種村季弘 『迷信博覧会』

「一つの文化期が終わるとそこで信仰されていた共同主観も終わる。古代ギリシア人が信じていた神話は中世人にとっては異教的な迷信にすぎなかった。けれども異教的古代の神々がルネサンスでよみがえると、ひるがえって今度は中世のキリスト教的信仰が暗黒時代の迷信とみなされる。しかしそう高飛車に出た近代合理主義だって、いつ迷信の側に回されないとも限らない。」
(種村季弘 「ナウイぞ、スルメ男」 より)


種村季弘 
『迷信博覧会』


平凡社 
1987年2月16日 初版第1刷発行
229p 著者略歴1p 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価1,300円
装幀: 木幡朋介
カバー・扉絵: 太田大八



本書「あとがき」より:

「本書の原形は、月刊「QA」に創刊号から昭和六十一年十二月号まで計二十五回にわたって連載した「迷信博覧会」であり、単行本編集に際して「媚薬の使い方」(「アンアン」昭和五十九年四月六日号)、「茸とクソの戦争」(森毅編「キノコの話」光文社・昭和六十一年九月)を追加した。」


本文中図版(モノクロ)多数。本書は1991年に「ちくま文庫」版が刊行されています。


種村季弘 迷信博覧会


帯文:

「この世とあの世の綱渡り
狐がコンと鳴けば、悪魔がささやく。
吸血鬼が目覚めると、兎が嗤う。
虚実のはざまで舞い踊る、迷信たちの大饗宴。」



帯背:

「信じるか、
それとも嗤うか」



帯裏:

「●本書に収められた迷信
悪魔の糞・狐つき・狸ばやし・鬼門・媚薬・うわなり打ち・欠き墓・十三日の金曜日・四月馬鹿(エイプリル・フール)・厄年・丙午(ひのえうま)の女・一富士二鷹三なすび・茸の毒消し・吸血鬼(ドラキュラ)とニンニク・塩の浄化力・食い合わせ・チチンプイプイ・クシャミの回数 etc.
●迷信を信じているのかといえば、そうではない。信じないのかといえば、それでもない。信じる信じないより、迷信が折角あるのなら、それを楽しんでしまおうというのが、本書のすこぶる虫の好い魂胆である。
(著者あとがきより)」



目次:

動物 第I章
天狗のしゃれこうべ
兎のダンス
物品取り寄せの限界
狸の集金旅行
絵馬は仲立ち

運 第II章
鬼門には背中を向けろ
嫁婿えらび神の声
媚薬の使い方
閾際の吉凶
初恋のたたり

物 第III章
ナウイぞ、スルメ男
ありがたいお札
霊柩車の運転法
浅右衛門の膽蔵

暦 第IV章
十三日の金曜日
四月一日は馬鹿(フール)になろう
厄年の綱渡り
丙午の女

食 第V章
黄金色の茄子
茸とクソの戦争
吸血鬼とニンニク
塩は敵に送れ
南瓜がこわい

呪(まじない) 第VI章
チチンプイプイ
長い長い名前
鼻を高くするおまじない
くしゃみ論争
あとがき




◆本書より◆


「物品取り寄せの限界」より:

「奇術の演目の一つに物品取り寄せ術というのがある。舞台の上に大きな箱がある。そのなかから、観客が自由に指定した、一里四方なら一里四方にある物品を、何なりと取り出してみせようというのである。」
「客の指定は紙に書かせる。客は望みの物品名を紙に書いたら、それをこよりに撚る。助手が(中略)そのこよりを客席から集めて、舞台に持ち帰ると奇蹟が起こるのだ。
 むろんネタはここで仕込まれるのである。箱のなかにある物品ばかりを書き記した別の紙こよりを、助手がここで客のものとすり替えるのだ。」
「明治十五年頃に中京一帯でこの奇術を演じて当てた男がいた。その名を亜細亜マンジ。」
「亜細亜マンジの「一里四方物品の取り寄せ」は、半世紀ほど後に神道斎明光というもう一人の奇術師に受けつがれて関東の舞台で大当たりをした。(中略)実は亜細亜マンジの元表方で、門前の小僧式にマンジ奇術をおぼえると独自の考案で新機軸の「稲荷足力研究魔術」なる代物を編み出した。新機軸といっても、早くいえば狐つきのまねをして自称霊能者の迫力を盛り上げたのである。」
「神道斎明光が稲荷魔術を編み出したのは、横浜永島町のさる旅館の軒先に落ちていた伏見稲荷の御札を拾ったのがきっかけだった。霊感がひらめいた。ただちにその名も明光改メ狐光と変え、大正九年三月二十五日に八丁堀の住吉亭で稲荷魔術の蓋を開けた。舞台正面に稲荷神社を安置し、手前のテーブルの上に唐櫃を置いたところへ、狐光が手に鞭を持って登場する。原理はマンジの取り寄せ奇術と同じことだが、鞭が曲者だった。鞭で見えない狐を使うのである。
 まず口上を(中略)くり返して、狐の霊力の効験をまくし立てる。稲荷様の御眷族(けんぞく)のお召使の狐、これが「一分間とたゝぬまに、何十里何百里と隔りましたる処より、いか様な品でありませうとも、携へ立帰(たちか)へるとございます」。」
「近代魔術の基本は演技である。まず演技によって観客を共同幻想へと催眠誘導し、そのうえでイカレた客の鼻面をつかんで引き回すのだ。一旦そうなってしまえば失敗やトチリでさえも、かえって客の幻覚を高める役に回るのである。
 神道斎狐光はけっして注文の物品をおいそれとは取り出さなかった。「相模屋のまんじゅう」がご所望なら、まずしばしためらってみせる。「只今、相模屋の門口に犬が一匹をつてはいれぬさうでございます。犬の退散いたすまでしばらくお待ちを願ひます」。そうして次の二、三点を取り出してから急に聞き耳を立て、「何、犬がどいた。さうかすぐ持つて来い」。
 狐が煙草の種類を間違えたりする。たとえば「敷島」と読み上げたのが「バット」になって出てくる。すると「違ふ。違ふ。それはバットだ。いひつけたのは敷島だッ!」こういうときに例の鞭がモノをいうのである。
 狐つきの演技に凝りすぎて、舞台を降りてからも狐が落ちない、というか根っからの狐つきという演技を続けなければならなかった。」
「晩年の神道斎狐光は奇術の足を洗ってほんものの稲荷の堂守になってしまったそうである。」



「ナウイぞ、スルメ男」より:

「ドイツ語の迷信(Aberglaube)という語は字義通りには「別の信仰」である。いま皆が信じている信仰とは別の信仰、かつては信じられていたがいまは信じられなくなった信仰、というほどの意味だろうか。
 一つの文化期が終わるとそこで信仰されていた共同主観も終わる。古代ギリシア人が信じていた神話は中世人にとっては異教的な迷信にすぎなかった。けれども異教的古代の神々がルネサンスでよみがえると、ひるがえって今度は中世のキリスト教的信仰が暗黒時代の迷信とみなされる。しかしそう高飛車に出た近代合理主義だって、いつ迷信の側に回されないとも限らない。」

「見た目には大人が迷信を語っているようでいて、それは大人のなかにいる子供が語っているのだ。ここに、そのことを掌(たなごころ)を指すように言い当てている人がいる。
 「迷信は信仰の問題というより習慣の問題です。人が迷信を信じるのは、何も頭からそれを鵜呑みにしているわけではなくて、子供時代のある種の思い出に影響されているのです。そう、大人たちがちっとも《大人》になどなっていないんだと分かってうれしかった子供時代の思い出。そこをどきな、といって黒猫をやり過ごさせた手、《ほらほら、梯子の下をくぐってはだめじゃないの》とか、《新月だよ、何か欲しいものを願掛けしてごらん》とか言っていた声、それがもうひとつの思い出をも喚(よ)び起こしてくれる。あの手も、あの声も――みんな私たちが大好きだった人たちのものだった、という思い出を。
 人はたとえ信仰は失せても、習慣の鎖を断つことはためらう。それはちっとも不思議なことではない」
 伝承は新旧時代の衝突の現場では「迷信」として葬りさられても、子供(時代)の思い出のなかでは愛する人たちの記憶とともに消えない。子供が成人しても、「大人たちがちっとも大人になどなっていない」のだから、幼年時代の思い出のように居残っている大人のなかの子供が、あれらのファンタスティックな物語をちゃんと憶えている。だから幸いにして、最先端の天文学の理論を勉強したからといって、その人は別段、そのために七夕や十五夜の行事を鼻であしらうということにはなっていない。
 言い忘れたが、先に引用した名文句は、しかつめらしい民俗学者や文化人類学者の言葉ではない。発言者は誰あろう、いかにも大人らしいあらゆる大人を悩殺し続けてきたあの大女優、マレーネ・ディートリッヒ。かねて私が愛読している、彼女の『マレーネ・ディートリッヒのABC』と題するディートリッヒ語録のなかから、たまたま冒頭にある Aberglaube (=迷信)という項目を逐一訳出してみたまでのことである。」





































 
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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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