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飯沢耕太郎 『フォトグラファーズ』

飯沢耕太郎 
『フォトグラファーズ』

Photographers

作品社 
1996年4月20日 初版第1刷印刷
1996年4月25日 初版第1刷発行
463p 
21×15cm 並装 カバー 
定価3,500円
デザイン: 川畑直道


1988年から1995年にかけて発表された写真家論を集成。「ロバート・フランク」は書き下ろし。


飯沢耕太郎 フォトグラファーズ 01


目次:

ロバート・フランク 写真家であるために――序文にかえて
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット 「妖精の絵」を求めて
ジュリア・マーガレット・キャメロン ガラスの家の記録
ナダール 肖像写真家の誕生
ユジェーヌ・アジェ パリの記憶
ルイス・W・ハイン 「働く人」に寄り添う写真家
福原信三 「光の詩」を求めて
野島康三 「肖像」の力
ジャック=アンリ・ラルティーグ ベル・エポックの眼
マン・レイ 光の男・光の時代
アウグスト・ザンダー 「20世紀人」の肖像
安井仲治 現在形の写真家
中山岩太 陶酔の小宇宙
山脇巖 バウハウスと「新興写真」
アンリ・カルティエ=ブレッソン 「決定的瞬間」の秘密
ウォーカー・エヴァンズ 「超越」する写真
アンセル・アダムズ 「ウィルダネス」の倒錯
エリオット・ポーター ナチュラリスト・フォトグラファーの出発
リセット・モデル ふたつの世界を生きた写真家
土門拳 神話のはじまりに向かって
福田勝治 「写真作家」の誕生
植田正治 オブジェとしての世界
桑原甲子雄 「通過者」の視線
森山大道/高梨豊/中平卓馬 『プロヴォーク』の現在
ヤン・サウデック 血とエロスと肉体の劇場
デイヴィッド・ホックニー 経験の手ざわり
リチャード・アヴェドン 20世紀のエピタフ
ジョン・ディヴォラ 野蛮なサイクロン
篠山紀信 TOKYO 1990
操上和美 眼の生理、魂の生理
ピーター・ビアード 錯乱のメカニズム
リチャード・ミズラック 砂漠の視力
内藤忠行 シンメトリーの魔
牛腸茂雄 記憶の種子
郷津雅夫 切り出された「窓」
ナン・ゴールディン 性と家族の境界を越えて
ラリー・クラーク 「完璧な子供時代」を求めて
猪瀬光 猫の耳、あるいは「恐怖」
平川典俊 なぜ東京で「東京の夢」を見ることができないのか

あとがき
初出一覧
写真掲載協力
索引




◆本書より◆


「ロバート・フランク 写真家であるために――序文にかえて」より:

「写真家とはいったい何者なのか。ここでは仮に、写真によって「生かされる」者という定義を与えておくことにしよう。むろん、このような言い方が曖昧で不確かなものであることは承知の上である。しかし、写真という表現をぎりぎりまで突きつめて考えていくと、写真を撮影する行為、あるいはその結果として生み出されてくる写真そのものが、撮影者その人の生と分かちがたく結びついている状況を見ないわけにはいかなくなる。写真を撮影することで彼らは行き続けるための力を手に入れ、逆に彼らの生にまとわりついた感情やエネルギーの束が投げ入れられることで、写真はそれを見る者を刺し貫くような輝きを帯びる。そのような相互作用を、自らの生の過程でいやおうなしに体現している者こそ、写真家の名にふさわしいのではないだろうか。」


飯沢耕太郎 フォトグラファーズ 02

野島康三 「細川ちか子氏、1932」。


飯沢耕太郎 フォトグラファーズ 03

植田正治 「シルウエット、1936」。



こちらもご参照ください:

飯沢耕太郎 『写真美術館へようこそ』 (講談社現代新書)




























































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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