ウニカ・チュルン 『ジャスミンおとこ』

「それから兄と妹がいて、毎晩格子をへだてて抱きあって、ちょっとした贈物をそっと与えあう。」
(ウニカ・チュルン 「ジャスミンおとこ」 より)


ウニカ・チュルン
『ジャスミンおとこ
― 分裂病女性の体験の記録』
西丸四方 訳


みすず書房 
1975年4月10日印刷
1975年4月17日発行
282p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,500円

Unica Zürn: Der Mann in Jasmin



本書「訳者あとがき」より:

「彼女の生涯の最後の八年の間、ウニカ・チュルンは何回か再発して精神病院(ベルリン、パリ、ラ・ロシェル)に入院させられる。治って、彼女は病気が彼女に与えた印象を記録する。この手稿のフランス版が最初の公開で、その題は「ジャスミンのなかのひと(デア マン イム ヤスミン)」(ジャスミンおとこ(ロンム ジャスマン))という(仏語訳は一九七一年ガリマール版)。
 一九七〇年に幼年時代の彼女の思い出は、フランス語に訳され、その題は「暗い春(ソンブル プランタン)」(暗い春(ドゥンクレル フリューリング))といい、ベルフォンで発行される(ドイツ語版は一九六九年八月、ハンブルクのメルリン書店)。」
「この翻訳は仏訳によらず独原文によってほしいとの注文のため編集部から私に依頼され、同時に「暗い春」も入手していただいた。ドイツ語の原文はタイプ原稿のコピーである。」



チュルン ジャスミンおとこ

カバー: ハンス・ベルメールのスケッチ(一九四四)。


カバー裏文:

「ウニカ・チュルンは1916年ベルリン=グルーネワルトに生れた。勉学を終えて、フィルム編集者、美術顧問として映画会社ウーファで仕事をする。1949年にドイツとスイスの新聞に寄稿し始める。ベルリンで、1953年ハンス・ベルメールに出会い、共にパリに出る。ここで初めてのアナグラム詩を創作し、「自動画」を描く。1954年に、10点のデッサンと10篇のアナグラムの詩が刊行され、ベルメールがこれにあとがきを付している。2回目の個展にはマンディヤルグが目録の序文を書いており、ブルトン、アルプ、エルンスト、ミショー等との出会いとなる。彼女は、70年自殺を遂げたその生涯の最後の8年の間何回か再発して精神病院に入院させられ、回復後にその病中の印象を記録した。これが本書で彼女の死後、71年に刊行された。幼時の夢のあとに現れた幻影のジャスミンおとこを愛の象徴として彼女自身の病誌を綴ったもので、マンディヤルグは本書の序文の中で「文学が稀にしか到達し得ない気高さと驚きがある」と述べており、精神医学的にみても極めて興味深い貴重な記録である。」


マンディアルグ(本書では「マンディヤルグ」)の序文はフランス語版に収録されていますが、本書はドイツ語原文からの訳なので、マンディアルグの序文は収録されていません。「訳者あとがき」中に要旨の紹介があります。


目次:
 
ジャスミンおとこ
最後の(?)発病の覚え書
はじめての発病のころの二つの手紙
二人ゲーム
病院にて
暗い春

訳者あとがき




◆本書より◆


「ジャスミンおとこ」より:

「彼女が六歳になったとき、ある夜の夢は、マホガニ材の枠に入って室の壁に掛かった丈の高い鏡の向う側へ連れてゆく。この鏡は開いた戸になり、それを通り抜けると長いポプラの並木道に出る。この道をずっとまっすぐに行くと一つの小さな家があって、入口の戸は開いている。入ってゆくと前に階段があるのでそれを昇ってゆく。一人も人に会わない。机の前に立ち止まる。この机の上に小さな白い名刺が一枚ある。これを手に取って名前を読もうとしたところで眼が覚める。この夢の印象はひどく強かったので、置き上って鏡を押しのけてみる。そこには壁画あるだけで戸なんかない。
 何ともいえない一人ぼっちの淋しさが胸にいっぱいになって、この朝母の室へ入ってゆく。もしできるなら、母のベッドの中で自分が出て来たところへ戻りたい。そうすれば何も見えなくていい。
 するとこの女性の汚れた霊の入っているなま暖かい肉の山が子供に転がりかかってくるので胆(きも)をつぶしてしまい、永久に母から逃げ去る。この女から、この蜘蛛(くも)から。心に深い傷を受ける。
 このときはじめてあの幻影が現れる。ジャスミンおとこ。果てしない慰めだ。ほっと息をしてその前に坐って、じっと見つめる。このひとは脚が麻痺しているのだ。何てうまいことに。冬でもジャスミンが咲いている庭の安楽椅子から立ち去ることはないのだ。
 このひとは彼女の愛の象徴になる。前に見たどんな目よりも、このひとの青い目は美しい。
 彼女はこのひとと結婚する。一番すばらしいことは誰もそのことを知らないことだ。これが彼女の最初の、一番大きな秘密なのだ。」


「「じゃああなたはよくなってないの」と誰かが尋ねる。「ああそうよ」と彼女は悲しげにいう。「私はもうミシンで仕事してはいけないのよ。」「どうして?」
 「ひどいことなのよ。ミシンの中に二人か三人のこびとが住んでいて、私の指よりも小さいのよ。私が縫うとこびとはすごく大声を出したり泣いたりするの。針がその体をつきとおすからよ。夜になってもミシンの中の泣声で目がさめてしまうの。こびとの体に傷がついてとても痛いからよ。私はこれからどうなっていくのか分からないわ。私は縫いものをして食べていかなきゃならないのよ。」
 これは大問題だ。
 「あなたは声が聞こえるのよ」と赤毛の娘が平気な顔でいう、「実際にはないものが聞こえるのよ、それだけのことよ。」
 「ああ、それは私もよく知っているわ、声が聞こえるとはどういうことかね。私はとっくにおしえてもらったし、誰でも知っているわ。声は自分の頭の中で聞こえるだけのことっていうんだけど、私はミシンの中のこびとの声が聞こえるのよ。普通の声と全然別物なんだわ。」
 「それじゃ別のミシンを買えばいいじゃないの」とおやせの自殺女がおでぶの自殺女にいう。
 「でもお金が一文もないの」という答だ。
 「それじゃ今のミシンのねじをあけてこびとを出してしまえばいいでしょ。そんな小さな人間を見るなんてすてきじゃない?」
 「そんなことをしちゃだめよ」とおでぶさんは大声でいう、「考えてもごらん、こびとを外へ出したらどんな恐ろしい様子か、実際体じゅう突き刺されて血まみれなのよ、そんなものとても見られないわ。」
 「それじゃやっぱりまた窓から身投げするしかないわね」とおやせさんは無慈悲にいって、三人とも気ちがいのように笑いだす。
 「私が子供の時に」とこんどは彼女がおでぶさんとおやせさんに物語をする、「私がとても好きな絵本を持ってたの。それは《不思議のハンス》という本で、その中に地獄の大きな絵があって、悪魔やおばあさんの魔女がたくさんいて、一面火でまっかなの。この火のまん中にとても小さな赤ん坊の悪魔がいたけど、きっといつかやけどするんじゃないかととても見ていられなかったわ。それで鋏を持ってきてその赤ん坊をこの地獄絵から切り抜いて、くるみの殻をベッドにして寝かせて、布ぎれを掛けてやったの。とてもうれしかったわ。私が人を救ったのは一生のうちこれっきりなの。何日かすると毎晩私の部屋の大きな椅子のわらの中でがさがさ音がするのが聞こえるの。それできっとこの中に鼠が二匹いて、食べるものがなくて、かまってもらわないと餓死してしまうと、がさがさ音をたてて合図をしていると思ったの。だから毎日パンとチーズの屑を椅子の中に入れてやり、誰か腰をかけてねずみを圧し殺すといけないから、椅子を部屋の隅にもっていったの。」
 「きっとあなたは子供の時から気が違っていたのよ」と赤毛の娘がいう、「本当はどうしてここに入ったの?」
 「ああ、それは」彼女はしさいありげにいう、「私のおなかの中でえらい詩人が詩を朗読するのが聞こえたからなの。」



本書には、「白いひと」としてアンリ・ミショーが登場します。


「最後の(?)発病の覚え書」より:

「この白いひとは、(中略)彼女の子供のときの幻影のジャスミンおとことそっくりの人である。」


ジャスミンおとこ3



Unica Zürn (Wikipedia)
http://en.wikipedia.org/wiki/Unica_Zurn

















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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