大岡昇平  『ルイズ・ブルックスと「ルル」』

「私にはハリウッドの生活は夢魔でした。私は大ホテルで自分の部屋が見付けられない女みたいでした。私は逃げ出しました。それからいつも自分から逃げ続けています。もはや69歳、自分を再び見付けるのをあきらめています。私は何者でもなかったのです」
(ルイズ・ブルックス)


大岡昇平 
『ルイズ・ブルックスと「ルル」』
 

中央公論社 
昭和59年10月10日 印刷
昭和59年10月20日 発行
116p 
25.5×25.5cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円
デザイン: 田淵裕一



本書「おわりに」より:

「本文は私が1983年末文芸雑誌「海」1月号に載せた「あるアンチ・スター」と、その補遺として書かれた「ブルックスふたたび」(同誌3月号)を合せたものです。補足、訂正を一文としたため、もとのテクストにあった古い恋人探求のリズムが失われ、少し固苦しくなったのではないか、と心配です。その後得た情報をできる限り入れました。
 『ハリウッドのルル』のなかから、ルイズ自身の文章二篇を選んで翻訳し、出演映画のリストと執筆論文の書誌を作って下さった四方田犬彦氏に感謝しなければなりません。」
「ルイズのルルはトリックスターでもあり、スケープ・ゴートでもあった――それは終りのタナトス的死顔のクローズ・アップに極めて、パセティックに現われています。」
「私たちはフィルムセンター版(引用者注: 映画「パンドラの箱」)を、殆んどひとこまひとこまみて、四百枚の写真をとりました。その中から四方田氏と二人で選んだのが、この写真群です。私たちが改めて感心したのは、ルイズの表情変化が極めて多様で、多彩な魅力が含まれていることでした。(中略)私たちはこの喜びを読者と共にわかちたいので、写真はできるだけ多く収録しました。」



本文中図版(モノクロ)多数。


大岡昇平 ルイズブルックスとルル 01


帯文:

「殺人と少女
疾走する1920年代
アンチ・スターの運命
世紀のはざまにて
悪女の極北

悪女の系譜
少女悪の誕生
透明な誘惑

稀有の女優
ルイズ・ブルックスと
「ルル」伝説への
華麗な招待状

(幻の名画「パンドラの箱」
を再現させる写真300枚!)

LOUISE BROOKS」



大岡昇平 ルイズブルックスとルル 02


目次:

ルイズ・ブルックスと「ルル」 (大岡昇平)

ギッシュとガルボ (ルイズ・ブルックス/四方田犬彦 訳)
パプストとルル (ルイズ・ブルックス/四方田犬彦 訳)

Filmography & Bibliography

おわりに (大岡昇平/四方田犬彦)



大岡昇平 ルイズブルックスとルル 03


ルイズ・ブルックス(Louise Brooks) は1906年11月14日生、1985年(本書刊行の翌年)8月8日に逝去したアメリカのダンサー/映画女優です。1929年のヴァン・ダイン原作『カナリヤ殺人事件』、同年ドイツで撮影したパプストの『パンドラの箱』(原作はヴェデキント、ルルはその主人公の名前)および『淪落の女の日記』などに主演し、一躍人気女優となりましたが、その後まもなく映画界から引退。1950年代に再評価の兆しがみえはじめ、1972年には回想録『ハリウッドのルル(Lulu in Hollywood)』を出版、大岡昇平はその文才を高く買っていたようです。
本書を書くにあたって、著者は戦前の「キネマ旬報」から当時最新のジル・ドゥルーズの映画論まで参照しています。それも興味深いですが、「ルイズ・ブルックス」を中心として資料提供者として埴谷雄高、蓮実重彦、山口昌男、大江健三郎、筒井康隆といった人脈図が浮かび上がってくるあたりも興味深いです。

 
大岡昇平 ルイズブルックスとルル 04



◆本書より◆
 
「アイスナーは1929年にパプストが「淪落の女の日記」を撮っている現場を度々訪れて、記事を書いた(中略)。ルイズに英語で話しかけたが、はかばかしい返事が返って来ない。パプストに聞くと、もともと無口なのだという。彼女は撮影中、ブルックスの奇妙なカメラに対する受動性と「そこにいること」 présence の価値に気が付いた。
 1929年当時、彼女は書いた。
 「ルイズ・ブルックスは驚くべき首尾一貫(アンシスタンス)で存在する。彼女はこの二つの映画(「パンドラ」と「淪落の女」)で、謎のように無感動だ。これはほんとの大女優なのだろうか、それともただの娘ざかりというだけのことなのだろうか。その美しさにまどわされて、観客は彼女自身は知らない複合体を、彼女に付与するようにいざなわれるのだろうか」。
 トーキーの出現が、「無言でいること」を特異性とするルイズの経歴をたち切った。彼女の声もまた「特異性」を持っていた、とアイスナーはいう。(中略)しかしルイズが意見を率直にいい、人間と事物の観察の透徹、自己の思想をあからさまにいう術を心得ているのを知ったいま、『悪魔の映写幕』の再版(1963年)が出た時、「われわれは彼女が驚くべき演技者であったことを今日では知っている。桁はずれの知性にめぐまれていて、ただの娘ざかりだけではなかったのだ」と改めたという。」

「彼女の父は蔵書家で、ゲーテからディケンズに到るヨーロッパ文学書を持っていた。彼女は幼女の頃から読書の習慣を持ち、当時、ハリウッドで唯一人の本を読む俳優だったという。」

「しかしこの驚くべき女は、自己について、なんのイリュージョンも持たなかった。」
「「私にはハリウッドの生活は夢魔でした。私は大ホテルで自分の部屋が見付けられない女みたいでした。私は逃げ出しました。それからいつも自分から逃げ続けています。もはや69歳、自分を再び見付けるのをあきらめています。私は何者でもなかったのです」。」

「ルルは自分の殺し手である「切り裂きジャック」を、好きになってしまう。ヴェデキントもベルクも、ジャックを冷酷な殺人者として描き、舞台に三つの死体が横たわる(中略)。シェイクスピア劇のような終幕になるのだが、パプストではアルヴァもゲシュヴィッツも死なない。それだけ微温的エンターテインメント的といわれ、封切当時、批評はよくなかった。(中略)だがここに私はパプストが「切り裂きジャック」に加えた、新しい解釈を見逃してはなるまいと思う。」
「つまりジャックは刃物を見ると、それを使って人を殺したくなる自分を制することができない。彼はルルと同じく他界から遣わされた者なのだ。この二人の異星人は相惹かれるが、それぞれの使命を遂行することによって終る。その寓意は、キリスト教の精神によるパンドラの抹殺だが、それはそれぞれの実行者による無意識の行為と解することができる。」

「「ルル」以前の西欧の悪女、「椿姫」も「カルメン」も「サロメ」ですら、一人の男の運命を狂わせただけだった。ところが「ルル」は結婚の破壊者、制度の否定者として現われる。司法も警察もどうすることもできず、同類の犯罪者「切り裂きジャック」によって、やっと抹殺される。
 そして「切り裂きジャック」が、街に娼婦のあふれるヴィクトリア朝末期の世相の、トリックスター的、行動的批判者であると同じく、ヴェデキントのルルは、ウィルヘルム二世治世のベルリンの頽廃を、男たちを破滅させることによって曝き出す役割を果していると見なすことができる。それが1920年代のワイマール体制末期、大恐慌前夜に移されてアクチュアリティを失わなかった。」

「結論的にいって、「ルル」という人格には19~20世紀にまたがる制度破壊者としての問題と、サーカス的、トリックスター的道化の一面がある。二つの戦争にまたがる「生真面目な」世代に属する私には問題は主に前者にあるけれど、清澄なルイズの面影は、立ち去ったスクリーン・ラバーとして残っていた。それが西欧のリヴァイヴァルの気運でうかれ出したわけだが、この一文には忘れっぽい日本の映画界に対するトリックスター的いたずら気もなかったわけではない、といおう。」



大岡昇平 ルイズブルックスとルル 05


Pandora's Box (1929)






こちらもご参照下さい:

F・ヴェデキント 『地霊・パンドラの箱 ― ルル二部作』 岩淵達治 訳 (岩波文庫)
大岡昇平 『中原中也』 (講談社文芸文庫)





















































































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