中野美代子 『奇景の図像学』

「罪もないこれら怪物たちは、高層ビルの林立する近代都市を造作なく踏みにじったというだけで、近代兵器に退治される。」
(中野美代子 「ビザールな怪物たち」 より)


中野美代子 
『奇景の図像学』

The Iconography of Capricious Landscape

発行: 角川春樹事務所/発売: 紀伊國屋書店
1996年4月5日第1刷発行
318p 
A5判 角背紙装上製本 カバー 
定価3,500円(本体3,398円)
造本: 鈴木一誌・竹内さおり・廣田清子



チャイナ・ヴィジュアル』(1999年)、『綺想迷画大全』(2007年)へと続く、中野美代子氏の「ヴィジュアル」系本。
本文中図版(ブルー/セピア/グリーン)多数。


中野美代子 奇景の図像学1


帯文:

「人間の想像力の奇妙さ、不思議さ!
[主要図版160点余収録・本文2色刷]
奇妙で摩訶不思議な中国の山水画、ポルノ画、庭園、地図、太湖石、桃源郷、風水墓、覗きからくり、怪獣、怪物等の<謎>を図像学的に考察・解明し、人間の想像力の奇妙さ、不思議さ、無限性に思いを馳せつつ、<時間>という巨大な謎へと向かう、果てしなき思考の旅としての最新エッセイ。」



中野美代子 奇景の図像学2


目次 (初出):

I 奇景漫歩
 内臓の風景 (「出版ダイジェスト」 1992年4月1日号)
 謎の西洋楼 (「出版ダイジェスト」 1992年6月30日号)
 西洋鏡 (「出版ダイジェスト」 1992年9月30日号)
 重屏(ちょうへい)の山水 (「出版ダイジェスト」 1992年12月11日号)
 ダンス・マカーブル (「出版ダイジェスト」 1993年3月31日号)
 書を読むサル (「出版ダイジェスト」 1993年6月20日号)
 余白のカニバリズム (書き下ろし)
 山中の太湖石――呉彬(ごひん)の岩 上 (「出版ダイジェスト」 1993年9月30日号)
 増殖する太湖石――呉彬の岩 下 (「出版ダイジェスト」 1993年12月11日号)
 樹上の家 (書き下ろし)
 蜀(しょく)の桟道 (書き下ろし)
 ロンドンの怪獣 (書き下ろし)
 ビザールな怪物たち――『アンドロメダの解放』 上 (書き下ろし)
 三人のペルセウス――『アンドロメダの解放』 下 (書き下ろし)
 ティモール島の墓 (「出版ダイジェスト」 1994年4月1日号)

II スウィングする園林
 シナふうパゴダの恐怖 (国書刊行会刊『バルトルシャイティス著作集』第一巻月報 1991年5月)
 鞦韆(ぶらんこ)のシンボリズム――ポルノグラフィーと中国庭園 (「ルプレザンタシオン」 1992年秋号)
 石に刻む (楡出版刊・日本文芸家協会編『花梨酒』所収 1994年5月)
 太湖石のある風景 (「そうげつ」 1993年秋号)
 園林をつくる視線――壺中天から些子景へ (「しにか」 1994年2月号)
 絵のある石たち (求龍堂刊『野田弘志画集 写実照応』 1994年6月)
 噴水のある庭――澁澤龍彦の庭園論を追って (「AZ」 1995年春号)
 天の井戸と地の井戸――境界としての幻想空間 (「幻想文学」 第44号 1995年)
 桃源郷をめぐる風水――竪坑と井戸と「天井」 (書き下ろし)

III 風景のプレパラート
 法螺(ほら)のある風景――地理におけるユーモアとまじめ (「文芸北見」 第6号 1976年)
 二つの方位軸について (道立近代美術館刊『北方のイメージ』 1983年)
 秘められたルート――日本の北方と中国の西南と (朝日選書『古代史を語る』所収 1992年5月)
 平安建都の神聖地理学、風水思想 (文藝春秋刊『エッセイで楽しむ日本の歴史』上巻所収 1993年11月)
 龍の泳ぐ空間 (「FRONT」 1995年2月号)
 壁のうちそと (「is」 第53号 1991年)
 風俗図巻のなかの園林 (書き下ろし)
 逆さ地図 (「GEO」 1995年4月号)
 フローラの時間――マリアンヌ・ノースの旅と植物画 (書き下ろし)

あとがき
初出紙誌一覧
著者略歴



中野美代子 奇景の図像学3


中野美代子 奇景の図像学4



◆本書より◆


「ダンス・マカーブル」より:

「さて、ここに中国は南宋の李嵩(りすう)(一一六六―一二四二)による『〓(漢字: 骨+古)髏(ころう)幻戯図』がある。」
「ヨーロッパのダンス・マカーブルの主題における骸骨は、なべて死神であったが、この絵における骸骨は、生きている(引用者注: 「生きている」に傍点)のである。あるいは、生きているふり(引用者注: 「生きているふり」に傍点)をして、妻をめとり貧しいながら平和に暮らし、子までなしているのである。そう、ここでは、赤ん坊が時間のシンボルなのであり、子孫さえもうけることができたなら永遠の不死が約束されるという、中国人に普遍的な思想が、がっちり描きこまれているといっていい。」
「ともあれ、ヨーロッパに出現したダンス・マカーブルの主題より二百年以上も古く、しかもより手のこんだものが中国に出現していたこと、もっと注目されてよいだろう。」



中野美代子 奇景の図像学6


「余白のカニバリズム」より:

「ジャック・アタリ『カニバリスムの秩序』(金塚貞文訳。一九八四、みすず書房)は、「カニバリスムはいつでも植民地主義の口実の一つとされていた」と述べ、カニバリズムが「死者が生者に与える脅威を管理する一様式、それ故、病気と闘う一様式」であるにもかかわらず、十六世紀以来ヨーロッパにその風習を知られるようになったブラジルのトゥピ族は、カニバリズムの「行為を恥じるためではなく、ヨーロッパ人によってそれに植えつけられた罪悪感のため」に、かれらの「過去を隠すようになった」と述べている。」

「さて、つぎなる十四世紀半ばのイタリアの写本では、余白は思いきりたくさんの動物でびっしり埋められているのみならず、文字の行間も、蛇や蜥蜴(とかげ)や鰐(わに)などがはいまわっているのだ。アフリカ産のライオンやジラフや象や駱駝(らくだ)やジラフそっくりの縞馬(ゼブラ)がいるいっぽうで、北極熊もいるところ、マルコ・ポーロによるアジアの動物についての情報もまぎれこんでいるように思われる。
 最上部右に、城壁で囲まれたまちが見え、そのすぐ左に、横たわる死体と、それをむさぼり食らう男女四人が見える。いずれも全裸なのはいいとして、かれらは、死体を切り刻んで焼くといった「調理」抜きで、いきなりかぶりついているのだが、鮮やかなカラー複製によれば、かぶりついている傷口には、血の赤が鮮やかに塗られている。」
「描かれている動物たちからして、これまたアンチポデスの「野蛮さ」を空想したものにちがいあるまい。
 この写本の時代は、コロンブスに先だつこと百数十年である。地中海のかなたは、リビアと呼ばれたアフリカ北部だけが知られ、さて、そのまた先は、とりあえずはアンチポデスないしアンチクトネスなどと呼ばれた未知の大陸だったのである。」
「それから百数十年をへて大航海時代の十六世紀、スペイン人は新大陸のカリバル(カリブ海の地)において、儀礼としての「食人」を見て、カニバル(食人種)と名づけた。「野蛮人」の観念が、空想の地アンチポデスからカリバルへと移行し、カリバルをカニバルとしたとたんに、命名者たちは、植民地支配のエクスキューズを得たのである。
 この十四世紀イタリアの写本も、十六世紀プランチウスの地図も、その本体とは無縁の縁(ふち)の余白にカニバリズムを描きこんだ。ここでも、問われるべきは、「何が描かれているか」ではなく、「なぜ、それが描かれているか」であろう。」



「山中の太湖石――呉彬の岩 上」より:

「呉彬(ごひん)、字(あざな)は文中、(中略)明(みん)末の画家で、一五六〇年代から一六二〇年代にかけて活躍した。かれの山水画における岩石の描きかた、岩石による空間構成の奇矯さは、かねてから人の注目するところとなり、「奇形怪状なること迥(はる)か前人とは異なり、おのずから門戸を立つ」などといわれている。世の常識を超えた奇岩怪石については、おおむねこの程度に概括しておけば無難であるということであろうか。」


「増殖する太湖石――呉彬の岩 下」より:

「さて、もっともショッキングなのは、「憍梵鉢提(きょうぼんはってい)」と漢字音訳され、牛王(ぎゅうおう)と訳されるガヴァームパティを描いた次の一幅であろう。台北故宮博物院の二十五羅漢図中の第九幅である。ガヴァームパティとは、前世での罪により、牛の反芻のようにいつも口をもぐもぐさせているという聖者であり、ここでも、心なしか、そのような口に描かれているように見えるが、そんなことはどうでもよろしい。かれが坐しているグロットの、名状し難い奇怪さである。例のケーヒル教授は、(中略)このグロットを、a fantastically interwined root chair (途方もなく絡まりあった根っこの椅子)と呼んだ。もちろん、そのように見ることもできる。しかし、細部の描きかたは、樹木の根というより、岩なのである。では、こんな絡まりかたをしている岩が現実に存在するだろうか。いや、根にしたところで、存在しやしない。どのみち、「ありうべからざる風景」なのであるが、しかし呉彬は、これを太湖石の形態の極限、あるいは「ありうべき風景」として描いたのではあるまいか。
 ケーヒル教授も指摘しているように、呉彬にとっては、のど や胸もとの しわ や衣の ひだ も、樹木や岩と一体化しているのである。かくては、「途方もなく絡まりあった」樹根、あるいは岩は、時あって雲の様相さえ暗示しながら、宇宙空間のなかに浮遊し増殖する太湖石の趣きとなる。奇景といえば、これこそ奇景。しかし、みごとに計算され、理論化された絵画世界のなかに、呉彬の岩は変容しつつ存在したのだった。」



中野美代子 奇景の図像学5



































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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