『井上究一郎文集Ⅰ フランス文学篇』

「何気ない言葉が、戦慄をそそるような暗示の魔力を秘めている!」
(井上究一郎 「ガリマールの家」 より)


『井上究一郎 文集Ⅰ 
フランス文学篇』


筑摩書房 
1999年10月20日 初版第1刷発行
600p 口絵(カラー)4p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函 
定価9,500円+税
編集協力: 吉田一義
マーブル: 三浦永年

栞 (8p):
ロンサールからヴェルレーヌまで(菅野昭正)/「ガリマールの家」のまわりで(清水徹)/先生から頂いた書物(入沢康夫)/死者と夕暮れ――井上究一郎教授追憶(蓮實重彦)/青い花(保苅瑞穂)/三冊づつ並べられた彼の著書が……(月村辰雄)



本書「編集後記」より:

「この第一巻「フランス文学篇」には、プルーストをのぞくフランスの作家や作品を採りあげた文章が集められている。」
「第一部の前半には、フランスの作家をめぐる解説やエッセーが、対象となった作家のほぼ年代順に並べられている。」
「第一部の後半には、単行本『アルチュール・ランボーの『美しき存在』』がそのまま収録されている。」
「第二部の前半に収録されているのは、フランスの作家を糸口としつつ、話題がおのずと美術や、旅、味覚などに広がるエッセーである。(中略)第二部の後半には、こうした文章の白眉ともいうべき『ガリマールの家』が収録されている。」



本文中図版(モノクロ)21p。

本書によって井上究一郎が澁澤龍彦の「ファン」であったことを知りました。そして、著者は『ガリマールの家』の掉尾に、パリでジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクを聴いた印象を書き止めていますが、澁澤龍彦年譜には来日したモンクのコンサートに行ったとの記述があり、看過できません。


井上究一郎文集 フランス文学篇 01


帯文:

「『失われた時を求めて』の個人全訳を成し遂げた仏文学者の文業を集成する。第Ⅰ巻はフランス文学篇。ロンサール、ルソー、ボードレール、ランボー、グルニエ…をめぐって紡がれる珠玉の文章は象徴主義のかすかな残光に映え、清冽な煌きを放つ。どの一篇も静謐な中に劇しいドラマの予兆を秘め、読む者を魅了してやまない。」


帯背:

「プルースト
『失われた時を求めて』の
個人全訳を成し遂げた
フランス文学者の
清雅な文業を集成」



目次:

口絵
 プッサン 「ポリュペモスのいる風景」
 「サチュロス」 ポンペイ 秘儀荘の壁画
 レンブラント 「サウル王のために竪琴を弾くダヴィデ」
 「ラオコーン群像」
 エル・グレコ 「ラオコーン」


ロンサール小伝
『セヴィニェ夫人手紙抄』後記
ルソー『告白録』
詩人ヴィクトル・ユゴーの世界
ロマン派とユゴーの詩
『レ・ミゼラブル』
『赤と黒』のもつ意味
亡い友に代ってバルザックを語る
『悪の華』の周辺に
ポール・ヴェルレーヌの『女の友達』
マラルメをめぐって
レオン=ポール少年とマラルメ先生
『海辺の墓地』をめぐって
ヴァレリーの『部屋の中』をめぐって
「刺殺された鳩」の幻想
ある古い手記
フランシス・ジャム
フランシス・ジャム/三好達治訳『夜の歌』を手に
マドモワゼル・ベルグソン
『孤島』
ジャン・グルニエ
アルベール・カミュの思い出
ロヴァンジュール図書館
フランスのすばる文庫
古書のすみ
   *
アルチュール・ランボーの『美しき存在』
 

悪魔祓いの狂宴、ゴヤの版画
ニコラ・プッサンの謎
ラヴェッロとパレルモ回顧
味覚の散文詩
捕虫網の円光
透かし格子のつるばら
   *
ガリマールの家――ある物語風のクロニクル
 

辰野隆
鈴木信太郎
堀口大學
三好達治
中島健蔵
淀野隆三
北川冬彦
森有正
澁澤龍彦の南ヨーロッパ紀行
阿部昭の海
阿部昭からの便り
私のふるさと
水無瀬川
帝立丸の航海
 
初出一覧
編集後記 (吉川一義)

 
 
井上究一郎文集 フランス文学篇 02



◆本書より◆


「ルソー『告白録』」より:

「ジャン・スタロバンスキー『ジャン・ジャーク・ルソーの政治思想』によれば、ルソーは、「自然にかえれ」とはどんな著作にもいっていないという。自然にはかえれない。幼時にかえれないのとおなじように。せめて植物に愛着を感じるのである。植物によって自然とのコミュニケーションが記憶によみがえってくるのである。転落したものは――失楽は――もう絶対にかえらない。人間が生まれ、よろこび、悩み、夢み、夢やぶれ、年老いてたどりつくのは、自己愛(という徳性)よりほかにはないのである。ではルソーが追究した真実は、真実の正しさは、どうなったのか? そんなものはなかったのか? 真実はたしかに存在する。真実はそれを感じ、それをうったえることができる。だがそれを他人のなかに、他人によって存在させようとつとめることはむなしかったのだ。それは自己の内部に郷愁のように宿っていて、無償のコミュニケーションの場を待っているような、そのようなものだった。そういう郷愁が、いつか定着され、ある普遍的な形式に再構成されるとき、はじめて他人は、その共通の郷愁におのずからふれてくるのである。そのとき真実は理解されるだろう。そういう真実だけが存在するのだ。」


「『レ・ミゼラブル』」より:

「バルザックが『ゴリオ爺さん』でヴォートランを出現させたように、スタンダールが『ラミエル』でヴァルベールを構想したように、ユゴーはジャン・ヴァルジャンを創造した。Vを頭文字とするこの三人は、いずれも現実の受刑者をモデルにした小説の人物で、いずれおとらぬ怪物である。重要なのは、こうした社会の底辺の闇黒に生きるレ・ミゼラブルが、はじめてこの時代に、この十九世紀の三大作家の小説に、そろって登場しそこに主役を演じているということではなくて、三人の大作家が三様に彼ら怪物の意識の闇の深い秘密をさぐりあてようとしたことである。モーロワは、芸術にあって存続するのは見事な怪物である、といった。作家のヴィジョンが高貴であり真実であるとき、過度なもの、怪異なものは、一つの典型として残るのだ。」


「フランシス・ジャム/三好達治訳『夜の歌』を手に」より:

「ちかごろは何につけても素朴なものにじかに打たれて、たとえば映画の、『装える夜』『みどりの園』といったものでも、筋を追わないで、ボルドーの海岸の松蝉や、日照りの白い往還、水草の揺れや茨のなかのすぐりの実、そうしたものに心をひかれて、それがなまなましいドラマででもあるかのように、それにじっと見とれている。」

「うつけたように素朴を求めたプルーストは、ジャムを詩人のうちで一番好きだったかもしれない。」



「『孤島』」より:

「『孤島』はオムニバス作品である。映画にそういう名称があるのを思い出して、そう呼びたい。全体が「島」というテーマで統一されていて、各作品は話者の「秘密の生活」のエピソードでつながれている。この書物は極度に孤独な精神、卑俗なまでに謙譲な魂の回帰談である。(中略)『孤島』は一見何気なくとりあつめられた随想集のようにみえながら、じつは現代の工夫しつくされた実験文学をするりとぬけて飄々と独自の形式をもてあそんでいるある高度な文学作品と解される。そういうふしぎなエクリチュールがこの作品の永久に新鮮な魅力ではあるまいか。
 ところで「島」とは一体なんであるか?
 それはヴァレリーのいう「精神の一種の島」であり、そうした島を形成した人間の内部に深く秘められた一つの庭であり、屋根うら部屋であり、独房であり、ベッドである。

  私は、そのようにして私のベッドにねながら、または部屋のなかを歩きまわりながら――非常に高いところにあるその位置が、部屋を家のなかで孤立させている屋根うら部屋、船の独房のようなつくりの部屋だった――自分がさびしい孤島にいるように思った。 (「猫のムールー」)

 「島」はひとりの「孤独の」人間である。(中略)ひとりで死んで行かなくてはならない存在である。

  いろんな島のことを考えるときに、人が感じるあの息づまるような印象は、一体どこからくるのか? それでいて、島のなかより以上に大洋の空気に、あらゆる水平線に、自由にひらけた海を、人はどこにもつのか? それ以上にどこで人は肉体の高揚に生きることができるのか? だが、人は島 ile のなかで、「孤立」 isole する(それが島の語源イソラ isola ではないか?)。一つの島は、いわばひとりの「孤独の」人間。島々は、いわば「孤独の」人々である。 (「イースター島」)

 そういう孤独の存在にとってどこに自由があるのか? 「存在の不幸」。人間は無よりほかに脱出口をもたないのか?

  研究の行きつく先が「存在」であるか、「無」であるかは重要な問題ではない。はじめに、研究はない。なぜなら、対象はつぎつぎに新しく見出されるから。そして、一つの事実が多くの事実をあつめた一つの報告に置きかえられるように、現実は真実に置きかえられるから。〔…〕しかしとにかく、幸福感は存在のしるしなのだから、幸福感がわきおこるとき、たしかにそうだ、存在は実在する。千分の一秒のあいだ「放心する」だけで十分なのだ。鎖は断ちきられる。 (「想像のインド」)

 グルニエの『孤島』は、このような千分の一秒の幸福が長い人生にとってどんな意義をもつかをおしえてくれる書物なのである。」



井上究一郎文集



こちらもご参照下さい:

『井上究一郎文集Ⅱ プルースト篇』
井上究一郎 『ガリマールの家』






















































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本