種村季弘 『書物漫遊記』 (ちくま文庫)

「一般に進歩発展に関係のないこの幸福な人びとを守護しているのは、一体どんな有難い神様なのだろうか。」
(種村季弘 「何でもないものの魅力」 より)


種村季弘 
『書物漫遊記』

ちくま文庫 た-1-2

筑摩書房 
1986年5月27日第1刷発行
2006年10月15日第2刷発行
267p 
文庫判 並装 カバー 
定価740円+税
装幀・カバーデザイン: 安野光雅

「この作品は一九七九年一月二〇日、筑摩書房より刊行された。」



本書「あとがき」より:

「昭和五十一年の暮、(中略)「週刊時代」(廣済堂出版)の編集者がわが家に来訪され、(中略)私に「一冊の本」という通しタイトルの読書案内を書いてもらいたい、と申し出られた。むろん書き方は我流でよろしい。」
「その隔週発行の「週刊時代」に昭和五十二年一月四日号から同年十一月十五日号まで毎回連載したのが、本書の原形である。」
「単行本編集に際しては一部を書き改め、『書物漫遊記』と改題して、章立ても(中略)再構成した。」



種村季弘 書物漫遊記


カバー裏文:

「書物の頁を繰ると、そこから不思議な幻想世界への旅がはじまっていた。戦中から焼跡へ、さらに末来へと、失われた都市の相貌を求めて、通り過ぎた奇人、変人、そして凡人たちの顔を探して、書物めぐりの旅は続く。名著、奇書、珍本……博覧強記の筆者による異色の読書案内。」


目次:

序章 名前と肩書の研究 『潮文化人手帖』
1 不思議な節穴 武井武雄 『戦中気侭画帳』
2 畸人ぎらい 色川武大 『怪しい来客簿』
3 猫が食いたい 石堂淑朗 『好色的生活』
4 吸血鬼入門 種村季弘 『吸血鬼幻想』
5 見えない人間 『定本山之口獏詩集』
6 開かれた箱 板根巌夫 『遊びの博物誌』
7 悪への郷愁 高垣眸 『豹の眼』
8 泥棒繁盛記 野尻抱影 『大泥棒紳士館』
9 分家開き 谷崎潤一郎 『秘密』
10 二階の話 古今亭志ん生 『二階ぞめき』
11 我が闘争 吉田健一 『流れ』
12 逃げた浅草 『正岡容集覧』
13 九段の怪談  内田百間 『遊就館』
14 見世物今昔考 江戸川乱歩 『パノラマ島奇談』
15 大食のすすめ 武田百合子 『富士日記』
16 接続法第二式 『木村・相良独和辞典』
17 ベルリッツ・スクール イヨネスコ 『授業』
18 書かれなかった本 四方八郎 『ビルマ革命の内幕』
19 Kilroy was here ドウス昌代 『東京ローズ』
20 留学の成果 久生十蘭 『新西遊記』
終章 何でもないものの魅力 武田泰淳 『新・東海道五十三次』

あとがき
書目一覧

解説 猿飛レゲンデ (池内紀)




◆本書より◆


「不思議な節穴 武井武雄 『戦中気侭画帳』」より:

「「戦ふ少国民
 この行列を見たときしみじみと悲愴な日本を感じた。子供たちの眼には微かな笑ひさへ無かった。重労働にあへぐ牛馬の眼より悲しげな可哀さうなそれであった。」(七月二十日)
 それから数日後には須坂と日野の小学校を視察して、同様の感想をふたたび確認する。
 「日野国民学校よりはじめる。裁縫室にて明るく感じよし。(中略)午後ハ小山の国民学校、(中略)児童生色なく全く笑はず気味悪るき程なり。……児童は穢い部屋に押込め先生ハ離れの高殿に大名然とおさまる。」(七月二十二日)」
「たしかに、「子供たちの眼には微かな笑ひさへ無かった」ものに違いない。能面のように硬張って、かたくなに外界を拒否していたこの子供たちは、身体中にすみついたシラミをワカモトの大瓶にぎっしり詰め込んで、それをどうしたら食えるものかと真剣に考えあぐねていたからである。
 生色なく、全く笑わない、気味の悪いその子供の顔は、おそらく戦後も私たちのなかにそのまま棲みついてしまったらしい。当時の飢餓と虐待をともに過した同級生たちは、戦後、次々に急速に視界から消えて行った。一人はヤクザに片腕を斬られてから堅気の機械工に転じたが、まもなく残った片腕も機械に巻き込まれて死んでしまった。一人はボクサーになったが、眼を痛めてから暴力団の用心棒に傭われた。少女のような情婦と派手に遊び暮していたが、まもなく失明して、見る影もなく落ちぶれてから殺された。一人は発狂して皇居に侵入した。一人は二度の自殺未遂を経験した。
 そのすべてが戦争体験のせいだと言うわけではない。だが、他の世代に較べて情緒不安定の度合がずば抜けていちじるしいことだけは確かである。かく言う私にしたところで、いつガラリと相好が変って、あのシラミだらけの、笑いを知らない、土気色をした餓鬼のような子供の顔が無気味にせり上ってくるか、われながら見当がつきかねるのである。
 それだけに武井武雄さんの『戦中気侭画帳』はアルカディアの日々のような安らぎを与えてくれる。余人にとっては厳しい戦中の記録であっても、私にはその背後にひろがる私の幼い日々を垣間見るための、不思議な節穴のような、かけがえのない書物なのである。」



「何でもないものの魅力 武田泰淳 『新・東海道五十三次』」より:

「中央集権国家成立以前には、まるで日本全国が「ミドリはミドリ、土色は土色で、それぞれのこまやかな色彩が配置され」、「すみからすみまで耕され、公園の花壇だってかなわないぐらい」だったのである。公園の花壇が東京中心クルマ文化なら、それぞれの地方のさまざまの色がこまやかに配置された交響楽のような文化の編成がそれ以前には存在し、それが東海道五十三次の次々に趣きの変わる遍歴の旅の魅力をかもし出していた。
 車で突っ走れば、そのこまやかな魅力は目につかない。だから車社会はそういう地方風物そのものを消してしまう。」
「この小説の書かれた昭和四十三年にはまだ石油ショックは起っていなかった。車はまだ無限の末来まで走れると思われていたのである。しかし石油ショック後の現在では、車は現在のシステムの限りでは、あと三十年たてば止まることも予想され得るわけだ。かりに三十年後のある日、一斉に車が動かなくなるとしてみよう。ニューヨークの一夜の停電事故でさえ殺人略奪、暴行、事故死、エレヴェーター停止等の大混乱が招来された。車の動かなくなる日から続く混乱は、たぶんバベルの塔の終末もかくやとばかりだろう。車に百パーセント頼っていた人間はまず命はないものと覚悟しなければならない。
 全員が死ぬわけではない。ニューヨークの事故でも、陽が落ちてすぐ床についてしまった小学生は、夜中の修羅場は何も知らずにいつものようにさんさんと朝日に輝く朝の道路に出て行っただろう。工業社会の恩恵に必要以上に浴していた人間だけが滅びるので、乞食、農民、子供は生き残ってしまう。彼らはこれまでにも車や電気やエレヴェーターなしでやってきたからだ。」
「一般に進歩発展に関係のないこの幸福な人びとを守護しているのは、一体どんな有難い神様なのだろうか。」






























































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