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諏訪春雄 『日本の幽霊』 (岩波新書)

「夢は日本人にとって長いあいだ、現実よりもはるかにたしかな真実であった。」
(諏訪春雄 『日本の幽霊』 より)


諏訪春雄 
『日本の幽霊』

岩波新書 新赤版 31


岩波書店 
1988年7月20日 第1刷発行
vi 214p 
新書判 並装 カバー 
定価480円



本文中図版(モノクロ)18点、図3点。



諏訪春雄 日本の幽霊



カバーそで文:
 
「「四谷怪談」のお岩、「牡丹灯籠」のお露など世にも恐しい怨霊として登場する怪談の主人公たち、幽霊。こうした幽霊の姿はいつごろ生まれ、どのように日本人の心の中に定着していったのだろうか。本書は、日本と中国の他界観の交流を跡づけながら、日本人独特の他界観の形成を見ることで、日本人の現世観をも鏡にうつし出す。」


目次:
 
はしがき



Ⅰ 幽霊とは何か
 一 幽霊と妖怪
 二 異界と他界

Ⅱ 幽霊の誕生
 一 幽霊の誕生
 二 幽霊出現の三要件
 三 日本人の他界観
 四 祖霊信仰
 五 アニミズム
 六 仏像と火葬
 七 夢

Ⅲ 日中他界観の交流
 一 日中冥婚の系譜
 二 日中の冥婚習俗
 三 中国人の他界観
 四 中国人の他界観と道教・仏教

Ⅳ 幽霊の怨霊化
 一 仏教の地獄
 二 幽霊の怨霊化
 三 御霊信仰

Ⅴ 中世の幽霊
 一 修羅の妄執
 二 中有の観念

Ⅵ 近世の幽霊
 一 幽霊の足
 二 近世人の幽霊観
 三 近世幽霊譚の演出家たち

現世を反映する他界――結びに代えて

あとがき




◆本書より◆


「Ⅱ 幽霊の誕生」より:

「他界と現世との連続とは、他界を構成する要素と、現世を構成する要素が同一であり、その間が連続して、往来が自由であったということである。他界にはこの世と同一の景観が展開し、おなじ山川草木、動物が存在する。他界の住人は現世の人と同じように恋もし、悩みもすれば、喜こんだり泣いたりする。」
「しかし、自由であった現世と他界との往来が一方で閉じられていった話があることも見のがすことはできない。」
「平安末期に現世に姿を見せはじめた幽霊は、この他界観念、すなわち、現実の人には不可能であっても、霊的な存在なら神話世界の住人と同様に自由に往来できるはずであるという考え方にもとづくものであったと考えることができる。」

「日本で祖霊信仰が顕著にみられるようになったのは定着農耕が行われるようになってから、つまり、弥生時代になって大規模な耕作が行われるようになってからとみられる。」
「定着農耕はそれまでの焼畑農耕などに比較して、
  共同労働が必要である
  耕地が子孫に伝えられる
という二つの性格をそなえるため、家とか家族とか呼ばれる制度を生む。家や家族は、その永続と成員の幸福を願って祖霊信仰を生む重要な基盤となる。
 さらに、作物、ことに稲の、種まき→発芽→開花→結実→枯死というサイクルが、人間の、誕生→成人→結婚→お産→死というサイクルとかさねあわされ、死は再生のための一つのプロセスとして意識されることになり、死への恐怖が薄らいで、祖霊となって他界と現世とを往来するという観念が生れてくる。」
「平安時代中期に登場してきた幽霊が現世に好意的であったのは、幽霊が直接にこの祖霊の系譜を引くものであったからである。」

「周知のように柳田国男は弥生以降の稲作文化とその文化を育てた平地に住む人びとにその考察の中心をおいていたが、はじめは、先住民としての縄文人をも視野におさめた日本文化多元論をとっていた。」
「この柳田のいう先住民は縄文時代人と考えることができる。彼らは稻をたずさえて移住してきた「天つ神」によって征服され、古代の記録では「国つ神」として登場するが、なお服属しなかったものが鬼となり、天狗となり、怪物、妖怪の類と考えられた。
 神の零落したものが妖怪となりうるという柳田の考え方を適用すると、妖怪の一方の源流は先住民としての縄文人であり、他方の源流が、この縄文人の信奉したアニミズムのカミガミ、精霊たちであったといえる。
 もちろん、すべての縄文人が妖怪視されたのではなく、弥生人の社会に適応していった人びとの数もけっしてすくなくはなかったであろうし、また、アニミズムのカミガミも、国土経営の神や氏族の守護神として、新しい社会の信仰体系の中に地位を占めていったものもあった。
 この点で興味ぶかいのは坪井洋文氏の説である。氏は正月に餅をたべる「餅正月」と正月に餅をタブーとしてたべない「餅なし正月」の分布が地域的に分かれることに注目され、「餅正月」は水田稲作農耕を基層文化の母体とする人びとの正月であり、対する「餅なし正月」は焼畑雑穀・根茎農耕を基層文化の母体とする人びとの正月と推定された。端的にいえば「餅正月」は弥生人、「餅なし正月」は縄文人の正月と考えることができる。そして、「餅正月」の側から「餅なし正月」へ移行していく例は認められないが、「餅なし正月」からの「餅正月」への移行は多く見出せることを指摘され、日本の政治が長い歴史を通して、水田稲作に絶対的価値をおいて進められてきたため、あらゆる面で「餅正月」が優位に立ち、「餅なし正月」を同化していく過程を示すものと結論されている(『イモと日本人』未来社)。
 このような大勢の中に同化しきれない「餅なし正月」の人びとの中から妖怪変化と見なされるものがあらわれたといえよう。」



「日中他界観の交流」より:

「冥婚とは社会的に承認されている婚姻形態であって、しかも、配偶者の一方が死者であるような結婚をさし、幽霊婚、亡霊婚などともいわれる。著名なものとしては、アフリカのナイル河上流地方に住む牛牧民のヌアー族の事例が知られている。かれらの社会では、未婚のまま、または子供があっても法的な男子後継者を残さず死んだ男のために、その親戚たちは結婚の正式の手続きを踏んで嫁を迎えてやる。この妻は実生活では別の男性と過してかまわないのであるが、二人のあいだに生まれた子は死んだ男を法的な父親とし、財産をはじめとする各種の権利と義務を引継ぐことになる。これは、子孫の確保と父系の出自系統の連続をねらいとした慣習と解釈されている。」

「日本の冥婚説話を見なおしてみると、(中略)現世で結ばれることなく終った不幸な男女をあの世で添いとげさせようとする死者への思いやりや同情の念がいきわたっている。」
「日本の冥婚の習俗と説話は、中国大陸から移入された原型が日本の風土の中で変容を受け、共通の傾向性を帯びるようになったとみた方が、習俗がまずあって説話はその影響下に生まれたとみるよりも妥当性がある。」








こちらもご参照下さい:

池田彌三郎 『日本の幽霊』 (中公文庫)
















































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うまれたときからひとでなし
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