巌谷国士 『シュルレアリスムと芸術』

「先に引いたバタイユが言ったように、瞬間の領域である幼時の王国へと回帰することは、成熟した大人の世界にあっては当然危険なものとして禁じられるけれども、シュルレアリスムの画家たちはときとして、この禁制への違犯を事としていた。」
(巖谷國士 「夜の恍惚と妄執」 より)


巖谷國士 
『シュルレアリスムと芸術』


河出書房新社 
昭和51年12月25日発行
357p 図版(モノクロ)32p 図版(カラー)8葉
A5判 丸背布装上製本 函 
定価2,900円
装幀: 野中ユリ



本書「あとがき」より:

「第一部は、いわば序論として、最近書いたもののなかから、全体の主張を要約する、あるいは予告することになりそうな文章を選んでみた。第二部は主として画家論を収めているが、これは『芸術生活』誌に発表したレオノール・フィニ論を除いてすべて、ある連続した意図のもとに、『みづゑ』誌に書きつづけていたものである。第三部はおなじく画家論が中心でも、展覧会や画集出版に際して書いた、いくぶん時事的な性質のもの。第四部はシュルレアリスムのいわゆる「運動」にかかわる、やはり時事的な性格の強い文章を中心とするが、私自身のそのときどきの対応を反省してみるためにも、とくに特徴的だと思えるものだけを選んで、ほぼ年代順に収録してある。画家以外のシュルレアリストについての文章は、アンドレ・ブルトンと瀧口修造に関する二、三を除いて、すべて今後のエッセイ集にまわすことにした。」
「いずれにせよ、ちょうど十年間にわたる仕事の一系列なので、編集しながら、私自身の歩みをたしかめることができるかもしれないと期待していたのだが、思いのほか主張が一貫していて、よくも長いあいだおなじようなことを書きつづけてきたものだと、自分でもいささか驚いている面もある。」



別丁図版モノクロ97点、カラー8点。


巌谷国士 シュルレアリスムと芸術01


帯文:

「人生と世界の変革を求めるシュルレアリスムの精神は、現代の芸術にどのような<末来>を開示させているのか――アンドレ・ブルトンと瀧口修造をはじめ、多くの芸術家たちの営みの解読を通じて、真に自発的な理論を構築する待望の本集成は、日本におけるシュルレアリスム探究の大いなる一歩である。」


目次 (執筆年月):

I
シュルレアリスムのために――序にかえて (1976年6月)
二人になった「私」 アンドレ・ブルトン――ナジャ、幽霊、オートマティスム (1975年2月)
開かれた眼、開かれた自然 マックス・エルンスト――変転する物質の生 (1971年12月)

II
絵画のシュルレアリスム――野の鍵を求めて (1974年11月)
山高帽の無名者 ルネ・マグリット (1971年3月)
結晶の探究 ジャック・エロルド (1971年5月)
ジャングルの啓示 ウィフレド・ラム (1971年7月)
魔女の打明話 レオノーラ・カリントン (1971年6月)
予兆を紡ぐもの トワイヤン (1971年10月)
夜の恍惚と妄執 ドロテア・タニング (1971年11月)
スフィンクス・女の謎 レオノール・フィニ (1972年9月)
シャーマンの甘美な夢 ピエール・モリニエ (1971年9月)
月世界大パレードの寓意 F=S・ゾンネンシュターン (1974年7月)

III
シュルレアリスムの理論と実践 (1975年9月)
近代ベルギーの幻想絵画 (1972年5月)
不可思議の雲 ルネ・マグリット (1970年2月)
妖精たちの森へ マックス・ワルター・スワーンベリ (1976年3月)
百頭女のために マックス・エルンスト (1975年9月)
イマージュの解剖学のために ハンス・ベルメール (1975年11月)
太陽の十二ヵ月 (1974年5月―1975年4月)
 アステカ文明
 岡鹿之助
 ヘンリー・ムア
 瑛久
 ゾンネンシュターン
 マックス・エルンスト
 アンディ・ウォーホール
 絵巻
 浮世絵
 ハンス・ベルメール
 本のオブジェ
 ポール・デルヴォー

IV
アンドレ・ブルトンのダダ (1966年9月)
アンドレ・ブルトンの死 (1966年12月)
シュルレアリスムの今日 (1969年11月)
シュルレアリスムの五十年 (1974年10月)
小説のシュルレアリスム (1975年1月)
哲学のシュルレアリスム (1975年2月)
二冊の本
 『シュルレアリスムの二十年』 (1972年2月)
 『シュルレアリスムと性』 (1974年7月)
夢ミラージュ (1975年9月)
瀧口修造への序 (1975年8月)

あとがき



巌谷国士 シュルレアリスムと芸術02

ドロテア・タニング「パラエストラ」(1947年)。



◆本書より◆



「月世界大パレードの寓意 F=S・ゾンネンシュターン」より:

「じっさいフリードリッヒ・シュレーダーの演じている架空人物、じつは一つの役割にすぎない「ゾンネンシュターン」が何に似ているかと言えば、それはまさにその古今無双の変人たるあり方において、やはり「ユビュ」王であると言うほかはあるまい。ユビュとは何よりも普遍的(ユビック)な存在、それ自体として円形をなし、自らのうちにあらゆる矛盾を包括するところの超男性―世界チャンピオンであったが、ゾンネン(太陽)シュターン(星)もまた言うまでもなく、それ自体として円形をなし、宇宙的リズムを体現するあっけらかんとした超人格の謂であった。(中略)しかも先人ジャリがその「ユビュ」を、もっぱら悲劇的―擬似自殺的に演じ終えたのに対して、すでに「ゾンネンシュターン」をその名にとりいれてしまっているフリードリッヒ・シュレーダーは、自らの個性を完全に抽象化―円形化することに成功し、むしろ意気軒昂、けろっとした顔で敵地のただなかにいる。たしかにこれは道化だとしても、けっして引き裂かれ虐げられ、絶望させられた現代の紋切型、スケープゴートとしての道化ではないのだ。世界の定式化された構造、階層や序列の枠外に追いやられていることは、この道化にとっては自明の理なのであって、むしろ彼はその立場を積極的に享受し、ティル・オイレンシュピーゲルさながら、世界に対しては攻撃的―諧謔的なかかわり方をする。「芸術は叛乱だ。芸術にはどんなお役所もいらない」という言葉は、ゾンネンシュターンのような完璧に無一物の男が吐いたときこそ、真の効力を発揮するものだろう。有意義性と階級性、所有と進歩と定住をその法則とする社会ののっぺり面を、これほど徹底的に相対化し、笑いとばせる立場にある存在もなかったはずだ。しかも彼はこの世界の平板な一元的構造を壊乱するばかりでなく、太陽星の理想にしたがい、それをば自然的―宇宙的リズムへと高める術をも知っているのである。
 じっさいそのようにあるためには、ゾンネンシュターンにとってべつだん「画家」である必要はないし、詩人でも作曲家でも演出家でも指揮者でもある必要はない――いや個別的な人間である必要すらもなく、彼はひたすら円形をなし、変化もせず運動もせず消滅もしない、一個の普遍人格として生きさえすればよかったのだ。」



「瀧口修造論への序」より:

「じっさい今日、シュルレアリスムを包囲しているかに見えるさまざまな通念のなかでも、それをもっぱら「容易さ」に、またたんなるオプティミスムに結びつけようとする見方ほど、好意からであれ悪意からであれ、多くの誤解の因となってきたものはないだろう。歴史的に見た場合、シュルレアリスムの活動――とくにアンドレ・ブルトンその人の活動には、ほとんど周期的に訪れる「書くことの困難」の体験と、そこからの脱出の努力とがつきものであったという事実を、意外なほど具体的に跡づけることができるはずだ。(中略)そもそもシュルレアリスムの端緒となった『磁場』の試み(一九一九年春から夏にかけて)自体、絶望ないし死の影との闘い、あるいは沈黙といういわば「書くことの死」の誘惑との闘いから生れ、それを一度はのりこえながらも、最後にはまたそこへ帰着していったものであることが明らかである。一方では医学を放棄したことから来る生活上の困難と、他方では職業として書くことの拒否――つまり生活を詩に合致させるという理想を達成することの困難と、二重の窮境におかれていた未来のシュルレアリストの眼には、当時、(1)「死」か、それとも(2)「沈黙」による書くことの放棄か、あるいはまた(3)「無意識的老化」すなわち妥協と馴化による書くことの持続かという、三つの否定的な解決法しかないように思われ、ともすれば、自動記述によって「何か危険な本を書く」(アンドレ・ブルトン、『磁場』の加筆本)という企てもまた、そんな袋小路での、いっそ一か八かの冒険であったことが知られるのである。」


巌谷国士 シュルレアリスムと芸術03

トワイヤン「眠る女」(1937年)。
























































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本