ミッシェル・カルージュ 『独身者の機械』 (高山宏+森永徹 訳)

「独身者の機械のドラマは、まったくひとりで生きている人間のドラマではなく、かぎりなく異性に近づこうとしながらも真に交わることのできないでいる人間のそれなのだ。潔癖な貞潔が問題なのではない。逆だ。重なりあいのぼりつめてはいるのに、一向に融けあうことができないでいる二つのエロティックな激情の葛藤こそが問題なのだ。」
(ミッシェル・カルージュ 『独身者の機械』 より)


ミッシェル・カルージュ 
『独身者の機械
― 末来のイヴ、さえも……』 
高山宏+森永徹 訳


ありな書房
1991年1月15日 第1版第1刷発行
1991年5月15日 第1版第2刷発行
282p 
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,090円(本体3,000円)
装幀: 工藤強勝

Michel Carrouges : Les machines célibataires, 1954, réédition 1976



本文中図版(モノクロ)多数。


カルージュ 独身者の機械 01


帯文:

「性愛機械

精神光学」



帯裏:

「デュシャンの『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』を基底に据え、カフカ、ルーセル、ジャリ、アポリネール、ヴェルヌ、リラダン、イレレルランジェ、カサーレス、ロートレアモン、ポーに至る、性愛の錯乱とそのマシニズムの統合を剔出する独身者=機械文学の世界に誘う。」


カルージュ 独身者の機械 02


目次:

はじめに
 この新版について
 挿絵について
序論
 近代神話を探る
I 偉大な機械愛好家と彼らの機械
 マルセル・デュシャンとフランツ・カフカ
 一九七五年のノート
 レーモン・ルーセル
 アルフレッド・ジャリ
 ギョーム・アポリネール
 ジュール・ヴェルヌ
 ヴィリエ・ド・リラダン
 イレーヌ・イレレルランジェ
 アドルフ・ビオイ・カサーレス
 ロートレアモン
 エドガー・アラン・ポー
II 独身者の機械の精神屈折光学
 独身者の機械の変換群
付記
 マルセル・デュシャンからミッシェル・カルージュへの四通の手紙
 評註
独身者の機械を含む主要作品の暫定的編年史
本書で分析した独身者の機械の一覧表


解題――永遠に新しいシュルレアリスムの実践 (高山宏)



カルージュ 独身者の機械 03



◆本書より◆
 

「序論」より:

「これから読者にお届けするのは、独身者の機械がそびえたつ高台へのはじめての探索の旅である。
 わたしが精いっぱい目指したのは、独身者の機械の主題群の、ほとんど解きほぐしえないまでの錯綜ぶりを示し、比較をもとにしてそれらの構造を明らかにすることだ。それぞれの面の相互干渉と対応関係は奇態なばかりで、もはやまるで生命あるものの世界のごとくである。独身者の機械を制作した人たちがそれらをどの程度ひとつのものに収斂(れん)させようとしたのかがわからないそのぶん、機械たちはいやがうえにも紛糾し、爆発的なものに見える。
 独身者の機械制作者の誰ひとりとして、どういうドグマであるにしろひとつのドグマの枠内に収まってもいなければ、ただひとつの説明の埒(らち)の中にとどまってもいないだろう。この探検の最大の喜びは、まさに、どこに到達するのかまったくわからないまま始まり、一歩進むごとに思いがけぬものが閃光を放ってあらわれるところにある。」
「独身者の機械の神話が真っ芯に指し示すのは、機械文明(マシニスム)と恐怖の世界とにこもごも支配される王国である。」
「われわれの時代の大天才たちが非現実的な玩具で気散じに耽っているとか、彼らが気まぐれに思考を韜解しているなどと思うのは子供じみた考えであろう。いかに奇怪千万なものに見えようとも、彼らの大きな玩具には、現代の四つの悲劇が刻みこまれた重大な神話が強烈に表現されている。機械文明(マシニスム)、恐怖、エロティシズム、宗教あるいは反宗教の四つが干渉しあい、それこそ文目(あやめ)もわかず複雑に縺(もつ)れあっているのである。」



「マルセル・デュシャンとフランツ・カフカ」より:

「読書をしていると、想像力が無意志的(オートマティック)な衝動につき動かされ、その衝動を誘発した当の書物について思いがけない絵解きをしてくれることがある。イメージが湧いたり消えたりするのにまかせたまま、われわれはなぜイメージそのものに直接注意を向けないのか。そこにはきわめて特殊な仕方で惹きおこされる夢想の(オニリックな)作用があり、それを分析すれば、多くの啓示が得られるようにも思われる。
 たとえばわたし自身、カフカの『変身』をはじめて読んだとき、毒虫になったグレゴール・ザムザのイメージと、マルセル・デュシャンの有名な『大ガラス』作品、『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』の最上部に吊りさげられたあのもう一匹のおぞましい虫とのあいだに奇妙な一致があると、どういうわけか感じたのだ。グレゴール自身、あるときは天井に、あるときはガラス窓に、あるときは壁掛けの額の版画のガラス蓋にぶらさがっているではないか。
 最初は、この類似はかなり表面的なものだと思った。これは、似ても似つかぬ二つの作品のあいだにたまたま見られたまったくの偶然の一致、たいした意味のない一致ではないのか。」
「ところが、ずっとあとになってカフカの『流刑地にて』を読んでからというもの、もう一度検討しなおさなければならないという思いが念頭から離れなくなった。ブルトンの「花嫁の燈台」の洞察力に富んだ分析を検討していくうち、わたしは突然一条の光明を得たのである。なかんずく彼の作品の一部分に彼みずからとくに「独身者の機械(la machine célibataire)という名をつけていたこともあって、デュシャンの造形的神話の中に、重要きわまる独身者という要素(l'élément célibataire)をわたしは発見したのだ。ただちにわたしは、カフカの人と作品の両方の中に占める独身者(célibat)たることのもつ影響力とこの事実とをつきあわせ、『流刑地にて』と『花嫁』の二つの装置の全体が二大「独身者の機械」ではないかと考えたのだ。
 あとは直観で思いついたこの仮説を方法論的に検証することである。(中略)二つの作品からつくりあげられるイメージの一覧表から、ほんとうに有機的な二つの形象(figures)を見つけることができるのだろうか。それぞれ独立していながら、たがいに重ねあうこともできる二つの形象を。」



「レーモン・ルーセル」より:

「独身者の機械こそは、ルーセルの想像力の主軸である。見晴らしの中央に奇態な威容を屹立させている独身者の機械はひとつにはとどまらず、いくつもある。」

「独身者の機械のドラマは、まったくひとりで生きている人間のドラマではなく、かぎりなく異性に近づこうとしながらも真に交わることのできないでいる人間のそれなのだ。潔癖な貞潔が問題なのではない。逆だ。重なりあいのぼりつめてはいるのに、一向に融けあうことができないでいる二つのエロティックな激情の葛藤こそが問題なのだ。」



カルージュ 独身者の機械 05


「テッサリアの王イクシオンは、ゼウスの妻ヘラに欲望を感じていた。怒った神(あるいは女神自身)は、王を懲らしめてやろうと一計を案じ、ヘラにそっくりな人工の雲をつくって、イクシオンのもとへ贈った。やがて王は偽りのヘラで欲望を満足させた。ゼウスは不幸なイクシオンを地獄へ追いやり、永劫に回転しつづける灼熱の火炎の輪に彼をくくりつけた。おわかりのとおり、この神話の物語では、過ちと懲罰とは非連続で、たがいにひとつの法的な道徳観の制約を受けている。これとは逆に独身者の機械では、たがいの愛情がないところでの性的欲望の充足が、愛の欲望が満たされないという身を責めさいなむような不満感を、人間存在に内在する機械の中に引きおこす。このベルナール・ピカールの版画(一八世紀)に見られるのが、まさにそれだ。ここでイクシオンが車輪とともに回転する一方、炎と煙がたえず彼の熱い欲望と、偽りの雲の想い出とを蘇らせるのだ。贋のヘラからははるかにのちのことになるが、この「イクシオン・コンプレックス」から、カゾットの『悪魔の恋』におけるビオンデッタ、M・G・ルイスの『マンク』におけるマティルドなどなど、その他「未来のイヴたち」が一体どれだけ生まれたことだろう。」


カルージュ 独身者の機械 06


「トーテムという語は、北米インディアンのアルゴンキン語族の言葉に由来するもので、同族関係という観念を意味する。トーテム・ポールは、現実のものであろうと神話的なものであろうと、人間と動物の同族関係を表わす一種の家系樹である。(中略)同様に、デュシャンの『大ガラス』が絵のように壁に掛けられるためのものではなく、トーテム・ポールのようにある空間の中心に立てられる(中略)ためのものであることは、きわめて大きな注目に価する。独身者(の機械)としては、「大ガラス」は生殖を否定し、それゆえ人間の家系というものをも否定するので、言ってみれば反トーテム的なトーテムなのである。逆に(独身者の)機械としては、『大ガラス』は現代世界の真のトーテムである。なぜならそれは人間の、動物や植物とではなく、機械との一体性や同族性を言いつのるからである。人間はレディメイドたちの血族となる。サミュエル・バトラー描くところのオーストラリアの反機械的な理想郷「エレホン(EREWHON)」(一八七二)と、機械の帝国に服属させられたわれわれの世界「ナウ・ヒア(NOW-HERE)」とのあいだの境界にそびえたっているものこそ、暗号文が刻まれたガラス製のメンヒルであり、客観的ユーモアの記念碑でもあるデュシャンの『花嫁』なのだ。」



































































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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