塚本邦雄 第7歌集 『星餐図』

「鬱病のはてのくちなし月暈(つきかさ)の色われは恢復を冀(ねが)はず」
(塚本邦雄 『星餐圖』 より)


塚本邦雄 
第七歌集 
『星餐圖』


人文書院 
昭和48年12月25日 発行
292p 跋・著作目録4p 
22.4×14.4cm(菊判変型)
丸背布装上製本 カバー 
貼函 函プラカバー
定価2,800円
編輯・装釘: 政田岑生



正字・正かな。一頁一首組。各歌の歌番号が橙色ローマ数字印刷で添えられています。
「星餐図」とはたいへん美しいタイトルでありますが、裏を返せば「凄惨図」であります。


塚本邦雄 星餐図 01


帯文:

「みづからの言語空間の新領域に旅立ち、目覺しい轉身を圖る塚本邦雄が、全歌集以後の最新作を善美を盡した意匠にこめて世に問う第七歌集。訣別した知音のため、星宿天蠍座と人馬座に獻じた鬱然たる悲調250首」


塚本邦雄 星餐図 03


帯裏:

「繭ありて地は明るみみづからにゆゆしき死にをこひねがふかも
天にソドム地に汗にほふテキサスの靴もて燐寸擦る男らよ
百合はみのることあらざるを火のごときたそがれにして汝が心見ゆ
(本歌集より)」



塚本邦雄 星餐図 02


本体表紙(カバーを外した状態)。


塚本邦雄 星餐図 04


見返し。
函、本体カバー、見返し、扉の図版はギュスターヴ・ドレによるダンテ『神曲』挿絵より。章扉はフリーメーソンの集会(「The Ceremonies of Religion and Custom」より)およびホガースの銅版画「南海泡沫事件」から車刑の図。


塚本邦雄 星餐図 05


目次:

Ⅰ 星想觀
 漾へ
  音樂は歇みたり
  天睡りたれ
 わが汨羅
  傷寒論
  風騷
 星學
  桔梗に寄す
  他界ににほふ
 苦艾變相曲
  ダヴィデ同牀
  月光滄溟曲

Ⅱ 茘枝篇
 墮天使領
  蒼彌撒
  殺靑
 反世界への反歌
  わが夏への扉
  陽轉
 古典
  亂調
  窈窕篇
 橙源境
  弑歌
  誘惑

跋――星餐の辭
塚本邦雄著作目録



塚本邦雄 星餐図 06



◆本書より◆


「Ⅰ 星想觀」より:
 
翅炎ゆる蜻蛉(あきつ)水の上(へ)さしぐみてみづからに晩熟をゆるす

韻律の夏にただよひ眼藥の一しづくあやまちて額(ぬか)に享く

夏至の夜の孔雀瞑(つむ)れる孔雀園くれなゐの音樂は歇(や)みたり

純白の葉書一ひら黄楊(つげ)に花咲くとつたへて斷ちたりこころ

花ちりてたちまち冥き百合樹(ゆりのき)の伐られつつあはれみを甘受す

みひらきて死ぬ薮雉子(やぶきぎす)他界には陽より眩しきもの耀りわたる

夏引の繭たえだえに薄明の他界をのぞみおく寢棺あり

鬱病のはてのくちなし月暈(つきかさ)の色われは恢復を冀(ねが)はず

愛戀を絶つは水斷つより淡きくるしみかその夜より快晴

項(うなじ)搏つ寒雷のそのしろがねに死におくれつつ生きおくれたり

自轉車になびく長髪熾天使(してんし)らここ過ぎて煉獄の秋を指す

にくしみの境おぼろに四季周るこの星の名を苦艾(にがよもぎ)てふ

掌(てのひら)の釘の孔もてみづからをイエスは支ふ 風の雁來紅(かまつか)



「Ⅱ 茘枝篇」より:
 
男色はさはれ薄暮(はくぼ)と黄昏(くわうこん)のけじめもの憂く枇杷熟るるなり

渇きこそ榮華の一つ齒に觸れて男の果實みづみづしけれ

耳にさやりて香る風花またの日も恥おほくこの修羅に遊ばむ

こころざし否慾望に仕ふべし蓬髪(ほうはつ)ぞにがきよもぎの香曳き

星菫(せいきん)月李(げつり)つめたししかもたましひの死地へ初陣をいそぐ 男は

死なばまたかへらむ修羅に韻文は芍藥の香のごとくひびけよ

罌粟に疾風(しっぷう)しかも死ぬまで獨身(ひとりみ)のシャーロック・ホームズを朋とし



「跋 星餐の辭」より:

「第六歌集「感幻樂」刊行後約二年閒の作品から二百五十首を選び、恣意に排列構成して一卷とし「星餐圖(せいさんづ)」と題した。本書に採用した一頁一首一行組は私の歌集としては始めての試みであり、また年來の希望であつた。度度企てつつも短歌表記上のあるひは出版に關はる種種の制限による不如意から、容易には叶へられなかつた懸案がこの書でやうやく實現したものである。
 意圖は一頁のすなはち無限の空白にみづからの一首を垂直に置き、それが嚴然と處を得る相を見極めることにあつたが、ことさらに設へた虚無の空閒に果してよく耐へ得たか否か。また短歌はすべからく朗朗吟誦されるべきものであるといふ、抜きがたい原初的な要請をあへて措き、活版印刷技術等による美的效果に心を盡すことに如何ほどの意義を認めるか、おそらく多多疑問反論の生ずるところであらう。
 然しながら一卷の歌集とは、少くとも私にとつては、單なる記録、傳達の目的などをはるかに超えた次元で、一首一首の内包する美を選び抜いた印刷もしくは手書文字によつて可能な限り顯示し、しかもそれを綜合網羅して完璧な裝ひの中に封ずる、ある意味では美術品たるべきであつた。反面の眞理を徹底するならば作品の發表には記述、印刷等一切廢し、ことごとく口移しに傳承されるのが至當であらう。兩面兩極の曖昧な折衷案など採るところではない。私が正字歴史假名遣ひを固執するのも、ひとへに基本的態度の一端に過ぎぬ。その意味においては過去の幾つかの集にも今なほ慊焉たるものがある。そしてまた文字による作品表現の高貴な典型として、私は久しく「高野切」や「西本願寺三十六人集」等を憧憬し、あるひはまたアポリネールの「カリグラム」に讃嘆の言葉を吝まない。

 「星餐圖」収録作品制作期閒中に、詳しくは昭和四十五年の朱夏と晩秋に、一人の盟友と一人の先達が突如私の視界から姿を消した。いづれも私の生涯にはふたたび得がたい稀なる知音であつた。彼方への遁走の眞意が那邊にあつたか今日も未だ私の理會は及ばないが、それゆゑになほ痛恨は筆舌に盡しがたく、死者へのまして生者への服喪の憶ひ沈寥たるものがある。私にはかけがへのない複數の鐘子期らのうち、主要な二人と訣れた今彈琴の興もしきりに歇み、しかも斷絃の決意はさらさらない。はるかにひびく「歸去來(かえりなんいざ)」の詞に誘はれ心茫茫たる一年であつた。今日その一人の終の栖を天涯の蠍座(スコルピオ)に擬し、また一人の今生の塒を地の果ての人馬座(サジタリウス)にたぐへ、一顆の茘枝一把の苦艾を餐卓に供し、この一卷を心からなる贐詩、誄歌として獻じよう。歸去來、この詞が如何に清清しからうと遺された私に歸るべきところは何處にもない。そして彼らが語り殘し歌ひ剩した言葉を代つて盡すまで、私は何處にも決して歸るべきではあるまい。」




塚本邦雄 星餐図 08





















































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

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趣味: 図書館ごっこ。

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