお婆(ばあ)さんは二人(ふたり)で交(かは)りばんこに赤(あか)ん坊(ばう)をだつこしては、よろこんでばかりをります。その傍(そば)に、それはそれはおいしさうな桃(もも)の實(み)が、眞中(まんなか)から二(ふた)つに割(わ)れたまま、ころがつてゐるのを、二人(ふたり)ともすつかり忘(わす)れてゐる樣子(やうす)でありました。猪(ゐのしし)はその桃(もも)を見(み)て、長(なが)い鼻(はな)をひくひく動(うご)かしながら、お爺(ぢい)さんとお婆(ばあ)さんが赤(あか)ん坊(ばう)に氣(き)を取(と)られてゐる隙(すき)に、先(ま)づその半分(はんぶん)の方(はう)を大急(おほいそ)ぎで食(た)べてしまひました。後(あと)の半分(はんぶん)は口(くち)にくはへたまま、どんどん森(もり)の中(なか)に逃(に)げて歸(かへ)りました。
 お爺(ぢい)さんもお婆(ばあ)さんもそんな事(こと)にはまるで氣(き)がつきませんでした。後(あと)になつてからも、もうそれつきり、桃太郎(ももたらう)の生(うま)れた桃(もも)の實(み)の事(こと)など、思(おも)ひ出(だ)した事(こと)はありませんでした。 さて、森(もり)の中(なか)の猪(ゐのしし)は、くはへて歸(かへ)つた半分(はんぶん)の桃(もも)の實(み)を、森(もり)の樹(き)の根(ね)もとにおいて暫(しば)らく眺(なが)めてをりました。
 あんまり大(おほ)きな桃(もも)なので、さつきたべた半分(はんぶん)だけで、おなかが一(いつ)ぱいになつて、後(あと)の半分(はんぶん)は今(いま)すぐにたべたくありませんでした。そのうちに猪(ゐのしし)はまた眠(ねむ)くなつて、長(なが)い鼻(はな)の奧(おく)でぐうぐうと、きたない音(おと)をさせながら鼾(いびき)をかいて寝入(ねい)つてしまひました。暫(しば)らくして、猪(ゐのしし)が目(め)をさまして見(み)ますと、さつき枕(まくら)もとにおいて寝(ね)た桃(もも)の實(み)に、小(ちひ)さな蟻(あり)が一(いつ)ぱいたかつてをりました。
 猪(ゐのしし)は、その桃(もも)の實(み)の殘(のこ)りを、蟻(あり)ごと食(た)べてしまひました。めでたし、めでたし。」



内田百間 王様の背中 復刻 09


内田百間 王様の背中 復刻 10


「三本足(さんぼんあし)の獣(けだもの)」:

「王樣(わうさま)の御病氣(ごびやうき)が、いつ迄(まで)たつてもなほらないので、國(くに)ぢゆうの人(ひと)がみんな心配(しんぱい)しました。方方(はうばう)からいろいろのお藥(くすり)を差上(さしあ)げましたけれど、ちつとも利(き)き目(め)がありませんでした。
 そのうちに、一人(ひとり)の易者(えきしや)が來(き)て、王樣(わうさま)の御病氣(ごびやうき)を占(うらな)ひました。易者(えきしや)は顎(あご)の鬚(ひげ)を引(ひ)つ張(ぱ)りながら、『これは三本足(さんぼんあし)の獸(けだもの)の祟(たた)りで御座(ござ)います』と云(い)つて歸(かへ)りました。
 しかし、三本足(さんぼんあし)の獸(けだもの)なんかゐるわけはありません。家來達(けらいたち)がみんなで、幾日(いくか)も幾日(いくか)も評議(ひやうぎ)をしましたけれど、易者(えきしや)の云(い)つたことはわかりませんでした。その間(あひだ)にも、王樣(わうさま)の御病氣(ごびやうき)はわるくなる一方(いつぱう)でした。
 ある日(ひ)、一人(ひとり)の家來(けらい)が、お庭(には)の掃除(さうぢ)をしてゐましたら、隅(すみ)の方(はう)の笹(ささ)の葉(は)のしげつた陰(かげ)から、石(いし)を刻(きざ)んで造(つく)つた大(おほ)きな鼠(ねづみ)が出(で)て來(き)ました。その鼠(ねづみ)は猫(ねこ)ぐらゐの大(おほ)きさでした。さうして、からだ一面(いちめん)に苔(こけ)がついて、丸(まる)で毛(け)が生(は)えてゐるやうでした。その鼠(ねづみ)の足(あし)が一本(いつぽん)折(を)れてゐて、三本足(さんぼんあし)でした。
又(また)家來達(けらいたち)が評議(ひやうぎ)をして、易者(えきしや)の云(い)つたのはこれに違(ちが)ひないと云(い)ふ事(こと)になりました。
 しかし、さうだとしても、この鼠(ねづみ)の祟(たた)りを去(さ)るには、どうしたらいいか、それがわかりませんでした。生(い)き物(もの)でないから、殺(ころ)すことも出來(でき)ませんでした。
 それで鼠(ねづみ)の背中(せなか)を割(わ)つて、その割(わ)れ目(め)に鉛(なまり)の煮立(にた)つたのを流(なが)し込(こ)むことにしました。すると、その熱(あつ)い鉛(なまり)が石(いし)の鼠(ねづみ)の背中(せなか)に、一寸(ちよつと)かかるか、かからないかに、御殿(ごてん)の奧(おく)で寢(ね)てゐた王樣(わうさま)が『あつ』と云(い)ひました。
庭(には)で鼠(ねづみ)の背中(せなか)に鉛(なまり)を入(い)れた家來達(けらいたち)が、急(いそ)いで驅(か)けつけた時(とき)には、王樣(わうさま)は死(し)んでをりました。」



内田百間 王様の背中 復刻 11


内田百間 王様の背中 復刻 12


内田百間 王様の背中 復刻 13


内田百間 王様の背中 復刻


































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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