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『シャルル・ノディエ選集 第一巻 パン屑の妖精』 (篠田知和基 訳)

「幻覚者(ルナティック)と申しますのは、月狂いと呼ばれている人たちのことではないかと存じます。と申しますのも、まるで月からでもやって来たかというように、私どもの世界のことには、これっぱかしも興味を示しませんし、その逆に、連中の話すことときたら、これは、どこでも起こりえないようなことばかりで、おそらく月世界のことなんでしょうが。」
(シャルル・ノディエ 『パン屑の妖精』 より)


『シャルル・ノディエ選集 
第一巻 パン屑の妖精』
篠田知和基 訳


牧神社 1975年10月30日初版第1刷発行
336p 口絵(モノクロ)2p 
A5判 丸背布装上製本 機械函 
定価2,600円
装幀: 田辺輝男



本書「凡例」より:

「本書は Charles Nodier : La Fée aux Miettes, 1832 の全訳である。」


ノディエ選集1


目次:

口絵
 ノディエ像
 《パン屑の妖精》のための挿絵 (トニー・ジョアノ)

凡例

パン屑の妖精
 まえがきを読む読者へ
 1 まえがきみたいなもの
 2 第一章の続き 
   この物語で、一番、理屈にかなった人物に
   気違い病院で出会うこと。
 3 学者たちのあいだに狂人がいることの代り
   に、いかにして、狂人たちのあいだに、そん
   な様子も見せずに学者がいるのかということ。
 4 ミッシェルとはそもそも何者であるか、そし
   て、彼の叔父がいかにして彼を、文芸と、機
   械いじりの実践の学習において鍛えたか。
 5 ここで、パン屑の妖精がいよいよ登場。
 6 パン屑の妖精の写実的描写、ならびに、鳥貝
   採りのすばらしい場景、『ブルジョワ料理大
   全』の補遺となるべき、鳥貝のつけあわせに
   適する諸材料について。
 7 いかにしてミッシェルの叔父は航海に出かけ
   たか、そして、いかにしてミッシェルは大工
   になったか。
 8 ボタンといえども、そこから、ひと財産引き
   出さずに捨てるものではないということ。
 9 いかにしてミッシェルは妖精を釣りあげたか、
   そしていかにして婚約をしたか。
 10 ミッシェルの叔父はその後どうなったか、そ
   れに遠いところへ旅をすることの効用につい
   て。
 11 信じられないような嵐の話と、海のまっただ
   中で、ミッシェルとパン屑の妖精が出会うこ
   と、そして、あとに起こったこと。
 12 ここで初めて、犬の結婚式の模様が紹介され
   る。
 13 いかにしてミッシェルは浮気娘に惚れられ、
   いかにして、ミニチュアの肖像に夢中になっ
   たか。
 14 ミッシェルが、いかにして、一目でヘブライ
   語を翻訳し、ドニエ貨が沢山あるときは、そ
   れをもっていかにしてルイ金貨を作るか、お
   よび、新発明の船の描写と、グレートデン犬
   の文化についての奇妙な研究。
 15 この章で、ミッシェルは、科学アカデミーで
   は知られていない動物たちと、激しい戦闘を
   展開する。
 16 取り調べとはどんなものか、その他いろいろ
   と面白いことがら。
 17 重罪裁判所の法廷の素朴な調書
 18 いかにして大工のミッシェルは無罪になった
   か、そしていかにして、首吊りの刑を宣告さ
   れたか。
 19 いかにしてミッシェルは絞首台に導かれ、い
   かにして結婚をするか。
 20 パン屑の妖精の家とはどんなものか、そし
   て、フェヌロン氏のアリストヌウスの庭園の
   好みを取り入れた、彼女の庭の詩的地形図。
 21 百ギニー、ないし、それ以上の年金をもって
   楽しく時をすごす方法について、いままで書
   かれたものの中で、もっとも理にかなったこ
   とがら。
 22 年とった花嫁と結婚したときに、その初夜
   を、若くて美しい女と過ごすための、唯一の
   誠実な方法と、その他の教訓的で、ためにな
   る種々の教え。
 23 いかにしてミッシェルは、生きている人形た
   ちの舞踏会に案内され、その踊りを見て楽し
   んだか。
 24 ミッシェルが金持になったときに埋め合わせ
   にしたこと。
 25 いかにして、パン屑の妖精が、ミッシェルを
   歌うたうマンドラゴーラの探索に出し、いか
   にして、ミッシェルが、彼女と結ばれるに至
   るか。
 26 ミッシェルの物語中、最後の、そして一番短
   く、その結果、この本の中で一番すぐれた章。
 しめくくり。何の説明にもならないから、読
 まなくともいい章。

ノディエの幻想と二重のナレーション (篠田知和基)



ノディエ選集2



◆本書より◆


「私は、そこで結論を下したのだと言いましたが、どんな結論かと言えば、信仰のない時代の、すぐれた、本当の幻想物語は、狂人の口で語らせるのでなければ、適当な設定ができないということなのです。といっても、その狂人は、あらゆるすぐれたことに向いている、気の利いた狂人で、ただ、何かの、奇妙な幻想に夢中になっていて、その幻想の組み合わせが、想像と理性の能力を完全に支配してしまっているような狂人の中から選ばなくてはならないのです。私は、その狂人と読者との橋渡しをする、もう一人の、それほど幸せではない狂人がほしいと思いました。感受性に富んでいて悲しい人間、機智も才能も欠けてはいないのですが、浮世の愚かな虚栄の苦い経験によって、徐々に、現実生活のあらゆる具体的な面に嫌気がさしてきた人間、空想的な人生の幻の中に、失った幻の慰めを好んで求める人間、賢者と狂人のあいだのあいまいな種属、狂人よりは理性において勝り、賢者よりは感性において勝るもの。無気力で無駄な存在。しかし、詩的で、もはや、社会生活とは関わりのない彼の思考を適用させるものについては、あらゆるものに対して、力強く、情熱を燃やすもの。諸君のように、あるいは私のように、発明と、気紛れと、幻想と、愛とによって、知性のもっとも純粋な領域に住む、屑、ないし、選ばれた生物。この未知の野から、大地には一度も香りを放ったことのない奇妙な花を摘んでくる幸せな男。私には、この、ふたつのレベルのナレーションを通して、幻想物語は、必要な真実らしさを、ほとんどすべて手に入れうるように思えたのです……幻想物語にとって必要な真実らしさを。」

「「幻覚者(ルナティック)と申しますのは、月狂いと呼ばれている人たちのことではないかと存じます。と申しますのも、まるで月からでもやって来たかというように、私どもの世界のことには、これっぱかしも興味を示しませんし、その逆に、連中の話すことときたら、これは、どこでも起こりえないようなことばかりで、おそらく月世界のことなんでしょうが。」」

「「君の言う幻覚者たちは、わしの考えによれば、われわれの地球と、地球の衛星とをへだてている階梯の一番上の段階にいるもののようだよ。そこで彼らは、われわれの知らない世界の知力をもって話をするものだから、われわれにはさっぱり理解できないことも、しごくあたりまえなのさ。しかも、彼らの言うことがわからないからと言って、彼らの考えには意味がまるでないとか、明瞭でないなんて結論するのは愚かなことだ。というのも、彼らの考えは、われわれの教育や習慣には、まったく、到達できないような感覚と論理の秩序に属しているからなんだ。」」

「私は聖ミカエル祭の日に、気違い病院を訪れました。」
「私が近寄ってゆくと、彼らが、ひとつの悲しい誇りをもって道をあけることに気がつきました。」
「私は、これら、私たちよりはるかに賢明な隠者たちの道から、敬意をもって遠ざかったのです。彼らにとって、一人の社会的な人間とは、まさに、不安と恐怖の対象でしかないのです。」

「ぼくは眠ろうとしました。それまでが眠っていたのでないならばです。と言いますのは、実のところを言って、ぼくの目覚めているときの印象と、眠っているときのそれは、幾度か、混ざりあっていたからです。ぼくは、そのふたつをはっきりと分けようとは、それほど思いませんでした。というのは、どちらがもっともで、すぐれているのか、ぼくには、はっきりと言うことができなかったからなのです。ただぼくは、最後には、それは、ほとんど同じものになるだろうと思うのです。」

「幸福になるには、ふたつのものしかいらないのよ。信じることと愛することよ。」



ノディエ選集3



◆感想◆

カゾットの「悪魔の恋」は、悪魔が人間の女の人に化けて主人公を誘惑するもののキリスト教信仰によって退けられるという話でしたが、本書は年寄りのおばあさんの妖精と主人公の若者が結婚する話です。異類婚姻譚ですが、本書では異類(妖精)との結婚が堕落として捉えられていない点が特徴的です。異類がカゾットの悪魔のような、うら若い美人ではなく、博識なおばあさんであること、及び主人公が子どもの頃から妖精のおばあさんと懇意だったこと、それらの設定によっても、むしろおばあさんの妖精は主人公にとって精神的導師としての役割を果たしていることがわかります。とはいうものの、おばあさんの妖精は主人公の夢の中では若い美人の姿であらわれるので、ホフマン「黄金の壺」のリントホルストとゼルペンティーナを一体化したような印象です。そしてその「パン屑の妖精」は「おとぎ話(conte de fées)」の擬人化であって、ノディエが子どものころに耳にしたおとぎ話を一生忘れず、そしてまた本書の主人公がパン屑の妖精の命を救うために「歌うマンドラゴラ」を探しに行って人々から気違い扱いされたように、おとぎ話の危機の時代にあって、ノディエもまたおとぎ話に殉じたということではないでしょうか。






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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