池田彌三郎 『日本の幽霊』 (中公文庫)

「座頭だとか六部だとかを殺してその金をとり、そのことからその家が富貴になったという話は、非常に多い。(中略)日本の民俗的事実としては、旅人を殺してその金を奪うという行為は、さして悪業とは思っていなかったらしい。」
(池田彌三郎 『日本の幽霊』 より)

 
池田彌三郎 
『日本の幽霊』

中公文庫 い-7-1

中央公論社 
昭和49年8月10日 初版
昭和62年5月20日 10版
239p 
文庫判 並装 カバー 
定価350円
表紙・扉: 白井晟一
カバー画: 村上豊



副題は「身辺の民俗と文学」、初版は1959年、中央公論社より刊行されました。


池田弥三郎 日本の幽霊


カバー裏文:

「幽霊とお化けのちがいは? 幽霊はなぜ夏が好きなのか? 物語や昔話に登場するさまざまな幽霊や妖怪をとおして、日本人の集団感覚、心理現象、心意伝承を考え、われわれの身辺にいまでも生きている日本の霊魂信仰の本質を明かす、生活史のなかのフォークロア。」


目次:
 
幽霊の季節
幽霊と妖怪
場所に出る妖怪
人を目指す幽霊
家に憑く怨霊
活動する霊魂
幽霊出現の理由
 
解説 (矢代静一)
 



◆本書より◆


「幽霊の季節」より:

「大正の初年、例のスペイン風邪の流行した年の事で、もちろん関東の大震災以前、世の中の景気もよくって、すこぶるのん気だった頃の話だ。画博堂の三階でいつもの連衆が集まって怪談に興じていると、誰からどうして聞いたのか、見なれない男がやって来て、私に是非話をさせてくれという。どんな話かというと、田中河内介の話だという。よかろう、やらせてみようということになった。
 その男は、田中河内介が寺田屋事件のあとどうなってしまったかということは、話せばよくないことがその身にふりかかって来ると言われていて、誰もその話をしない。知っている人はその名前さえ口外しない程だ。そんなわけで、本当のことを知っている人が、だんだん少なくなってしまって、自分がとうとうそれを知っている最後の人になってしまったから話しておきたいのだ、と言う。」
「話せばよくないことがあるというので、今までは何処でも話したことはなかったが、何しろそのことについて知っているのは、今では自分一人になってしまったし、それにこの文明開化の世の中に――という、いかにも「明治」という時代を感じさせるニュアンスに富んだ語を使ったというのだから、おのずからその人の年も知れようというものだ。(中略)――話せば悪いことがあるなどということがあるはずもない。だから今日は思い切って話すから是非聞いてもらいたい。とこういう前置きである。」
「ところで前置きを言って、いよいよ本題にはいるかと思うと、話は又いつの間にか元へもどってしまう。河内介の末路を知っている者は、自分一人になってしまったし、それにこの文明開化の世の中に、話せば悪いことがあるなどということがあるはずもない、だから今日は思い切って話すから、是非聞いてもらいたい。というところまで来ると、又いつか始めに返ってしまって、田中河内介の末路を知っている者は、と話し出す。なかなか本題にはいらない。」
「その中に、一座の人が一人立ち、二人立ちし始めた。別に飽きたから抜けて行くというわけではなくて、用で立ったり、呼ばれたりして立ったのだそうだが、私の父も、自宅から電話がかかって下に呼ばれた。下におりたついでに帳場で煙草をつけていると、又あとから一人おりて来て、まだ「文明開化」をやってますぜ、どうかしたんじゃないかと笑っている中に、あわただしく人がおりて来た。偶然誰もまわりにいなくなってしまったその部屋で、前の小机にうつぶせになったまま、死んでしまっていたというのだ。」



「幽霊と妖怪」より:

「私の師匠折口信夫先生が、怪談についての泉鏡花さんとの対話を、私に話してくれたことがあった。(中略)泉さんがなくなられる一月程前のことで、多分先生が泉さんにお会いになった、一番最後の折の話だったのだと思う。
 泉さんは先生にこう言われた。――私は長い間お化けを書いて来たが、恨みを持たぬお化け、怨霊でないお化けを書こうとして来たが、それが書けなかった。――そこで先生が、泉さんに向かって、泉さんの書かれたものには、深い恨みを持ったお化けは、案外に少ないのではないか、と言われたところが、泉さんは言下にそれを否定された。そして、たとえば平田篤胤の『稲生物怪録』などが書いているお化け、稲生武太夫が武者修業の途中で出会うお化けは、武太夫に対して恨みを持って出て来るお化けではない。そういうのを書いてみたいのだ、と言われたそうである。」
「一生お化けばかり書いて来た人が、晩年、(中略)そういうことを言った。それは、一生かかって書いて来たお化けが、どうも日本の本来のお化けではないのではないか、と言うことを感じているらしいこと。われわれが長く頭に描いて来たお化けは、どうも由来の古いものではないらしい。日本の、広く行きわたった民俗的なお化けではなく、ある一部に極度に発達したお化けにすぎないのではないか、という疑問を、泉さんが感じられているらしいことに、先生は興味をおぼえたらしい。」
「人間のうつし世の姿を現じて、恨みの相手に向かって恨みを晴らそうとする幽霊は、歌舞伎芝居を経過して有力になって来たらしい。」



「場所に出る妖怪」より:

「北九州には河童の話が多く、河童が来ている中はその家が富んでいたが、何しろ河童が家の中を歩くと、畳がビショビショにぬれてしまうので、めいわくに思って叱ったところが、それ以来河童が来なくなり、やがてその家も退転してしまったというような話が聞かれる。
 ザシキワラシがいるようになった理由、出て行ってしまった理由は、あまり話されていないようだが、やはりひと続きの話として考えるべきだろう。
 ところが折口先生が採集された、遠州の座敷坊主の話をここに並べると、ザシキワラシの性質もかなりはっきりして来る。天竜川中流のごく深い山間部だが、門谷(かどたに)という部落があって、そこのある家に座敷坊主がおり、枕返しをするというのである。そしてその座敷坊主は、昔、そこの家に泊まった坊主が殺されて、その怨霊が出て来て枕返しをするのだといっている。あるいは、無事にその家を出発させて、途中で待ち伏せして殺したのだともいうようである。
 この話は、先生も言われるように、類例の多い話である。座頭だとか六部だとかを殺してその金をとり、そのことからその家が富貴になったという話は、非常に多い。(中略)日本の民俗的事実としては、旅人を殺してその金を奪うという行為は、さして悪業とは思っていなかったらしい。その証拠に、その祖先にそうした話のまつわっている家で、あえて自らそれを否定していないからである。」



「家に憑く怨霊」より:

「『今昔物語』に次のような話がある。(巻二十七の第四十話)」
「「今は昔、(中略)「物託(ものつ)き」の女にものつきて言わく、「おのれは狐なり。たたりをなして来れるにはあらず。ただかかる所には、おのずから食物散りぼうものぞかしと思いて、さしのぞきはべるを、かくめしこめられてはべるなり、」と言いて……」」
「右の本文に続いて、その狐のついたものつきの女が、ふところから、小さい柑子ほどの白い玉を取り出して、ほうり上げては手玉にとっている。まわりで見ている人は、これはものつきの女がもとからふところに持っていて、人をたぶらかそうとしているのだと思っていると、一人の男がそっと女のうしろに廻って、投げ上げた時にサッとその玉を取ってしまった。すると、女についた狐は、玉を返してくれと言う。男がいやだというと、泣きながら頼んでいる。あなたはその玉は必要ないが私はとられてはどうしようもない。もし取ってしまったら、あなたは長く私のあだがたきになるが、もし返してくれたら、
  われ、神のごとくにして、和主にそいて守らん。
と言う。結局男はそれを約束して、狐に玉を返してやった。その後、験者に追われて狐が去って後に、人々がそのものつきの女のふところを探がしたが、玉はなかった。だからたしかにあの玉は、とり憑いたものが持っていたものだ、ということが明らかになった。
 その後、かの男は、夜遅くなって応天門の所を通り過ぎねばならなくなり、ものおそろしい気がしたので、狐のことを思い出し、「狐、狐」と呼んだ。するとすぐにコンコンと言って出て来た。そこで、狐の約束がうそでなかったことを喜んで、真暗でおそろしいから、私を送ってくれと頼んで、家まで道案内をしてもらって帰って来た。」



「幽霊出現の理由」より:

「『今昔物語』巻二十七の二十五話は、「女、死せる夫の来たれるを見る」話だが、早くもここに後世の幽霊らしいものが登場して来ている。(中略)夫がなくなり、妻は後家をとおして、夫にこがれて泣いてばかり暮していると、夜半に笛を吹く音が遠くから聞こえて来た。それは生前笛を好んでいた夫の吹奏そっくりであったので、なつかしく思っていると、笛の音は次第に近づいて、女のいるすぐ外にまで来て、止まった。そして、ここをあけよという声が夫の声そのままなので、女はすき間からのぞいてみると、夫がありしながらの姿で立っていた。
  死出の山。越えぬる人のわびしきは、恋しき人に、会わぬなりけり
夫はこう歌ったが、妻がおそれてあけぬので、もっともだ。あまりこがれているから、しばらくの暇を無理にもらって来たのだ、と言って、やがてかき消すように消えてしまったというのである。」





こちらもご参照ください:

諏訪春雄 『日本の幽霊』 (岩波新書)
小松和彦 『異人論 ― 民俗社会の心性』













































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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