武田雅哉 『蒼頡たちの宴』

「漢字への不満や懐疑は、近代に至って初めて生まれたものではないということだ。漢代にあって、すでに漢字への懐疑は生じていたのである。文字の発明は、少なくとも漢代には、呪われたものとしての一面をも兼ね備えていたということになる。」
(武田雅哉 『蒼頡たちの宴』 より)


武田雅哉 
『蒼頡たちの宴
― 漢字の神話とユートピア』


筑摩書房 1994年8月25日初版第1刷発行/同年11月25日初版第3刷発行
322p 
四六判 丸背紙装上製本 
定価2,200円(本体2,136円)
装幀: 南伸坊



本書「あとがき」より:

「本書は、拙著『翔べ! 大清帝国』(中略)の一部を成す「漢字の長い午後」と、雑誌に書き散らした以下のエッセイをもとに、あらたに書きおろしたものである。
 「「イラ・フォルモサ!」への旅――台湾人サルマナザール“美しき島の物語”」(『へるめす』二十三号、一九九〇)」

「本書を書いた動機は、「ヘンテコな文字を並べた本を作りたい!」という、はなはだ不純なものに尽きるのであるが、」



『蒼頡(そうけつ)たちの宴(うたげ)』。著者、武田雅哉(たけだ・まさや)氏は1958年生、中国文学。
本書は1995年度サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞。1998年に「ちくま学芸文庫」版が刊行されています。

本文中図版(モノクロ)多数。


武田雅哉 蒼頡たちの宴1

 
帯文:

「サントリー学芸賞受賞
〈普遍文字〉の夢に憑かれた幻視者たちの
高邁な精神と奇ッ怪な成果。
漢字をめぐる愛憎の歴史が、中国人のコスモロジーを映し出す。」



帯裏:

「中国人じしんが、
どれほど漢字を嫌悪し、
これと戦ってきたか、
それでもなお現在、
漢字を使わざるをえない
でいるのはなぜなのか?
「序 眼球コンプレックス」より」



目次:

序 眼球コンプレックス
一 蒼頡の夜明け
 漢字発明者の伝説
 蒼頡のイコノロジー
 漢字の起源伝説
二 中国人のお荷物
 漢字の発音表記
 漢字のバベルと普遍中国語
三 月に映じた普遍の夢
 十六、十七世紀ヨーロッパの中国語観
 普遍言語構想と中国語
 月世界語をマスターせよ
四 円環をめぐる対話
 『西儒耳目資』の誕生
 レンズをのぞく二人
 言語を生む円環
五 中国の言語ユートピアン
 トリゴーの子供たち
 東洋の普遍言語計画
 言語ユートピアの帝王学
六 蒼頡たちの画廊
 バベルへの挑戦
 世のなかは変えねばならぬ
 大清帝国新文字の画廊
 ユートピアの言語政策
七 蒼頡たちの午後
 跳梁する記号たち
 異文字のカタログ
 あるべき記号を求めて


あとがき



武田雅哉 蒼頡たちの宴2



◆本書より◆


「序 眼球コンプレックス」より:

「漢字を作ったといわれる伝説上の聖人は、蒼頡(そうけつ)という名を持っていた。かれの、外見上の最大の特徴は、「四つの目」を持っていることであった。蒼頡の肖像をながめてみよう。四角形の四つの隅を形成しているような、かれの目の配置は、まさに四角い文字である漢字を産み出した聖人にふさわしいものだ。」
「ところが、われわれ漢字を使用する人間ときたら、残念なことに、(中略)「目玉が二つ足りない」のである。これは、毛が三本足りないことよりも、決定的な欠陥ではあるまいか。四つ目の偉人が発明したものを、二つ目の凡人がなんとか活用しようというのであるから、発明者の意図を完全に継承するのは、しょせん無理なことであろう。それゆえにわれわれは、そしておそらくは中国人も、(中略)漢字という、本来はとてつもなく偉大なはずの発明品を、まっとうに使いこなすことができず、むしろこれを持てあまし、その管理と保全とに、多大な苦労を強いられてきたのである。」

「いっぽうヨーロッパでもまた、言語が不完全なものであるとの懐疑は、しばしば語られていた。(中略)ただいま話されている無数の言語は、こうして乱された(引用者注: 「バベル Babel=混乱」)言語のなれの果てにほかならない。大航海時代は、地球上のどこかに残存しているかもしれない「アダムが話していた言語」のかけらを捜すという作業を、ひそかなる目的としていた。これと同時に、アダムの言語に匹敵するような完全な言語を、科学的にデザインするという作業にも、かれらは着手し始めた。「普遍言語」や「哲学的言語」と呼ばれるものの構想である。
 十六世紀あたりから、おもにイエズス会宣教師によって陸続と紹介されつつあった東洋の大帝国の言語もまた、アダムの言語の候補者であり、同時に、新たな言語のデザインのモデルであった。つまり、中国は言語のユートピアであり、中国語はユートピアの言語として幻視されたのであった。
 十七世紀、多くの宣教師がかれらの文化を携えて中国にやってくるようになると、漢字に懐疑を抱いていた中国の言語学者たちは、ヨーロッパで用いられているラテン・アルファベットに触れ、その表音性に魂を奪われたけしきがある。かくして、東と西とのあいだに一枚の鏡が生れたといえるだろう。東は西を鏡に、西は東を鏡にして、みずからの言語の解剖と模索とを始めたからである。」



武田雅哉 蒼頡たちの宴3






















































































































































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難破した人々の為に。

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