小海永二 訳 『アンリ・ミショー全集』 (全四巻) 内容見本

小海永二 訳 
『アンリ・ミショー全集』 
内容見本


青土社 昭和61年



ミショー全集内容見本


四巻本アンリ・ミショー全集内容見本より:


「決定版 アンリ・ミショー全集 全4巻 
小海永二 個人完訳 限定八〇〇部・予約出版 青土社

異常な幻想の世界や 暗黒の夢魔を描いて
われわれの内部と われわれの現実を告発する
今世紀フランス最大の詩人アンリ・ミショーの全業績を網羅した
ミショー研究第一人者の個人完訳による決定版」


「刊行のことば

 アンリ・ミショーは二十世紀最大の幻想派の詩人である。東洋の神秘と西欧的個我との融合の場に創造の根を下ろして、前人未踏の詩的領域を次々と切り開いてきたこの詩人の八十五年にわたる詩業は、真に想像力の異形、その勝利と称揚されるにふさわしい。
 小社は、ミショー研究者の第一人者小海永二氏の協力を得て、この詩人の全集全三巻を八年前に刊行し、ミショーに関心を寄せる日本の選ばれた読者に好評をもって迎えられたが、この度さらに旧全集に未収録のテキスト九冊を加えて、新しく全四巻に編集し直した決定版全集の刊行を企画した。この新全集は訳者がミショーに直接会って、出版の了承を得ていたものであり、八四年の詩人急逝の結果、はからずも詩人の没後に発行される世界最初の全集となった。
 小社は訳者ともども、今は亡き詩人への追悼の意味をこめて、この決定版全集を世に送り出す。願わくは、幸いにしてこの企てを諒とされる質高き新たな読者を数多く得られんことを。
昭和六十一年十月 青土社」


「*アンリ・ミショー頌

●アンドレ・ジイド
ミショーの卓越した資質は、誠実に、しかも絶え間なく、彼をして、因襲化した習慣や、一つ覚えに覚えこんだ知識の外へと急がせる。彼は、ただ、彼を導いて行く詩的霊感に身を任せ、彼自身どこに向かうかを知らず、彼の全存在をそれに譲り渡す。この状況は、ニーチェの<われわれは夢の中においてしか、完全に誠実ではあり得ない>という言葉を、われわれに思い起こさせる。

●クロード・ロワ
ミショーは、単に驚くべき詩人であるばかりでなく、この時代の最良の証人である。プリュームは、『モダン・タイムズ』のチャーリー同様に、現代の日付をもった主人公なのだ。

●ル・クレジオ
ミショーは、ロートレアモンと同様に、趣味によってなった詩人ではなく、いわば止むなくしてなった詩人である。ミショーの作品の、苦悩にみちたあらゆる豊かさの源泉ともいえる孤独は、社会に対する一つの態度であり行動であるばかりでなく、一つの真理、一つの体系、人間に至るための手段なのである。

●レオン・グロス
われわれがミショーに拒むことのできない尊敬の念は、われわれが憎むべきこの時代に対して抱かざるを得ない関心と、同じ性質を持つものなのだ。ミショーの怪物たちは、ピカソの怪物たちと同様に、運命へのわれわれの受容の具体的なしるしなのである。

●アラン・ジュフロワ
ミショーにとって、完成は存在しない。完成可能も存在しない。存在は、いかなるものでも、出現し始めるや否や、忽ち使い尽くされ呑みこまれてしまう。生命の未だかつて達したことのないほどの尊厳さに憧れる生きた死者として……。

●ルネ・ベルトレ
ミショーは定位置を取らない詩人、位置づけられない詩人である。
羅針盤も地図も松葉杖も持たずに、手ぶらで、脱出したいという熱烈な欲求と、ただひとりでおのれの道を見出そうという稀なる決意とに燃えながら、冒険に出発したひとりの詩人――それがミショーなのだ。

●オクタビオ・パス
ミショーの作品は――詩篇も現実の旅も架空の旅も絵画も――、もう一つの無限を限りなく探し求めて、われわれの無限のうちのいくつかと――最も秘密の、最も恐るべき、また最も嘲弄的なそれらへと――向かってゆく。一つの長い曲りくねった探検に他ならない。

●レイモン・ベルール
ミショーの作品で心打つこと……それは、わが身の限界を明らかにするという唯一の計画に専念している彼が、あのように様々に異なる、あんなにも変化に富むイメージを、人間の現存に与えることができる、ということだ。

●アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ
ミショーの攻撃精神の背後に、われわれは、最も偉大な神秘家たちの他には多分その例を見ないような、一つの愛の流れを認める。この愛は、人間を通り抜けて、自然の全体へと広がっている。それは普遍的なものなのである。

●ミシェル・ビュトール
ミショーの作品は、SF文学の中で栄えているいくつかのテーマを、優美な濃縮された形式の下に、われわれに差し出す。それは、空想の民俗学であり、そこには魔法の力がある。


●体裁――菊判/特漉和紙つなぎクロス装/箱入平均850頁
●定価――各7800円
●第1回配本――詩Ⅱ 12月5日発売 以後毎月刊」


「推薦のことば

大岡信/この恐怖の世界をみよ
小海永二がミショーの詩の紹介者として果してきた役割の偉大さについては今さら言う必要もない。ミショーは小海永二によって日本語圏に招かれ、招かれた瞬間からして、すでにしてこの地の異様な、存在感にみちた住人であった。ミショーの強靭な想像力が描く世界は、夢魔的でありながら同時にわれわれの世界そのものである。この恐怖の世界を見よ、と彼はいう。この世界はきみの内側を新聞紙のように拡げたものだ、と。
 
澁澤龍彦/旅行家ミショー
ミショーは私に、世界の果てに棲むさまざまな怪物や畸型人間に関する報告を書いた、あの中世の旅行家の再来を思わせる。事実、彼は現実界と想像界を股にかけた旅行家で、二つの世界の精密な報告を私たちに送ってくれる、ちょっと毛色の変った詩人なのだ。

辻邦生/新しい冒険への誘い
アンリ・ミショーの試みは、ときに現代の人口楽園への逃亡と見え、ときに新しい人間感覚の可能性への挑戦と見える。いずれにせよ、認識による人間疎外の状況のなかで、〈もの〉との一体感を痛切な媒体として、一挙に、この不毛な精神体系を越えようとする方法は、われわれに残された数少ない〈永遠〉への通路と言える。ミショーのなかにあるのは、果しない<至福>と<自由>への渇望である。それは決して恣意的なものへ眠りこもうとする神秘主義ではない。方法的とも見える彼の錯乱への意志が、まずそのことを語っている。ミショーの全著作を通して、新しい冒険に乗り出せるのは、われわれにとって何よりの幸運な機会と言わなければならない。

阿部良雄/悪魔祓いすなわち行動
アンリ・ミショーの詩とは、われわれの存在を脅かす邪悪なもろもろの力に対して試みられる〈悪魔祓い〉の儀礼、すなわち行動だ。〈ほとんど絶望〉を原動力として試みられるこの営為が、どれほどわれわれを解放することか、量り知れない。大詩人の仕事を親しいものにしてくれる小海永二のたゆまぬ努力に、喝采を送ろうではないか。

菅野昭正/ミショーを発見しよう
「ミショーを発見しよう」。その昔、アンドレ・ジッドのこの呼びかけに誘われて、はじめてミショーに近づいたときのことを、私はよく覚えている。果てしない宇宙のなかにどこまでも進み、幻覚、幻想の淵に沈みながら、無限、驚異、神秘に醒めた視線を放ちつづける旅行者ミショーの魅力。小海氏がミショーと出会ったのも、たぶん私と同じ時期である。小海氏は、以来ずっとミショーと旅の経験を共にしてきたことになるが、譬えていえば、それは光年単位で測るような旅であったにちがいない。その長い長いたびの結実である『全集』に導かれて、私はミショーを再発見しよう。そして、若い読者に呼びかけることにしよう、「ミショーを発見しよう」……。

東野芳明/明澄な錯乱
ミショーには一度だけ会いに行ったことがある。もう三十年も前の話だ。たしか、故伊達得夫さんからたのまれて、訳詩集出版の用向きをかかえていったのだと思う。当時のアンフォルメル美術の一作家としても、ミショーのメスカリンによるデッサンや絵が論じられていて、そんな話もした憶えがあるが、剃刀のような鋭い目付きが脅迫的だった。
ミショーの詩はその後、あまり読まなくなったが、デッサンや絵は日本でも、かねこアート・ギャラリーなどでよく見られるようになった。その度に、発生状態の線や点や前イメージが、ある明澄な錯乱を感じさせ、言語という他者との共有物を通した詩との関係、あるいは乖離がどうなっているのか、気にしつづけてきた。今回の決定版全集出版を機に、そんなことをつきつめてみたいと思っている。

清水邦夫/内部を切り裂くことば
ミショーのことばは、それに触れたとたん激しく突きあげるものがって、つい声に出して読んでみたくなる。そして声に出して読んでいくにつれて、自分の内部がみごと切り裂かれ、同時にある種の浮力がわが身にそなわったことを自覚する。そうなれば間もなく、ほかの誰からも与えられなかったふしぎな自由な空間へ旅立つことができるのだ。これはもう新しい演劇である。だからぼくは新しい表現者を目ざす若者に、ミショーのことばをひたむきに声にすることをすすめている。
 
塚本邦雄/霊感と起爆剤の巣窟
昭和三十年の歳末、ある霙の夜、私は初めてアンリ・ミショーの詩に邂逅した。書肆ユリイカ刊『現代フランス詩人集』の第一巻、それも小海永二訳によって、眼を開き、同時に蒙を啓かれた。詩人論がまた、抜群に明晰であり、魅力に溢れていた。詩作品抜粋中では、『プリューム――遠き内部』の無惨な幻像を愛した。だが私を真に震撼させたのは、その翌年々末、「ユリイカ」十二月号に掲載された、同じく小海永二訳による「日本旅行記」であった。その痙攣的・威嚇的・挑発的な毒舌は、日本の忌まわしい症候群をぴたりと指し、その病巣にメスを刺しこんでいた。あまりの苛烈さに、怒髪天を衝いたのはほんの暫く、やがて私は嗜虐感に舌鼓を打つまでに、この文章に惚れこんだ。今でも、日本人悉皆必読の書と信じている。私は後日、毎日新聞に連載中の「けさひらく言葉」に二度引用した。昭和五七年一月二二日と六〇年七月五日のそれである。後者は、「黄色人種の魂は、泥を引きずって歩かない唯一の魂である」。右はほんの一例、ミショーの詩も論説も、負けず、劣らず、驚畏に価する霊感と起爆剤の巣窟である。

岡本太郎/無垢の詩人
一九三〇年代のパリで、私は抽象芸術運動に加わっていたが、交友にはシュールレアリストの連中も多かった。エルンスト、ツァラ、ジャコメッティ、マン・レイなど。
アンリ・ミショー、このもの静かな詩人ともそういう仲間たちと同様に、ごく自然に親しく付きあった。
彼の詩的表現は言葉一つ一つが深い神秘の淵から拾いあげられ、純粋に生じている。
やがて彼は絵も描きだした。その詩と相通ずる無垢、自由感があった。
戦後も偶然モンパルナッスで再会し、喜びあった。お互いに若い時代の思い出がふきあがる。」
 
 
「全巻内容
 
第一巻 詩Ⅰ
内部の夢魔に憑かれた詩人ミショーが、その苦悩と狂気の中で、詩的想像力を極限まで駆使して構築した夢と夢幻の領域。初期の傑作詩集『わが領土』以下、『夜動く』『プリュームという男』『遠き内部』『試練・悪魔祓い』『襞の中の人生』まで、詩人前半生の主要詩集を収録。他に、火事による火傷のために死んだ妻マリー・ルイーズへの鎮魂の思いを綴った異色の詩集『われら今も二人』、および訳者によるミショー論を合わせ収める。
 
第二巻 詩Ⅱ・エッセー
詩人円熟期の代表詩集『閂に向きあって』から没後刊行の『移動と除去』に至る七冊の著書を収め、詩人後半生の詩業の全貌を伝える。詩人は、自身の夢の体験とそれへの考察を記した詩的エッセー『夢の見方・眼覚め方』を始めとして、『様々の瞬間』『逃れゆくものに向きあって』『角の杭』『求められた道・失われた道・違反』『移動と除去』などの作品集で、詩篇・物語・対話・箴言・エッセー等、多様な形式を用いておのれの詩的世界を自在に展開し、そこにこの詩人独特の鋭い詩的思考のきらめきをのぞかせる。『様々の瞬間』以下の五冊は本全集によって日本で初めて紹介されるものである。

第三巻 紀行・芸術論
詩人ミショーは大旅行家としても知られる。脱出の欲望は、詩人を地の涯てへと向かわせ、また異次元の超現実大陸へと旅立たせた。二冊のユニークな紀行『エクアドル』『アジアにおける一野蛮人』と、それらに対応する架空旅行記三部作『グランド・ガラバーニュの旅』『魔法の国にて』『ここ・ポドマ』とを主軸に、発想と着眼に非凡な詩人の視線をうかがわせる芸術論集『パッサージュ』と、ルネ・マグリットの絵画をめぐって書かれた『謎の絵画から夢見ながら』(本邦初訳)との二著を加えて、本巻は構成される。なお『アジアにおける一野蛮人』は、詩人生前の意向に従い一九六七年刊の改訂版に拠った新訳で、集中の一章〈日本における野蛮人〉には、ミショー自身の日本人読者にあてた序文(遺稿の一つ)が付されている。

第四巻 メスカリンの記録
麻薬メスカリンを試飲して意識の極限状況を探求した四冊の詩的ドキュメント『みじめな奇蹟』『荒れ騒ぐ無限』『砕け散るものの中の平和』『深淵による認識』を時代順に収め、麻薬文学史上つとに有名なミショーの壮大なメスカリン実験の記録を一巻にまとめた。メスカリンの試飲はミショーの画業にも大きな影響を与えており、またこの時期以後のミショーの詩業に色濃い影を落している。特に本邦初訳の『深淵による認識』は、質量ともに本巻中の圧巻である。他に「年譜・書誌」を収める。」



ミショー全集内容見本 01

表。


ミショー全集内容見本 02

裏。






















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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