『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 阿部謹也 訳 (岩波文庫)

「ボーテは民衆の中で育ったが民衆(中略)の傲慢不遜さには耐えきれなかった。彼は民衆を愛したわけではない。彼は「民衆」にいためつけられたのである。」
(阿部謹也 「解説」 より)


『ティル・オイレンシュピーゲルの
愉快ないたずら』 
阿部謹也 訳
 
岩波文庫 赤/32-455-1 

岩波書店 
1990年5月16日 第1刷発行
452p 
文庫判 並装 カバー 
定価670円(本体650円)



Ein Kurtzweilig Lesen von Dil Ulenspiegel
本文中挿絵図版多数。


ティルオイレンシュピーゲル 01


カバー文:

「主人公ティルが放浪者・道化師あるいはもぐりの職人となって教皇・国王から親方達までさまざまな身分の者たちを欺きからかい、その愚かさを暴いて哄笑をまきおこす。500年余も読みつがれてきたこの作品はいまも諷刺の力を失っていない。中世ドイツ語原典の翻訳に気鋭の社会史家ならではの詳注を加えた。図版多数。」


目次:

ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら

訳注
解説
あとがき



ティルオイレンシュピーゲル 02



◆本書より◆


「第54話」より:

「あるときベルリンに一人の毛皮匠がいました。彼はシュヴァーベン人でしたが、大変仕事に巧みでなかなか着想も豊かでした。その上金持ちでよい仕事場ももっていたのです。というのはこの男はこの国の公、騎士や身分の高い人びと、市民の御用を承っていたからです。ところでこの国の公は冬に競技や槍技の会を催そうとして、騎士たちや他の領主たちに招待状を出したことがありました。誰も一番みすぼらしいなりで出席したくなかったので、一度にたくさんの狼の毛皮の注文がくだんの毛皮匠のもとに殺到したのです。オイレンシュピーゲルはそれを聞きこんでその親方を訪れ、仕事を求めました。ちょうど職人を必要としていた親方は喜んで狼(の毛皮)をつくることができるかとたずねました。彼はそれを作る腕前にかけてはザクセンではちょっと知られていると答えたのです。毛皮匠は「お前はちょうどよい時にきた。こっちへおいで。賃金について話し合おう」といったのです。オイレンシュピーゲルは「親方はとても誠実な方とおみうけしやした。まずあっしの仕事をみてから親方が賃金をきめておくんなさい。あっしは他の職人と一緒には仕事をしたくないんで一人で働かせて下さい。あっしは思ったとおり間違いなく仕事をしたいんでさあ」といったのです。
 そこで親方は彼に小部屋をひとつ与え、毛を抜いてなめした狼の毛皮と大小それぞれの毛皮の型を渡しました。そこでオイレンシュピーゲルは狼の毛皮づくりにとりかかりました。皮を切ると狼の形に皮を縫いあげ、なかに乾草をつめて、枝で足をつけ、まるで生きているようにつくりあげたのです。毛皮を全部すっかり切り刻んで狼をつくりあげてから彼は「親方、狼はできましたぜ。他に何かすることがありますかい」とたずねました。すると親方は「ああ、お前、できるだけたくさんそれを縫いあげてくれ」と答えて、仕事部屋に入ってきました。そこには大小の狼がおかれていたのです。親方はそれをみて「これは一体何だ。なにをしやがったんだ。なんてひどい損害をかぶせてくれたんだ」とうめきました。
 オイレンシュピーゲルは「親方、それがあっしへの報酬と感謝の言葉ですかい。あっしはいわれたとおりにしただけですぜ。狼をつくれといったでしょうが。狼の毛皮をつくれといわれたら、そのとおりにしたでしょうがね。それに感謝されないと解っていたら、こんなに骨のおれる仕事はしませんでしたぜ」。こういうとオイレンシュピーゲルはベルリンを去りましたが、どこでもよい評判をのこさず、ベルリンをたってライプツィヒへ向かったのです。」



「解説」(阿部謹也)より:

「ここには社会の狭間(はざま)に生きているが故にあらゆる階層の人々に対して一定の距離をとることができ、それ故に孤独ではあるが生涯をいたずらに徹して生きた一人の人間が描かれている。たとえ五〇〇年近くも前の事ではあっても当時の社会全体を相手にして生涯をいたずらに徹して生きるということは容易なことではない。本書が長い風雪に耐えて今日まで生き残ったのはまさにこのためであろう。」

「民衆本の『オイレンシュピーゲル』が今日にいたるまで世界的名声を保っている大きな理由のひとつに主人公の性格の卓抜さがある。農民の子として生まれながら母親が希望する職人の道に進まず、いわば当時としては社会的上昇の正統なルートからはずれてしまったティルが、当時人々に賤しまれていた大道芸人や奇術師などの放浪者となり、ときに宮廷の道化として諸国の国王にいっぱいくわせたり、司祭や威張りくさった親方、学者、はては教皇までからかいの的とする奔放自在なその活躍は日常の生活にとらわれている者にとっては胸のすくような気晴らしの読み物となった。読者にとってはこのようなものとして受け容れられてきたティルは作者にとってはどのような存在だったのだろうか。ここで私たちはヘルマン・ボーテという人物にもう少し接近してみなければならない。」

「おそらく一四九三年から一五〇三年頃にかけて着手したとみられる『オイレンシュピーゲル』の独自性は主人公の設定の巧みさにある。主人公が放浪者、宮廷道化師、もぐりの職人などに変身しながら様々な身分の者の愚かさを暴いてゆく民衆本の構想は何よりもまずボーテその人の生活のなかから生まれたものである。農民の子として生まれながらも、不運な星のめぐり合せで手工業職人への道を進まず、皆から疎まれる賤民たる奇術師、放浪者になり、空威張りをするお歴々の愚かさをあばいてゆくティル・オイレンシュピーゲルはまさに手工業親方の子として生まれながら賤民たる徴税書記の職につくしかなかったボーテその人の運命でもあった。ボーテも手工業親方たちから嘲笑され、さげすまれながらも、嘲笑し、さげすむ人間の愚かさを賤視の淵のなかで知り、それを箴言を通して表現したのである。ボーテは民衆の中で育ったが民衆、特に手工業の親方の傲慢不遜さには耐えきれなかった。彼は民衆を愛したわけではない。彼は「民衆」にいためつけられたのである。」

「比較的恵まれた親方の家に生まれ、賤民として位置づけられる徴税書記の地位につく、ということは、どこにもボーテの居場所がないことを意味していた。下層民、賤民はもとよりボーテの仲間ではない。読み書きができるというだけですでに特異なまなざしで眺められたのである。ボーテとしてはただ与えられた仕事を忠実に遂行したにすぎないのだが、それがある人々にとっては憤激の的となり、思いもかけない事態を惹起することになる。このようなボーテの生涯はそのまま基本的にはティル・オイレンシュピーゲルの生涯でもあり、ティルはボーテの夢でもあった。」

「ボーテを苦しめた昼の生活が終り、一人机に向って書物をよむとき、全く自由な夜の世界がはじまるのだが、そのときでさえ、昼の疲労や苦しさの記憶は身体の隅にのこり、ボーテの自由な思考の方向を定めていた。ボーテの夜の思いと読書を支えていたのは昼の生活者としてのボーテだったからである。しかし夜のしじまは昼の苦しさを昇華させ、遠い世界の出来事として位置づけるだけの厚い防壁をボーテのまわりにつくり出した。このような環境のなかで『オイレンシュピーゲル』が書かれたのである。」

「ボーテが知的にすぐれた才能の持主で親方の子であり、しかも賤民としての職業についていたことは、彼の人間を見る目を曇りないものにした。私たちはここに当時の人と人との関係についての得がたい史料を手にすることになる。賤視されている者の目から見ると、ひとつの社会の人的関係はそのなかにあってうまく適応している者の目にはみえない本質においてとらえることができるからである。」





こちらもご参照下さい:

『放浪学生プラッターの手記』 阿部謹也 訳
ラディン/ケレーニイ/ユング 『トリックスター』 皆河宗一 他 訳 (晶文全書)
























































































































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