FC2ブログ

マルセル・ムルージ 『エンリコ』 安岡章太郎・品田一良 訳

マルセル・ムルージ 
『エンリコ』
安岡章太郎・品田一良 訳


中央公論社 
昭和50年4月10日 初版印刷
昭和50年4月20日 初版発行
174p 図版(モノクロ)3葉 
19.5×13.5cm 
角背紙装上製本
カバー ビニールカバー 
定価680円
装幀: 細江英公・竹内宏一



Marcel Mouloudji: Enrico

本書は、シャンソン「小さなひなげしのように」で有名な歌手・俳優のムルージが「十四歳の時に書き、十九歳のころ書き直した」(本書所収の品田一良「ムルージについて」より)小説第一作(発表は1943年)。
ムルージは1922年、パリで、アルジェリア人の父親とブルターニュ出身の母親の間に生まれました。母親は「ふたりの息子マルセルとアンドレが成人する前に、発狂し、入院する」(同上)。本書にも、エンリコの母親が羽をむしった蝿をスープに入れて家族に出す場面があります。「ムルージの十二歳までの日々は、本書「エンリコ」そのままで、ひどいどん底生活であった。パリは十九区ベルヴィルの貧民街で、この一家は一部屋に四人、そしてベッドひとつという生活であり、(中略)幼いながらムルージは、自分で腹を満たすことを考えねばならず、その辺の子供たちと同様、盗みを働いたそうだ」(同上)。酒場で歌って稼いでいたムルージ兄弟は、やがてジャン・ルイ・バロー、ジャック・プレヴェールらに見出され、演劇活動を始めます。十四歳の時、マルセル・カルネの映画『ジェニイの家』に出演、1950年代からはシャンソン歌手としても活動を始め、1953年、エディット・ピアフを売り出したレイモン・アッソーの作詞になる「小さなひなげしのように」が大ヒット。実存主義小説としてサルトルやボーヴォワールに賞賛された本作は、劣悪な環境に生きる少年の行き場のない日常を描くうつうつ小説です。
装幀にはユジェーヌ・アッジェによる写真が使用されています。


ムルージ エンリコ 01


帯文:

「“実存主義の古典”の完訳
日常化した貧困、狂気、憎悪。パリの貧民街に生きる少年エンリコの鈍色の青春を抒情と赤裸の微妙な調和の中に描いて、〈彼こそ実存主義の申し子〉とサルトルを驚嘆させたムルージの名作を、安岡章太郎の小説の原型ともいうべき名訳で贈る。」



帯背:

「幻の名作とうたわれる
M・ムルージの代表作」



ムルージ エンリコ 02


帯裏:

「“エンリコ”自身でもあるムルージについて
マルセル・ムルージは1922年パリに生まれた。アルフェリア人の父とフランス人の母親との混血であった。パリ・ベルヴィルの貧民街での生活は本書そのままの悲惨さであった。酒場で歌を歌いはじめた少年時代に知りあったジャン・ルイ・バローにより役者への道が開かれる。以来、役者、歌手、劇作家、小説家として活躍している。だが、その多才ゆえに、文学的には今日なお正当な評価を受けていないといえる。」

 
 
ムルージ エンリコ 04


目次:

エンリコ

エンリコについて (安岡章太郎)
ムルージについて (品田一良)
アッジェについて (細江英公)



ムルージ エンリコ 03



◆本書より◆

 
「父ちゃんは向うをむき、階段をのぼりはじめる。一段のぼるたびに、あちこちにぶつかった。足を踏みはずしたり、そして、うなり声で怒りをぶちまける。
 上まできて、父ちゃんは廊下でころんだ。ぶつぶついいながら起きあがり、部屋の前に行ってドアを開ける。中に入って、灯をつける。と、父ちゃんが歯ぎしりした。
 『母ちゃんがまたやらかしたな』と、ぼくは心でつぶやく。窓という窓のガラスが割られ、枠が半ばこわされて外にぶらさがっているのもある。壁のいたるところには糞が塗りたくられ、赤い床石の上に、便器の残りものがぶちまけられていた。ベッドは裸になっていて、藁ぶとんやシーツは、小便の海の中につけられている。また、父ちゃんの服が、鋏でずたずたに切り裂かれ、小さな布切となって部屋中に散らばっていた。そのほか、ストーブが青く塗られ、ふたを持ちあげると、家の猫が、くさった金魚のような赤い目をして、中に横たわっていた。」
 
「心を数々の冒険でみたして、ぼくは眠る。闇の中に目を閉じて、一艘の船を水平線の果てまで追って行く。その船が方向を変えると、一声、犬の吠え声を放った。それが、風に乗ってぼくの耳に聞えてくる。雪の花が、たまごの白身のように波頭を飾り、潮の満干のたびに、ざわめきのような音をたてて、波打際で砕け散る。ぼくは、はっとして目ざめる。
 『夢を見ていたんだ!』
と、思う。
 教会の鐘が、月光に浸された静寂の中で、十二時を打った。ぼくは、ふたたび眠りに沈んだ。」



ムルージ エンリコ 05


ムルージ エンリコ 06



ムルージ エンリコ 07


左はムルージの初期シャンソン集二枚組CD「Mouloudji 1951―1958」。ジャズバンドをバックにほろ苦い抒情を歌う「プロヴァンス・ブルース」や「小さなひなげしのように」のオリジナルヴァージョンをはじめ、自作はもちろん、プレヴェールやボリス・ヴィアン、レオ・フェレの作品を歌っています。きくとよいです。




















































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本