ジャン・フラピエ 『聖杯の神話』  (天沢退二郎 訳/筑摩叢書)

「それにしてもクレチアンは、自分の文章家としての、また魅力的物語作家としての巧みさや、曖昧にぼかしたり説明を宙吊りのままにしておく、繊細でちょっと意地のわるい技術のおかげで、ひとつの真の意味での神話を誕生させ、グラアル le graal という当初は普通名詞であったものを人間の理想的なるものへの渇仰の象徴に変えてしまうことになろうとは、いったい思ってもみたであろうか?」
(ジャン・フラピエ 『聖杯の神話』 より)


ジャン・フラピエ 
『聖杯の神話』
天沢退二郎 訳

筑摩叢書 340

筑摩書房 
1990年5月30日初版第1刷発行
355p 目次・凡例・序12p カラー口絵1葉
四六判 並装 カバー 
定価2,990円(本体2,903円)
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本書は Jean Frappier, Chretien de Troyes et le Mythe du Graal, Etude sur Perceval ou le Conte du Graal, 2e edition corrigée, CDU et SEDES, 1979 (Complément bibliographique par Jean Dufournet) の全訳である。」
「ただし巻末のデュフルネ教授による文献補遺には、さらに一九七八年以後について訳者編のものを追補した。」



本書の副題は「クレチアン・ド・トロワ作『ペルスヴァルあるいは聖杯の物語』の研究」です。本書の訳者天沢退二郎氏によるクレチアン『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』の邦訳が白水社版『フランス中世文学集』第二巻に収録されています。


フラピエ 聖杯の神話


カバー裏文:

「…800年来――それも殆ど当初から――この〈聖杯〉の神話が形成されてきた過程で、つけ加えられたもの、変化したもの、見出されたもの、匿されたもの等の錯綜は、およそ〈聖杯〉の起源や意味、伝承の内実について、基本的概念や基礎的知識をかぎりなく混乱させ、議論のすじみちを紛糾させてきたのだった。ジャン・フラピエの本書は、問題のすべてをいったん原点にひき戻し、能うるかぎりの文献的厳密さと論理の厳正さによって、〈聖杯の神話〉を考える基礎を据えなおしたという点で、最も信頼すべき基本図書である。そうした本書の価値は、初版刊行後20年、著者没後の第2版刊行後10年をこえた今も――その間に書かれた汗牛充棟の研究書・研究論文の数々にもかかわらず――全く失われていないと断言できる。それどころか、昨今の内外における〈中世〉なる時代とその文化・文学への関心の高まり、新視角や新理論による研究の展開の中にあって、妄想や臆断を厳に戒め原典の基礎を押えた本書の価値と意義は、いよいよ増しているとさえいえる。」


カバー裏そで文:

「著者――ジャン・フラピエ
1900年ボルドー近郊に生れる。ボルドー大学に学び、マルセイユ他の高等中学校教授、ストラスブール大学教授を経て、1937年からパリ大学(ソルボンヌ)教授。1974年死去。中世文学専攻。主な著書に『「アーサー王の死」研究』、『クレチアン・ド・トロワ』『クレチアン・ド・トロワ「イヴァンあるいは獅子を連れた騎士」研究』『宮廷風恋愛と円卓』など。」



目次:

凡例


第一章 『聖杯の物語』とは何か 〈グラアル〉という語の意味
第二章 『聖杯の物語』以後 十二・十三世紀における聖杯文学概観
第三章 『聖杯の物語』文献要覧
第四章 偽作プロローグ――『釈義(エリュシダシオン)』および『ブリオカドランのプロローグ』
第五章 『聖杯の物語』のプロローグ
第六章 『聖杯の物語』の構造について
第七章 ペルスヴァルの冒険
第八章 聖杯神話の起源、および『聖杯の物語』における驚異的オブジェの象徴性(サンボリスム)
第九章 ゴーヴァンの冒険
結論にかえて
補遺 『聖杯の物語』における八音綴の駆使
原注
訳注
『聖杯の物語』関係文献補遺 ジャン・デュフルネ編
〔『聖杯の物語』関係文献追補 訳者編〕
解説 (訳者)




◆本書より◆


「第一章 『聖杯の物語』とは何か」より:

「『聖杯(グラアル)の物語』(中略)は、クレチアン・ド・トロワの最後の作品である。この物語(ロマン)は、フランドル伯フィリップ・ダルザスの依頼に応じて、一一八一年五月十四日と一一九〇年九月の間に執筆された。(中略)クレチアンは『聖杯の物語』を完結させることができなかった。(中略)作品が未完のまま残ったのみならず(中略)この主題は不可思議で、謎にみちたものと思われたのである。就中、ひとつのシーン、それも真の意味で核心的なシーンが想像力をかきたてずにいなかった。それはこうだ――母親が騎士道の栄光と危険について完全に無知のまま育てようとしてきた若者ペルスヴァルが、そんな母の願いも空しく騎士となり、後述のような種々の冒険の後の一夕、ある城館に招かれて立派な人物(プリュドム)に迎えられる。この人物は完璧な宮廷人ではあるが、不具、すなわち足腰が立たず、殆ど半身不随である。ペルスヴァルとこの城主が食事の時を待つ間ともに歓談していると、驚くべき行列が室内を過(よ)ぎる――

 とある部屋から一人の小姓が
 白銀に輝く槍の
 柄の中程を持って入って来て、
 炉の火と、寝台に坐っている
 二人との間を通った。
 そしてその場に居合せた人たちはみな、
 銀色の槍と銀色の穂尖を見、
 一適の血が
 槍の尖端の刃先から出てきて
 小姓の手のところまで
 その赤い雫は流れ落ちた。

 そのとき、別の二人の小姓が入ってきた
 手にはそれぞれ、純金で黒金象眼を施した
 燭台を捧げていた。
 この、燭台を持ってきた若者たちは
 大変に美しかった。
 それぞれの燭台には
 少くとも十本ずつの蠟燭が燃えていた。
 両の手で一箇のグラアルを
 ひとりの乙女が捧げ持ち
 いまの小姓たちといっしょに入ってきたが
 この乙女は美しく気品があり、優雅に身を装っていた。
 彼女が、広間の中へ
 グラアルを捧げ持って入ってきたとき
 じつに大変な明るさがもたらされたので
 数多の蠟燭の灯も
 ちょうど、太陽が昇ったときの
 星か月のように、明るさを失ったほどである。
 その貴婦人のあとから、またひとり
 銀の肉切台を持ってやってきた。
 前を行くグラアルは
 純粋な黄金(きん)でできていた。
 そして、高価な宝石が
 グラアルにたくさん、さまざまに嵌(は)めこまれていたが、
 それらはおよそ海や陸にある中で
 最も立派で貴重なものばかりだった。
 まちがいなく、他のどんな宝石をも
 このグラアルの石は凌駕していた。
 さきほど槍が通ったのとまったく同じように
 行列は寝台の前を通りすぎて
 一つの部屋から次の部屋へと入って行った。

 ペルスヴァルはこの行列をじっと見る(グラアルは再び広間をよこぎる)、かれはじつに不思議に思い、好奇心のとりことなり、《このグラアルで誰に食事を供するのか》を訊ねたいと思うが、沈黙をまもり、問いを発しない、というのは暫らく前に或る騎士ゴルヌマン・ド・ゴオールから受けた忠告、口数が多すぎてはいけない、ぶしつけな問いを発するのは無礼者の行為だという言葉を思い出したからである。ペルスヴァルはこの忠告に素直に従う。さて、こうしてかれは、自ら知らぬままに、奇蹟的な試練(アヴァンチュール)に失敗するのだ。もし黙ってさえいなかったら、不具の城主は癒えて、国全体が、ここを被いあるいは脅している災厄から解き放たれたであろうものを(第四六七八―八二行を参照。この結果婦人たちは良人を失い/土地は荒廃するであろう。乙女たちは支えを失い/孤児のままとなるであろう/そして多くの騎士が命を失(な)くすであろう)。こういったことすべてを、ペルスヴァルが知ったときはすでに遅すぎるのであり、やはりこの冒険の失敗の後で、われわれ読者もかれも、次のことを知るのである――不具の城主はその名を漁夫王長者ということ、ペルスヴァルの沈黙の真因はかれが育った館を離れるとき母を絶望のため死なせた罪であること、そして最後に、あのグラアルに収められていた食べものはオスティー、オスティーのみであり、それはひとりの老人、聖なる人物の生命を支えている、そしてその人物とは漁夫王の父に他ならないということを。クレチアン・ド・トロワは、これについてこれ以上多くを語っておらず、これらの部分的で遅まきな説明は、かれの読者たちの好奇心も、われわれの好奇心も満たすに不充分であり、行列の壮麗な描写に含まれた謎のすべてを一掃するにも不充分なことは明らかであった。あらゆる種類の理由――物語の美しさ、その謎めいた性格、未完成、その不確定性それ自体――から、「グラアル」を主題とする別の物語の数々が生れることになったのである。」






































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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