武田百合子 『日日雑記』 (中公文庫)

「皆、死ねばよかったのに。」
(武田百合子 『日日雑記』 より)


武田百合子 
『日日雑記』

中公文庫 た-14-5

中央公論新社 
1997年2月18日 初版発行
2009年6月20日 9刷発行
267p 
文庫判 並装 カバー 
定価590円+税
カバー写真: 武田花
カバーデザイン: 渡辺和雄



単行本初版は1992年7月、中央公論社。武田百合子最後の本です。
武田百合子の単行本は全て文庫化されていて、中公文庫に『富士日記』(上・中・下)と『犬が星見た――ロシア旅行』と本書、ちくま文庫に『ことばの食卓』と『遊覧日記』が入っています。
そしてこれらを収録した『武田百合子全作品』全七巻も刊行されています。



武田百合子 日日雑記


カバー裏文:

「通信販売、水族館、美空ひばり公演、愛猫の死……世事万端に興味をもつ天性の無垢な芸術者が、身辺の出来事と折々の思いを、時には繊細な感性で、時には大胆な発想で、丹念につづった最後のエッセイ集」


目次:
 
日日雑記

あとがき
解説 (巌谷國士)




◆本書より◆


「――いなくなった人たちに」

「晴れ。「昨夜みた夢は、めずらしくはっきり覚えてる。隅田川をわたしがいい気持になって泳いでいる。そしてすぐ斜め上を、並行しておかあさんが翔んでました」朝御飯のときにHが言った。
 「このあたしが? このまんま翔んでた? 空中を? 羽もなくて? こうやってか?」
 「うん。そうとしか思えない。すぐ斜め上というのは空中だからね」
 「どんな顔してた?」「まじめな顔」
 テレビを見ていたら、大家族の中で暮している老人は、一人暮しの老人より長生きであることが、調査の結果わかった、といっている。理由は刺激があるので若々しく長生き出来るのだ、とその番組に出てきた老人学専門の学者がしゃべっている。では一人暮しの老人より、どのぐらい長生きなのかなと、関心をもってそのあとを続けて見ていたら、全く、ほんの、すこうしだけ長生きなのであった。何だ、鬼の首でもとったような騒ぎ方をして。一人暮しの老人にわるいではないか。(中略)ほんの、すこうししかちがわないのなら、いいじゃないですか。大きなお世話です。」

「新聞で。女が男を殺した。その男は、夜遅く帰ってくるわ、ぶらぶらしてるわで、どうにも仕様のない男だったので殺してしまった。殺してしまったあとで分ったことには、男は稀代の大泥棒で、長い間必死になって警察が捜していた人物だった。夜遅いのは泥棒だから当り前だったのだ。昼間ぶらぶらしているのも当り前だった。せっせと泥棒して、少なからぬ金品を女に渡していたらしい。何だかこの男、可哀そうだ。」

「赤坂御苑でひらかれた天皇主催の春の園遊会をテレビのニュースでみる。(中略)三原山噴火の大島町長夫妻も並んでいた。天皇が、大へんでしたね、と声をかけられると、痩せました、と町長夫人は答えた。天皇は何度も肯かれながら、次はその隣りの顔の大きな老婦人へ、
 「どうです? ときどき、あのときのことを思い出して……えッ? 非常に愉快な気持になっているでしょうね」と、実に人なつこそうに声をかけられた。このような質問から察するに、この老婦人は運の悪さを克服して立ち直ったえらい人ではなく、運がよかった強かったえらい人にちがいないが、一体誰なのかしら、と思ったら、昔のオリンピック水泳選手前畑秀子さんだった。天皇が年をとられても、はっきりした頭脳の持主であられることに感心した。もし町長夫人と前畑秀子さんとをとりちがえて話しかけられれば、大へんなことになってしまう。(中略)
 だいぶ前に、何かの記念に作ったらしい『天皇の散歩道』という題のテレビ番組を見た。笛とクラシック音楽が流れるなか、皇居のお庭が隅から隅までうつし出された。自然がいっぱい。(中略)蛇もうつる。お堀の石垣を伝う光る蛇。うっとりした。日本一の庭ではないかと思った。もう一度見てみたい。
 ただ、語り手が庭の説明にはさんで、天皇がどんなにいい人であるかを、あまりたびたび言うので、もしかしたらいい人ではないのじゃないかしら、と思わせてしまいそうであった。」

「ニセモノみたいな見事な満月を、テレビで見ていた。月のへこんだ黒ずんだ場所には、もう全部名前がつけられてしまっているのだそうだ。アメリカがつけたにきまっている。
 三輪山の背後より不可思議の月立てり
 はじめに月と呼びしひとはや (山中智恵子)
 わたしは、この歌好きなんだなあ。映画『2001年宇宙の旅』のはじめの方に出てくる、洞穴に住み、まだ体毛が沢山生えていた頃のヒトに戻った気持がする。」

「ある日。
 「おたく、いまおヒマ?」と、O氏から電話がかかってきた。O氏は旧い友達、映画雑誌を一人でやっている。O氏の仕事、手伝う。夕方で一区切りついて終わる。
 「いやいや今日はすっかり御苦労さん。お世話になったから御馳走したい。ちょっとおいしいすきやきがあるの。御馳走したい」と言ってくれる。」
「(家の中で履いているスリッパのまま、O氏は表を歩きまわり、またそのまま家の中へ入る)」
「麻雀屋に古切手屋、タイプ印刷屋、絵具製造所、帝国貿易共済センターなどという右翼のようでもあるし左翼のようでもある名前の事務所、どもりを治す精神肉体強化研究所などが並んだ先、敗戦後の外食券食堂のような店の硝子引戸をあけて入った。
 一人前五百円のすきやきなのであった。チャーシューメンと同じ値段の珍しい安さに驚くと同時に、ほっとしたような、当然のような、つまらないような気持がした。しかし、食べはじめたら五百円のすきやきは具の量が沢山あって、甘くてくどくて、ちゃんとお腹がいっぱいになるように工夫がこらしてあるのだった。」
「しばらく人と会う機会がなく、ネコとだけ口をきいていたというO氏は、頭の中に押し合いへし合い浮遊してくるものに勝手気ままにとびのり、勝手にとび移り、あれもこれもと、せっかちにしゃべりはじめた。」
「そうして自分と自分の死んだ母親と自分の飼っているネコ以外のものを片っぱしから裏目読みした。するとあんまりしゃべり過ぎたためか、(中略)ぐなぐなぐなと体力がなくなってきて、「俺って世間のこと何にも知らないで生きてきたんだなあ。いまになって気がついたよ」と、じっと眼をつぶって萎れた。
 「『XXXXXX(O氏の雑誌よりハイカラで上品な映画雑誌)』見てる? 俺見ない。本屋にあっても手にとらないんだ。ああいうの一頁でもめくって見たら、自分がダメになっちゃいそうな気がする」はじめてO氏の家に行ったとき、陽がよくあたる二階の、二間をぶち抜いた仕事部屋に上ると、そこは新聞紙、雑誌、本、紙、お椀、箸、皿、黒焦げの魚の干物、ネクタイや紐などが部屋中に散乱し、畳が見えなくなっていて、幾重にも新聞紙が重なっているため、歩けば滑った。大小のネコが新聞紙に潜ったり隠れたり跳び越えたりして遊びまわっていた。何だか野原みたい、と言うと、O氏はすぐさま新聞紙の波間にねころんで匍匐(ほふく)前進し、三八式歩兵銃を構えて狙い撃つ恰好をしてみせてくれた。……あんな風にO氏は独り強気で、三八式歩兵銃の故障を直し直し撃ちつづけているのだと思い込んでいたのに、……わたしらと同じようなこの気の弱さ……。今日、私が頼まれたのも、原稿依頼の電話をあちこちにかける仕事が主であった。O氏は受話器をとりあげて人さし指をダイヤルに近づけるところまではするのだが、その先は心臆してダイヤルがまわせず、指をひっこめて、ああ、と溜息をつき、俺は気が弱くて電話かけるのが苦手だと言う。」
「威張っていたかと思うと妙に謙遜してみせたりして、止めどなくだらだらとO氏はしゃべり続けた。」
「御馳走様でした、と立ち上り、ニ足三足歩きだすと、相当大きな平べったい物体が倒れる音が背後でした。ビニールの丸椅子もろとも、O氏が仰向けに床に転がっていた。一瞬、ああ、こうしてOさんは死んでしまうのだ、と思った。だが、しょっちゅう、こんな風になるらしいO氏は、いっこうに平気で、「今日はありがとうね」と、転がったまま人なつこい笑った顔で挙手の礼をしたので、私はO氏の表現力の見事さに、十二分を通り越すもてなしをうけたと感動した。」
 
「九段まで足をのばして靖国神社の桜を見て帰ることにする。(中略)公衆便所の前の人糞。した人のこの気持わかる。中でするより外でした方がましな便所があるのだ。しかし滅多な場所でしてはいけないと思い、この人は便所のすぐそばに礼儀正しくしていったのだ。」

「運転手さんはそのあと、(お年玉とか褒美とか)子供に金銭を与えることの是非を討論するラジオの教育番組に出演していた女流評論家や女性有名人について、(中略)品定めをした。運転手さんは子供に金銭を与えるのは、堕落の素である、犯罪の素である、という意見だった。「お宅じゃ、どうです?」
 羞ずかしがりの夫は、わが子にすらすらとうまく口がきけなかった。お前を可愛がっているのだよ、そういう気持を表わしたいとき、突然、子供にお金をくれたがった。女房にも、嬉しいにつけ楽しいにつけ、お金をくれて表わそうとした。食卓をはさんで私たちを向いに坐らせ、手品師みたいな手つき眼つきで、おもむろに状袋から紙幣をとりだし、私の前へ一枚、娘の前へ一枚、ときには焦らすように一寸考えたふりをしてから、さらにもう一枚ずつトランプを配るようにくれた。私たちは顔を真赤にして「とうちゃんありがとう」と、ふところへさっとしまいこむのだった。私は、いまだって薄曇った広いがらんどうの空をぼんやり見ていたりすると、お札がヒラリヒラリと置かれた食卓が浮んでくることがある。」
 
「(テレビで見たのだけれど、)最近、私がおどろいた職業がある。銭湯の煙突掃除屋さん。
 菰藁(こもわら)を体全体に幾重にも巻きつけた掃除屋さんは、二十三メートルの煙突のてっぺんに上り、わが身を掃除ブラシにして筒の中の煤をこそげ落としながら下降する。(中略)父子二人が組んで働いている。息子がブラシとなり、父親は介添役。(中略)
前には同業の仲間もいました。煙突の中に墜落して、あっちこっち痛い苦しいと泣き泣き寝ていたが、二週間経って死んだ友だちもいました、と、父親に手伝ってもらって菰藁を体に巻きつける支度をととのえながら、掃除屋さんは口数少なく、もの静かに語る。
東京下町の年季の入ったさまざまな職人さんたちが出てきた。大切なのはこだわりの心だ、などと説教調の芸術談をはじめるテレビ馴れした人もいた。絶対に毛が抜けない筆だ、ホラねと穂先をひっぱって自慢する筆屋さんもいた。その筆は洒落た名前がつけられていて、えらく高そうだった。
 筆の毛が少しぐらい抜けたって、いいじゃないですか。煙突掃除屋さんの父子の姿を見ていたら、ほかの人は色あせて見えた。
 「職人てものは、ほめられると喜んじゃって、何でも一生けん命やっちゃう」と、自分たちの気質について、一人の名人は誇らし気に語っていたが、煙突掃除の出来をほめてくれる人は誰もいないのだ。」

「今年のお歳暮のうたい文句は「平常心で贈りましょう」である。では平常心で贈るものはどんなものかというと、一位が海苔、二位がお茶、三位が油、四位が羊かんの順で、ハーブティーは駄目なのだそうだ。
 人とちがったいいものを贈って気に入られようとする、または趣味のいい人間に思われようとする、――そういった考えをすてて贈らなくてはいけないのだと反省した。『ドグラ・マグラ』を観に行った。枝雀の怪演技に堪能して帰ってきた。」
 
「夕方になって近所に買出しに行った。交番の前を通ると出入口に錠がおり、パトロール中の札が出ていた。おまわりさんの姿が見えなかったから、犯人手配書のビラを硝子戸越しにくわしく見た。S女のビラも貼ってあった。
 ――S女は東京で人一人殺し北関東に高とび、すぐさまスナックにつとめ、二日働いたのち休みをとって上京、整形美容で美人になり、名前も変えてから、再び舞戻って、別のスナックで働いていたが、地元の餅菓子屋に好かれて同棲、(中略)S女がくるようになってからはモダンな洋菓子も置き、客も増え、みるみる商売繁盛し、店も大きくなった。(中略)警察の手がまわったとき、S女はPTAからの大口注文の菓子を会場へ届けて宴会の準備をする仕事をしていたが、す早く感づいて誰かに二万円借り、店の金品には手をつけず何もかも残して逐電した。――
 整形前整形後の二葉の写真をうつして、この事件が報道されたのは、一年ぐらい前だった。S女はまだつかまっていないらしい。どんな風に暮らしているのだろう。別の男の菓子屋を繁盛させているかもしれない。「頑張って下さい」硝子戸越しに声をかけて帰ってきた。」
 
「午後、バスで中野に行き、『ザ・フライ』を観た。客は十人ぐらい。もう始まっていた。(中略)実験中、誤って蝿になってしまう男は、まだならない学者のうちから、いかにも蝿になりそうな顔だちなので、すっかり感心した。(中略)蝿と合体してからは全身に力が漲り、体調がよくなってくる。(中略)だんだん体が変ってくる。しまいに剥げ落ちてくる。人間であったときの遺品として、男は剥落したものを洗面所の戸棚の中に大切に陳列しておく。耳、性器、爪、その他。
 学者の研究室や建物のまわりの景色など、薄暗いガランとした雰囲気がいい。ただし、男女関係が出てくるとよくない。最後に蝿男は死に、恋人の女は残る。これもよくない。皆、死ねばよかったのに。」































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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