猪瀬光 『VISIONS of JAPAN - INOSE Kou 1982-1994』

「それから私は、しばしばこんな夢に苦しめられることになる。町工場のコンクリートで固められた流しの下に、私の使っていた食器皿が置いてある。(中略)私は、その皿の中に何が入っているのかを知っている。そこには決まって、猫の耳が入っているのだ。あれから20年以上もたった今、あれ程私を苦しめた夢のことや、猫の耳を切ったことすら忘れ、一種の諦念を伴った方向性の中で時を過ごして来た。しかし、歩き慣れた道が突然陥没し、回りの風景を一変させることがあるように、ある事物と向きあっている時にも突然、遠い記憶の奥底から、私に潜在する思いを、再構築せよという声が響いて来る。それは猫の耳であり、草木であり、様々な事物と関わらざるをえない行為そのものとして、現実の中に顕在化されてゆくのだ」
(猪瀬光)


猪瀬光 
『VISIONS of JAPAN
INOSE Kou』


光琳社 
1998年4月27日初版発行
96p 
21×21.5cm 
角背布装上製本 カバー 
定価3,200円+税
監修: 伊藤俊治
編集: 本尾久子
アート・ディレクション: 葛西薫
デザイン: 井上庸子



本書解説(伊藤俊治)より:

「自己と他者、幻想と現実、動物と人間、事実と神話といった境界をおびやかし、我々が自我や個性と名づけている危うげなアイデンティティに関する始源的な恐怖」「猪瀬もまたそうした身体や精神に残された“最後の辺境”のヴィジョンの探索者といえるのだろう。猪瀬の写真には今、失われようとしている、隠された生身の眼差しと対象との衝突がこめられ、物質としての身体と記憶のメカニズムが内包されているように思う。そしてそれは実は子供たちが最初に他者や未知のものに接する時の恐怖の感情に対応している。」


光琳社の写真集シリーズ「VISIONS of JAPAN」の一冊として刊行された、猪瀬光(いのせ・こう)作品集。1982年から1994年にかけての作品40点を収録。巻頭に伊藤俊治による解説「感情の胎児――猪瀬光の写真世界へ」、巻末に猪瀬氏の略歴と作品発表歴一覧。
本書は右ページに写真図版、左ページは余白です。


猪瀬光01


そういうわけで本書を繙きつつ、心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつけたいとおもいます。


猪瀬光02


人は道を行く。人は道を外れる。道を外れることは狂気であろう。しかしながら、道を、ひたすら道だけを辿りつづけることもまた別種の狂気に他ならないです。
舗装道路の傍らではイネ科植物が繁殖し、その一部は既に人間のテリトリーに侵入しつつある。反対側からは光に照らされた路面を木々の影が蝕みつつある。文明はつねに野生のエネルギーの侵蝕によって脅かされている。あるいはこういってもよいです、文明は自然が生み出した奇形であり病であり、自然は自らの過ちを全力で回収し治癒しようとしていると。
辺境ではいろいろなことが起こる。殺しあいが起こり、未知のモノたちが越境してくる。この見事な辺境イメージの提示を皮切りに、日常の中の様々な辺境が黙示されてゆきます。


猪瀬光04


精神病院の窓。窓という開放と、鉄格子やワイヤーという閉鎖が共存する辺境。


猪瀬光05


蛇口こそ日常の只中にある異界からの通路です。


猪瀬光09

 
現代医学という辺境で、ヒトはモノと化す。


猪瀬光03


光によって荘厳された豚。

「生徒らはもう大活動、豚の身体(からだ)を洗った桶(おけ)に、も一度新らしく湯がくまれ、生徒らはみな上着の袖(そで)を、高くまくって待っていた。
 助手が大きな小刀で豚の咽喉(のど)をザクッと刺しました。
 一体この物語は、あんまり哀(あわ)れ過ぎるのだ。もうこのあとはやめにしよう。とにかく豚はすぐあとで、からだを八つに分解されて、厩舎(きゅうしゃ)のうしろに積みあげられた。雪の中に一晩漬(つ)けられた。
 さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月(げんげつ)が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に、豚はきれいに洗われて、八きれになって埋(うず)まった。月はだまって過ぎて行く。夜はいよいよ冴(さ)えたのだ。」
(宮沢賢治「フランドン農学校の豚」より)


猪瀬光07


カオスの恐怖から逃れるために、人々はモノを名づけてきました。だがしかし、名づけえぬものは確実にこの世に存在しています。


猪瀬光08


あからさまな分娩場面をめくると人体骨格標本です。冷徹な知性というべきか黒いユーモアというべきか。

『古事記』によると、「凡(すべ)て侘国(あだしくに)の人は、産むときに臨(な)れば、本つ国の形を以ちて産生(う)むなり。(中略)願はくは、妾(あ)をな見たまひそ」(アウトサイドから来たものは、子どもをうむ時にはアウトサイダーとしての本来の姿に戻るものである。だからどうか見ないでほしい)と、海神の娘トヨタマヒメは言いましたが、人間そのものが、自分たちが作り出した文明のアウトサイダーです。文明にとって最もオブシーンなもの(見てはならないもの)は他でもない人体です。


猪瀬光06


卵はおいしい。卵は宇宙の始原。でもほんとうは、卵はここではないどこかから来た、とても不気味なものなのではなかろうか。














































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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