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ヒレア・ベロック/エドワード・ゴーリー 『悪いことをして罰があたった子どもたちの話』

2012年6月21日


ヒレア・ベロック 文/エドワード・ゴーリー 絵
『悪いことをして罰があたった子どもたちの話』
柴田元幸 訳


河出書房新社 2010年12月20日初版印刷/同30日初版発行
80p 23.5×18.5cm 角背紙装上製本 カバー 定価1,050円
装幀: 渡辺和雄
Hilaire Belloc - Cautionary Tales for Children (1907)
Drawings by Edward Gorey



本書は、G・K・チェスタトンの親友ヒレア・ベロックの著書『Cautionary Tales for Children(子どもたちのための訓戒物語)』(1907)に収録された12篇のうち7編にゴーリーが新しい挿絵を描き、ゴーリーの死後2002年に Harcourt 社から出版されたものの日本語版。カバー絵はカラーで表・裏2点、本文にはモノクロで扉絵を含む全60点のイラストが掲載されている。


ベロック ゴーリー 1

カバー表。


ベロック ゴーリー 2

カバー裏。


本書の「訳者あとがき」には「原書に入っていた12篇中7篇しかゴーリーが挿絵を描かなかったのは、おそらく早すぎる死が原因だろうと思われる」とあるが、それはどうか。1996年、ゴーリー生前に出たクリフォード・ロス/カレン・ウィルキン著『エドワード・ゴーリーの世界(The World of Edward Gorey)』(Harry N. Abrams)には、既に本書のカバー絵の原画が掲載されており、「未刊(Unpublished)」と注記されているからだ。原画の背表紙部分には「Holiday House」という具体的な出版社名まで入っている(Holiday House は児童書の出版社)。なんらかの理由で出版計画が頓挫してお蔵入りになっていたものであろう。

オリジナルの挿絵(エドワード・リア風)は「B. T. B.」ことベイジル・テンプル・ブラックウッド(Basil Temple Blackwood、ベロックの友人)によって描かれている。
下記サイト(Project Gutenberg)でベロックの原文とオリジナル・イラストが見られる。
Project Gutenberg's Cautionary Tales for Children, by Hilaire Belloc 


本書に収録されているゴーリーが挿絵をつけた7篇は:

ジム 乳母からにげてライオンに食われた子の話
ヘンリー・キング 紐をかんで苦しみにあえぎ幼くして世を去った子の話
マチルダ うそをついて焼け死んだ子の話
フランクリン・ハイド 泥遊びをして伯父さんに懲らしめられた子の話
ゴドルフィン・ホーン 高慢の罪が祟って靴みがきになりはてた子の話
アルジャーノン 弾の入った銃で遊んで妹に当たりはしなかったけれど父親に叱られた子の話
ヒルデブランド 通りかかった自動車におびえて理をさとされた子の話


で、巻頭に「はじめに」(序詩)が置かれ、「訳者あとがき」中に参考として「レベッカ ふざけてドアをばたんと閉めて悲惨な死を遂げた女の子の話」が訳出されている。


ベロック ゴーリー 3

本文はこんな感じ。本書の挿絵では、それぞれの絵でなんらかの要素が枠線からはみだして描かれているのが特徴になっている。社会からのはみだし者を主人公にした絵本だからであろうか。


本書のカバーそで文には「悪いことをした子どもには/残酷な運命が待つ/という訓話を/ゴーリー風味で味つけした/素晴しくも哀しい/ものがたり」という、「素晴しくも哀しい」のあたり、やや曖昧で的外れな文言が書かれているが、本書「訳者あとがき」には、「子どもの教育ツールとしても教訓ばなしがしばしば用いられた」「ベロックも、キャロルと同じくそうした風潮をからかって、教訓詩・物語のパロディを数多く書いた」とある。しかしながら、このようなパロディの底には、たんなる「からかい」よりも根深いトラウマ的な問題がわだかまっているような気がしてならない。ところで、評判のよい Morton N. Cohen のルイス・キャロル伝を読んでいたら、キャロルに対するウィリアム・ブレイクの影響を論じたくだりで、「子どもは大人の縮小版であり、子ども時代というのはできるだけすばやく通過すべき時期であると考えられていた」が、それに対して「否」を唱え、子どもの「無垢」(innocence 「無罪」)を称揚したのがジャン=ジャック・ルソーでありブレイクであったということが書いてあったが、むろん、世の中というのはそれほど劇的に変わるものではないから、キャロルの時代にも、ベロックの時代にも、またゴーリーの時代にも、ほんものの子どもらしさが一般社会で称揚されることなど決して有り得なかった。子どもを子どもでなくすための「教育」が奨励され、体罰や虐待が「しつけ」として罷り通るのはいつの時代でも同じ事だが、「悪いこどをした子どもには/残酷な運命が待つ/という訓話」は、小市民道徳全盛のビーダーマイヤー時代のドイツの精神科医ハインリッヒ・ホフマンのベストセラー絵本「もじゃもじゃペーター(Struwwelpeter)」に典型的な形でみられるもので、ハインリッヒ・ホフマンの絵本では、両親の留守中にマッチで火遊びをした女の子は火だるまになって焼け死に、親の言いつけに従わずに指しゃぶりをした男の子は家宅侵入してきた(「砂男」のような)不審者にハサミで両手の親指を切り落とされてしまう。
つまりは、子どもが子どもであるというそのこと自体が社会にとっては「悪いこと」であり、「罰」するに値するというわけだ。
そう考えると、ゴーリーの問題絵本『ギャシュリークラムのちびっこたち』は、要するに、ことさらに子どもたちがした「悪いこと」を描写する手間を省いて(子どもは子どもであるというだけで社会からみれば有罪なのだから)、「罰」があたった場面だけを手っ取り早く描いてみせた絵本だということができるだろう。
いや、なにも「死」を文字通りに受け取る必要はないわけで、われわれはみんなじぶんの中の子どもを殺して大人になっているのである。大人の数だけ殺された子どもがいるのだ。
















































 
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