巌谷国士 『シュルレアリストたち ― 眼と不可思議』

「「眼は野生状態で存在する」。これは哲学的比喩ではない。単純に、眼こそが不可思議の証人だということである。」
「「不可思議」はメルヴェイユーというフランス語の訳である。その語源はミラビリアで、すなわち「見ることの驚き」に関連する。(中略)「眼」はさまざまな「不可思議」の目撃者であるばかりでなく、それ自体が「不可思議」を派生する装置なのである。」

(巖谷國士 「シュルレアリスムと「謎」」 より)


巖谷國士 
『シュルレアリストたち
― 眼と不可思議』


青土社 
1986年5月11日第1刷印刷
1986年5月16日第1刷発行
302p 
21.5×14cm
丸背紙装上製本 カバー 
定価2,400円



本書「あとがき」より:

「この本は、いかにも単純な題名を見てもわかるように、かつてシュルレアリスム運動に加わっていたか、それともシュルレアリスムと深い関わりのあった重要な芸術家たちをピックアップし、それぞれの生き方や作品について考察したものである。その点では以前にまとめた『シュルレアリスムと芸術』と連続する部分もあるが、文章のタイプはかなり異なっている。ほぼ十年を経て、私自身の見方・書き方が変ってきているというだけではない。ここに収録したエッセイのほとんどすべてが、何らかのイヴェント(展覧会があったとか、書物が出たとか、等々)を契機として書かれているということにも、おおきな特徴があると言えるだろう。そのためいわゆる原理的な記述ばかりでなく、そのときどきの直接の関心にもとづく自由な展開がより多く含まれていて、私にはそこが好ましく感じられもする。」


本文中図版(モノクロ)多数。


巌谷国士 シュルレアリストたち01


帯文:
 
「眼は未開の状態にあり
見ろ、見ろ、機械がまわる! 見ろ、見ろ、脳ミソが飛び散る! 見ろ、見ろ、金持ちどもが震える! 理性を斥け、未開・深層・非日常へと感性の波動を拡げていったシュルレアリスムが、世界という〈暗号の森〉の深みから受信した目眩く驚異と優美な息吹き――。その真髄を、シュルレアリスムの9人の巨星の営為に探る。」



帯背:
 
「二十世紀芸術精神の水脈」
 
 
目次:
 
★マン・レイ
マン・レイの不思議な眼 (「ユリイカ」 1982年9月号)
マン・レイ回顧展 (「朝日新聞」 1982年5月15日夕刊)
マン・レイ写真集の怪 (「週間読書人」 1983年3月14日号)

★イヴ・タンギー
イヴ・タンギーの「歴史」 (「みづゑ」 1983年夏季号)
版画のなかのタンギー (イヴ・タンギー展カタログ 佐谷画廊刊 1985年12月)

★サルバドール・ダリ
サルバドール・ダリの明らさまな生涯 (サルバドール・ダリ 『わが秘められた生涯』 新潮社刊 1981年3月)
サルバドール・ダリの秘められた生涯 (「波」 1981年3月号)
二つの展覧会より (「東京新聞」 1983年3月7日夕刊/「朝日新聞」 1984年3月24日夕刊)
不死身の道化? ダリ (「本」 1985年10月号)

★ルネ・マグリット
神秘をもてあそぶ男 (ルネ・パスロン 『ルネ・マグリット』 月報第一号 河出書房新社刊 1973年3月)
ルネ・マグリットと贋物 (「海」 1982年11月号)
人住まぬ家 (「現代の眼」 第328号 国立近代美術館刊 1983年1月)
マグリットと広告 (「グラフィック・デザイン」 1984年3月号)

★マックス・エルンスト
コラージュ・シュルレアリスト (マックス・エルンスト展カタログ 佐谷画廊刊 1984年10月)
星空と文字 (『イメージの冒険3 〈文字〉』 河出書房新社 1978年8月)
宇宙的幻想の画家 (「アサヒグラフ」 1977年4月15日号)
コラージュをめぐって (「もん・りいぶる」 1983年春季号)

★ドロテア・タニング
ドロテアの美しい物語 (「エル・ジャポン」 1984年10月号)
ドロテア・タニングのドア (「版画芸術」 1984年秋季号)

★トワイヤン
眠る女のために (ラドヴァン・イヴシッチ 『トワイヤン』 月報第11号 河出書房新社刊 1978年7月)
トワイヤンの世界 (「みづゑ」 1982年秋季号)
トワイヤン (「朝日新聞」 1982年6月1日夕刊)
トワイヤンの秘密の部屋 (トワイヤン展カタログ アートスペース美蕾樹刊 1983年8月)

★ピエール・モリニエ
ピエール・モリニエ展のために (予告パンフレット アートスペース美蕾樹刊 1985年6月)
女装するモリニエ (「マリ・クレール」 1985年11月号)

★バルテュス
バルテュス――伝統と違和 (「アトリエ」 1984年10月号)

★シュルレアリスム
ダダとシュルレアリスム (「ユリイカ」 増刊 〈ダダ・シュルレアリスム〉 1981年5月号)
あるシュルレアリスム展 (「海」 1983年5月号)
シュルレアリスムと「謎」 (巌谷国士編 『暗号通信』 日本ブリタニカ刊 1980年7月)

資料
あとがき
初出一覧



巌谷国士 シュルレアリストたち02



◆本書より◆


「マン・レイの不思議な眼」より:

「それではマン・レイは映画史上、どのように特殊な存在であったのか。何よりもまず彼の映画は、純粋に視覚的であることを目ざしたもので、筋書きも台本も用意せずに撮られた。その上マン・レイは絶対に彼ひとりでしか映画を撮ろうとしなかった。この徹底した個人主義者は、共同作業によってはじめて成り立つような大規模な作品をきらい、映画は音声なしの十五分があればそれで充分だ、と公言していた。そんなわけで、(中略)一九二〇年代に『理性への回帰』『エマック・バキア』『ひとで』『骰子城の秘密』の四本を撮ってからあとは、いくら新しい話をもちかけられても、資本と他人にしばられるのはいやだと言って断わった。ちなみに、かの『エマック・バキア Emak Bakia』なる題名はバスク地方の言葉で、「俺をひとりにしておいてくれ」という意味なのだそうである。」


「イヴ・タンギーの歴史」より:

「ここでふたたびブルターニュのことを思いおこしてみてもいい。少年時代、毎年のヴァカンスに母や祖母の家へ旅をしたとき、タンギーは文字通り「母たちの国」へと遡行していたのではないか。その旅の記憶がほとんど描く行為の原型としてのちに蘇ったというかぎりにおいて、ブルターニュという郷里の存在は意味ぶかい。風景の問題ではない。キリスト教固有の男性原理にある程度律せられているヨーロッパ文明のなかで、太古の母性的世界のあとをとどめる「他所」を再構成する行為がそこに絵画化されているからこそ、タンギー的光景はブルターニュや、北アフリカや、ケルゲルン諸島のどこそこを思いおこさせるのである。」


「マグリットと広告」より:

「事実マグリットとは、剽窃とか盗作とかいう近代特有の概念(なぜなら、近代にいたって個人の才能とか天分とかが自覚される以前には、芸術は多かれ少なかれ借用の世界だった)を、もっとも大規模に、呑気かつ辛辣に、嘲笑った芸術家なのである。剽窃は彼の重要なテーマのひとつだった。」


「シュルレアリスムと「謎」」より:

「「眼は野生状態で存在する」(ブルトン『シュルレアリスムと絵画』一九二八年)。これは哲学的比喩ではない。単純に、眼こそが不可思議の証人だということである。「地上三十メートルの高さの〈不可思議〉も、海中三十メートルの〈不可思議〉も、色彩のすべてを虹に関連させてしまうこの猛々しい眼、のほかには、ほとんど目撃者をもっていない。眼は精神の航海に欠かせぬものらしい信号の、慣習的な交換を指揮している。」(同)
 「不可思議」はメルヴェイユーというフランス語の訳である。その語源はミラビリアで、すなわち「見ることの驚き」に関連する。(中略)「眼」はさまざまな「不可思議」の目撃者であるばかりでなく、それ自体が「不可思議」を派生する装置なのである。」




Man Ray - Emak Bakia (1926)





























































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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