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ジャン=ルネ・ユグナン 『荒れた海辺』 荒木亨 訳

「この世の中に、私の世代の中に、この文明の裡に、私の場所がないことが今日明らかに、ほんとうに明らかになった。」
(ジャン=ルネ・ユグナン)


ジャン=ルネ・ユグナン 
『荒れた海辺』
荒木亨 訳


筑摩書房 
1965年12月20日 初版発行
1976年1月25日 再版初刷発行
234p 
四六判 並装 カバー 
定価1,300円



Jean-René Huguenin : La cote sauvage, Editions du Seuil, 1960
26歳で事故死したフランスの作家ジャン=ルネ・ユグナンが残した唯一の小説の邦訳です。


ユグナン 荒れた海辺


目次:

荒れた海辺

ジャン=ルネ・ユグナンについて (荒木亨、1965年7月)
追記 (荒木亨、1975年9月)




◆本書より◆


「ジャン=ルネ・ユグナンについて」(荒木享)より:

「ジャン=ルネ・ユグナンはたった一つ小説を書いただけで自動車事故で死んでしまいました。死後二年経って去年彼の日記が出版され、今年の六月に『もう一つの青春』と題する評論集が出ました。彼の文学活動はせいぜい六年、習作期を除くと四年に過ぎなかったわけです。」
「彼がフィリップ・ソレルスなどと創刊した雑誌「テル・ケル」から創刊後たちまち追い出されてしまったことは『日記』にも出て来ますが、『日記』の中のソレルス批判を頭に置きながら「テル・ケル」という雑誌を読むと、ユグナンが他の同人たちとどんなに異質な作家であったかがよく納得できます。」
「ユグナンはフィリップ・ソレルスの精密な方法論に相当辟易していたようです。」
「『荒れた海辺』について私が読み得た批評の中でもっとも優れたものは、ジュリアン・グラックがユグナンの事故死に際して「テル・ケル」に載せた短い文章であるように思われます。(中略)彼はこの小説に「九月の悲しみ」とでもいうべきものを感じたといっています。それは澄み切った水晶の静かな光であり、しかもよく見るとそこにかすかな、人目につかぬ一条の割れ目のはいっている光だというのです。(中略)グラックはフランス文学の中に一つの隠れた鋳型があって、それが一世紀に一つか二つずつこういう作品を生むのではないかといい、フロマンタンの『ドミニック』やランボーの作品も同じこの鋳型から生まれたのだといっていますが、『荒れた海辺』の美しさを感ずるのにそういうフランス文学の素養がちっとも必要でないからこそ、グラックも明言しているようにこの小さな作品が一挙に『ドミニック』や『地獄の季節』などと同じ完結した空間にならぶに至ったのだということを私は強調したいのです。」



「ジャン=ルネ・ユグナンについて」より、ユグナンの『日記』:

「嫌悪、自己軽侮、地獄」
「酔いが醒める。沈黙と孤独への激しい欲望。気に入られたがり、遊びたがり、世間並みでいたがった甲斐性なしが死んでいくのを私は憎悪をもってながめている。だがもう一人の人間、買収の利かない男、軽侮し、支配し、世間を拒絶する人はまだまだ遠い。
嘔吐、無感動。顔の上に冷たいバターの膜がぴったりと貼りついている。鋼鉄のようなこの美しい空は私のために照ってはくれない。何物も私を傷つけない。私は貧しく、愛するものもない。」
「この世の中に、私の世代の中に、この文明の裡に、私の場所がないことが今日明らかに、ほんとうに明らかになった。いくつかの小説を書き、それから私は花火のように輝き、どこかへ死を探しに出かけるだろう。死の考えが結局私をいちばん慰めてくれるものだ。」



「荒れた海辺」より:

「急に二人は、ホテルか大きな別荘のような家の下の、石畳の中庭に出た。街燈の下を黒い防水外套を着た男が往ったり来たりしていた。明りに透けてまだ細かい雨が降っているのがわかった。二階のカーテンのない窓越しに明るい部屋と赤いビロード皮の背もたせの上半分が見えた。建物の裏手に海の音が聞こえ、防水外套の男はいなくなってしまった。二人は中にはいって行った。戸は玄関の間とかホールに続いているのでなくて、明るく照らされ、淡黄色の壁に沿っている狭い階段に直接接していた。上にはもう一つドアがあって「ホテル」と書いてある。二人はそのドアも押した。」
「「誰もいないのね」とアンヌがささやく。
 「そうらしいね」
 「これ何」
 「トロイカだよ」
 彼女は彼のそばにいて、微笑みながら、眉を上げ、昔隠れん坊遊びをした時の、禁止されている散歩をした時の、一緒に悪いことをするといった興奮した激しい期待の表情をして彼を見つめていた。部屋の奥にはなかば開いたドアがあって、それは前の戸と同じように、狭い、しかしこんどは曲がった階段に続いていた。」
「それから二人がはいって行った部屋はきっと寝室で、海に面して半円を作っていた。海の音が弯曲したガラス窓の下で聞こえている。」
「小さなテーブルの上に白いテーブル掛けが掛かり、二人分の食器が用意してある。ナイフの柄が光っている。「誰もいないってのは少しおかしいな」とオリヴィエはつぶやく。別にほんとうの危険に脅かされているわけではなかったが、ただ影が、というよりは空虚が彼にはこわかった。小さい頃、夜眼を覚ました時など、自分の部屋が、家が、全世界が不意に消えてしまったのではないかとおののきながら、電気をつけに急いだものだった。ガラス窓を透かして所どころに波の縁が白くなり見えない岩にぶつかって消えるのが見えた。
 「まあ、すてき(女の声、知らない口調。誰だかわからなかった)。もうお待ちしてなかったんですよ。電話では五時にお着きということでしたからね。荷物はどこにあるんです。私が運んでおきますよ……」
 「けど……荷物なんかないんです」
 「荷物がないの……すてき。二十歳の旅行ってこんな風になさるんですね。荷物なしで腕は鳥の翼のように自由なのね……あなたたちにおいしい晩ご飯を作っておきましたよ。火もあるし、外套を脱いでお坐りなさい。すぐ戻って来ますからね」
 彼女の黒い着物はくるぶしまで届き、ふり向いていなくなる前に、それは赤く、すぐに続いて黄色になった。
 「どうするの」とアンヌがいう。
 「仕方がない、食べるさ……」
 「もしその人たちが来たら」
 「もう遅いよ。それに、何とかなるさ」
 部屋は暖かく、痺れるようだった。」
「「まずあなたがたを面白がらせるためにね。ちょっとしたはまぐりとたまきびの貝があるんですよ……。それからほうぼうが出て、羊のあばら肉が出て、それからたくさんの果物もあります。苦心しましたよ。わかるでしょ。あなたたち随分おそく電話なさいましたからね……お気に召したらうれしく思います。ここは神様の家なんですよ。だから誰もいないんです」
 彼女は笑って、腕を組み、やさしく二人を見つめた。
 「他にお客さんはないんですか」とオリヴィエは聞き、足を伸ばしてアンヌのくるぶしを両足で挟んだ。
 「だってねえ、浜辺がないんですから」
 彼女がいなくなると、すぐ続いて一匹の黒猫が半開きのままのドアから忍び込み、二、三歩歩いて止ると坐って、眼をぱちぱちしながら二人を見まもった。オリヴィエは猫の方に屈み込む。
 「王女のような着物を着てたほうが好きだなあ。お客がなくってどうやってあなたは暮しているんですか」
 「馬鹿ね、兄さん。この猫あの女の人じゃなくて、ひょっとしたらテーブルを予約したのがこの猫かも知れなくってよ。『今日は、ぼくは猫です。電話したのはぼくです』って。そうしたら私たち追い出されるわよ」
 猫の眼は細くなってあくびをした。
 「ジェロニモ! すぐに台所にお帰り」と女は腕を上げて叫ぶ。「おわかりでしょう、魚に気をつけなくっちゃね……」。彼女は皿をテーブルの上に置く。「バターをひたした紙で焼きました。匂いがおわかりですか」
 猫は彼女の着物の裾にまつわっていたが、不意に弓なりにぴょんと跳んで半開きのドアからいなくなってしまった。
 「あなたたちにすてきな小さい部屋を用意しておきました。ジェロニモの好きな部屋でね……ジェロニモはそれを夢の部屋っていうんですよ。眠るとかならず夢を見るっていうんです。まあ、私のぼんやりったら。あなたがたに何にもお飲物をさし上げないで……白葡萄酒か壜詰のいいシードルがありますよ」
 「シードルを下さい」
 「ごもっとも、壜詰のシードルはおいしいですからね」」

「九月はブルターニュの上に広がるであろう。日々はさらに短くなり、屋根に荷物を載せ、垂れ込める雲の下で雨覆いを掛け、自動車がホテルの前から出て行くだろう。時には後に一人、自動車のドアと荷物やオーバーの山の間に挟まれて、子供がガラス窓越しに最後の海を見ている。しきいの上で宿の人たちが手を振る。ポール・メネクで、モルガトで、ペロス・ギレクで、ル・トレ・イールで、浜辺は前より大きくなったように、海はもっと冷たくなったようにみえ、まだ花飾りの下がっている舞踏室は淋しくむき出しになっていて、ドアをそっと押した最後の避暑客たちも、椅子の間の踊り場と、さじきの上で無頓着に、過ぎたシーズンのきまり文句を奏でている楽師たちに一瞥を投げて、すぐ引き取るのであった。食堂でもう物音はまれになり、病院で聞くように間遠な響きになっている。コップやフォークがカチャンといい、遠くでひそひそとささやく声がし、食器を運ぶ車がごろごろという。日々は短くなり、もう海水浴も花もなく、手紙ももう来なくなるであろう。」



ユグナン 荒れた海辺 02


そしてこちらはポワン叢書版の原書(ペーパーバック)であります。

「二年間の軍役を終えて、母親と二人の姉妹が待つブルターニュの実家で休暇を過ごすために戻って来たオリヴィエ。妹のアンヌは、オリヴィエの親友のピエールと結婚するつもりだと告げる。ピエールと再会したオリヴィエは友情を犠牲にしてまで二人の結婚を邪魔しようとし、妹を落胆させ、ピエールの自尊心を傷つける。妹はなぜオリヴィエの側に留まるのか、兄と妹の間にはどのような関係があるのか……」
(ポワン叢書版の巻頭説明文より)

最後は、ちょっとごまかして訳しましたが、インセストを仄めかしています。

ところで、アマゾンマケプレで注文しておいた倉塚曄子『古代の女』が届いたのでよんでみましたが、冒頭に古事記のサホヒコとサホヒメのくだりへの言及がありました。

「沙本毘売(さほびめ)命の兄(いろせ)沙本毘古王、その妹(いろも)に問ひて曰はく、「夫(せ)と兄といづれか愛(は)しき。」と言へば、「兄ぞ愛しき。」と答へたまひき。」

「古代の女は、みな潜在的に呪的霊能をそなえていた。時代をさかのぼるほど、みながそれを顕在化させやすい社会的雰囲気があった。」
「古代の兄弟姉妹は、異性同士に匹敵するような愛情で結ばれていたのである。近親相姦など関係がない。」













































































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うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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