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平野敬一 『マザー・グースの唄』 (中公新書)

「ナンセンスは無理にセンス(常識)に還元したりせずにナンセンスのまま、というのがゴールドスミス以来のいちばんまっとうな伝承童謡に対する応対のしかたなのである。」
(平野敬一 『マザー・グースの唄』 より)


平野敬一 
『マザー・グースの唄
― イギリスの伝承童謡』

中公新書 275 


中央公論社 
昭和47年1月25日 初版
昭和54年9月15日 22版
vi 208p 
新書判 並装 ビニールカバー 
定価360円



本書「まえがき」より:

「イギリスの伝承童謡のことをふつうマザー・グースの唄といっているが、その正体はなんだろう。いつごろ発生し、どういうふうに伝承されてきたのだろうか。」
「筆者は戦争直後の旧制の大学で当時としていちおうまともな英文学教育を受けたつもりだが、いまふりかえってみると、イギリスの伝承童謡が講義題目になるようなことはもちろん、授業中に言及されることもなかったように思う。」
「ところで英語で書かれた文学作品にかぎらず、日常手にする新聞や雑誌の英語をみても、そこに伝承童謡由来の表現がじつに多いことに気づかざるをえないのである。」



本書「あとがき」より:

「なお本書に引用した白秋の訳詩等は、漢字は旧来のままに残し、かなづかいだけを現代表記になおした。」
「随所に插入した木版画のカットは、すべて十八、九世紀に流布していた英米の童謡本からとったものだが、そのいちばん新しいものでも世に出てから優に百年は経っているのである。」



本文中図版42点。



平野敬一 マザーグースの唄



目次:
 
まえがき

英語とマザー・グースの唄――序にかえて
 英和辞典ではわからない
 ことばの喚起性
 英語教育で欠落したもの
 読むための唄

マザー・グースの唄とは――わが国への紹介と命名の由来
 『赤い鳥』誌上での紹介
 北原白秋の業績
 竹友藻風の訳業
 現代センスの谷川俊太郎訳
 その反響 「マザー・グース」の由来――白秋の「はしがき」
 アメリカ発生説
 ペローの童話集
 ニューベリーの商魂

イギリスにおける童謡の集成――画期的な三つの業績
 ニューベリー編の童謡集(十八世紀) 
  『マザー・グースのメロディー』とゴールドスミスの注解
 ふざけて、とぼけて、まじめで
 ハリウェル編の童謡集(十九世紀)
  『イングランドの童謡』の達成
  ハリウェルの伝承童謡観
  その分類法
   第一類、歴史的
   第二類、文字遊び
   第三類、物語り
   第四類、格言
   第五類、学校関係
   第六類、歌謡
   第七類、なぞなぞ
   第八類、おまじない
   第九類、爺さんと婆さん
   第十類、遊戯
   第十一類、パラドックス
   第十二類、子守り唄
   第十三類、擬声音
   第十四類、愛と結婚
   第十五類、動物たち
   第十六類、積み上げ話
   第十七類、地方的
   第十八類、遺物
 オーピー夫妻の集大成(二十世紀)
  ハリウェルからオーピーへ 『オックスフォード版・伝承童謡辞典』の序文 三世紀にわたる集成

代表的伝承童謡――その背景と問題点
 「ジャックとジル」
 「ロンドン・ブリッジ」
 「テントウ虫」
 「がぁー、がぁー、鵞鳥さん」
 「六ペンスの唄」
 「ハンプティー・ダンプティー」
 「ドクター・フェル」 
 「ボビー・シャフトー」
 「ドクター・ファウストゥス」その他
 「テン・リトル……」
 「お馬に乗って」
 「オールド・マザー・グース」その他
 「だァれが殺した、コック・ロビンを?」
 「フランスの王さま、山のぼり」その他
 歳時記としての伝承童謡

イギリス伝承童謡の特色――その生命力
 無理のない伝承
 その現代性
 『現代のための童謡集』より
 断絶について
 アメリカの漫画
 伝承童謡の機能
 伝承童謡をどう受け取るか

あとがき
参考書目
原詩
索引




◆本書より◆


「英語とマザー・グースの唄」より:

「たとえば、日本語で「どんぶらこっこ、どんぶらこ」という擬声音(?)を耳にすると、私たちはたいがい「桃太郎」の話で桃の実が川上から流れてくる場面を連想するはずである。(中略)ところが日本語を学習している外国人の研究家が、「桃太郎」の話を知らないまま、かりに詳しい国語辞典や引用句辞典でこの表現の出所やいわくを調べようとしても、まず徒労に終わるのではないかと思われる(子供にきけば、わけなく解明するのに)。またたとえば、「あの山越えて(里へ……)」という表現から子守り唄(「坊やはよい子だねんねしな」)を連想するのは、私たちにとってさほど難事ではないであろう。ところが特別に日本の童謡の研究でもしていないかぎり、外国人の日本語学習者にとって、こういう表現の字句上の意味はわかったとしても、その子守り唄的なニュアンスは、絶対といっていいほどつかまえようがないのではないかと思われる。」
「イギリスの伝承童謡のなかにも「山やま越えて遠方(おちかた)に」('over the hills and far away')という言い回しがある。(中略)これは現代の日常英語にもときどき顔を出す表現である。英語国で育った人なら、すぐこれが伝承童謡に由来する言いかたであることがわかるし、そのメロディーが自然に口に浮かんでくるのである。外国人には、まずそういう背景やニュアンスがわからない。また、この表現にそういういわくのあることにすら気がつかないのである。意味をとるのに別に問題はないし、熟語(イディオム)として辞書で特別に扱われることも絶対といっていいほどないからである。
 しかし、こういう表現を文中にさりげなく使う作者とそれを読む読者とのあいだに、この表現の伝承童謡由来のニュアンスをどちらも暗黙に承知しているという点で、一種の黙契のようなものが成立しているのである。私たちは、同じものを読んでいるつもりでいても、多くの場合、作者と読者とをこういうふうに底においてつないでいるものから実は疎外されているのである。外国人に日本語の微妙な含みや味わいがわかるはずがないと私たちは言いたがるものだが、英語の場合も事情は同じことなのである。それを母国語として習得したもの以外には容易にその正体をあかさないという特質は、どの言語にも備わっており、なにも日本語の専売ではないのである。」



「イギリスにおける童謡の集成」より:

「伝承童謡集成史で次に大きなエポックを画したのは、(中略)十九世紀中葉のジェームズ・オーチャード・ハリウェルの仕事だった。(中略)この著名なシェイクスピア学者は、終生どんよくなほど稿本や古文書の収集につとめた人だが(稿本不法持ち出しで裁判沙汰になったこともある)、そのごく初期の二十歳そこそこのときの成果が『イングランドの童謡(ナーサリー・ライム)』(一八四二年)だった。(中略)数年後には、さらに民話や俗信を渉猟し『イングランドの俗謡と童話』(一八四九年)を編んだが、この両書は、以後一世紀間、つまり今世紀の五十年代にオーピー夫妻の業績が世に出るまで、イギリス伝承童謡のほとんど唯一の典拠となっていたのである。
 さきのニューベリー編の『マザー・グースのメロディー』にはいっていた数十篇の唄はいうまでもなく、イングランド(つまりスコットランドを除く)各地に伝承され世間で親しまれている童謡が、ほとんどもれなく採録されているのである。」
「ハリウェルは、なにより資料を重んじる文献学者だったから、その編著にはニューベリー編の童謡集と異なって編者(あるいはその協力者)の創作とおぼしきものは、はいっていない。すべてなんらかの文献上の根拠があるか、それともいわゆる「聞き書き」なのである。ハリウェルの童謡集によってはじめて活字になった唄もかなりある。たとえば、「ヘクター・プロテクター」の唄。

  みどりずくめの ヘクター・プロテクター
  おきさきさまに めされたけれど
   おきさきさまに きらわれて
   おうさまにも きらわれて
  ヘクター・プロテクター くびになった (谷川俊太郎訳)

  Hector Protector was dressed all in green ;
  Hector Protector was sent to the Queen.
   The Queen did not like him,
   No more did the King ;
  So Hector Protector was sent back again.

 これはハリウェルの分類によれば「第一類、歴史的」という項にはいるのだが、それ以上の編者の説明はなく、どういうふうに「歴史的」なのか、曰く来歴がわからない唄である。」
「やはり、ハリウェルによってはじめて日の目をみることになったのだが、そのほかの文献例が皆無に近い唄に、白秋が「一切空(いっさいくう)」と巧みに題して訳出したのがある。

  一切空(いっさいくう)ちゅうお婆さんがどこかしらにござった。
  豆っちょろのお家(いえ)に納(おさ)まり反(かえ)ってござった。
  そこへ誰だかぬうと出て、
  くわっと口あけ、すう、ぱくり(引用者注:「すう」「ぱくり」に傍点)。
  お家(うち)もお婆さんも一切空。 (北原白秋訳)

  There was an old woman called Nothing-at-all,
  Who lived in a dwelling exceedingly small ;
  A man stretched his mouth to its utmost extent,
  And down at one gulp house and old woman went.

 現代語の感覚とはいえないかもしれないが、いかにも白秋調のうまい訳である。原文でもこの婆さんの名まえは「ナッシング・アット・オール」(まったく無)とふざけたものになっている。(この唄全体がなぞなぞで、「ナッシング・アット・オール」というのはドーナツの穴の部分をさすのではないかという説もある。)伝承童謡には、老人や老婆を主題にしたこのような荒唐無稽の唄がすこぶる多く、ハリウェルは、その『イングランドの童謡』において、分類の項目として「第九類、爺(じい)さんと婆さん」というのを立てているほどである。」









こちらもご参照ください:

北原白秋 訳 『まざあ・ぐうす』 (角川文庫)
『The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes』 Edited by Iona and Peter Opie
『The Oxford Nursery Rhyme Book』 Assembled by Iona and Peter Opie
平野敬一 『バラッドの世界』
小林章夫 『チャップ・ブック ― 近代イギリスの大衆文化』
高橋康也 『ノンセンス大全』



























































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難破した人々の為に。

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将来の夢: 石ころ。

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