FC2ブログ

石原吉郎 『満月をしも』

「無ければ それでいいだろう
そこまでで
もう無いなら」

(石原吉郎 「無題」)


石原吉郎 
『満月をしも』


思潮社 
1978年2月25日 発行
109p 
菊判 
丸背布装上製本 貼函 
定価1,600円



詩集『足利』と同時期、1975年から1977年にかけての作品を収録した遺稿詩集。


石原吉郎 満月をしも


帯文:

「満月をしも
成就というであろう
満月の
その満月をしも。
…………
 
深い断念につらぬかれたテーマと固有の詩法を極度につきつめ、みずからを追いつめることによって確固たる詩宇宙の達成を示して急逝した著者の遺稿詩集」



帯背:

「遺稿詩集」


帯裏:

「死

死はそれほどにも出発である
死はすべての主題の始まりであ
生は私には逆向きにしか始まらない
死を<背後>にするとき
生ははじめて私にはじまる
死を背後にすることによって
私は永遠に生きる
私が生をさかのぼることによって
死ははじめて
生き生きと死になるのだ」



目次:

受け皿
哀愁 1
死角
前提



提灯
片馬
洗礼
疲労
幸福
くずれるように
疲労について
寝がえり
義務


旱天

絶えま
楡と頬
物の怪
爪先
死に霊(りょう)
出会う
かみなり
寂寥
歯ぎしり

逡巡
飛沫
理由

なぎさ
成就
無題
哀愁 2
置き去り
うしろめたさ
目安
つきあい
控え
呼吸
死病
単純な要塞
気配
盲導鈴




◆本書より◆


「受け皿」:

「おとすな
膝は悲しみの受け皿ではない
そして地は その受け皿の
受け皿ではさらにない
それをしも悲しみと呼ぶなら
おれがいまもちこたえているのは
錐ともいえる垂直なかなしみだと
おそれずにただこたえるがいい」



「疲労について」:

「この疲労を重いとみるのは
きみの自由だが
むしろ疲労は
私にあって軽いのだ
すでに死体をかるがるとおろした
絞索のように
私にかるいのだ
すべての朝は
私には重い時刻であり
夜は私にあって
むしろかるい
夜にあって私は
浮きあがる闇へ
かるがるとねむる
そのとき私は
すでに疲労そのものである
霧が髭を洗い ぬらす
私はすでに
死体として軽い
おもい復活の朝が来るまでは」



「物の怪」:

「仰向けた掌(て)へ
一個の碗を置き
瞑目して呼吸をととのえるさまを
物の怪に憑かれた余計者が
ひっそりとたたみを踏みしなに
ふりかえった」



「爪先」:

「くぐり戸を
あけたところで
思惑がつりあった
待ちうけている
であろう気配を
承知のうえで
踏み出してくる爪先を
あらかじめ踏んだ
踏んだ爪先へ
踵のような月が墜ちた」



「逡巡」:

「〈恥らい〉が含む〈恥〉を
想ってもみただろうか
逡巡の果てに来る〈逡巡〉を
一人の男が待つように」



「涙」:

「レストランの片隅で
ひっそりとひとりで
食事をしていると
ふいにわけもなく
涙があふれることがある
なぜあふれるのか
たぶん食べるそのことが
むなしいのだ
なぜ「私が」食べなければ
いけないのか
その理由が ふいに
私にわからなくなるのだ
分らないという
ただそのことのために
涙がふいにあふれるのだ」



「哀愁 2」:

「哀愁はあきらかな
ひとつの意志である
哀愁がひとつの病いであるとき それは
意志である
病いもまた ひとつの
意志となることを忘れるな」



「うしろめたさ」:

「しずかなものを
おさえかねた
白刃のような
ほとばしりへ
男は背を向けて
はっきりと目をとじた
目をとじて
わずかにこらえた
うしろめたさを
男はさらにこらえた」



「控え」:

「いわれなく座に
耐えることではない
非礼のひとすじがあれば
礼を絶って
膝を立てることだ
膝は そのためにある
そろえた指先も
そのためにある」

































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本