ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『創造者』 鼓直 訳 (世界幻想文学大系)

「わたしの身には僅かなことしか起こらず、わたしはただ多くのものを読んだ。言いかえれば、ショーペンハウアーの思想もしくはイングランドのことばの音楽以上に記憶に値いすることは、わたしの身にほとんど生じなかったのである。一人の人間が世界を描くという仕事をもくろむ。長い歳月をかけて、地方、王国、山岳、内海、船、島、魚、部屋、器具、星、馬、人などのイメージで空間を埋める。しかし、死の直前に気付く、その忍耐づよい線の迷路は、彼自身の顔をなぞっているのだと。」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『創造者』 「エピローグ」 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス 
『創造者』 
鼓直 訳

世界幻想文学大系 15

国書刊行会 
昭和50年4月25日 印刷
昭和50年5月2日 初版第1刷発行
251p 口絵(折込)
四六判 丸背紙装上製本 貼函 函カバー 
定価1,700円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌

Jorge Luis Borges : El hacedor, 1960



「『創造者』について」(鼓直)より:

「一九五四年から五九年にかけて散文や詩の小品を書き、ビクトリア・オカンポの主宰する「スール」誌に発表したりしていたボルヘスは、ある日、エメセ書店のカルロス・フリーアスの訪問を受け、全集に加えるべき新しい本を依頼された。そこまでの用意のないことを言ったが、執拗にねばられて書斉をかき回し、寄せ集めたものを整理して『創造者』の名の下に余に送る結果になった。「驚くべきことに、書いたというよりは蓄積したというべきこの本が、わたしには最も個性的に思われ、わたしの好みからいえば、おそらく最上の作品なのである。その理由は至極簡単、『創造者』のどのページにも埋草がないということである。短い詩文の一篇、一篇がそれ自体のために、内的必然にかられて書かれている」と、ボルヘスは(中略)「自伝風エッセー」で述べている。」


月報は紛失しました。


ボルヘス 創造者 01


函カバー文:

「現実も又言葉にすぎない。夢に駆られ
万人の記憶に刈られてボルヘスは、
謎めいた書物を紡ぎあげた。
生きること、夢みること、
語ることの根本的な一致によって……

目覚めとは、夢みていないと夢みる別の夢であり、私たちの肉体が怖れる死は、夢と人が呼んでいるあの夜毎の死だと感じ、
一日に或いは一年に、人間の日々とその年々の一個の象徴を見てとり、歳月の暴虐を楽曲に、さやめきに、象徴に換え、死のうちに夢を、
たそがれに細やかな黄金を見る、これこそが不滅の哀れな詩なのだ。詩は黎明や落日のように回帰する。――J・L・ボルヘス「詩法」より」



ボルヘス 創造者 02


函カバー背文:

「夢の迷路に溢る
匿名の煌く言葉!」



函カバー裏文:

「さまざまなことがその身に
起こっているのは、もう一人の男、
ボルヘスである。わたしたちの関係は
敵意にみちたものであると言えば、
それは誇張がすぎるというものだろう。
わたしは生きている。
いや、自分自身を生かしている。
ボルヘスをして彼の文学を編み出させ、
その文学によってわたしという存在を
正当化させるためにだ。彼がそこばくの
優れた作品を書いたと言うのは、
わたしにとっても何の苦もないことだが、
しかしそれらの作品はわたしの救いには
ならないであろう。おそらくその理由は、
優れたものはもはや誰のものでもない、
もう一人の男のものでさえなくて、
言語もしくは伝統に属するからである。
――J・L・ボルヘス「ボルヘスとわたし」より

ボルヘスは、一八九九年、
アルゼンチンのブエノスアイレスに
生まれた。西欧の前衛的芸術運動の
嵐の中で、ケンブリッジに学び、帰国後、
〈ウルトライズモ〉を標榜しながら
詩、小説、批評、翻訳と全ゆる種類の
文筆活動を続けている。というよりも
彼にあってはジャンルの区別そのものが
無意味であり、その全作品にみられる言語への
深い関心によって彼は、今日の
文学の動向に深く結びついている。
それ以上に彼は今日最大の文学者の一人であり、
言語と小説的ディスクールの
構造の極限において書かれたその作品は
現代幻想文学の極北である。
ボルヘスが一九六〇年、愛惜をこめて
紡ぎあげた本書は、彼自身が最も愛する
代表的詩文集である。」



ボルヘス 創造者 03


目次:

レオポルド・ルゴーネスに捧げる
創造者
Dreamtigers――夢の虎
ある会話についての会話

覆われた鏡
Argumentum ornithologicum――鳥類学的推論
捕えられた男
まねごと
デリア・エレーナ・サン・マルコ
死者たちの会話
隠謀
一つの問題
黄色い薔薇
証人
マルティン・フィエロ
変化
セルバンテスとドン・キホーテの寓話
天国篇、第三十一歌、一〇八行
王宮の寓話
Everything and nothing――全と無
ラグナレク
地獄篇、第一歌、三二行
ボルヘスとわたし

*

天恵の歌
砂時計
象棋

エルビラ・デ・アルベアル
スサナ・ソーカ


クロムウェル将軍麾下の一大尉の肖像に
ある老詩人に捧げる
別の虎
Blind Pew――盲のピュー
一八九〇年代のある亡霊について
フランシスコ・ボルヘス大佐(一八三五-七四)の死を偲んで
A・R・を悼みて
ボルジェス一族
ルイース・デ・カモンイスに捧げる
一九二〇年代
一九六〇年作の頌歌
アリオストとアラビア人たち
アングロ・サクソン語の文法研究を始めるに際して
ルカス伝、三十三章
アドロゲ
詩法
博物館
 学問の厳密さについて
 四行詩
 限界
 詩人その名声を告白する
 寛大なる敵
 Le regret d'Heraclite――ヘーラクレイトスの後悔
 J・F・K・を悼みて
エピローグ

『創造者』について (鼓直)



ボルヘス 創造者 04



◆本書より◆


「Everything and nothing――全と無」より:

「さらに語り伝えられているところによれば、その死の前であったか後であったか、彼は神の前に立っていることを知り、こう訴えた。「わたくしは、これまで空しく多くの人間を演じてきましたが、今や、ただ一人の人間、わたくし自身でありたいと思っております」すると、つむじ巻く風のなかから神の御声があったという。「わたしもまた、わたしではない。シェイクスピアよ、お前がその作品を夢みたように、わたしも世界を夢みた。わたしの夢に現われるさまざまな形象のなかに、確かにお前もいる。お前は、わたしと同様、多くの人間でありながら何者でもないのだ」」


「ボルヘスとわたし」:

「さまざまなことがその身に起こっているのは、もう一人の男、ボルヘスである。わたし自身はブエノスアイレスの市中を徘徊し、今では機械的にといった感さえあるが、足を止めて玄関のアーチや内扉をぼんやり眺めたりしている。ボルヘスについては、わたしは郵便でその消息を知り、教授名簿や人名辞典でその名前を見るだけだ。わたしが愛しているのは、砂時計、地図、十八世紀ごろの活版術、コーヒーの味、スティーヴンソンの文章などである。もう一人の男も趣味は同じだが、役者の場合によく見かけられるように、何となくそれをひけらかす気味がある。わたしたちの関係は敵意にみちたものであると言えば、それは誇張がすぎるというものだろう。わたしは生きている。いや、自分自身を生かしている。ボルヘスをして彼の文学を編み出させ、その文学によってわたしという存在を正当化させるためにだ。彼がそこばくの優れた作品を書いたと言うのは、わたしにとって何の苦もないことだが、しかしそれらの作品はわたしの救いにはならないであろう。おそらくその理由は、優れたものはもはや誰のものでもない、もう一人の男のものでさえなくて、言語もしくは伝統に属するからである。それに、わたしはいずれこの世から決定的に姿を消す運命にあり、わたしの生のある瞬間だけがもう一人の男のなかで生き永らえるにすぎないのだ。わたしは一切のものを徐々に彼に譲り渡しつつある。歪曲し誇張するという悪癖がその彼にあることを知りながらだが。スピノザの理解するところでは、あらゆる事物がその存在を持続することを願っているという。石は永久に石であることを、虎は虎であることを願っているのだ。仮にわたしが何者かであるとしての話だが、わたしはわたし自身ではなく、ボルヘスとして生き残るのだろう。しかし、わたしは彼の書物のなかよりもむしろ、他の多くの書物や懸命なギターの音のなかに、わたし自身の姿を認めるのだ。わたしが彼から逃れようと努め、場末の神話から時間や無限との演戯へと身を移してからすでに久しい。しかしながら、それらの演戯も今やボルヘスのものとなり、わたしはどうやら、別種の工夫をしなければならなくなったようだ。すなわち、わたしの生はフーガなのだ。わたしは一切を失う。そして、その一切が忘却のものに、つまりもう一人の男のものになるのだ。
 この文章を書いたのは、果して両者のうちのいずれであったのか。」



「エピローグ」:

「この雑録(それを編んだのは、わたしではなくて時間であり、異なった文学観によって書かれているため、今さら改訂する気になれなかった過去の作品も収められている)の本質的な単調さよりもむしろ、主題の地理的もしくは歴史的な多様性が見る眼に明らかであって欲しいと思う。これまで公にしたすべての書物のなかでも、とりとめない寄せ集めと見えるこの雑纂ほど個性的なものは他にないと思う。冥想の結果と加筆が到るところに見られるからである。わたしの身には僅かなことしか起こらず、わたしはただ多くのものを読んだ。言いかえれば、ショーペンハウアーの思想もしくはイングランドのことばの音楽以上に記憶に値いすることは、わたしの身にほとんど生じなかったのである。一人の人間が世界を描くという仕事をもくろむ。長い歳月をかけて、地方、王国、山岳、内海、船、島、魚、部屋、器具、星、馬、人などのイメージで空間を埋める。しかし、死の直前に気付く、その忍耐づよい線の迷路は、彼自身の顔をなぞっているのだと。」






























































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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