アドリエンヌ・モニエ 『オデオン通り』 (岩崎力 訳)

「それは奇蹟を生み出す神々しいアンニュイだった。幽霊船にふさわしい浜辺。住む人々もいない町々、それ自体のための町々。聖なる埃。」
(アドリエンヌ・モニエ 「前大戦の思い出」 より)


アドリエンヌ・モニエ
『オデオン通り
― アドリエンヌ・モニエの書店』
岩崎力 訳


河出書房新社 
1975年9月3日 初版発行
2011年6月20日 復刻新版初版印刷
2011年6月30日 復刻新版初版発行
292p 初出一覧ii 口絵(モノクロ)4p 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価2,600円+税
装幀: 岡本洋平

Adrienne Monnier : Rue de l'Odéon, 1960



本書「編者の覚え書」より:

「アドリエンヌ・モニエは、一九五四年の春、(中略)次のような自伝的覚え書を書いた。

 一八九二年四月二十六日、パリに生まれ、その後もパリに住んだ。
 (中略)
 一九一四年はじめ、ムランで大きな鉄道事故が起った。父はあやうく生命を落すところだった。骨盤を骨折し、頭皮が剥がれるという重傷だった。どうやら回復はしたものの跛になった。その時受けとった補償金を、父は本屋を開く資金として私にくれた。というのも左岸で本屋を開くのが私の夢だったからである。一九一五年十一月十五日、私はオデオン通り七番地で自分の店を開いた。
 書店の初期の歴史については、《前大戦の思い出》と《オデオン通りの回想》を見ていただきたい。そこで名前をあげた作家たちは、当時もいまも私の愛好する作家である。
 その後アンリ・ミリョーの作品に心を惹かれ、高く評価するようになった。その他アントナン・アルトー、ジャック・プレヴェール、ミシェル・レーリスなども同様であるが、とりわけレーリスは非常に重要な作家だと思っている。
 私は後髪をひかれる気持でオデオン通りを離れた。結局三十六年間この街にとどまったことになる(一九一五~一九五一)。伝染性のリューマチにかかり、全身麻痺の危険があったので引退せざるをえなくなったのである。」

「アドリエンヌ・モニエは一九五五年六月十九日に世を去った。
 この本は彼女の遺志に従って刊行されたものである。」



モニエ オデオン通り 01


帯文:

「ジョイス、ヴァレリー、ベンヤミン、ブルトン……
パリのオデオン通りに集う偉大な文学者たちにとって
重要な役割を果たした
〈本の友の家〉書店の主人による貴重な回想録」



帯背:

「〈本の友の家〉書店の
主人が語る回想録」



カバーそで文:

「本屋という職業には、苦役を償ってくれるものがある。それは素晴らしい人たちが訪ねてきてくれることだ。作家たちあるいは造形深い愛好者たちの訪問である。そういったときには、人生が輝きにみちみちたものになる。(本文より)」


カバー裏そで文:

「アドリエンヌ・モニエ

1892年、パリ生まれのフランス人。
1915年に初めてオデオン通り7番地に書店〈本の友の家〉を開いた。以降、パリの文学的サロンの中心人物として、文学者たちにとって重要な役割を果たした。1955年没。」



目次:

アドリエンヌ・モニエ頌 (サン=ジョン・ペルス/ジャック・プレヴェール/ミシェル・クルノー/小さなイダ)
編者の覚え書 (モーリス・サイエ)

第一部 オデオン通り
 I アルフレッド・ヴァレットの思い出
 II 前大戦の思い出
 III レーモンド・リノシエ
 IV オデオン通りの回想
 V オデオン通りのヴァレリー
 VI ファルグ
  1 最初の出会い
  2 座談の名手ファルグ
 VII わが隣人レオトー
 VIII 『ユリシーズ』の翻訳
 IX ワルター・ベンヤミン
  1 ワルター・ベンヤミンに関する覚え書
  2 ワルター・ベンヤミンの肖像

第二部 他の思い出
 I 子供のみた《メルキュール》社
 II ロンドンの思い出
 III イタリアの男たち

第三部 本の友
 I 本の友の家
 II 貸出文庫目録への序
 III エドワール・デュジャルダンへの手紙
 IV 貸出文庫
 V 貧しい書物への讃辞

訳者あとがき (1975年8月)
初出一覧



モニエ オデオン通り 02



◆本書より◆


「前大戦の思い出」より:

「一九一五年の最初の嬉しい出来事、それはポール・フォールが訪ねてきてくれたことだった。(中略)長髪の頭に縁の平らな帽子をかぶった彼の話し振りは華やかだった。その暮しぶりは自由そのもの、まったくこだわりがなく、本当のボヘミヤン、高名なボヘミヤンそのものだった。」
「ポール・フォールの財布はいつもうすら寒い状態だったが、その彼がやがて素晴しい取引を私たちに提議してくれたのだった。彼の雑誌《ヴェール・エ・プローズ》(詩と散文)の全冊揃いのストックがあるというのである。(中略)私が何度となく古本屋で漁り歩いたあの《ヴェール・エ・プローズ》、私にとってあれほどの威光に満ちていた雑誌を、突然、船の積荷ほども提供してくれたのだった。六六七六冊あるというのだ!(中略)一冊につき五スー、全部で一六六九フランというのである。とはいえ、私たちは店を構えるために有金を使い果してしまっていたから、その値段でさえ私たちには重荷に思われた。(中略)つなぎの金を貸してくれてこの取引の便を計ってくれたのは私の母だった。」
「私たちの店の外の陳列台――四本の脚に支えられた小さな木箱――は、二十年の長きにわたって、あの朝鮮あざみ色の雑誌で埋められていた。」
「若いルイ・アラゴンが『テスト氏との一夜』を発見したのは、その木箱に詰めこまれていた第四号によってだった。(中略)アンドレ・ブルトンとフィリップ・スーポーも買いにきた。いや同じ号を買うために何度となくやってきたほどだった。
 アンドレ・ブルトンは聖像を思わせる美男子だった。」
「『若きパルク』のことを最初に私に話したのは彼だった。彼はロワイエールの家で、ヴァレリー自身が朗読するのを聞いたのだと思う。「で、どうなんです? それは」と私たちは彼にたずねた。「それは透明で、しかも《灰色》なんですよ」と彼は答えた。彼がそういうのを聞くと、聞いたものは恐怖におそわれるのだった。彼のいう《灰色》は月並な灰色とは正反対だった。それは、灰色のものすべてを意味していた――エスプリ、水、雲、石……それは奇蹟を生み出す神々しいアンニュイだった。幽霊船にふさわしい浜辺。住む人々もいない町々、それ自体のための町々。聖なる埃。もっとも古い日々の夜明け……」

「レオン・ポール・ファルグと知りあったのはかなり早く、一九一六年二月のことだった。最初の顧客のひとり――教養のあるやさしい娘だったが――つまりメイ・レイノーが、私を両親の家に招待し、彼に引きあわせてくれたのだった。そのころ私は好んで手相を見ていたが、(中略)言うまでもなくファルグも私に手のひらを差出した。私が一言もいわないうちに、彼はこう訊ねた――「気狂いになるっていうんでしょ、いずれ」――「いいえ、とんでもない」と私は答えた。「今のままでもう十分気は狂っていますよ」」
「ファルグはたちまち私たちの店の最良の友人になった。彼は毎日顔を見せた。」



「ロンドンの思い出」より:

「とはいえ、私が最初に足を向けたのはテイト・ギャラリーではありませんでした。着いた翌日、私はもっとも近くもっとも心惹かれる通りであるオックスフォード・ストリートを歩くだけで満足しました。それは街路の模範でした。広く、明るく、品の良い店がたち並び、商品も豊富でした。私はほどなくその通りで魅惑的なショーウィンドーをひとつ発見しました。それは私が見つけたいと思っていたショーウィンドーそのもの、つまり、ほとんどラファエロ前派の絵の複製だけが並べられているウィンドーでした。私がワッツの『希望』をはじめて目にしたのはそこでした。私のまだ知らないバーン=ジョーンズの絵もありました。『オーロラ』という題でした。それは、高い灰色の壁で縁どられた運河のほとりを、シンバルを手に歩いていく若い娘を描いた絵でした。この絵に私は筆舌に尽しがたい魅縛を感じました。その日を境に何年間というもの、この絵は私の思考の動きにつきまとい、その目覚めを意味していました。
 『オーロラ』はミシェル・レーリスの著書の題でもあります。私と同じく彼も、この絵から強烈な印象を受けたのでしょうか。いずれにせよ、彼がこの名前からまるで魔法にかかったような感じを受けたことは確かです。(中略)バーン=ジョーンズの絵の運河との類縁を感じさせる階段が出てきます。そもそも、シュールレアリスムは多くの点で、いわばダイナマイトで爆破されたラファエロ前派なのです(そう、象徴主義というよりはむしろラファエロ前派です)。その出発点に《超自然的なもの》があり、それが文学の領域以外での奮戦をおえて、しばしの憩をとりたいと思うときに立ち帰るのも、やはりその《超自然的なもの》のもとへなのです。」
「いまになってふと思いついたことですが、イギリスにおけるラファエロ前派の重要性は、新教が妨げていた画像をもたらしたという事実にその一部を負っているのにちがいありません。それは、あれほど長い間追放されていた聖なる女性の世界、つまり天使、聖女、シビラ、女神などのほか、その世界につきものともいうべき聖像を飾る植物模様をふたたびこの世にもたらしたのです。(中略)イギリス人たちにとって、それは真のルネサンスだったのです。」























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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